今日の社内連絡(ブログver)

sundayとかオリジナルテンポとかの作・演出家ウォーリー木下のつれづれなるままのもろもろ。

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老化オブザイヤー

2018-01-04 | Weblog
あけましておめでとうございます。
年明け早々、元旦から風邪を引いた。もともと寝正月にするつもりではいたのだけど強制的に寝正月になった。不運なことに嫁と小さな人間にも風邪はうつり、家の中は壊滅状態の3日間。開ける気でいたボトルはそのままだ。
考えてみれば去年は自分にとって老化を感じる一年だった。とにかく身体が悲鳴を上げ、故障を繰り返した。車で言えば走行距離が10万キロを超えたあたりだ。グラフは折れて、そのまま下降にむかっている。まず目が急激に悪くなった。JINSの店員に言わせれば「老眼の入り口」に立っているらしい。まだこの先も暗闇があるのかと思うとげんなりだ。大きかったのはぎっくり腰。あまりにびっくりして、「びっくり腰」だったか「ぎっくり腰」だったか思い出せなかったくらいだ。冗談抜きに。ここまではなんとなく原因もわかっているのだけど、手のひらに原因不明の湿疹ができたときは恐怖すら感じた。老化を超えてゾンビ化。他にももろもろ身体の節々に異常を感じ、暇があれば病院に通うような日々だった。老人か。
というわけで今年の抱負は「歯止め」。元旦から風邪を引いたのも「歯止め」だと思えば明るい兆し。これ以上は悪いことはない。そう言い聞かせる。
みなさんも健やかな一年を。
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あましん

2017-10-11 | Weblog
(2週間ほど前のことだけど)
「ハイキュー!!」で初めての兵庫公演。とはいえ尼崎なので、関西人意識としては、兵庫というよりは大阪に片足入れてる場所だ。
あましんアルカイックホール。20年以上前になるけどここでオペラの「カルメン」が上演されるときにバイトでアンサンブルとして立ったことがある。神戸大学の学生劇団のみんなで参加した。兵士の衣装を着せられ、槍とか持って、まるでピクニックみたいな楽しさがあった。まさかそこに20年ぶりに戻ってくるとは。で、思い出したけど、隣のオクトホールでも、これも10年以上前だけど、有栖川有栖さんの原案の「インディアン島からの招待状」という舞台の演出をさせてもらったことがある。舞台美術は柴田君で、たった1回こっきりの本番だったので(なんでだろう?)、舞台美術を最後みんなで壊すという無茶苦茶な演出をした。とても楽しかった。
あの頃同じ時期にやったオリテンの「ウェイティングフォーゴドー」(ゴドー待ち)の演出も、なにもない舞台に、役者が舞台美術を作るところから芝居がはじまるものだった。あれもどっか尼崎の別のホールだった気がする。覚えていない。どれも森村pとの仕事だ。高見君とか、そういう時代。高見君の話はまたどこかで。
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死ぬとき、人はどのくらい悲しくて苦しいのか

2017-10-08 | Weblog
1年半ほど前に一度診てもらった粉瘤が再び痛くなったので今度はきれいさっぱりとってもらう手術をした。たいしたことはない。わずか40分くらいで終わるものだ。とはいえ地元の小さな病院では無理なので、ほんの少し大きめの病院に。簡易的な手術室に通され、背中に局部麻酔。ラジカセからはマイケルジャクソンのベスト盤が流れていて、担当医と手術医、それとアシスタントの3名は、手術中もっぱら別の患者の噂話や四方山話をしている。僕の存在に気づいているのだろうか。昼休みにするオリエンテーションのようだ。折り紙でもつくっているのだろうか、と心配する。安心していいのだろう。その印だ。実際、この手術になんの不安もない。
なのに、僕は結局ずっと「死」について考えていた。このまま死ぬかもしれない。いや、こうして、死ぬんだ、と。キングオブポップの「黒と白」が小さく響く手術室で途方もない絶望感にうちひしがれていた。なんなんだろう。この病院マジック。今までに2度ほど病院で死にかけたことがあるから、その記憶がよみがえるのか、それとも単純に麻酔による酩酊のせいか、非日常を楽しんでいるだけなのか。
手術はなんなく終わり、帰り際に医者は、できあがった鶴を見せるように、摘出した粉瘤を見せてくれた。小さな塊。僕は軽くお辞儀をして、それから抜糸の予約をする。
「死」について考えるのは、年を取っても変わらず怖い。それは予想外だった。死ぬとき、人はどのくらい悲しくて苦しいのか。それを思うだけで深いため息が出る。まさか医者も目の前の患者が、そんな深いことになっているなんて思っていないだろう。でもまあ、病院ってのはそういう場所なんだよね。
僕は自分の命が一度ならず二度も助かった経験があるので、基本、今の人生は付録だと思っている。ラッキーなもうひとつのライフ。それでも、こういう暗い穴を覗きにいってしまうことがある。精神のバランスとしては良くできていると思うけど。
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おいしい水

