今日の社内連絡(ブログver)

sundayとかオリジナルテンポとかの作・演出家ウォーリー木下のつれづれなるままのもろもろ。

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多摩に住む

2014-09-14 | Weblog
多摩に住む。去年に引き続き。多摩と言っても広い。ここは多摩センター。ハローキティに会える街というコピーが街のあちこちにあり、実際に白いネコたちが土曜日の3時になると街の十字路にやってくる。巨大な、宗教団体の入り口のような建造物があり、そこにネコたちは住んでいる。ベネッセのビルがあり、その前にはニキ・ド・サンファルのカラフルな彫刻が置いてある。多摩センター駅から降りて外に出ると車は一台も見当たらない。幅が20M近くある大きな歩道がずどんと伸びている。ゆったりとのぼり坂になっていて、その向こうには巨大な階段と銀色の神殿がある。それがパルテノン多摩と呼ばれる劇場だ。そこから見えはしないけど、その上には人工池があって、さらに奥にはセントラルパークのような緑地公園がある。そこではジョギングしている人たちや芝生で本を読んでいる学生や親子連れや犬が奔放に時間を過ごしている。同じくらいゆったりと空には雲が流れている。買い物をするにしても食事をするにしても手に入らないものはない。三越やイトーヨーカドーがあるので、高級品から生活用品までなんでも揃う。なんでもというのは嘘だ。マリメッコのキッチンアイテムやアイスランドのヒット音楽やスリランカ料理は手に入らないだろう。しかしそれらはインターネットにさえアクセスできれば数日で手に入る。映画館もある。病院もある。学校は(学生服の人たちはよく見るから)きっとどこかにあるのだろう。小さな街だが、実際に1キロくらいの間に、少し過度な資本主義的な生活は送れるようになっている。なんだか自分が小さな王国にいる気分になることもある。そこでは人間の大きさの白いネコがいて、ギリシャ的建築物がシンボルとして屹立し、かるがもが親子で連れ立っている。現実感がなくなると言えばなくなる。この小さな王国でみんなで学祭みたいなフェスをする。この小さな王国の小さな新しいお祭り。になるといい。
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魚が集団で泳ぐ姿のように

2014-09-12 | Weblog
何の影響か、誰に教えてもらったのかはわからないけど、演劇作品をつくることはチームをつくることとほぼ同義語になってきている。組織論というと大げさだけど、どんな集団にしたいのか、そしてみんなで何の夢を持ちたいのか、そのためにみんなが幸せになることはできないのか?を考えてきた20年だと言ってもいいかもしれない。それがひいては演劇作品をつくること以外のこと、たとえばフェスをやることや、会社をすることや、プロジェクトを立ち上げることにも生きている。だから、まあそれはそれで良かったことだと思っている。
実際には、今までに、みんなが幸せになれないこともしてしまったこともある。夢だけ見て実現させなかったこともたくさんある。そういう忸怩たる経験が僕を「チーム=作品」という考え方にしたのかもしれない。演出家なんだから作品のことだけ考えておけばいいじゃないか、と言われることもあるけれど、それはとても難しいし、そういう風に僕はしない。
もしくは僕は自分のことをそれほど信頼していないのかもしれない。このくすぶる炎のフィールドでひとりで戦おうなんていう野心的で才能溢れるアーティストではないと自分のことを思っている。誰かを守ることで誰かが僕を守ってくれると信じているし、そういう組織に憧れる。
しかしそれにしても、いまだにトップダウン的な、透明性のない組織をよしとしている集団を見ると残念に思うし(ちょっと危ないなあと思う)。ボトムアップとは言わないけど、せめてフラットにしようよ。責任を分担して、役割を明確にして、それでもフラットに、協働できる組織。ひとつの体のように。魚が集団で泳ぐ姿のように。それって俳優の演技に対してもちょっと思うことだったりする。
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趣味を探して

2014-09-09 | Weblog
母親に用事があって電話をしたら明日から東京に来てるという。何しに来てるの?と尋ねると、国立新美術館で自分の写真が展示されてるらしい。確かに数年前から写真をはじめていた(その前には絵もはじめている)ことは知っていたけど、いつの間にそんなことになっていたのだ。
父親と母親は対照的で、僕はどちらかと言えば父親譲りで、趣味というものをほとんど持たない。今までにバイクとかダイビングとか、自分がはまるものを探しては来ているが、どちらも今はまったくしていない。そろそろ何か始めたいのだが何がいいのだろう。周りを見渡してみる。MONOの土田さんはレザー製品をハンドメイドで作っている。いつか狩猟をはじめるんじゃないかってくらい凝ったもので毎回驚嘆する。sundayのサキさんなんかはアウトドアとかキャンプ。他にも世界中の面白い楽器を集めている人もいる。スパイスにこだわった料理を道楽にしている人もいる。道楽を越えて本物のマジシャンになった人も知っている。みな人知れず、自分の趣味道を追求している。
僕もなんか欲しい。できるなら一生できるようなもの。facebookでいいね!と押してもらえるようなもの(それはいいや)。今年の目標はたばこをやめて、そのお金をそっちに回そう。うん、一石二鳥だ。たばこをやめる理由にもなる。毎日430円でできる趣味。そう考えると何かありそうだ。今は家庭菜園か古切手集めくらいしか思いつかない。どっちもまったく興味ない。まあ趣味なんて強制的に始めるものでは絶対ないんだけどね。
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忘れられない罵倒

