乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【4】十八丁オ 井原西鶴

2020年05月24日 | 井原西鶴

 


 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【4】十八丁オ 井原西鶴

  

座敷(さしき)に入さまに、置わたを壁(かへ)につき、立ながらあん

どんまハして、すこし小闇(こぐら)き、中程(ほと)にざして、

雁首(がんくひ)、火になる程(ほと)はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしや)もなく、小便(せうへん)に立、障子(しやうし)引たつるさまも、物(もの)

あらく、からだを横(よこ)に置(をき)ながら、屏風(べうぶ)へだてたる

かたへ、咄(はな)しを仕懸(しかけ)みもだへして、蚤(のみ)をさがし

夜半(よはん)、八つの、鐘(かね)のせんさく、我かこゝろにそまぬ

事ハ、返事(へんじ)もせず、そこ/\にあしらひ、鼻紙(はなかみ)

も人のつかひ、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやらひえたる

すねを、人にもたせ、「たくよ、くむよ」と、寝言(ねごと)まじりに

、いかに事(こと)欠(かけ)なればとて、いつの程(ほと)より、かく物毎(ものごと)を

 

座敷に入るさまに、置綿を壁に付き、立ながら あん

どん回して、少し小暗き、中程に座して、

雁首、火になる程はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしゃ)も無く、小便(しょうべん)に立ち、障子(しょうじ)引きたつる様も、物(もの)

荒く、体を横に置きながら、屏風(びょうぶ)隔てたる

かたへ、咄(はな)しを仕掛け、身悶えして、蚤(のみ)を探し

夜半、八つの鐘の詮索、我か心にそまぬ

事は返事もせず、そこ/\にあしらい、鼻紙(はながみ)

も人の遣い、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやら冷えたる

すねを、人に持たせ、「たくよ、くむよ」と、寝言まじりに

、いかに事 欠けなればとて、いつの程より、かく物事(ものごと)を

 

小闇き(こぐらき)

 小暗き

雁首(がんくび)

 1キセルの、火皿(ひざら)の付いた頭部。ここに刻みタバコを詰めて火をつける。

 2首・頭の俗称。

まさず(ます 増す、在る)
 
心にそまぬ
 自分の気持ちに合わない。
 
物毎(ものごと)
 物事



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁ウ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

【2】十七丁オ 井原西鶴

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

【3】十七丁ウ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しうく)よくいへる女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問(と)へば、忠度(たゞのり)と申、「いか様 是を只(ただ)は

置(をか)れじ」と、うす約束(やくそく)するよりはや、あがり湯(ゆ)の

、くれやう、ちらしをのませ、浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき、火入(ひいれ)に

気(き)をつけ、鬢水(びんみづ)を運(はこ)び、鏡(かゞみ)かすやら、其(その)もてなし

、何国(いづく)も替(かは)る事(こと)なし、風義(ふうぎ)ハ、ひとつきる物、つまたるに、

白帯(しろおび) こゝろまゝ引しめ、「やれたらば 親(おや)方のそん、

久三、提灯(てうちん)ともしや」と、いふかた手に、草履(ざうり)取出し

ゞり戸(ど)出まわり、調子高(てうし たか)に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁(しる)がうすひの、「はさみを、くれる筈(はず)じやが、

たるゝか、しらぬ」と、ひとつとして、聞(きく)べき事にもあらバ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しゅうく)よく言える女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問えば、忠度(たゞのり)と申、「いか様(さま) 是を只(ただ)は

置れじ」と、うす約束するより早、あがり湯の

くれやう、ちらしを飲ませ、浴衣の取りさばき、火入れに

気を付け、鬢水(びんみず)を運び、鏡かすやら、其 もてなし

、何国(いづく)も替る事なし、風儀(ふうぎ)は、ひとつ きる物、妻たるに

白帯(しろおび) 心(の)まま引きしめ、「やれたらば 親方の損、

久三、提灯 灯しゃ」と、言う片手に、草履 取出し

潜り戸(ど)いでまわり、調子高 に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁が薄いの、「はさみを、くれる筈じゃが、

足るるか知らんと、ひとつとして、聞くべき事にもあらば

【4】十八丁オ

座敷(さしき)に入さまに、置わたを壁(かへ)につき、立ながらあん

どんまハして、すこし小闇(こぐら)き、中程(ほと)にざして、

雁首(がんくひ)、火になる程(ほと)はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしや)もなく、小便(せうへん)に立、障子(しやうし)引たつるさまも、物(もの)

あらく、からだを横(よこ)に置(をき)ながら、屏風(べうぶ)へだてたる

かたへ、咄(はな)しを仕懸(しかけ)みもだへして、蚤(のみ)をさがし

夜半(よはん)、八つの、鐘(かね)のせんさく、我かこゝろにそまぬ

事ハ、返事(へんじ)もせず、そこ/\にあしらひ、鼻紙(はなかみ)

も人のつかひ、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやらひえたる

すねを、人にもたせ、「たくよ、くむよ」と、寝言(ねごと)まじりに

、いかに事(こと)欠(かけ)なればとて、いつの程(ほと)より、かく物毎(ものごと)を

座敷に入るさまに、置綿を壁に付き、立ながら あん

どん回して、少し小暗き、中程に座して、

雁首、火になる程はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしゃ)も無く、小便(しょうべん)に立ち、障子(しょうじ)引きたつる様も、物(もの)