2017-10-06 | Weblog
熱帯の音楽サービスでアントニオカルロスジョビンの歌を朝から聴いて、仕事する。熱帯の宅配サービスで、本物の「おいしい水」も運んでもらっている。
テレビの収録。W3のことを宣伝してくれる。ありがたいことだ。フィリップと一緒に。メイクさんにメイクをしてもらった。案外はじめてかもしれない。どういうスタンスで鏡の前にいていいのかわからず、まるで病院のレントゲンの時のような気持ちだった。
収録終わってから江口さんと客の誰もいない割烹に入る。主人と若頭的な男2人で切り盛り。かなり不安だったが当たりだった。さまざまな秋が口の中で踊り、はじけ、びっくりした。家の近くにあれば通いたい。代わりにというわけではないが家の近くにパン屋ができて、ことあるごとに通っている。さまざまなコッペパン。給食の味。
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「私はとても静かに怒っている」

2017-10-04 | Weblog
F/Tがはじまったので、見に行った。池袋南口公演でピチェ・クランチェンの「Toky Toki Saru」。
見ている最中に僕の頭によぎってたのは「私はとても静かに怒っている」だ。ふと浮かんできて、そこに張り付いた。まるでなにかのキャッチコピーのようだ。青空の上にゴシック体で「私はとても静かに怒っている」。
そういう意図のある作品なのか、それともただたんに家を出る前に小池さんの会見と民進党のごたごたのニュースを見たからか、もしくは随分昔の僕の個人的な記憶がよみがえったのか、わからない。けれど、僕にとって、面白いコンテンポラリーダンスの特徴は、見ているときに、目の前の振付とは全然違うことをたくさん考えられるダンスだから、そういう意味でとても良かった。青空とか緑の木々とか屋台とか、いちゃつくカップルや家族連れとか、遠くのこととか、そういうのが混ざり合わずに独立していてそれでも同じグルーヴで。まさにクラブみたいだったな。
小さな人間が池袋の異形の猿たちをどう思ったのかはわからないけど。
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ものまね

2017-10-03 | Weblog
なるべく日記をつける習慣を復活させよう。三日坊主で終わらないようにするポイントはただただ自分のために書くことだ。誰のためにも書かない(そんなことは到底難しいのだけど)。
今読んでいる本はポール・オースターの「冬の日誌」。西堂公人著「蜷川幸雄×松本雄吉」は読了、「騎士団長殺し」とインタビュー本も一気に読んだ。山崎亮の「縮充する日本」ももうすぐ読み終わる。家には10冊くらい出番を待っている文庫が積まれている。最近ようやくdvdで「この世界の片隅で」と「ローグワン」を見た(どっちも30分だけ飛行機の中で見て、面白そうだったのでやめた)。
2ヶ月前に家に小さな子供がやってきた(宇宙から)。毎日遊びと観察をしているだけで面白い。最近は指を眺めるのが流行っている(舐めるのも流行っている)。それと「アグー豚」と喋った。沖縄行きたい。あと笑うポイント謎。
「ハイキュー!!ー進化の夏ー」は絶賛公演中。西へ東へ、夏を運んでいる。頼もしい。
「W3」の改訂がはじまって頭脳を手塚さんにしてみる。手塚治虫フリークではないのだけど、やはり手塚治虫になりきって考えてみるってやり方が一番早い。演技に近いかもしれない。その人になりきる。そのために何冊か本を読んだり資料映像を見たりした。今なら手塚治虫のものまねも出来ると思う。
天気は晴れ。
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アヴィニョン演劇祭視察旅