2014-09-07 | Weblog
昔つきあってた人に「あなたは基本的に人をバカにしている」と言われたことがある。もう10年以上前の話だ。前後の文脈はよく覚えていないけど、それは軽い感じではなく、とても大事な話をしているときに、そう言われた。「あなたは基本的に人をバカにしている。そして私のこともバカにしている」と。
その言葉に(あたりまえだけど)とても深く傷ついたし、なんでそんな風に思われたのか真剣に考えもした。誤解だ、と言ってみたけど、しかしよくよく考えれば、僕は基本的に人をバカにしているところがあるのかもしれないとも思った。それはそれできちんと否定できない。だからこそ無意識の部分をずばっと見抜かれて傷ついたのかもしれない。だとしても、そんなこと言わなくてもいいじゃないか、と。ふたをあけられたような気分になったのだろう。
でもそれ以来、ことある毎にその言葉を思い出す。僕は今、人をバカにしているんじゃないだろうか、と。
それは優しさの中にそっと潜り込ませることもできるし、ディスコミュニケーションによって導かれもする。尊敬しているフリや、自分勝手な行動の中に、そういう根っこがあるんじゃないか。常に点検をしないと、自分は「いつだって人をバカにしてしまうんじゃないか」と思っている。強迫観念とまではいかないけど。
人をバカにすると言うのは、ただ見下すとか、そういう単純な話じゃない。他人に対して愛情や信頼を持たないということだ。愛情と信頼、本物の尊敬なしで、たとえば作品をつくることはとても難しい(演劇というのは恐ろしいほどに集団作業なのだ)。みせかけのコミニュケーションで済ますことはなかなかできない。それを教えてもらったことは深く感謝している。
人生で何度か、そういう、忘れられない罵倒もしくは批判というものがあり、それは今の自分を形成しているといっても過言ではない。そのときはとてもショックだし、やさぐれるもするが、そういう銃弾を何発受けたかで成長するタイプの人間もいる。残念ながら僕はそういうタイプだ。
(その他のいくつもの銃弾をここで思い出すのはちょっとしんどい。日曜の朝にするような作業じゃない。)
そして逆説的に知ったのは、人を傷つけてでも伝えなくてはいけないことがあり、人と人はそういう真剣勝負の中で信頼と愛情を獲得しないと、極端に言えば、生きている意味がない。僕が誰かのために忘れられない罵倒や批判ができているのかどうかはよくわからないけど。
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強いのほほん

2014-09-06 | Weblog
ここ数週間の自分のやっていることをまとめて書いてみる。まずは女の子9人の歌謡ショーの演出。それから来年の企画が同時に3本動いていて、今はそれぞれの舞台美術を決めているところ。僕の場合、まず美術を決めて、それをもとに本を書く、という順序がわりと多い。そのくらい美術は大きな要素になる。建築的な演劇を求めているからだと思う。今動いている3本とも、全然路線の違う建築物で、毎日違う国の建築家と話をしているようで楽しい。神戸ではベトナム人とカラオケをした。それも仕事だ。11月に外人だらけのカラオケ大会を演出する。ダンスボックスをカラオケボックスにする予定。よく分からないと思うけど僕もよくわからない。わからないけど、面白いことはわかっている。USJに行った。これも仕事だ。仕事だけど、遊びまくった。人が作ったエンターテインメントをしゃぶりつくように楽しむことも、時には大事だ。やはり僕はDLよりもこっちの方が好きだな。端的に言えば、ゆるさ、があるのが好きだ。ハリーポッターの国にも行ったのだけど(僕はなにひとつその世界観を知らないのだけど)、あるクルーには「魔法の国へようこそ」と言われ、で別のクルーには「リアルに再現されています」と言われた。別にどっちでもいいのだ。そこで働いてる人にある程度任されてる感じが素敵なのだ。(DLのあの分厚いマニュアル感が苦手なのだ)
で、ほとんどの時間は多摩のフェスティバルのことで費やされている。演出家にとって、街を演出する、というのは夢のひとつだ。だから嬉しい。そういう意味では、いつかテーマパークの演出もしてみたい。
大阪と神戸でも街という名のテーマパークで建築的な演劇を街の中でするのでそれのプランも検討中。どう考えても時間がない。おそろしい。
いつものごとく色んな人に会っている。初めましての方も多いし、僕が会いたくて飛び込んでいく場所もある。いろんな人間がいてそのことにびっくりする毎日だけど、のほほんとやっていくしかない。
本は東浩紀の「弱いつながり」を読んだ。旅に出ろ、と言ってきた。いつの間にか8月が終わっていた。強いのほほんでやっていこうと決める。
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