荒く、体を横に置きながら、屏風(びょうぶ)隔てたる

かたへ、咄(はな)しを仕掛け、身悶えして、蚤(のみ)を探し

夜半、八つの鐘の詮索、我か心にそまぬ

事は返事もせず、そこ/\にあしらい、鼻紙(はながみ)

も人の遣い、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやら冷えたる

すねを、人に持たせ、「たくよ、くむよ」と、寝言まじりに

、いかに事 欠けなればとて、いつの程より、かく物事(ものごと)を

 

 

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【3】十七丁ウ 井原西鶴

2020年05月23日 | 井原西鶴

 


 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【3】十七丁ウ 井原西鶴

  

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しうく)よくいへる女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問(と)へば、忠度(たゞのり)と申、「いか様 是を只(ただ)は

置(をか)れじ」と、うす約束(やくそく)するよりはや、あがり湯(ゆ)の

、くれやう、ちらしをのませ、浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき、火入(ひいれ)に

気(き)をつけ、鬢水(びんみづ)を運(はこ)び、鏡(かゞみ)かすやら、其(その)もてなし

、何国(いづく)も替(かは)る事(こと)なし、風義(ふうぎ)ハ、ひとつきる物、つまたるに、

白帯(しろおび) こゝろまゝ引しめ、「やれたらば 親(おや)方のそん、

久三、提灯(てうちん)ともしや」と、いふかた手に、草履(ざうり)取出し

くゞり戸(ど)出まわり、調子高(てうし たか)に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁(しる)がうすひの、「はさみを、くれる筈(はず)じやが、

たるゝか、しらぬ」と、ひとつとして、聞(きく)べき事にもあらバ

 

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しゅうく)よく言える女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問えば、忠度(たゞのり)と申、「いか様(さま) 是を只(ただ)は

置れじ」と、うす約束するより早、あがり湯の

くれやう、ちらしを飲ませ、浴衣の取りさばき、火入れに

気を付け、鬢水(びんみず)を運び、鏡かすやら、其 もてなし

、何国(いづく)も替る事なし、風儀(ふうぎ)は、ひとつ きる物、妻たるに

白帯(しろおび) 心(の)まま引きしめ、「やれたらば 親方の損、

久三、提灯 灯しゃ」と、言う片手に、草履 取出し

潜り戸(ど)いでまわり、調子高 に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁が薄いの、「はさみを、くれる筈じゃが、

足るるか知らんと、ひとつとして、聞くべき事にもあらば

 

中高

 1 中央が小高く盛り上がって、周囲が低くなっていること。また、そのさま。「料理を中高に盛る」

 2 鼻筋が通って整った顔であること。また、そのさま。「中高な(の)面立ち」

中高(なかたか)なる顔

 鼻筋が通って整った顔

ゆかし 形容詞シク活用   古語辞典
 ①見たい。聞きたい。知りたい。  出典徒然草 一三七
 ②心が引かれる。慕わしい。懐かしい。  出典野ざらし 俳文
 
御名ゆかしき
 お名前をお聞きしたい
 
忠度  (平忠度)
 平安時代の平家一門の武将。平清盛の異母弟。
 謡曲『忠度』有り。
 
如何様(いかさま)
 いかにもその者らしい の意。偽物。まがい物。
( 副 )
 ① かなりの確率を抱きながら、推測する場合に用いる。いかにも。きっと。恐らく。 
 ② 決意を表す語。きっと。 
(形動ナリ)
 どのよう。いかよう。いかよう。
( 感 )
 なるほど。いかにも。 
如何様(いかよう)と読む場合は、
 どのようにも、どんなふうでも、といった意味の表現。

只(ただ)は置(をか)れじ

 只(ただ)は、忠信の掛詞

ちらし

 線香、こがし

浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき

 「浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき」という言葉で、片岡仁左衛門の鯔背なゆかたの着こなし(浴衣を宙にさっ!と 広げ上げて、両手を通し、浴衣を着る)を思い浮かべた。

風義(ふうぎ) 

 風儀のこと

はうばい(朋輩) 

 なかま。友だち

 

 



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁ウ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

【2】十七丁オ 井原西鶴

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

【3】十七丁ウ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しうく)よくいへる女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問(と)へば、忠度(たゞのり)と申、「いか様 是を只(ただ)は

置(をか)れじ」と、うす約束(やくそく)するよりはや、あがり湯(ゆ)の

、くれやう、ちらしをのませ、浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき、火入(ひいれ)に

気(き)をつけ、鬢水(びんみづ)を運(はこ)び、鏡(かゞみ)かすやら、其(その)もてなし

、何国(いづく)も替(かは)る事(こと)なし、風義(ふうぎ)ハ、ひとつきる物、つまたるに、

白帯(しろおび) こゝろまゝ引しめ、「やれたらば 親(おや)方のそん、

久三、提灯(てうちん)ともしや」と、いふかた手に、草履(ざうり)取出し

ゞり戸(ど)出まわり、調子高(てうし たか)に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁(しる)がうすひの、「はさみを、くれる筈(はず)じやが、