2017-10-01 | Weblog
3ヶ月以上前の旅日記、今更だけど、書いて放置していたのをアップする。長いので、暇なときにでもどうぞ。
・・・
SPACにお声がけいただきフランスまで行ってきた。
SPACと言われても知らない人もいると思うので簡単に説明すると、Shizuoka Performing Arts Centerの頭文字をとってSPAC、読みはスパック。日本で唯一の公立劇団である。唯一というのはウソで、兵庫のピッコロ劇団も公立だ。そのふたつか。まだあるのかもしれないけど知らない。日本になぜ公立の劇団が少ないのかは、ヨーロッパなんかと比較すればもしくは日本のオーケストラなんかと比較すれば圧倒的に少ない、おそらくいろんな理由があると思うから、興味ある人はインターネットとか図書館で探してみてください。でSPACは劇団活動以外にも東静岡に劇場をいくつか持っていてそこの運営をしたり、演劇祭を行っていたりもする。たぶん様々なアウトリーチも行っているのだろう。芸術監督は宮城聡さん。僕は10年くらい前に一度会っていて、その頃のオリテンの制作の井上さんがク・ナウカの制作も手伝ってこともあって紹介してもらった。で時は流れ2年前にそのSPAC主催の「ふじのくにせかい演劇祭」のフリンジ的なフェスとしてストレンジシードが誕生した。僕はそのディレクターを仰せつかった。なぜ僕に白羽の矢が立ったのかはよくわからないけど、個人的に「公共(と芸術)」というものに興味と関心があるので引き受けることにした。最初にストレンジシードの話を聞いたときに話題に出たのがアヴィニョン国際演劇祭のことだ。フランスの小さな街で行われる(静岡なんかとは比べるまでもなく小さな街)国際演劇祭の、あの雰囲気。街全体がお祭りになる感じ。そんな風に静岡をしたいのだよ、と言われても行ったことないので行くことになった。今年のアヴィニョンにSPACが招聘され公演を打つのでそのタイミングで連れていってあげると申し出があった。さすが公立劇団、これが世に言う「視察」である。人生初「視察」、官僚とか市長とかが海外に行くやつ、シ、サ、ツ、税金で海外旅行のイメージ、よくニュースにもなっている、ついに自分にも「視察」のときがきたのだ。(とはいえこれはSPACからのお金で行くのではなく、文化庁のお金だ。ありがとう文化庁、メルシー文化庁)。
視察の同行者はSPACの成島さん、映画監督の本広さん、庭劇団ペニノのタニノさん、一緒にストレンジシードをやっている静岡の渡辺さん、元鳥の劇場の斎藤さん、そして僕。
真夜中に羽田を離陸するフランス国旗の飛行機でまずは日付を逆行して過去のパリへ、大飛行機から小飛行機に乗り換えてマルセイユ空港、朝方につく。空港からは無料のバスで近場のTGVの駅まで。炎天下の中、遠くに地中海を眺めながらいつくるとも知らない列車を待つ。バタバタと日本を飛び出したので、そうかここは南仏なんだと気づく。アヴィニョンのことを何も調べないで来てしまった。思ってた場所と全然違う。パリ近郊くらいに思っていた。まあトランジットすると聞いて、おかしいとは思ったのだけど。
アヴィニョンのことも、ア、ビ、ニ、ヨ、ンとずっと呼んでた。発音が全然違った。
エジンバラ(これも正式な発音はエディンバラ)、シビウと並ぶヨーロッパ3大国際演劇祭のひとつが行われていることは勿論知っていた。オリジナルテンポでエジンバラにはフリンジ参加、シビウには招聘された経験があるから、実際の所、さああとはアヴィニョンだ、と意気揚々と憧れていた時代もある(当時オリテンはあんまりアヴィニョン向きではないと言われて肩を落とした)。
そんな場所にまさか視察で行くことになるとは思ってもいなかった。
陽光浴びてホームに滑り込む列車は、いかにものどかで、仕事とはわかっているけどバカンス気分もぬぐいきれない。「Star Guiter」のPVに似た車窓の景色も1時間ほどでアヴィニョン駅に到着。歩いて10分のホテルにまずはチェックイン。昔静岡市長も泊まったことのあるホテルだそうで、田舎のホテルにしては設備は整っていた。プールまで付いていた。しかしシャワーからお湯は出なく、それは丸一日続いたのだけど、まあそんなことはよくある。まずは腹ごしらえ、「プラ・デュ・ジュ(ランチ定食)」。ちなみに大学時代に仏語を第2外国語で履修していたのだけどあまりの興味のなさとそれ故にまったく頭に入らないことで怒りを覚えた言語である。なので、今なおまったくわからない。柔らかいポークの蒸して焼いたようなものが出てきて、それに甘いソースが鬼のように絡まっている。食べたかったものとは違うけど、ワインで乾杯、はじまりを祝す。南仏という土地がそうさせるのか、基本、僕らは食べて話をしていた。ほぼはじめましての一行だったこともあり、もちろん面識はあるけど、ゆったりとこうして異国の地で行動をともにすると、それはそれで日本にいては出てこない意味と無意味の往復会話が繰り広げられる。それが一番楽しかったかもしれない。特にタニノさんの武勇伝は、それだけで千夜一夜になるんじゃないだろうかと思うものだった。
