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現在、民主主義崩壊の事象が湧き出している

2021-09-19 | 問題提起
現在、民主主義崩壊の事象が湧き出している
 極限の戦場における名将たるリーダーシップ論として、ミクロだけれど確かな事実として現れている現象を捉え、そこから全体を俯瞰したマクロな戦略眼を持つことが必須と記されているが、正にと思うところだ。旧日本軍が各地戦闘で負け続けたのも、必ずしも物量の大小だけで負けた訳ではない戦闘もあまたある。それは、指揮官が、事前に策定した戦略プランに固執しつつ、現に現れている個別にはミクロな現象を、事実として認識せず無視し、愚直に戦略プランに固執し続け、決して事態打開の方針変更を怠ったがためと認識している。

 現在の日本を多う、限界感や絶望感というべき気風はどこから生じているのだろうかを考えた時、それは自由民主主義が根本から崩壊し始めているということを感じる。

 その兆しというべき事象は、あまた生じているが、それぞれ個別の事象として認識され、臨床的対処というより、ゴマカシがまかり通っているのが現状だろう。

 アベ元首相に纏わる、森友、加計、桜の会、河井元法相への15千万供与と還流疑惑、黒川検事長の定年延長と検事総長への選任意向への疑義、アキエ婦人の選任秘書が付いていながら私人だとする主張など、よくぞこれだけデタラメな官邸独裁主義がまかり通ったものだと舌を巻く。

 一方、政界以外でも、呆れるばかりの司法の腐食というべき堕落の兆候は、おびただしくある。2011年の東北震災に連動して生じた世界最大の原発崩壊事故だが、当時国会事故調(黒川清委員長)で、明確に本事故は天災ではなく人災であると結論付けられたのに、以後この事故調のことなど忘れたが如く、国家も司法も、東電の罪を追及しようとはせず、放置し続けているという処置は、正に民主主義に反することだろう。

 また、過去の小泉政権の時代に、単純労働者の派遣を許したが、これも大企業だけを優先的に保護し、国民一般を困窮させる憲法の精神に反するものであったといえるだろう。

 藤堂組合運動についてもしかりで、この派遣などによる授業員の分断もその助成に寄与したと思えるが、今どきスト権までを行使して経営者と戦うマトモな組合はほとんどなくなり、それを労使協調路線などと良いことの様に云うが、それは経営者と労働者のなれ合いで、極論すると経営者の一方的搾取であって。労働民主主義を否定するものだろう。

 そして、現在(3年程前から)関西生コン支部という産業別組合が警察、検察、裁判官という国家司法から、とんでもない弾圧を受けており、憲法28条の労働者の権利とか労働組合法で規定される、組合運動の中でなした行動は刑法や民法の免責となる法令にも反し、逮捕や、長期拘留、そして有罪判決という形で、労働民主主義が潰され様としている。

 この問題は、マスメディアでは、司法情報のみを伝え、一方的に関西生コンの行為が労働運動に名を借りた不当なものと伝えており、Youtubeには反関西生コン側のプロパガンダ動画が溢れ、維新の足立康史衆議院議員(大阪9区選出)などは、関西生コンのことを一方的に非難し続けている。

 私は、この関西生コン事件を知り、種々の書籍を読み、また、youtubeで関西生コンの武委員長の講演などを聴き、自己判断として結論するのだが、この労働組合事件は、あまりの冤罪の数々であり、国家司法の労働組合弾圧に他ならないと確信せざるをえないのだ。

 ここでは、最後に読んだ本の中で、この問題の核心を端的に表すものとして、以下の「熊沢誠」(甲南大学名誉教授)発言を引用しておきたい。
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【書評】労働組合やめろって警察に言われたんだけどそれってどうなの?(憲法28条があるのに…)
 ここでは、熊沢誠氏の大阪講演の最終項が、そのままこの本のエッセンスとなると、あえて抽出し、転載するものだ。