たるゝか、しらぬ」と、ひとつとして、聞(きく)べき事にもあらバ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しゅうく)よく言える女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問えば、忠度(たゞのり)と申、「いか様(さま) 是を只(ただ)は

置れじ」と、うす約束するより早、あがり湯の

くれやう、ちらしを飲ませ、浴衣の取りさばき、火入れに

気を付け、鬢水(びんみず)を運び、鏡かすやら、其 もてなし

、何国(いづく)も替る事なし、風儀(ふうぎ)は、ひとつ きる物、妻たるに

白帯(しろおび) 心(の)まま引きしめ、「やれたらば 親方の損、

久三、提灯 灯しゃ」と、言う片手に、草履 取出し

潜り戸(ど)いでまわり、調子高 に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁が薄いの、「はさみを、くれる筈じゃが、

足るるか知らんと、ひとつとして、聞くべき事にもあらば

 

 

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【2】十六丁ウ 井原西鶴

2020年05月23日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【2】十六丁ウ 井原西鶴

 

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

 

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

 

 

延齢丹(えんれいたん)   大辞林

 江戸時代の健康常備薬。曲直瀬道三(まなせどうさん)の養子 玄朔(げんさく)の創製  

曲直瀬道三(まなせどうさん)    大辞林

 (1507~1594) 安土桃山の医者。京都生まれ。号、翠竹院、盍静翁(こうせいおう)など。

 正親(お荻町)天皇や足利義輝の寵遇を受ける。

 京都にに医学舎啓迪院(けいてきいん)を設立。

玄朔(げんさく)   ウィキペディア

 曲直瀬 玄朔(まなせ げんさく、天文18年 (1594) - 寛永年(1632))は、安土桃山時代、江戸時代の医師。義父は曲直瀬道三。

あまつさへ (剰え)副詞

 ①そればかりか。 出典平家物語 一・鱸 「あまっさへ丞相(しようじやう)の位にいたる」[訳] そればかりか大臣の位に至る。

 ②事もあろうに。 出典平家物語 一一・文之沙汰 「あまっさへ封をも解かず」[訳] 事もあろうに封も解かずに。
 
 参考「あまりさへ」の促音便。現代語では音便の意識がなくなって「あまつさえ」となったが、古文では「アマッサエ」と促音で読む。
 
衛士籠(えじかご 籠、篭)〔衛士がたくかがり火の籠に形が似るところから〕
 
 空薫そらだきに用いる道具。一寸(約3センチメートル)四方ほどの網に香をのせて針金の鉤かぎにかけ、火鉢などに刺して用いる。
 
舟子(ふなこ)  船子、舟子
 
 船頭の指揮の下にある水夫。船人。水手かこ。水主。 「楫取かじとり、-どもに曰いわく/土左」
 
名のたたば   大辞林
 
(浮世が立ったら) (「名のたたば、水 さします」は湯に埋める、浮世がたつにかけてある)

 



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁オ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

【2】十六丁ウ 井原西鶴

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

 

 

 

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『The Tooth and the Nail 復讐のトリック』2017年 韓国 109分 監督:チョン・シク、キム・フィ

2020年05月22日 | 映画

 

 『The Tooth and the Nail 復讐のトリック』2017年 韓国 109分 監督:チョン・シク、キム・フィ

 

 韓国映画の『The Tooth and the Nail 復讐のトリック』を見た。

 逆光や光の捉え方が美しい。

 画面及び話の展開重厚。私は興味深く感じた。

 最後の三度の繰り返しの言葉(内容)、

「僕が彼女を愛したんだ…(要約)」

としたしみじみとした台詞(字幕)と表情が印象深い。

 

 今回も記録のみにて失礼いたします。

 

以下はwowow公式HP ▼

  • 監督
    チョン・シク
  • 監督
    キム・フィ
  • 脚本
    チョン・シク
  • 脚本
    イ・ジョンホ
  • 撮影
    ユン・ジョンホ
  • 音楽
    キム・ジュンソク
  • 音楽
    キル・チャンウク

死体なき奇怪な殺人事件をめぐって、息詰まる法廷ドラマが展開。やがてその背後に浮かび上がる事件の意外な真相とは? 「天命の城」のコ・ス主演の韓国製娯楽サスペンス。

1947年、韓国のソウル。ある晩、凄惨な殺人事件が起きたと匿名の通報があり、現場に駆けつけた警察は切断された指を発見。遺体は既に火炉の中ですっかり焼き尽くされていた。お抱え運転手のチェ・スンマンを殺害した容疑で資産家のナム・ドジンが逮捕されて、やがて裁判が始まり、遺留品や複数の証人をもとにドジンの有罪を立証しようとする検事と、無罪を主張するドジン側の弁護団との間で激しい攻防戦が繰り広げられていく。

 

役名 役者名
イ・ソクジン/チェ・スンマン コ・ス
ナム・ドジン キム・ジュヒョク
ソン・テソク パク・ソンウン
ユン・ヨンファン ムン・ソングン
チョン・ハヨン イム・ファヨン
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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【1】十六丁オ 井原西鶴

2020年05月22日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【1】十六丁オ 井原西鶴

 