アヴィニョンの街は城壁に囲まれている。城はない。高さ10mくらいの強固な石壁がぐるっと円形に街全体を囲っているだけだ。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の世界の終わりの方。もちろん小説みたいに一度中に入ったら二度と外に出られないわけではない。いたるところに道が開かれている。出入りは自由。お金を取られるわけでも、身分証の提示も必要ない。およそ3時間くらいで回りきれるくらいのサイズだ。ディズニーランドとディズニーシーをあわせたくらいの大きさだと思う。ブラブラと過ごすにはちょうど良いサイズ。とはいえ、迷路のような複雑な小径はなかなか覚えられなくて苦労した。まっすぐ行ってると思ったらいつの間にか曲がっていて、思っている方角とは反対に歩いていたりする。路地の多さも輪をかけ混乱へと導く。とはいえ1週間もいればおおよその地理は覚えれるだろう。最悪城壁にぶつかればどうにかなる。壁に沿って歩けばどこかに出る。
着いた日の夜は、SPACの公演の公開GPが行われた。SPACは今年のフェスのオープニングを飾ることになっている。これは歴史的な快挙で、たとえるならカンヌでグランプリを獲るようなものなのだ(違うかもしれないけど、ヨーロッパの中での評価で言えば、たぶんそのくらいのことなのだ)。公開GPとはいえ、期待と熱気に包まれた客席だった。場所は法王庁の中庭。この街のシンボルともいえる場所で、アヴィニョン演劇祭にとっての聖地。今までこのオープニングを飾った演出家の名前を聞けば、ああなるほどと一発でその栄誉が推察できる。その演劇の聖地に宮城さんは水上舞台を作り、堂々とむこうの戯曲(「アンティゴネ」というギリシャ神話)を、おもねることもなく、かといって突き放すこともなく、日本的な世界観で描ききっていた。
実は僕は静岡で一度見ているのだけど、全く違う作品と言ってもいいくらいだった。舞台美術と演出は少なくともこの場所を想定して作られていたことは開場してすぐに解った。ちなみに開演時間は22時。ようやく太陽が沈む頃、少しだけ涼しくなってきて、水の上を蝋燭を持った演者がゆっくりと現れ、前説があってそれから巨大な壁に影が浮かび上がり、開宴する。
終わったときには23時半くらいだっけ?それから散歩をしながら帰る。祭りはまだはじまっていないので、街自体はとても静かだ。
翌日がフェスの前夜祭的な日で、到着して3日目が本格的なスタートの日。僕はオフを中心に一日中舞台を見まくる。
そう、このフェスではオンとオフってのがあって、SPACはオンで、正式招待作品。フェスの目利きのディレクターが「あなたやりなさい」と声がかかって初めて参加できる。オフは、街のあらゆる所に劇場が出来るのだけど(協会、学校、倉庫、パブ、家、体育館などなど)そこで自分から進んで「やりたいです」と言って出れる(お金もかかる)。つまりは普通の小屋を借りて行う興業。それでも参加するのは世界中からこのフェスにバイヤーやディレクターが来てるから。一発当たれば世界中にツアーに行けるかもしれない。僕も昔にエジンバラで(エジンバラの場合はフリンジと呼ばれる)そのドリームを体験した。
というわけでオフは1ヶ月で1000演目はある。電話帳ほどの厚さのガイドブックを、今思ったけど電話帳というたとえは最近使われないね、ガイドブックを渡辺さん、本広さんと一緒ににらみ合い、これだと思うものを片っ端から見にいく。ジャケ買いみたいなものだ。ほぼ博打、あとは長年の直感と少ない情報を頼りに。これがフェスがはじまって1週間でも経っているなら、噂とか劇評とかも出回るのだけど、なんせ初日だ。で、僕は明後日にはもう帰るから、実質2日間しかない。オンとオフをあわせて10本はくらいは見れただろうか。ダンス、人形劇、パフォーマンス系を中心にした(ジャンルに関しては電話帳を見ればわかるようになっている。シャンソンと書かれてるのがたくさんあって流石フランス)。ストレートプレイは今回はやめた。ゆとりがあるときは見てみたいのだが。その采配が功を奏し、打率は7割五分。かなり良い成績だと思う。
芝居を見ながら街を歩いて、疲れたらその辺でご飯を食べて、路上ではたくさんパフォーマンスをやっているから(宣伝の一環でもある)それをただ眺めているだけでも面白い。城壁の中がこの期間、ひとつのテーマパーク化しているというわけ。パフォーミングアーツのテーマパーク。静岡もそうなるといい。と無理矢理でもなく視察の旅の結論として思った。
しかし、歴史は一日では作れない。今年が(確か)70年目だ。70年毎年行われてきたことの地層的重なりが「良いも悪いも」積み上がっている。それゆえに「当たり前」な感じが面白くない部分もあるし、システムゆえになんだかばかばかしい気持ちになるときもあるが、それでもやはり「すごい」なと思う。
日本の演劇フェスでこれほど長い間続いているものはあるだろうか。たぶんないと思う。これは民族性なのだろうか。スクラップ&ビルトの国。新しいものを「良し」とする風潮。それって積み上げがないから、結局、グローバルな戦いに弱い気がする。とはいえ、世界と戦う必要があるのかって言われると、それはまあ個人個人の資質にもよるしな。
一応メモかわりに見たものリスト。

