京都のイメージとしての海。
ということで、2冊紹介。
①「ベニシアの京都里山日記」(世界文化社)
②吉田光邦著「京のちゃあと」(朝日新聞社)
①で、ベニシアさんが曽祖伯父、カーゾン卿を語った箇所でした。
ジョージ・ナサニエル・カーゾン卿が、日本に二度訪れている。
最初は1887年(明治20年)に、世界旅行の際に日本に立ち寄る。
当時28歳。二度目は、その五年後・・・。
そのカーゾン卿の本を、ベニシアさんは紹介しております。
「初めて訪れた京都については、こう語っています。
『この街は豊かな緑に包まれており、
その趣のある優雅な姿が山間に浮かんでいます。
夜明けに街全体が白い霧に包まれた時は、
寺院の重厚な黒い屋根が、まるで転覆した巨大な
船が海から浮かび上がってくるかのように見えます。
すると、もやの向こうから寺院の鐘が鳴り…』」(p20)
「このようにカーゾン卿が本の中で書き残したことは、
私が38年前の1971年に初めて京都に到着した日に、
目にし、感じたことと同じでした。」(~p21)
つぎは、②。
②は、1976年に『朝日ジャーナル』に連載されたと
「朝日選書版のあとがき」にあります。
この本文の最後に『よく、妻はいっていた』とある。
そこを引用。
「華やかな落日のあとは、深い闇が京の空をおおう。
町の灯が急にきらめきを増す。はるかな山すその方
にもちらちらとゆれる多くの灯。
小高い位置のわたしの住まいからは、見える灯はいつもまたたく。
盆地の気象の通有性のゆえに。なんだか海を見ているような気がする、
漁り火の見える夜の海みたいと、夜の町を眺めながらよく妻はいっていた。
そう、海かもしれぬ。都市はいっさいを
歴史の彼方に飲みこむ巨大な海に似た存在かもしれぬ。」(p282)
そして、『あとがき』になります。
そのはじまりを、吉田光邦さんはこう書いておりました。
「チャートとは海図である。海図を御存じだろうか。
それは陸地については、海上の船から目標になるような
山、岬、立木などが描かれるにすぎぬ。
そして等高線は海についてはくわしく描かれ。
海中の岩、岩礁のたぐいも細密である。
陸地を精細に描いたマップと、海にくわしいチャート、
・・わたしが描こうとしたのはマップではなかった。・・・」(p283)
吉田光邦さんのいう『そう、海かもしれぬ』。
『いっさいを歴史の彼方に飲みこむ
巨大な海に似た存在かもしれぬ』という京都。
うん。鮮やかなイメージが湧いてくる気がします。