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

 

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

 

源氏酒(げんじさけ)  大辞林

 〘名〙 酒席での遊びの一つ。二組に分かれて、「源氏物語」の巻の名を挙げながら酒杯のやりとりをするものと、源平の二組に分かれて、それぞれの武将の名を名のりながら酒杯のやりとりをするものとの二つの方法がある。源氏酒盛り。

  咄本・私可多咄(1671)一「むかし、かぶきの子共をあつめ、源氏酒(ゲンジざけ)しけるに」

浜庇(はまびさし)

 《万葉集二七五三の「浜久木(はまひさぎ)」の表記を伊勢物語で読み誤ってできた語という》

 (はまびさし)浜辺の家のひさし。また、浜辺の家。多く「久し」の序詞として用いられる。
 「浪間より見ゆる小島の―久しくなりぬ君に逢ひ見で」〈伊勢一一六

蜑(あま) 【海人 蜑】

 魚介をとったり藻塩を焼いたりするのを業とする者。漁師。古くは海辺(あまべ)に属した。あまびと。いさりびと 

 



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁オ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

 

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

 

 

 

 

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「和漢百物語」隅田了古 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(117)より

2020年05月20日 | 変体仮名見むとするハいとをかし

 

 

「和漢百物語」隅田了古 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(P.117)より

 

 

和漢百物語(わかんひやくものがたり)

 周(しう)の武王(ぶわお)ハ の紂王(ちうわう)を滅亡(めつぼ ママ)さん

 と大軍(たいぐん)を引卒(しい ママ)て押行(ほしゆく)おうこう 高(かう)

 明、高覚といふ者(もの)お(おつ)て出(いで)念(ふんぜん)として

 防(、)戦ふ、其(その)勢(いきほ)ひ(、)たにして当(あた)ゑ二も

 あらず、爰(この ママ)に太公望(たいこうぼう)斗(はら)いて雷震(らいしん)に討(うた)

 らむるに、今ハ両(、)(りょうしゅ)かなわずして(、、)いはる

 かに飛去(とびさり)ける、是本ニ鬼の髪仍也とぞ

   隅田了古 筆記

 

 字が小さいは、当て字だらけだは、難しいはで、読めな〜〜い^^;;

 

殷(いん)   ウィキペディア

 殷(いん-、紀元前17世紀-紀元前1064年)は、古代中国の王朝である。文献には天乙(湯)が夏を滅ぼして建立したとされ、考古学的に実在が確認されている中国最古の王朝である。殷代(しょう)、商朝殷商とも呼ばれる。紀元前1世紀に帝辛(紂王)の代に周によって滅ぼされた(殷周革命)

 

紂王(ちゅううおう)  ブリタニカ国際j百科事典

 中国,の最後 (第 30代) の王。前 11世紀頃に三十数年在位。名は帝辛とも呼ばれる。諡号。『史記』その他の所伝によれば体力知力にすぐれたが,妲己 (だっき) を愛して酒池肉林の楽しみにふけり,諫言を退け,民心のそむくところとなり,武王討伐にあって王都朝歌の鹿台でみずから火中に投じて死に,殷王朝は滅亡した。いわゆる殷周革命である。後世,夏の桀王(けつおう) とともに悪虐の王の代表とされるが,各王朝の末王がそのように歪曲されるのは常であり,必ずしも史実とはいえない

 

斗 (はら う) 国語大辞典

 ①ます。とます。ひしゃく。また、ますやひしゃくの形をしたもの。「科斗」

 ②尺貫法の容量の単位。一升の一〇倍。約一八(リットル)。「斗酒」 ③星座の名。天の南と北にある星座「南斗」「北斗」のこと。

 

隅田了古(すみだ りょうこ、生没年不詳)とは、江戸時代から明治時代にかけての浮世絵師。  ウィキペディア

 師系不明。叟斎(そうさい)了古、細島晴三とも称す。江戸の人で隅田に住む。作画期は文久から明治初期頃にかけてで、主に歌川派風の風俗画風刺画を描いている。

 

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「皇国二十四考」柳亭種彦記 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(116)より

2020年05月20日 | 変体仮名見むとするハいとをかし

 

 「皇国二十四考」柳亭種彦記 1881年 大判錦絵 『幽霊・妖怪大全集』 平成24年 福岡市博物館(P.116)より

 

 

皇国二十四考

 信濃国(しなのゝくに)の考子(かうし)善之烝(ぜんのじやう)

 盂蘭盆(うらぼん)に施餓鬼(せがき)を執行(しつぎやう)

 する【はじまり】ハ、釈迦(しやか)の御弟子(おんでし)目(もく)

 蓮(れん)尊者(そんじや)が、母(はゝ)の罪障(ざいしやう)消滅(せうめつ)せず

 して、地獄(じごく)に堕(おち)しを深(ふか)く嘆(なげ)き、

 親(した)しく冥土(めいど)へ趣(おもむ)きて、餓鬼道(がきどう)の

 苦言(くげん)を目視(もくし)し、諸佛(しょぶつ)に百味(ひゃくミ)