・une balade sans/chausettes 子供向けのダンス モノの使い方面白かった ☆☆☆☆
・planete/theater des alberts パペット うまい ミニマムなセットの使い方も良い☆☆☆
・finetuning/espace alya 東欧?ロシアの民族系ダンスと生演奏 初めて見たこういうの ☆☆☆☆☆
・how long is now???/foca 台湾のパフォーマンスグループ シュール 大好き ☆☆☆☆☆
・five truth/ケイトミッチェルの映像作品☆☆☆
・scena madre/Ambra Senatore  コンテンポラリーダンス 面白い動きもあったけど ☆☆
・standing in time/LEMI PONIFASIO かなり社会的なメッセージを含んだパフォーマンス 僕はダメだったけど、終わった後とにかく話をしたくなる内容 ☆☆☆
・VISITE DE L'HISTOIRE DU FESTIVAL ANGLAIS ツアーガイドに連れられてアヴィニヨンと演劇祭の歴史をたどる。なにか面白いこと起こるのかと思ったら何も起こらなかった ☆
・観劇の間に渡ったアヴィニョン橋は途中までで終わっている橋で、そこの伝説もまた演劇的で面白かった。☆☆☆☆
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W3のこととか

2017-07-08 | Weblog
たまに人に聞かれる。「東京に来てウォーリーさんはやりたいことできています?」と。
暗に「商業の世界はいろいろたいへんですよね、劇団みたいにはいかないですよね」と言いたいのだと思う。
この質問に真面目に答えるなら、半分は正解だけど、半分は不正解。おそらく劇団での公演よりもやりたいことはできている。みんなが思うほど、「縛り」や「制約」や「暗黙のルール」や「規制」はなく、なんなら僕の自由な発想をなんとか受け止めてくれようとしてくる人たちが多い。そして実際的に、受け止めてくれることは多い。恵まれているのかもしれない。
半分正解の部分は、いろいろたいへんなことは多い。まずは時間だ。時間はお金で買えるかというと、実は買えない。人はなにかをやりたいときに、そのほかのことを犠牲にするかというと、そうはしない。だから基本、東京の人たちは、したいことが多いからだろう、みな忙しい。そのスケジュールを調整するだけの仕事があったりする。さらにそのスケジュールを調整する人を調整するみたいな仕事があったりして、まるでナンセンスなSF小説のようだ。もしくはウロボロスの蛇みたい。時間、の他にも、欲求や、プライドなど、いろいろな要素が同じように調整されていく。その調整作業を僕がするわけではないので、実際はたいへんな人を横目で見て、少し申し訳ない気持ちになり、ときたま、僕の時間や欲求やプライドは、棚上げしてあげたくなる。そのやりとりで疲弊がないと言えばウソになるが、僕の疲弊と、そのほかの疲弊を比べれば、たいしたことないと思える。
やはり幸運なのだろう。無理して演劇を作らないといけないようなことは何一つない。産まれるものを自然にとりあげてあげれば、それが観客のみなさんや関係者のみなさんをどう喜ばせるかはわからないけど、少なくとも僕にとっては「かわいいこども」になる。
とはいえ、実際にとりあげるのは観客の皆さんで、たとえ満足いくようなできばえの作品をみんなで作っても、観客がひとりもいなければ、それは産まれていないことになる。たぶん、なる(聞く者がいなければ森の奥の倒れた木は倒れていないことになる)。観客が「面白くない」と思うこともまたひとつの成果だ。それはもしかしたら面白いと思ってくれることと同じくらい大事だったりする。とにかく見てもらわないとはじまらない。
「W3」は、この話は「W3」に繋がります、「W3」は僕にとって、ある種の始まりだと感じている。
それはノンバーバルだからなのか、ロングランを狙っているからなのかわからないけど、オリテンとかギアを立ち上げたときととても似ている、感触が。まだなにも産まれていないに等しい。もしくはごつごつの岩の原石だ。これを、削って磨いて光沢を作り出す作業に入る。根本の思想(というと大げさだけど)は間違っていないとこの旅で思えたことは良かった。だからこそ、もっと奥の方にある「光」をがんばって見つけ出したいと思っている。そこには観客の皆さんの手も必要になる。なるべくたくさんの人の手によって触られ磨かれることで、きっと強度のあるものになるはずだ。
話は変わるが、今回のキャストスタッフのみなさんには感謝しかない。おそらくここ数年では一番創り上げるのに時間がかかってしまった。たぶん見た人は理由がわかると思うけど、なんせ、ひとつひとつが恐ろしいほどに手作りというか、手間がかかっている。実験と言ってもいい。まさにホームメイドワークス。ラボ。作り手みんなの手垢が感じられたとしたらそれは嬉しいけど、僕の判断の遅さで迷惑をかけてしまった人たちもいるし、そのことは大きな反省。ま反省することよりも、実験があれば成果があるように、きちんと見極めて、ぐいぐいと次への展開を決めていかないと。
このタイミングで旅に出られたことも良かった。アヴィニョン演劇祭。視察の旅。ただ芝居を見まくるだけの4日間。その話はまた次に。
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トランジット

2017-07-05 | Weblog
トランジットの2時間。こういう時間がないとブログをアップする気が起きないのもどうかと思うが、世界の見えざるネットワークの恩恵を受けて書いている。本来ならば書かないといけないことは(〆切は過ぎている)、山積みなんだけど、飛行機の中で仕事はなかなか進まず、結局手つかず。すいません、関係各所、早めに送ります。という直接言えよ、てことをしたため、今ここがどこなのか、たぶんパリ、それはまあ、チケットにそう書いてあって、そう書かれた飛行機に乗って、そう書かれた空港にいるからそう思うけど、実際はどうだかわからない。グーグルアースを開いて自分の位置を確かめることで少しは確信に変わりそうだけど、あてにしていいものと、あてにはできないものの、差異は、今は、よくわからない。
自明のことをもっと揺らがすような演劇を作りたいと思っていて、それは自分自身が変わりたいからだと思う。変わりたい、という欲求はなんなんだろう。小さい頃からずっとあった。今の自分はきっと間違っている、と思っている。もっと違う形の違う色の違う匂いの自分に、本来ならばなれると思っている。本来の自分というものなんかに一生辿り着かないことはどこかで知っている。だからぐるぐるとらせんのように、その周りを、変化しながら堂々巡りでもかまわない気持ちで歩き回っている。まるでカフカの「城」のようだ。
旅もまたそういう経験ができるもののひとつだ。変化しながら、ぐるぐると周り、結局本質には一歩も近づけない。それを空しいと思うか、楽しいと思うか、で人の性質は随分違うのだろうな。
絶賛上演中の「W3」のことは旅先で書けたら書こう。
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17年前半回顧録的雑文

