自転車(マウンテンバイク)のガタガのついたタイヤをロード何とかと言う つるつるの、いわゆる普通のタイヤに変えた。 非常に好調で運動を兼ねて、自転車に乗りまくっているのだが、思い切って自転車に乗って英彦山に行こうかと思ったのだが やめた、自動車にした。豊津側から犀川をぬけて英彦山に向かったのだが、初めてダム建設現場をみてビックリしてしまった。
ここがダムにしずむのかと、、、 途中 「今日は発破なし」と書いてある標識をみて「爆破もしてんだ、見てみたい」とか思いながら、蛇淵のキャンプ場でひと休憩した。今はキャンプ場も冷暖房完備のコテージに変わり、これはキャンプ場と言うより「完璧な宿泊施設」である。蛇淵の瀧に降り 一度、小学生のころだが泳いだなと思い起こした。整備された竜神橋から瀧を見ようとしたが 一人で行くと以外と怖いもんだ。小心物の心が表れてしまった。半分ほどいってはみたが、下を見ると高くて怖いし、その先には「マムシ注意」と書いてあるではないか!いそいそと戻っていると橋がゆれた。周りには誰もいない 久しぶりの恐怖を感じた。野峠に向かいながら、みやこ町と山国町の県境をみるとあらためて こんな近くに「もう県境か」と感激した。
豊前坊 高住神社にお参りするのだが 今川の源流をみて(行橋まで 蓑島、周防灘と思いを馳せながら)、 神社では 霊験あらたかな お水で手を洗い、牛の像にべたべたと触りながら、願い事をした。身も心も綺麗になったような気がする。そのまま まっすぐに添田方向に帰るのだが、途中 添田の‘道の駅’に寄った。以前から気になっていた待望の一輪ざしを三つほど購入した。備前 備前と思っていたが、高取焼きだった。
この一輪ざし 実は自分は好きなのである。
小さく かわいく、陶器が濃縮されているように思われる。以前は備前焼の一輪ざしがあったのだが、子猫を保護して院内で放していたところ 猫に落とされて割られてしまった。猫というものは高い所に上がりたがるし 上にあるものは落とすし、二つあったのだが、一つ目をやられたときには『しまった やられた』と思いきや 二つ目になると “がちゃーん”と言う音とともに 「またやられた くそっ~!」とあわてて見に行くと 眼をまんまるとして 落とした一輪ざしを見ながら、こちらを向いて ‘にゃ~’と罪もなく泣くではないか、 怒る気も失せて 置いてる自分が悪かったのかと諦めた。獣医さんをやっているのだが、『動物の習性をよく理解して飼いましょう』などと威張って言えたものじゃない。
獣医さんをやってて 感情むき出しになるのは実は獣医さんじゃないだろうか?と はずかしながら そう思うときがある。
以前 愛犬‘オイ’と言う名の雌犬がいたのだが、名前のいわれは次の機会にしよう。誰もいないときは院内で放していたが 患者さんが来ると ハウスと命令し、ケージに入ってもらうのだが、これがまた ふり をする。 しっぽをたれて背中を丸め、頭(こうべ)を垂れて つまらなそうにケージに入るのである。
犬は犬で、猫は猫で それぞれに個性がある。一匹一匹も違うし、それぞれのしぐさや癖もある。それぞれにあわせて、共に生活する。
昼からの 気分転換の90キロのドライブをしてきました。
ここがダムにしずむのかと、、、 途中 「今日は発破なし」と書いてある標識をみて「爆破もしてんだ、見てみたい」とか思いながら、蛇淵のキャンプ場でひと休憩した。今はキャンプ場も冷暖房完備のコテージに変わり、これはキャンプ場と言うより「完璧な宿泊施設」である。蛇淵の瀧に降り 一度、小学生のころだが泳いだなと思い起こした。整備された竜神橋から瀧を見ようとしたが 一人で行くと以外と怖いもんだ。小心物の心が表れてしまった。半分ほどいってはみたが、下を見ると高くて怖いし、その先には「マムシ注意」と書いてあるではないか!いそいそと戻っていると橋がゆれた。周りには誰もいない 久しぶりの恐怖を感じた。野峠に向かいながら、みやこ町と山国町の県境をみるとあらためて こんな近くに「もう県境か」と感激した。
豊前坊 高住神社にお参りするのだが 今川の源流をみて(行橋まで 蓑島、周防灘と思いを馳せながら)、 神社では 霊験あらたかな お水で手を洗い、牛の像にべたべたと触りながら、願い事をした。身も心も綺麗になったような気がする。そのまま まっすぐに添田方向に帰るのだが、途中 添田の‘道の駅’に寄った。以前から気になっていた待望の一輪ざしを三つほど購入した。備前 備前と思っていたが、高取焼きだった。
この一輪ざし 実は自分は好きなのである。
小さく かわいく、陶器が濃縮されているように思われる。以前は備前焼の一輪ざしがあったのだが、子猫を保護して院内で放していたところ 猫に落とされて割られてしまった。猫というものは高い所に上がりたがるし 上にあるものは落とすし、二つあったのだが、一つ目をやられたときには『しまった やられた』と思いきや 二つ目になると “がちゃーん”と言う音とともに 「またやられた くそっ~!」とあわてて見に行くと 眼をまんまるとして 落とした一輪ざしを見ながら、こちらを向いて ‘にゃ~’と罪もなく泣くではないか、 怒る気も失せて 置いてる自分が悪かったのかと諦めた。獣医さんをやっているのだが、『動物の習性をよく理解して飼いましょう』などと威張って言えたものじゃない。
獣医さんをやってて 感情むき出しになるのは実は獣医さんじゃないだろうか?と はずかしながら そう思うときがある。
以前 愛犬‘オイ’と言う名の雌犬がいたのだが、名前のいわれは次の機会にしよう。誰もいないときは院内で放していたが 患者さんが来ると ハウスと命令し、ケージに入ってもらうのだが、これがまた ふり をする。 しっぽをたれて背中を丸め、頭(こうべ)を垂れて つまらなそうにケージに入るのである。
犬は犬で、猫は猫で それぞれに個性がある。一匹一匹も違うし、それぞれのしぐさや癖もある。それぞれにあわせて、共に生活する。
昼からの 気分転換の90キロのドライブをしてきました。