 五薬(ごくわ)を供(そな)へて、母(はゝ)に食(しょく)を得(え)さ

 しとある、説教(せつけう)の意(い)に

【はうはつ】たる善右衛門(ぜんゑもん)が

 長男(せがれ)善之烝(ぜんのじやう)ハ、父(ちゝ)が難病(なんびやう)を

 癒(いや)さんと、地蔵堂(ぢざうどう)に通夜(つや)せし

 時(とき)、善右衛門(ぜんゑもん)が前生(ぜんしやう)に作(つく)りし罪(つミ)

 を夢(ゆめ)を見(み)て、佛(ほとけ)に祈(いのり)詫(たび)けれバ、

 諸天善神(しよてんぜんじん)感応(かんおう)ありて、父(ちゝ)が危(き)

 篤(とく)の大病(たいびやう)の一度(ひとたび)全治(ぜんち)に、及(およ)びしハ、

 實(まこと)に奇特(きどく)の善童子(ぜんどうじ)なる哉(かな)

  柳亭種彦記

 

 月岡芳年

 1881年

 大判錦絵

 

 

盂蘭盆  ウィキペディア

 盂蘭盆とは、とは、太陽暦7月15日を中心に7月13日から16日の4日間に行われる仏教行事のこと。盂蘭盆(うらぼん)、お盆ともいう。

施餓鬼(法会(ほうえ)の一つ。飢え苦しむ生類(しょうるい)や弔う者のない死者の霊に、飲食物を供えて経を読む供養(くよう)。)  国語大辞典

善童子

 1 善財童子(ぜんざいどうじ)は、仏教の童子の一人であり『華厳経入法界品』『根本説一切有部毘奈耶薬事』などに登場する。

 2 善童子王子跡(ぜんどうじおうじあと) 指定区別:市指定史跡 所在地等:和歌山 湯川町富安

善神(諸天善神)  ウィキペディア

 護法善神(ごほうぜんじん)とは、仏法および仏教徒を守護する主に部の神々()のこと。 護法(ごほうしん)、あるいは諸天善神(しょてんぜんしん)などともいう。

 

柳亭種彦(りゅうてい たねひこ、天明3年-天保 13年(江戸時代後期の戯作者。長編合本『偐紫田舎源氏』などで知られる。通称は彦四郎、別号に足薪翁、木卯、偐紫楼。

 

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】十五丁ウ 井原西鶴

2020年05月19日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】十五丁ウ 井原西鶴

 

 

往来(ゆきゝ)の人に袖乞(そてこひ)して然(しか)も因果(ゐんぐハ)ハ、人のきらひ候、煩(わつら)ひ

ありて」と申侍る、起別(をきわか)れて、是を聞(きゝ)ながら、なをたづね

ゆかんと里に行てみれば、柴(しば)あみ戸に、朝顔(あさかほ)いとやさし

く作(つく)りなし、鑓(ヤり)一すぢ、鞍(くら)のほこりをはらひ、朱鞘(しゆさや)の

一こしをはなさず、さつはりと、あいさつへて、かくと申せば、

いかに母なればとて、其身(其ミ)になりて、我を人に、しらせ侍る事

口惜(くちおし)しと泪(なミた)を流(なか)す、いろ/\申つくし、かの女むかしを

隠(かく)したる、こゝろ入をかんじて、程(ほと)なく娘を、山科(やましな)に

かへして、見捨(すて)す通ひける、其年ハ 十一歳の、冬(ふゆ)の

はしめ事也

 

 

 

一こし(ひとこし)

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

ゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

ゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【5】

往来(ゆきゝ)の人に袖乞(そてこひ)して然(しか)も因果(ゐんぐハ)ハ、人のきらひ候、煩(わつら)ひ

ありて」と申侍る、起別(をきわか)れて、是を聞(きゝ)ながら、なをたづね

ゆかんと里に行てみれば、柴(しば)あみ戸に、朝顔(あさかほ)いとやさし

く作(つく)りなし、鑓(ヤり)一すぢ、鞍(くら)のほこりをはらひ、朱鞘(しゆさや)の

一こしをはなさず、さつはりと、あいさつへて、かくと申せば、

いかに母なればとて、其身(其ミ)になりて、我を人に、しらせ侍る事

口惜(くちおし)しと泪(なミた)を流(なか)す、いろ/\申つくし、かの女むかしを

隠(かく)したる、こゝろ入をかんじて、程(ほと)なく娘を、山科(やましな)に

かへして、見捨(すて)す通ひける、其年ハ 十一歳の、冬(ふゆ)の

はしめ事也

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】十五丁オ 井原西鶴

2020年05月19日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】十五丁オ 井原西鶴

 

 

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

 

 

 

 

二(ふた)とせ計(はかり)=(ふたとせばかりは)

そゝろ(そぞろ 漫ろ)[形動][文][ナリ]《「すずろ」と同語源》  (国語大辞典)

1  1 これといった理由もなしにそうなったり、そうしたりするさま。なんとなく。

 2 心が落ち着かないさま。そわそわするさま。

 3 不本意なさま。意に満たないさま。

 4 かかわりのないさま。

 5 むやみなさま。やたら。

 2[副]わけもなく。なんとなく。「漫ろ寒さが身にしみる」

 

おとろいて(驚いて)