2017-05-28 | Weblog
この4ヶ月いろいろなことがあった。備忘録として過ぎて去っていったことをとどめておく。

○大きいのは「ハイキュー!!〜勝者と敗者〜」「TPD DREAM CRUSADERS」「東京ワンピースタワー第3弾PHANTOM」「ストレンジシード」の4つ。
どれもひとつひとつ濃いもので、考えること、達成感、反省、発見、思い出を書き出したら枚挙に暇がない。
燃え尽きて、灰になって、どこか遠いところに飛んでいきたいのだけど、それも許されないくらい怒濤の日々だった。
出演者やスタッフのみんなの尽力に僕が応えられたかどうかは置いといて、僕の理想にはどの舞台も到達できて、それはもう感謝しかない。
すごい人たちと一緒に仕事をさせてもらっていることに奇跡に近い喜びを感じている。
中にはややこしい人もいるけど、ややこしい人もややこしいなりに、作品を良くしようと(なんなら誰よりも)思っているわけで、そのことに口を挟む必要はない。
まあ僕が一番ややこしい人だと思われているかもしれないけど。

○逃亡できない分、ぼーっとホテルの検索サイトを眺めてるときが今は一番楽しいかもしれない。
問題は、行く予定もなく見てるのに、一つ見ることによって、エジプトやアラスカのホテル情報がネット広告でがんがんでてくることだ。うざい。
「ウォーキングデッド」は7も終わってしまって、死んでしまった人たちのことを考えて、不思議な空虚感に包まれるもまた幸せの一種なのだ。
しかし第1話はえげつなかった。数日間、落ち込んだよ。

○結局の所、関わってくれている人たちとの繋がりで生まれることが大部分で、僕はいわゆる「天才肌」ではないし、
組織論としての演劇を目指している節がある。
新しいことは、僕一人の頭では作れない。みなの知恵を集めて、ひとつの元気玉みたいなものを作る。
それをお客さんに投げてみて、できればみんなの元気玉ももらって大きなエネルギーにする。
技術的にはとても難しいことをしようとしているのだから、なるべく楽しく、元気に作れたらいい。

○できるだけ「名付け得ぬもの」を作りたい。もしも名付けたいのなら、見た人に、体験した人に、その喜びは取っておきたい。
でも今はどんどんどんどん、作り手側が名付けて言ってしまう。もしくは名付けられたものに自分たちの作品を乗っけてしまう。
それって売るためには仕方ないけど名前をつけられた瞬間、その「もの」はどんどん消費され、賞味期限ができあがってしまう。
「もの」はそれでも(もしかしたら幸せなことなのかもしれないし)いいと思う。でも「ひと」はそんな場所で生きていくことはできない。
ひとのためには「名付け得ぬもの」を作るしかない。まだそう簡単にはいかないけど、できる限り、そのことを頭に置きたい。

○この数年で溜めている新しい作品のアイデアを早くどこかで発表したい。
とはいえ、今は棚の中にこっそりしまって(なるべく目につかないところに)、時が来て、それを引っ張り出してきたときに、
それでもやりたいと思えるか、新鮮に思えるか、大切なモノだと思えるか、を大事にする時期でもある。
若いときは年に10本くらい舞台をやっていた。肩が壊れるくらいブンブン振り回す時期もまたいつかやってくるのかもしれないが
今は地に足をつけて、自分の得意なことと不得意なことを選り分けながら、それでも興味がまっすぐに向くモノにむかってバットを振る時期なんだろう。

○演出家として得意なこと(好きなこと)は、扉を作ること。苦手なことは、扉をあけること。困ったものだ。

○「W3」のことはまた改めて書く。今はこの作品を生み出すことに全神経をかけている(たまにホテルズドットコムやゾンビを見ながら)。

○「ストレンジシード」でやった「リアル・プレイ・シティ RPC」に関しても追求してみたい欲求が俄然わいている。
静岡の劇団の人たちは素晴らしかった。ここ最近では一番の謎企画だったのにも関わらず、やってみようと言ってくれて、
そしてぎりぎりまで粘ってくれて、ありがとう。僕としては「YOUPLAY」の野外版なんだけど、イギリスのパンチ・ドランク的な移動型演劇の可能性もあり、面白いと思うのだけど。
誰かこのプロジェクトを継続的に一緒にやってくれる人いないだろうか。

○「ハイキュー!!勝者と敗者」での色々な取組は、僕にとって今後のいろいろな演劇に影響を及ぼすだろうな、と思っている。
具体的にひとつひとつ取り出して説明することはしないけど、やれることをやるために、ここまでやるんだ、っていうような作品になった。
強い俳優はいいね。彼らのプロ根性にはいつでも感服する。

○TPDの中野サンプラザも、彼女たちのおかげで、今までで一番好きなライブになった。演出家としてライブってこうやって作るのかな?というヒントも得られた。
僕にとっては1×0ライブ@zeppのベストのやつが一番手応えがあったのだけど、それを超えて、ちゃんと更新していっているのはすごいと思う。
これからさきはどう関わるかはちょっとわからないのだけど、勝手な願望を言えばいろんな枠組みを超えて行って欲しい。
スーパーサイヤ人の集まりみたいなメンバーだと思っている。楽しみながらサヴァイブする能力もあるし。
攻めるか、守るか、だったら、攻めて欲しいなあ。