熊沢 誠(甲南大学名誉教授)発言
世界2019年6月号に掲載された「関西生コン支部への大弾圧を抗う」大阪集会(2019年3月10日)での講演より転載の最終項を抜粋転載する。

産業民主主義のゆくえ
 さの三。この関西生コン支部弾圧を、広く民主主義の行方という点から考えてみましょう。
 民主主義の真髄は、人々の生活に深刻な影響を及ぼす事柄に対するバイ・サ・ピープルの決定権または決定参加券です。そして、普通のの労働者の生活の明暗を大きく左右するのはすぐれて労働条件ですから、彼ら、彼女らにとって真性の民主主義とは、労働条件の決定に際する参加権にほかなりません。それゆえ、大きな財産や権力、有名な政治家との個人的なコネなどに恵まれていない働く人々が、この決定権・決定参加権を享受できる唯一の方法は、労働組合法に保障された労働三権--団結権・団体交渉権・団体行動権なのです。この仕組みを産業民主主義といいます。この産業民主主義、具体的には憲法28条の完全履行なしには、多くの普通の労働者にとっては民主主義は虚妄といえましょう。言い換えれば参政権、政党結成権、選挙権などの政治的民主主義だけでは、一般の労働者にとって民主主義は、あえていえば空手形と断じることができます。
 それゆえ、関西生コン支部の様なまっとうな労働組合への弾圧は、もっとも悪質な産業民主主義、労働者民主主義の破壊であり、明確な憲法違反なのです。およそファシズムは、まずもって労働運動の抑圧、産業民主主義の蹂躙を手始めとして浸透します。多くの「市民」は「自分は労働運動に関係ない」とまだ思っているかもしれないけど、今回の弾圧で示された「ストライキは非合法の犯罪とみなす」と言わんばかり事態は、日本はすでにファシズムの門口に至っていると、私には感じられます。
 こんなことをあらためて論じたいのは、関西生コン支部への未曾有の弾圧に対する抵抗の行動が「護憲派」の間にもなお広がっていないことに、私は産業民主主義という思想の、ある意味で日本に伝統的な脆弱性を見るからです。産業別民主主義の枢要の異議や関西生コン支部弾圧の危機を、野党や労働団体、「リベラル」の市民は、本当に分かっているのでしょうか。分かっていないと思います。マスコミはもとより、関西生コン支部弾圧に対する日本世論の現状に私は失望しています。「護憲」勢力、野党、労働団体などは、進行しつつある政治的民主主義の危機には敏感かもしれません。批判の素材には事欠かない議会主義の空洞化や憲法9条危うさは指摘されます。しかし、同じく進行中の産業民主主義の危機、まともな労働運動の公然たる抑圧については、あまりに鈍感です。

 今日の実行委員会の資料の中に、たくさんの労働組合・団体の名前があります。ここ南大阪ではなお怒りに燃える労働者500名以上が結集する集会ができます。けれども、連合、全労連のようなナショナルセンターは、なにかと関西生コン支部を異端扱いとして、反弾圧実行委員会に入ってきません。安倍首相を批判し追求するフェイスブックの投稿は、見飽きるほどに流されてきますが、そこに関西生コン支部の弾圧問題はごく最近までありませんでした。関西生コン支部弾圧問題は全国的な政治問題になっていません。私見では、本来ならば野党はこの弾圧を国会の問題にもして、広域協組や滋賀県警察本部長などの弾圧者を、衆・参の社会労働委員会に証人喚問して、その不当労働行為や憲法違反を追及すべきなのです。同時に、関西生コン支部の武健一委員長を喚んで、その労働運動の正当性について証言させればいい。

 この大規模な弾圧に司法の場で対決する弁護士の方々の尽力に頭が下がります。しかし、法廷闘争だけでは心許ないのです。社会運動、労働運動の展開がぜひとも必用であります。政党や労組ナショナルセンターの枠を越える、労働者・市民の幅広く、しかし非妥協的な戦線構築が不可欠であることを、最後に訴えます。


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