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

ゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

ゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【4】

風の夜ハなを、まつ人もみえず、御幸(ごこう)の祭り又は、五月の

五日六日それくみ売(うり)日(ひ)迄(まて)、誰(たれ)さまをさして、其日ハと、いふほ

どの、たよりもなきに、あらくせがまれて、やう/\日数(かす)

程(ほと)ふりて、二(ふた)とせ計(はかり)は、暮(くら)し候へと、行末(ゆくすへ)の事おそ

ろしく、里はなれにまします、親立(おやたち)ハいかに、世をおくら

るゝぞ、其後(のち)ハたよりもなく、まして爰に、尋(たづ)ねたまハねば

と、そゝろに泪(なみた)を流(なが)す、其親里(おやさと)ハときけてば、山科(やましな)の

里にて、源(げん)八とかたる、かくあらぬさきこそ、ちか/\尋(たず)ねて

、無事(ぶし)のあらましをも、きかせ申へしといへと、うれ

しきやうすもなく、かならず/\、御尋(たつね)ハ御もつたいなし

はしめの程(ほと)ハ、赤根(あかね)などほりてありしが、今ハおとろいて

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映画『Burning バーニング』2018年 韓国 村上春樹の短編 イ・チャンドン監督・脚本

2020年05月19日 | 映画

写真は、『三番叟』

 

 映画『Burning バーニング』2018年 韓国 村上春樹の短編 イ・チャンドン監督・脚本

 

 みかんを食べるゼスチャーをしながら、

「あると思うんじゃなくって、美味しいと思えば云々」

から始まり、井戸が「ある」「ない」「ない」「ある」

 そして、原稿を書いた上での、男への殺害。

 

 これは、現実であり夢幻であり…。

 

 相手方男の

「二ヶ月に一回、ビニールハウスを燃やすんだ。絶対見つからないよ。」

の言葉を受けての、殺害後の最後のBurningの炎の色は印象的。

 

 この映画も好きだな。

 最近、とある一本を除いては、好きな映画に当たる機会が多いな^^

 今回も題名のみにて失礼いたします。

 

 

  • 監督
    イ・チャンドン
  • 脚本
    イ・チャンドン
  • 脚本
    オ・チョンミ
  • 撮影
    ホン・ギョンピョ
  • 音楽
    モグ
イ・ジョンス ユ・アイン
ベン スティーヴン・ユァン
シン・ヘミ チョン・ジョンソ
町内会長 チョン・チャンオク
ジョンスの母 パン・ヘラ
 

 

  • 原題/Burning
  • 制作年/2018
  • 制作国/韓国
  • 内容時間(字幕版)/149分

 人気作家・村上春樹の短編を、韓国の名匠イ・チャンドン監督が独自のタッチで映画化。第71回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞ほかを受賞し、絶賛を博した傑作。

「オアシス」で第59回ヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞(監督賞)、「ポエトリー アグネスの詩」では第63回カンヌ国際映画祭脚本賞に輝くなど、現代韓国の名匠のひとりとして活躍するイ・チャンドン監督。8年ぶりの監督作となった本作では、村上春樹の短編「納屋を焼く」を大幅に脚色しながら独自のタッチで映画化。「ベテラン」のユ・アイン、注目の新星女優チョン・ジョンソら、主役の男女3人が繰り広げるスリル満点のドラマの行方は、最後まで目が離せない。今回は、劇場公開された148分の全長版を放送。

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】十四丁ウ 井原西鶴

2020年05月18日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】十四丁ウ 井原西鶴

 

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

こゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

 

 

ミつからして(自らして)

 

 


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

ゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【3】

なしからや、嶋原(しまばら)の着(き)おろし、あやめ八丈(しやう)から織も

ふる着(き)も、此里におくりて、よきことに、似(に)せける」と

申侍る、かるく、なくさみ所成へし、断(ことは)りなしに、

腰をかきて、わきさし紙入(かミ入れ)そこ/\に置(をき)ながら、見るに

よき事、おほき女なり、「いかなるしるべにて、此所にハ

ましますぞ、殊更うき勤(つとめ)ざぞ」と申侍れば、「人さまに

ゝろあらハに、見らるゝも、自(おのづから)物毎(ものこと)はしたなくなりて、萬

不自由(ふじゆ)なれば、思ハぬよくも、いできて、人をむさぶりて

我か身(ミ)の外の、こし張(はり)をたのミ、あらしふせき候、

小野(をの)のたき炭(すみ)よしの紙(かミ)、悲田院(ひてんいん)の、上ばき迄も

ミつからして、それのミ、雨(あめ)の日差さひしさ

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】十四丁オ 井原西鶴

2020年05月18日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】十四丁オ 井原西鶴

 

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたず、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

 

 

粽(つまき ちまき)

しなくだり(宿下り)下り)

五文字(発句の五文字)


 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

ゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【2】

旅(たひ)人、風呂敷(ふろしき)包(つゝみ)粽(つまき)を、かたけかから、貫(くハん)さしの

もとすきを見合、「若(もし)気(き)に入たるもあらば」と、見つくして

又、泥町(とろまち)に行もおかし、人のすき待(まち)て、西の方の中程(ほと)