○東京タワーでの尾田先生、GReeeeNさんとのやりとりは、なんていうか、新鮮なものがあった。もう3年目で、自分としてはどうやってマンネリを防ぐか、
という課題はあったのだけど、まるっきりそんな杞憂は吹き飛び、飛んでくるボールを打ち返してたら、初日がやってきたような感覚。
出演者たちは365日、麦わらの一味でいるわけで、そのプレッシャーは半端ないと思うし、
体力と精神力がどうなっているのか僕にはわからないけど、世界中からやってくる人たちと出会えるってすごいよね。
毎日やってますので、ぜひ。

○毎日通ってて、ふと気づいたんだけど、東京タワーって赤色じゃなくて、朱色なのね。鳥居で使われている色と一緒じゃないかな。
そう思うと、東京を守る巨大な魔除けのような気がしてくる。礼。
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そういうものだ

2017-02-07 | Weblog
半年くらい悶々と唸っていたことも、いざ目の前に現れれば、その肉体に、全部答えは隠されている。
演劇とはそういうものなのだと思う。戯曲を書いているとき、演出を考えているとき、舞台美術の図面を見ながらいろいろと作戦を練る、音楽を聴いて、人と話をして、目をつぶって、いろいろと考える。こんな演劇にしたいなあと。
それらは、目の前に俳優が現れて彼ら彼女たちが何かを発した瞬間、全部別の何かに変わっていく。そういうものだ。別に準備したことが全部無駄だったとか言ってるわけではなく、肉体の、その重さ、と、神秘性、と、どうしようもないぎこちなさ、に、実は答えは隠されている。そういうものだ。
だから、演劇は、やってみないとわからない。
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夜明け前

2017-01-16 | Weblog
旅の前日はだいたい〆切に追われて、きーってなってる。でも基本ずっとわくわくしている。
tpdの新年一発目のライブも無事に終わって一安心。きっと3月の中野サンプラザのライブがひとつの夜明けを告げるライブになると思う。僕もまったく同じ気持ちで演出しようと思う。
生ハムと焼うどんの「断食」のブログを読んで、いろいろと考えることは多い。テレビを見ていて、たくさんのアイドルや芸能人がにこやかに楽しそうに手を振っているが、彼ら彼女たちだって「なんらかしらの問題」を抱えてあそこに立っているわけで。まあそこそこの神経ではやっていけないんだろうな。
新しいプロジェクトもうねうねと動き出していて、まだ全然形も見えていないけど、どっかそれこそ「旅」の前日のような気分。どんなことが待っているんだろう。ツアコンもいないし、旅程表もない。泊まるホテルも決まっていない。それでもどうにかなるし、だからこそどのガイドブックにも載っていない場所にたどり着けると信じている。
でもさすがに本物の旅でそういう旅行はもう何年もしていない。少なくとも泊まるホテルくらいは決めていく。なんだか「ヤワ」になったようで寂しい。
今回の旅はたぶんずっと本を読んでいる。小説ばかり4冊、鞄につめた。それ以外は基本なにもしない予定だ。そろそろ夜明け。出発。
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日常旅情

2017-01-09 | Weblog
たぶん誰もが経験したことあると思うのだけど、普段の生活の中でふとしたきっかけで旅している気分になるときあるよね。もう少し厳密に言うと「海外にいるような錯覚」に陥るときある。地下鉄の階段を下りているとき、公園を散歩しているとき微妙な太陽の光がさしたとき、ローカル線のさびれた駅をおりたとき、などなど。これは人によってかなり個人差があると思うのだけど、急に、今海外にいるぽい、と胸に小さな靄がわき起こる。で、そう思ったのもつかの間瞬間的にそれは消えている。そこはいつもの大江戸線で、代々木公園で、福井の田舎だ。ロンドンでもセントラルパークでも東ヨーロッパの片田舎でもない。
デジャブのようなものなのかもしれないが、デジャブほど郷愁はなくて、ただ、旅をしている気分になるだけだ。いわば日常旅情とでも言うような、なんとも形容のしようがない気分。いつもの見慣れた風景なのに、それははじめて訪れた場所のようになる。今までの旅の記憶をよみがえらせるスイッチがその風景によって押されたのだろう。で、どこかキザな気持ちになる。少しだけ背筋が伸びるというか、自分が世界の中心にいるような気分。そして、それが消えたあとに思うのは、ああ旅行に行きたい、だ。
まあ、でも旅行には行けないときは、そうやって日常旅情で満足しておく。

ちなみに野外でパフォーマンスをしたりそういうフェスを開いている理由の一つは日常旅情を意図的に人工的に起こしてみようという企みでもあるのです。
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あけましておめでとうございます

