乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

『古今集遠鏡 巻一』 15  古今集遠鏡  はしがき 七ウ  本居宣長

2020-05-25 | 本居宣長 『古今集遠鏡』『玉あられ』

 

 

 『古今集遠鏡 巻一』 15  古今集遠鏡  はしがき 七ウ  本居宣長  

 

『古今集遠鏡』6冊。寛政5年(1793)頃成立。同9年刊行。

 

はしがき 七ウ 

れども、俗語に さ はいハざれバ、中々にうとし、同じことながら、「春露たち

かくすらん、山の桜をなどハ、山の桜は露がカクシテアルデアラウ二」、と訳してよ

ろしく、又 「かの見ん人は見よ」なども、「見ヤウト思フ人ハ」と うつれバ、俗語にも

かなへり、歌のさまによりてハ、かうやうにもうつすべし、)

◯「らん」の訳(ウツシ)ハ、くさ/″\あり、「春たつけふの風や とくらん」などハ、「風ガトカスデア

ラウカ」と訳す、アラウランにあたりガ上のやに あたれり、「いつの人まに うつろひぬら

ん」などハ、「イツノヒマ二散テシマウタ「ヤラ」」と訳す、「ヤラ」らんにあたれり、「人に知られ

ぬ花やさくらん」などハ、「人二シラサヌ花が咲タカシラヌ」と訳す、「カシラヌやとらん」

とにあたれり、又 「上にや何」などといふ、うたがひことばなくて、「らん」と結びたる

にハ、「ドウイフことデ」といふ詞をそへてうつすも多し、又 「相坂のゆふつけ鳥も

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れども、俗語に さ は 言わざれば、中々にうとし、同じ事ながら、「春露たち

隠すらん、山の桜を などは、山の桜は露が隠してあるであろうに(カクシテアルデアラウ二)」、と訳して よ

ろしく、又 「かの見ん人は、見よ」なども、「見ようと思う人は」と うつれば、俗語にも

かなえり、歌の様に依りては、この(こう)ようにも写すべし、

◯「らん」の訳(ウツシ)は、種々(くさぐさ)あり、「春立つ今日の風や とくらん」などは、「風がとかすであろうか(風ガトカスデア

ラウカ)」と訳す、「あろうらん(アラウラン)」にあたりが上の「や」に 当たれり、「いつの人まに うつろいぬら

ん」などハ、「いつの日に散してしもうた「やら」」と訳す、「やら」「らん」に当たれり、「人に知られ」

ぬ花や咲くらん」などは、「人に知らさぬ花が咲たかしらぬ」と訳す、「かしらぬ やとらん」

とに当たれり、又 「上にや何」などと言う、疑い詞無くて、「らん」と結びたる

には、「どう言う事で」と言う詞を添えて写すも多し、又 「相坂の夕つけ鳥も

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さ (然 副詞 そう。そのように。)  古語辞典

よろしく

 宜し(形容詞) {(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ}

 1 まずまずだ。まあよい。悪くない。

 2 好ましい。満足できる。

 3 ふさわしい。適当だ。

 4 普通だ。ありふれている。たいしたことはない。

 よろし(副詞 いかにももっとも。なるほど。) 古語辞典

かう

 斯う(副詞 このように)

種々

 くさぐさ

らん(らむ)助動詞  中世以降「らん」と表記する。

《接続》活用語の終止形に付く。ただし、ラ変型活用の語には連体形に付く。

 1 〔現在の推量〕今ごろは…しているだろう。▽目の前以外の場所で現在起こっている事態を推量する。

 2 〔現在の原因の推量〕…(のため)だろう。どうして…だろう。▽目の前の事態からその原因・理由となる事柄を推量する。

 3 〔現在の伝聞・婉曲(えんきよく)〕…という。…とかいう。…のような。▽多く連体形で用いて、伝聞している現在の事柄を不確かなこととして述べる。

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古今集遠鏡 

 

