原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

年ごとに移動する、ひまわり畑

2014年08月26日 09時29分55秒 | 自然/動植物

 

8月下旬頃になると屈斜路湖の和琴半島周辺では「ひまわり」が一斉に花を開き、訪れる人を楽しませる。一面に黄色のじゅうたんを広げたようなその姿は北海道の自然を思わせ、実に雄大な光景の展開となる。いまや8月の定番ともなった。ところがこのひまわり畑、毎年その場所が移動する。そのつど弟子屈町は案内標識を立て替えている。どうしてこんなことになるのか。実はこのひまわりは、もともと観光用に作られたものではない。畑の肥料としてひまわりが使われているからなのだ。毎年畑の場所を変わる理由がこれであった。

 

植物を肥料代わりに植えると言う「緑肥」という農法がこれであった。エンバクやトウモロコシも使われる。屈斜路湖周辺は小麦や蕎麦、芋などの畑がたくさんある。こうした畑の土壌をいつも良い状態にするための方法の一つである。化学肥料や堆肥と違って、新鮮な植物細胞が土の中に入り込むので土壌改善にはうってつけ。腐葉土ともなり柔らかな土壌の畑となる。町が支援し、計画的に畑を選んで実行されている。だから、毎年場所が変わるのである。

小麦などの収穫の後、ひまわりの種を植え、そのまま翌年の春まで放置する。そして畑を耕す時、ひまわり(茎)も一緒に耕す。これで自然の肥料を使った畑ができあがる。緑の植物を肥料とするので、緑肥と言われている。

ちょうど訪れた時、台風の後であったため、倒れたひまわりがたくさんあった。収穫が目的ではないので、そのままにされている。彼らは畑を豊かにするためだけに花を咲かせ、実をつけているのであった。そう思って眺めると、ちょっぴり感傷的になるが、それでも多くの人を楽しませるという副次的な要素もあるので、これもまたヨシとすべきなのであろう。

ひまわりに囲まれて幻想的な気分に浸っている時、あることに気付いた。写真を見れば分かると思うが、花弁が太陽に背を向けている。周りを見るとほとんどが逆光。つまり太陽に顔を向けるひまわりではない。日輪草とか向日葵、日回りと称されるのは、いつも太陽に向かって咲く花だからのはず。どうしたことなのだろうか、と調べてみたら、単なる人間の思い込みであった。たしかに成長期には常に太陽に向かう習性がある。しかし成長するとそうはしない。つまり、大人のひまわりは太陽に向かわなくなる。子供が親離れするように、ひまわりもまた成長すると太陽離れをするのだ。

ひまわりに対する誤解はまだある。福島原発の事故の後、放射能の除染にひまわりが効果的だと言う説が流れた。これもまた単なる都市伝説。ひまわりの除染能力はゼロに等しいというのが真実。どうしてこのような話が生まれたのか分からないが、放射能に対する放射脳がおかしな方向に発揮された結果なのだろうか。

 

(太陽を背に受けて立つ、ひまわり)

意外なことにひまわりの原産地は北アフリカだった。しかし紀元前からアメリカインディアンは食料としてひまわりを食していた。ということは大昔のグレート・ジャーニー時代に運ばれたもの。その壮大な旅とともにひまわりがあったと思うと、ちょっと驚く。携帯食料、非常食料としての価値もあったのだ。15世紀にスペイン人がヨーロッパに持ち帰って、再び伝播することとなる。ロシアのひまわりは世界的に有名で、現在もひまわり産地としては世界一を誇っている。しかしロシアに渡ったのは17世紀から。日本にもこの頃に渡来している。ロシアのひまわりが有名となったのはロシア正教のおかげらしい。油性食料が禁じられた項目の中にひまわりは入っていなかった。そのために一気に普及したということである。

そういえば、1970年に公開された映画「ひまわり」の舞台がロシアであった。それも今話題のウクライナのひまわり畑であった。当時のソ連のなかでもウクライナ地方は穀倉地帯としてソ連の胃袋を支えていた地域。独立した国家となった今もひまわり畑は存在しているという。ただ、映画のロケ地は実はモスクワ郊外であったと、後に暴露されているが、あのイメージはウクライナのものであると信じたい。そういえば、あの映画も戦争が生んだ悲劇であった。ウクライナは昔も今も戦いの中にあるということなのか。主演のソフィア・ローレンも印象的であったが、なんと言っても旧ソ連の女優リュドミラ・サベーリエアの美しさは忘れられない。まさにひまわりのような女優であった。今どうしているのだろう。

もう一つ映画で思い出した。2011年に公開された日本映画「星守る犬」。北海道名寄が舞台で四十万本のひまわりが画面を彩った。主人公の男がこのひまわり畑の中で亡くなり、6カ月もみつからなかった。彼を見守った忠犬はその4カ月後に亡くなっている。その間、誰にも発見されなかった理由が分かった。つまりこのひまわり畑は緑肥だったからである。収穫を目的としない畑であるから、次に耕すまでそのままにされる。だからこそ、人知れず静かにこの世を去っていったのである。

 

メジャーリーグの選手たちがベンチで食べているのがひまわりの種。ときおり口から吐き出しているのはその殻。ヨーロッパでも子供のおやつにひまわりの種が出てくる。口の中で殻を砕き、実だけを食べて殻を吐き出す。慣れた人は器用にやるが、私はどうもこれが苦手であった。口の中が不器用な人には難しい。

ひまわりは夏の花とされ季語にもなっているが、北海道では緑肥として植えられるせいか、10月頃まで見ることができる。

ひまわり、その歴史とともに、人と関わる物語もまた果てしなく多い。


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