5月20日から22日にかけて、約2年半ぶりに家内と京都方面へ旅行に出かけました。まだコロナは続いていますが、確実に日常が戻ってきている印象です。行きの新幹線はほぼ満室でした。近距離の旅先の方が割引を受けられるようですが、以前からリクエストのあった天橋立に、京都、伊根を合わせました。過去に宮島、松島は行っているので、これで漸く日本三景全てを訪れることができました。7年前の京都旅行ではやたら外国人が多かったのが印象に残っていますが、日本人にしか会わない、貴重な京都だったのかも知れません。
最初に向かったのは京都の北西、高雄方面です。北山杉の地域の手間に位置します。バスの1日乗車券でギリギリ行ける範囲でした。できれば新緑か紅葉の季節に行きたいと思っていた神護寺を最初に訪問しました。金曜日だったこともあり、人は少なかったです。その分、住職さんに丁寧にお寺の歴史について教えていただきました。
ここは厄払いで有名な、かわらけ投げの場所です。神護寺は川から一気に高度を上げるので、いい運動になりました。私も実際に、かわらけを投げてみましたが、思ったようには投げられませんでした。フリスビーの要領で・・・とのことでしたが小さ過ぎました。厄を払えたことに期待します。
神護寺に続いて、西明寺、高山寺を訪ねました。三つ合わせて、三尾三山と呼ぶそうです。新緑と柔らかい日差しの下、ゆったりとした時間が流れます。
高山寺では国宝の石水院にて、鳥獣人物戯画を見物しました。鎌倉時代の住宅建築の傑作だそうです。内部は撮影禁止でしたので、入口の様子だけ。拝観料は安くなかったですが、非日常の時間を買いました。高山寺を出た後は、再びバスで京都中心部に戻り、夕飯は、鴨川沿いにあるイカリヤ食堂でイタリアンにしました。
翌日は特急で天橋立入りしました。3日間の中で、この日だけがどんよりした天気でした。ビューランドと呼ばれる高台にまず登り、天橋立を見下ろします。股の間から見ると、竜が空を登るように見えるので「飛龍観」と呼ばれています。晴天なら余計に映えたはずですが、雨が降らなかっただけ良し、とします。
天橋立は松並木となっており、対岸の傘松公園方面へ徒歩、自転車で渡ることができます。散歩感覚で歩いてみることにしました。途中、松並木から離れて砂浜に出ることもできます。二つの半島(丹後半島、栗田半島)に挟まれているせいか、宮津湾は終始、穏やかな表情でした。
天橋立は、蕪村、与謝野寛・晶子夫妻ともゆかりがあるようでした。天橋立の両側は海ですが、磯清水と呼ばれる真水が湧き出る井戸がありました。松も淡水で育っているようで、何とも不思議です。松の方は、若い木から倒れかかった老木まで様々ありました。
対岸の傘松公園から、天橋立を見返します。傘松公園へはケーブルカーでも登れますが、ネットで歩道でも登れることが判り、歩いてみました。さて、景色はどうでしょう?見栄えでは最初に登ったビューランド側が良いように思います。帰りは天橋立の右側にある阿蘇湾を観光船で戻りました。
最終日は、初夏らしい晴天となりました。天橋立からバスで50分ほどの伊根に向かいました。伊根は海に面した舟屋が有名です。以前から一度は訪れたいと思っていました。伊根のバス停に着くと、丁度、遊覧船の発車のタイミングでした。遊覧船には終始、カモメやトンビが付きまといました。
遊覧船も良かったのですが、伊根の町は歩くのがお薦めです。青い空に青い海、磯の香り・・・何もしない時間こそ貴重です。朝ドラの「ええにょぼ」を見ていたのですが、伊根が舞台だったことをすっかり忘れていました。入社3年目、結婚2年目の頃です。当時からもう30年近くになるとは、年月の早さに驚きます。
舟屋そのものは、普通の家ですから観光施設ではありません。例外的に、民宿として宿泊を提供したり、見物できるも舟屋もありましたが、基本、住宅地なのです。不思議な感覚となりました。時間があれば、伊根に1泊止まってもよかったかと思いました。次来るなら、丹後半島と合わせてみたいです。
伊根を見下ろす高台に、道の駅がありました。神護寺と天橋立のおかげでアップダウンにはすっかり慣れました、ここも海沿いの道から登り上げました。翌日からは日常に戻らねばなりません。旅の終わりは淋しさがありますが、伊根を後にして京都へ戻りました。
旅には、食事の楽しみも欠かせません。体重のことは一旦忘れて、おばんざい、イタリアン、懐石料理をいただきました。「ちゑの醴泉 」という地酒がフルーティで美味しかったです。旅館は朝食もたっぷりで、3日目のお昼は抜いてもよいほどでした。久しぶりの旅行を満喫した3日間となりました。