はしがき一オ 2

   雲のゐるとほきこずゑもときかゞ

     せばこゝにみねのもみちば

此書ハ、古今集の歌どもを、こと/″\くいまの無の俗語(サトビゴト)に訳(ウツ)せ
る也、そも/\此集ハ、よゝに物よくしれりし人々の、ちうさくども
のあまた有て、のこれるふしもあらざなるに、今更さるわざハ、い
かなれバといふに、かの注釈といふすぢハ、たとへばいとはるかなる高き
山の梢どもの、ありとバかりハ、ほのかにみやれど、その木とだに、あや
めもわかむを、その山ちかき里人の、明暮のつま木のたよりにも、よ
く見しれるに、さしてかれハと ゝひたらむに、何の木くれの木、も

はしがき一ウ 3

とだちハしか/″\、梢の有るやうハ、かくなむとやうに、語り聞せたらむ
がそとし、さるハいかによくしりて、いかにちぶさに物したらむにも、人づて
の耳(ミヽ)ハ、かぎりしあれバ、ちかくて見るめのまさしきにハ、猶にるべくも
あらざめるを、世に遠めがねといふなる物のあるして、うつし見るに
はいかにとほきも、あさましきまで、たゞこゝもとにうつりきて、枝さ
しの長きみじかき、下葉の色のこきうすきまで、のこるくまなく、見
え分れて、軒近き庭のうゑ木に、こよなきけぢめもあらざるばかり
に見るにあらずや、今此遠き代の言の葉のくれなゐ深き心ばへ
を安くちかき、手染の色うつして見するも、もはらこのめがね
のたとひにかなへらむ物を、やがて此事ハ志と、尾張の横井、千秋

はしがき二オ 4

ぬしの、はやくよりこひもとめられれたるすぢにて、はじめよりうけひき
てハ有ける物から、なにくれといとまなく、事しげきにうちまぎれて、
えしのはださず、あまたの年へぬるを、いかに/ \と、しば/″\おどろかさる
るに、あながちに思ひおくして、こたみかく物しつるを、さきに神代のまさ
ことも、此同じぬしのねぎことこそ有しか、御のミ聞けむとやうに、
しりうごつともがらも有べかめれど、例の心も深くまめなるこゝ
ろざしハ、みゝなし心の神とハなしに、さてへすべくもあらびてなむ、
◯うひまなびなどのためのは、ちうさくハ、いかにくはしくときた
るも、物のあぢハひを、甘しからしと、人のかたるを聞たらむやう
にて、詞のいきほひ、「てにをは」のはたらきなど、たまりなる趣にいたり

はしがき二ウ 5

てハ、猶たしかにはえあらねどば、其事を今おのが心に思ふがごとハ、里
りえがたき物なるを、さとびごとに訳(ウツ)したるハ、たゞにみづからさ思ふ
にひとしくて、物の味を、ミづからなめて、しれるがごとく、いにしへの雅事(ミヤビゴト)
ミな、おのがはらの内のおとしなれゝバ、一うたのこまかなる心ばへの、
こよなくたしかにえラルことおほきぞかし、
◯俗言(サトビゴト)ハかの国この里と、ことなきとおほきが中には、みやびごとに
ちかきもあれども、かたよれるゐなかのことばゝ、あまねくよもには
わたしがたれバ、かゝるとにとり用ひがたし、大かたハ京わたりの
詞して、うつすべきわざなり、ただし京のにも、えりすつべきハ有
て、なべてハとりがたし、

