私の思いと技術的覚え書き

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とうとう実用化なったニッサンVCRエンジンについて

2021-01-08 | 車と乗り物、販売・整備・板金・保険
 確か4年ほど前にニッサンからVCR(バリアブル・コンプレッション・レシオ)エンジンの技術発表がなされていたが、既に2017年11月に米国専用モデルインフィニティQX50にVCターボエンジン(エンジン型式:KR20DDET型)として発売を開始されているそうだ。

 エンジンにとって圧縮比とは、極めて大事な要素数値であり、予め事前にセットアップすることはできても、エンジン稼働中にバリアブルに可変化できることは、たぶん世界中のカーメーカーが夢みていた機構なのではないだろうか。それを、見事に日本のニッサンがオリジナルとして開発したことをまずは賞賛したい。ニッサンについては、3、40年前まではほぼトヨタと拮抗するシェアを持つ、正に日本自動車工業会の2大巨頭であった訳だが、年々業績を下げ、自らみてもチンケな技術力しかないフランスの田舎メーカーに買収されることになり、爾来会社規模を縮小・均衡させ一段小さな企業として生き残りを図って来たメーカーだ。ただ昔を知る者にとって、同社の技術に欠ける情熱だとか、それを訴求するためのモータースポーツ活動、そしてダットサントラックやキャラバンなどの商用車においても、トヨタを遙かに超える市場競争力を誇っていた時代があったことも事実としてあるのだ。だから、今でも昔の名残で聞くことがある「技術のニッサン」という言葉は、あながち間違った評価でなく市場は受け入れて来たし、そのことを実証もして来たのが同社だったと思う。佐連が何時の頃からか、発売する車がヒットしなくなり、どんどん赤字を膨らませるという状態になってしまったのだ。

 考えてみれば自動車メーカーとは、新車開発に何百億と先行投資し、目標販売台数何十万台もしくは何百万台を生産し、初めて投資が回収できるというハイリスクな業種だ。それが、新規開発する新型車が、次々と目標販売台数を大幅に下回る様なことになれば、とてもじゃないが生き残ることは難しい。ニッサン凋落の原因は巷色々と云われてきたが、何れにせよ現場の責任と云うよりも、経営者がボンクラだったと云うことになるのだろう。

 しかし、トヨタとの格差がここまで広がってくると、そもそも規模の論理から考えても製造原価の面で厳しさは増してくるだろう。そして、先行投資たる研究開発費の面でも余裕は決してなかったと思う。その様な悪環境の中、世界の自動車メーカーが夢みた可変圧縮エンジンを実用化したことは、GTRなんぞで300km/hオーバーカーをプロダクションしたことより賞賛されるべきことなんじゃないかと感じるところだ。

 これは私の想像だが、日本と同じかそれ以上に国力の自動車へのウェイトが大きいドイツのメーカーは、今正にニッサンの新エンジンを入手し全分解してそのキモを再確認しているところだろうが、どうしてニッサンに負けたのかと焦りを感じているのではないだろうか。特に新メカに熱心なBMW等は、バルブトロニックで給気損失を大幅に低減したと自信満々だったのに、近年ぜんぜんコスト安のEGRが同等効果を生み出すことが知られてからは、それを挽回すべくより革新的新メカに一生懸命だろうからショックを感じているのではないだろうか。

 さて、肝心のニッサンVCターボエンジン(KR20DDET)だが、排気量は1970〜1997cc、ボアストロークは84.0mm×94.1mm、圧縮比8.0~14.0、ポート噴射と直接噴射を併用したターボ加給式エンジンで、最大出力200KW、最大トルク390Nmという従来の自然吸気V6/3.5Lエンジン相当の性能を持つそうだ。