、ちいさき釣隔子(つりかうし)、唐紙(からかミ)の竜田川(たつたかハ)も、紅葉(もみち)ちり/″\、に

やぶれて、煙(けふり)もいぶせきすいからの捨(すて)所もなく、かすりなる

うちに、やさしき女、ときに数なく、見られたき風情(ふゼい)

にもあたバ、「袖の香(か)ぞけふの菊」と、筆もちながら、五

文字をきまといてあり顔や、ふかくしのばれて

「此君ハ何として、然(かゝ)るしなくだりする宿(やと)に、置けるぞ」

瀬平(せへい)が、物語せしハ、この人かゝえの親方(おやかた)、此里一人の、

貧者(ひんしや)かくれなくて、いたハし、さもなき人も、もち

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】十三丁ウ 井原西鶴

2020年05月18日 | 井原西鶴



 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】十三丁ウ 井原西鶴


新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)もきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

かゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

 

 

 




 

 




     袖の時雨ハ懸るがさいはい
浮世(うきよ)の介こざか(漢字)しき事十歳(さい)の翁(おきな)と申べきか、もと
生(むま)れつき、うるハしく、若道(じやくどう)のたしなみ、其比(そのころ)下坂小八
かゝりとて、鬢切(びんぎり)して、たて懸(かけ)に結(ゆふ)事、時花(はやり)けるに
其面影(おもかけ)情け(なさけ)らしく、よきほとむる人のあらば、只(たゞ)ハ通(とを)らじ
と常/″\(つね/″\)こゝろをみがきつれとも、また差別(しやべつ)有へき
とも思ハず、世の人雪(ゆき)の梅(むめ)をまつがごとし、或(ある)日暗部(くらふ)
山の辺(ほとり)に、しるべの人ありて、梢(こずへ)の小鳥をさハがし、
天の網(あミ)小笹(ざゝ)に、もちなどをなびかせ、茅(かや)が軒端(のきば)の
物淋(さび)しくも、頭巾(ずきん)をきせたる、梟(ふくろう)松桂(せうけい)、草がくれ
なぐさみも過ぎるがてにして、帰(かへ)る山本(やまもと)近(ちか)く、雲(くも)しきりに

立かさなり、いたくハふら図、露(つゆ)をくだきて、玉ちる風情(ふぜい)
一 木て舎(やど)りのたよりならねば、いつそにぬれた
袖笠(そでがさ)、於戯(あゝ)、まゝよさて、僕(でつ地)が作り髭(ひげ)の落(おち)ん事を、
悲(かな)しまれるゝ折ふし、里に、影(かげ)隠(かく)して
住(すミ)ける男(おとこ)あり、御跡(あと)をしたひて、からうたをさし
懸(かけ)ゆくに、空(そら)晴(はれ)わたるこゝちして見帰(かへり)、是は
かたじきなき御心底(しんてい)、かさねてのよすがにても、御名(な)
ゆかしきと申せど、それにハ曽而(かつて)取(とり)あへど、御替(かえ)
草履(ぞうり)をまいらせ、ふところより櫛(くし)道具(どうぐ)、元も
いはれぬ、きよらなるをとり出し、つき/″\のものに
わたして、そゝきたる、御おくれをあらため給へと

申侍りき、時しても、此(この)うれしさ、いか計(ばかり)あるへし
「まことに時雨(しぐれ)もはれて、夕虹(にじ)きえ懸(かゝ)るばかりの、
御言葉(ことば)数(かず)/\にして、今まで我おもふ人もなく、
徒(いたづら)にすぎつるも、あいきゃうなき、身の程(ほど)うらみ侍る、
不思議(ふしぎ)の、ゑんにひかるゝ、此後(このゝち)うらなく、思はれたき」と
くどけば、男(おとこ)何ともなく、「途中(とちう)の御難儀(なんぎ)をこせ
、たすけたてまつれ、全(まつたく)衆道(じゆどう)のわかち、おもひおもひよらず」、と
取(とり)あきて、沙汰(さた)すべきやうなく、すこしハ奥覚(けうさめ)て
後少人(せうじん)気毒(きのどく)こゝにきハまり、手ハふりても、恋(こひ)しら
ずの男松、おのれと朽(くち)て、すたりゆく木陰(こかげ)に、腰(こし)を
懸(かけ)ながら、「つれなき思ハれ人かな、袖ゆく水の

しかも又、同し泪(なミだ)にも、あらず、鴨(かも)の長明(ちやうめい)が、孔子(こうし)
くさき、身(ミ)のとり置(をき)て、門前(もんゼん)の童子(わらんべ)に、いつとなく
たハれて、方丈(ほうじやう)の油火(あぶら日)けされて、こゝろハ闇(やミ)になれる
事もありしとなむ、月まためつらしき、不破(ふハ)の
万作、勢田(セた)の道橋(ミちはし)の詰(つめ)にして、欄麝(らんしや)のかほり人の
袖にうつせし事も、是みな買うした事で、あるまいかと、
申」をも更(さら)に聞(きく)も入れぬ、秋の夜(よ)の長物語(ながものかたり)、少人(セうじん)の
こなたより、とやかく嘆(なげ)かれしハ、寺から里(さと)の、お児(ちご)
、しら糸の昔(むか)し、いふにたらず、「さあ、いやならバ、いやに
して」と、せめても此男(おとこ)、まだ合点(かてん)せぬを、後にハ
小づら憎(にく)し、屡(しば)しあつて、かさねての日

