わたなべ動物病院の獣医さんブログin行橋

日々の思いをこごと、たわごと、ひとりごとに

東北の地

2023年03月11日 | 日記
 最近震災の話が多いなっと思ってたら 今日が震災の日だったんだと 経験してないと他人ごとになってしまうんだ なんか 空しい。
同調や同意 協調はできてもまったく同じにはなれないなっとつくずく思う そこは言葉に出してはいかん いかん。 
 35年前、仙台市に5年ほど(学部を入れると10年ほど)東北の生活をして今の自分の考え方の礎を作ってくれた所かな あの5年間が無かったら今の自分の思考回路はまったく違った方向に行ってたんじゃないだろうか 
もし無ければ技術的にも発想も異なる方向になってた 良い方向に? 悪い方向に? いや なくても今と同じ方向だった 一個の答えにこだわる必要はないとは思うのだが、果たして・・・.結果は解らない.。
 九州の人からは東北ってくら~い 古典的なイメージがわくかもしんないけど決してそうじゃないんですよ、むしろ先進的なとこも沢山あるんですよ そこの土地って行ってみないと分かんないですもんね、帰ってきてから 時間が経過してから初めて気が付くこともありますしね。
 仙台を離れるときに 秋田 青森 岩手 宮城を車で一周したけど もう一回、1っか月ぐらいかけて東北を一周したいな ついでに北海道の北の果てまで行きたい。
何もできないけどお世話になった東北に思いを馳せながら一歩一歩 前に進むことを願う、感謝をこめて。

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再々読 何回でも

2023年03月04日 | 日記
 さぁ~ しばらくお休みしてたブログを書こうかな 煽る方もまだたくさんいるみたいだがコロナ禍もやっと終息の兆しが見え始めたんじゃないだろうか 
閉塞感の漂う中で 電池が切れるまで 子ども病院からのメッセージ すずらんの会 編 再々再々再読 何回目だろう
 自分の治療方針や診断 考え方  世間様の動向 30年近くやってきてもいまだに迷う そうゆうときに最後のとこを読みなおすのだが 医師曰く
 『私は治療成績をよくすることが医師の仕事の第一目的だと考えいた。学会でも治療法の改良で成績がどのくらい良くなったかという発表ばかり聞いていた。同じような文献もたくさん読んだ。生存率の高い治療法こそ良い方法としてご家族に説明してきた。それが辛く苦しいものであっても、生きるためには耐えるのが当然と考えていた。
 医療は人の苦しみを和らげてあげるのが本来の姿だと思う。それがいつしか、医師は人の命を左右できる存在と勘違いするようになった。傲慢な考え方だ。命にとって大切なことは長さでなく、質である。命の質を決めるのは、暖かな家族とのふれあいだという事を~は教えてくれた。』
 私 この文章 好き
 コロナ禍で検査 検査 データを第一主義にしてしまったばかりに見失ってるものも計り知れないような気がする 今の獣医学においても似たような現象は多々見受けられると思う 
検査 検査で検査結果でやれ注射だぁ 薬だぁ を優先し、本質的な事を見失ってないだろうか 異常な値が出ても臨床症状がでてない限りには今すぐに治療や投薬に結びつかないこともある事を理解するべきだ だからと言って検査によって本当に偶然見つかった というのも事実だが あまりにもデータに頼りすぎてるのが昨今の医療並びに獣医医療のような気がしてならない 古典的な獣医より
 今いちど やさしさ きくばり その他うんぬん 思いを馳せるにはこの詩などはいかがだろうか
 親の思い 
  五体満足で育っている子供をもつと 
  子どものいない人をうらやむことがある

  切って縫って体にきずをもつ子どもをもつと
  元気で普通の子供をうらやましく思う

  一生ハンディの残る子どもをもつと
  一時の治療ですむ子どもをうらやましく思う

  余命宣告されたり子どもの死んでしまった親は
  ハンディが残ってでも生きている子どもをもつ親をうらやましく思う

  子どもができない親は
  産める親をうらやましく思う

  腹の底から大笑いをしてるそんな時もよいけれど
  私は いつも微笑んでいられる一日一日、瞬間瞬間を大切にしたい

  参考図書 電池が切れるまで 子ども病院からのメッセージ すずらんの会 編  角川書店






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