 構造的には、ちょっと判り難い部分もあるが、各気筒のクランクピン外周には、マルチリンクというロッカー作動するリンクが嵌合しており、ピストンから伸びるアッパーリンク(従来のコンロッド)はこのマルチリンクに嵌合している。また、このままではマルチリンクが空転して動力が伝達しないので、マルチリンクの回転を規制するコントロールリンクというのが嵌合してクランク下方に伸び、そのシャフトはコントロールシャフトという従来のコンロッドに似た形状でマルチリンクの傾きを規制している。一方コントロールリンクと名付けられるだけに、この軸はエキセントリックに心づれされており、コントロールリンクの90度程度の角度の中で、マルチリンクを上下に角度を変える仕組みを持っている。すなわち、コントロールリンクが下に移動すると、マルチリンクはロッカー作動で逆に定点を上に上げるからTDCの位置が上昇して高圧縮になる。逆にコントロールリンクが上に上がると、マルチリンクの定点は下に下がりTDCも下降して低圧縮となる。

 概略この様にしてTDC位置を変化させることで可変圧縮を成立させている様だ。なお、TDCの移動は約6mmで排気量は7cc程変化する様だ。また、コントロールリンクを約90度程回転させるのは2つのベルクランクが連結されたアクチュエーターによるが、日立オートモーティブ製のたぶん電気モーターとウォームギヤを使用した回転アクチュエーター機構だろう。2つのベルクランクを使用して若干動きを複雑化させているのは、コントロールリンクに掛かる反力をダイレクトにアクチュエーターに伝えないための工夫だろうと想像する。

 このエンジンで特徴的なのが、アッパーリンクと称される従来のコンロッドに相当するリンクだろう。このエンジンでは、シリンダーとクランクのオフセットを従来エンジンを大幅に超えて大きくしており、ピストン下降中は、ほぼ垂直にアッパーリンクは下降する。従って、燃焼ガスによるピストン押し下げ時に問題となる側圧がほとんど生じないというメリットがある。メーカーの説明でも、4千rpmまでは従来のV6並みの振動特性に抑えられているとの説明がある。一方、コントロールアームを介して振り回されるクランクピン部の面圧は、コントロールアームに規制されたロッカー作動の中で行われるため、従来比2倍近い面圧が生じるとのことだ。この辺りは、クランクピン幅やオイル供給量の適正化により、耐久度に問題が生じない様に考慮は成されていると想像するが、このエンジンの真の耐久信頼性の真贋を判断するには、今しばらくの時の経過が必用となるのだろう。

 また、燃焼降下中のピストンの側圧などフリクションは小さいが、各アームの軸受け部位が増加したことによるフリクションの増加は避けられないだろう。ただし、各軸受けとも、従来同様の平軸受けであり、特殊な加工が必用なこともなくコストアップはさほどでもない様に感じられる。また、ボアピッチなどは従来4気筒エンジンと同様にしてあり、同じシリンダーホーニングマシンでの加工が可能にしたことも記されていた。

 可変圧縮の実際だが、エンジン始動時からアイドル、そして軽負荷や惰行時は、最大圧縮での運行となる。そして、加速時の特に加給が始まると共に、圧縮比は低下していくのだろう。

 この記事を書きながら思うのだが、なんてニッサンは宣伝がヘタなのかと思う。それともこの新型エンジンに自信がないのか。しかし、既に米国で販売し出して3年を経過しており、問題がないのなら、何故日本での販売車に乗せないのだろうか。そして、この世界初の実用化をもっとアピールしないのだろうか。

 最後に、このVCRエンジンだが、根源的なウィークポイントがないのならの前提だが、他のエンジンバリエーションへの展開は十分に考えられるところだろう。その一つがディーゼルエンジンへの応用だろう。ディーゼルエンジンの場合、加給との相性は良く、ノッキング上の問題も生じない。マツダのスカイアクティブDでも加給前提で、あえてスペックとしての圧縮比を落とし、加給前提によりBMEP(正味平均有効圧力)を高める狙いを持って設計されている。しかし、ディーゼルである以上、冷間始動や始動直後の白煙など、ディゼールの低圧縮には限界が見えている。それを。このVCR機構で、始動や低温時の白煙など、高圧縮を保ちつつ、加給時は大幅に圧縮比を落とし、加給圧を高めることでBMEPを上げることで、スカイアクティブDを大幅に上廻る熱効率を出すポテンシャルを秘めていると想像する。



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