中沢(なかさわ)といふ里の、拝殿(はいでん)にて、出会ての上に」と、しかくの
事ども、うきやくそくして、帰(かへ)ればなをしたひて、笹(さゝ)
竹(たけ)の、葉(は)分(わけ)衣(ころも)にすがり、「東破(とうば)を、じせつすいが、風水土(ふうすいど)の
ざき立て待(ま地)しぞ、それ程(ほど)にこそハ、我も又」と、かぎり
ある夕ざれ、見やれば見送る、へだゝりて、かの男(おとこ)
歳頃(としころ)命(いのち)ハそれにと、おもふ若衆(わかしゆ)にかたれば、又ある
べき事にもあらず、我との道路(ミちぢ)を忘(わす)れずとや、
さるとハむごき、御こゝろ入、いかにして、捨置(すておく)へきやと
、おもひの中の、橋(はし)かけ染めて、身ハ外に
なしけるとなり

 
五 尋(たづね)てきく程(ほど)ちぎり 【1】

新枕(にいまくら)とよみし、伏見(ふしミ)の里へ、菊(きく)月十月の夕暮、き

のふ汲(くミ)し、酔(ゑい)のまきれに、唐物屋(からものや)の、瀬平といふ

者をさそひ行(ゆく)に、東福寺(とうふくじ)の入相(いリあい)、程(ほど)なく壱く町、こゝろ

さす所ハ爰や、遣屋(やリや)の孫右衛門の辺(ほとり)に、駕籠(かご)乗(も理)捨(すて)て

息(いき)てきるゝ程(ほと)の、道はやく、墨染(すみそめ)の水、のミて何へず

南の門口よりさし然(かゝ)り、「東(ひがし)の入口ハいかなして、ふさぎける

ぞ、すこしハまハり遠(とを)き恋(こひ)ぞ」と、ありさま、ひそかに見

わたせば、都(ミやこ)の人(ひと)さうなか、色白く、冠(かんむり)着(き)さうなる、あたまつ

きして、しのぶもあり、宇治(うぢ)の茶師(ちやし)の、手代(てたい)めきて

ゝる見る目ハ違(ちか)ハじ、其外六地蔵(ろくぢさう)の馬(むま)かた下り舟まつ

 

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映画『藁の楯 』(わらのたて) 2013年 監督:三池崇史 脚本:林民夫 大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也

2020年05月18日 | 映画

  映画『藁の楯 』(わらのたて) 2013年 監督:三池崇史 脚本:林民夫 大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也

 

 この映画も二度目だが、初めから最後まで見入ってしまった。

 この映画も好きだな^^

 

 一昨日から昨日にかけて、wowowでは藤原竜也特集のように、複数本の映画を放映された。

 ラッキーとばかりに全てを録画した私。映画『Diner ダイナー』をもう一度見られるのはありがたい。

 

 今回も記録のみにて失礼いたします。

 

 

 

 監督:三池崇史
 脚本:林民夫

 2013年  126分

銘苅一基 大沢たかお
白岩篤子 松嶋菜々子
清丸国秀 藤原竜也
蜷川隆興 山崎努
奥村武 岸谷五朗
関谷賢示 伊武雅刀
神箸正貴 永山絢斗
由里千賀子 余貴美子
大木係長 本田博太郎

 

 126分

 

wowow公式HP ▼

大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也が共演した、鬼才・三池崇史監督のノンストップサスペンス。警察は10億円の賞金を懸けられた凶悪犯を九州から東京まで護送できるのか。

コミック作家きうちかずひろが木内一裕名義で発表した小説を映画化。凶悪犯に殺された少女を孫に持つ財界の大物が、犯人の命に10億円の賞金を懸ける。日本全国がにわかに殺気立つ中、警視庁は5人の警官に犯人を護送させようとするが、次から次へと邪魔者が現われ……。日本の新幹線が舞台のシーンを台湾の新幹線でロケするなど、邦画のスケールを超えたビッグアクションが見ものだが、警察内部でも裏切りや妨害があるなど、二転三転するサスペンスとしても見応えたっぷり。俳優陣では凶悪犯役の藤原の熱演が光る。

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『東海道中膝栗毛 初編』   「揚げ足取り」、ここでは「詞咎め」(ことばとがめ)と記されている。

2020年05月17日 | 十返舎一九

写真は、『黒塚』

 

 

『東海道中膝栗毛 初編』

「揚げ足取り」 ここでは「詞咎め」(ことばとがめ)と記されている。

 

北 「これ/\お女中、たばこ盆に火を入れてくんな。」

弥二「たばこ盆に火を入れたらこげてしまう、云々」

北 「おめへも詞咎めをするもんだ。それじゃ、日が短い時にやァ、たばこものまずにゐにやァならね。」

 

言葉咎 (日本国語大辞典)
〘名〙 相手のことばじりをとらえて非難すること。ことばとまげ。
 寛永刊本蒙求抄(1529頃)七「詞とがめなどして死はをかしい事ぢゃげに候」
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