2017-01-03 | Weblog
3年ぶりの渋谷の高層からスクランブル交差点を見下ろして、そのまま赤坂の豊川稲荷でカウントダウンはひっそりと行われ、幸多め災難少なめを願う。お神籤は末っ子。これで雪でも降ってたら完璧な初詣だったのだけど。元旦はハイボールとホットワインと日本酒を、おせちで挟んで飲み続ける実験をしてみて、いつ寝てもいい、というルールで楽しんだ。初夢はお芝居の夢だった。とても面白そうな舞台を作っていた。なぜかデザイナーの黒田さんが主役だった。今まで夢で見たことを舞台に使ったことはないのだけど、後から考えると自分の夢にインスピレーションを受けて作っていることはある気がする。僕は大学時代に心理学をやっていてユングを専攻していたので夢占いとかに凝ったことがあるのだけど、それを人に言うと、みんな「昨日見た夢、占ってー」と言ってくる。そんなものその場で言われてわかるわけないのだけど、なんだか面白いので適当に占ってみると(すいません)わりとみんな納得してくれて楽しい。村上春樹が物語を紡ぐのは目を覚ましながら夢を見るようなものだと書いていたけどさもありなん。自分の見た夢を自分で占いながら自分の物語を生きようと思う。あけましておめでとうございます。
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年末雑記10

2016-12-31 | Weblog
大晦日。落ち着いてブログを書けるくらいに。
つらつらと頭によぎったことを。
①ほとんどのことは計算できない。いや、世の中には計算通りの人もいるのかもしれないけど、僕には無理なようだ。計算して計算して、これはうまくいくだろうとか、きっとほめられるだろうとか、喜ばれるだろうとか、思えば思うほどあんまりその通りにはならない。ただ気持ちよくクリアなことを考えることでしか、結果はついてこない。誰かを喜ばしたいなら、自分がまず喜ぶしかない。
②年内中に「真田丸」を見終われなかった。やはり三谷さんの脚本が大好きだなと思った。慈悲、ていうか、眼差しっていうか、暑苦しくなくでも冷め切ってもいない。人肌のような物語。「ウォーキングデッド」のseason7とともに最近のお楽しみ。でも見終わりたくないという気持ちも。
③今年もいろいろな舞台を作らせてもらってそれについては感謝しかない。でもまだまだ作りたいモノはあって、それをどう実現するか。課題もたくさんある。今頭の中にある「やりたいことリスト」を眺めてみると、半分くらいは演劇とは直接的には言えないものだったりする。それでも全部演劇として作れると楽しそうだなと思っている。
④先日、姪っ子たちのバレエの発表会を見に行って、はじめてそういうものを体験したのだけど、正直退屈だったので、勝手に自分の子供をひとり作って、その子を応援してみるという遊びを心の中でしながら見た。演目ごとに(10分づつくらいに入れ替わる)それをするので、時たま、目星をつけた「自分の子供(仮)」が全然やる気ないやつだったりして、やきもきした。帰ったら説教だな、とか。
⑤この時期に、近所に「火の用心」の声と拍子木が鳴り響くのはいとおかし。いつか自分があの人たちの代わりに冬の街を練り歩くことがあるのだろうか。そういう引き継ぎみたいなことを全然しないで年をとっている気がする。そもそも自分の街をいまだかつてしっかり持っていない。今住んでいるところがそうなるのだろうか。定着しない性格だから難しい気がする。
⑥リンゴの電話機は素晴らしい機能をいくつも持っているのだけど、家のリモコン全部をここに集約できないものだろうか。あとハサミとか爪切りとかもつけてくれたらもっと嬉しいのだけど。ずぼらな性格だと思うのだけど、ブーツの靴紐とかもあれなんとかならないかな。結ぶの嫌い。ジョジョの宇宙人の人みたいにシュルシュルって勝手に足にまとわりついてくれたらいいのに。
⑦今年はひさしぶりに山口君の年賀状展に年賀状を送ろうと思っているのだけど、まだなにも手をつけていない。やばいな。そういえば最後に年賀状を書いたのが(それも山口君に送るために)4年前の長崎ハウステンボスの大雪の中だった。1年も早いけど、10年も100年も早いんだろうなきっと。だからどうしたってことだけど。
⑧新しい人たちとの出会いも楽しいけど、何度も同じ人たちと一緒にやりたいという気持ちもある。はじめましてのように、気心の知れた人たちと創作できる環境が必要だ。
⑨今年は蜷川さんが亡くなったけど(面識はない)、僕にとっては維新派の松本さんの死はとてもショックだった。何度もお酒を飲んだり、お話を聞かせてもらった。なぜか僕みたいな演出家にも目をかけてくださり、調子に乗って面倒なお願いも何度かさせてもらった。フラットな人で、緊張はしたけれど、怖くはなかった。若い時の破天荒な部分は若干影をひそめ、いわゆる「好々爺」のように僕には見えた。でもやってることはやはり「パンク」で「クレイジー」だった。こんな大人になりたいと思っていたひとりだ。もっともっと遊ばないとああはなれないような。精進します。
⑩できるだけへらへら笑って過ごせるのがいいと思う。同時に、もっと緊張感も欲しいので、なにか怒られるかもしれないぎりぎりのところを攻めながら楽しんでいこう2017。はい、良い年を、おむかえください、エブリワン。



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