はしがき三オ 6

◯俗言(サトビゴト)にも、しな/″\のある中に、あまりいやしき、又たハれすぎたる、又
時ゞのいまめきことばなどハ、はぶくべし、又うれしくもてつけていふと、
うちときたるもの、たがひあるを、歌ハことに思ふ情(こゝろ)のあるやうのまゝに、廠
眺め出たる物なれば、そのうちときたる詞して、訳(ウツ)すべき也、うちとけ
たるハ、心のまゝにいひ出したる物にて、みやびごとのいきほひに、今すこ
しよくあればぞかし、又男のより、をうなの詞は、ことにうちとき
たることの多くて、心に思ふすぢの、ふとあらハなるものなれバ、歌のい
きほひに、よくかなへることおほ彼ば、をうなめ きたるをも、つかふべ
きなり、又いはゆるかたしも用ふべし、たちへばおのがことを、うる
はしくハ「わたくし」といふを、はぶきてつねに、ワタシともワシともい日、ワ

はしがき三ウ 7

シハといふべきを、「ワシヤ<」、それを「ソレヤ」、すればを「スレヤ」といふたぐひ、又その
やうなこのやうなを、「ソンナコンナ」といひ、ならばたらバを、ばをはぶきて、ナ
ラタラざうしてを「ソシテ」、よかろうを「ヨカロ」、とやふにいふたぐひ、ことにうち
ときたることなるを、これはた いきほひ にしたがひてハ、中/\にうるハしく
いふよりハ、ちかくあたりて聞ゆるふしおほければなり、
◯すべて人の語ハ、同じくいふとも、いひざるいきほひにしたがひて、深くも浅
くも、をかしくも、うれたくも聞こゆるわざにて、歌ハことに、心のあるようをたゞ
にうち出したる趣なる物なるに、その詞の、いまさま いきほひハ しも
よみ人の心をおしえかりえて、そのいきほひを訳(ウツ)すべき也、たとへバ「春

はしがき四オ 8

されバ野べにまづさく云々、といつるせどうかの、訳(ウツシ)のはててに、へゝ/\
へゝ/\と、笑ふ声をへそたるなど、さらにおのづがいまの、たハぶれにはあら
図、此ノ下ノ句の、たハぶれていへる詞なることを、さとさせりとてぞかし、かゝる
ことをダウぞへざれバ、たハふ(ム)れの善(へ)なるよしの、わらハれがたけれぞかし、
かゝるたぐ日、いろ/\おほし、なすらへてさとるべし、
◯みやびごとハ、二つにも三つにも分れたることを、さとび言には、合をて一ツ
にいふあり、又雅言(ミヤビゴト)ハ一つながら、さとびごとにてハ、二つ三つにわかれたる
もあるゆゑに、ひとつ俗言(サトビゴト)を、これにもかれにもあつるとある也、
◯まさしくあつべき俗言のなき詞には、一つに二ツ三ツをつらねてう

はしがき四ウ 9

つすこちあり、又は上下の語の訳(うつし)の中小、其言をこむることもあり、あるハ
二句三句を合わせて、そのすべての言をもて訳(ウツ)すもあり、そハたとへバ「ことな
らバさかずやむあらぬ桜花などの、ことならばといふ詞など、一つはなち
てハ、いかにもうつすべき俗言なれバ、二句を合わせて、トテモ此ヤワニ早ウ散(ル)クラい
ナラバ一向ニ初(メ)カラサカヌガヨイニナゼサカヌニハヰヌゾ、と訳(ウツ)せるがごとし、
◯歌によりて、もとの語のつゞきざま、「てにをは」などにもかゝハらで、すべて
の言をえて訳(ウツ)すべきあり、もとの詞つゞき、「てにをハ」などを、かたくまも
りてハ、かへりて一かたの言にうとくなることもあれバ也、たとへば「こぞと
やいはむ、ことしとやいはむなど、詞をまもらバ、去年ト云(ハ)ウカ今年トイハ
ウカ、と、訳すべけれども、さてハ俗言の例にうとし、去年ト云タモノデアラウカ

はしがき五オ 10

今年ト云タモノデアラウカとうつすぞよくあたれる、又春くることを「たれ
かしらまし」など、春ノキタトヲ云々、と訳(ウツ)さゞれバ、あたりがたし、「来(ク)る」と
「来(キ)タ」とハ、たがひあれども、此歌などの「来(キ)ぬる」と有べきことなるを、
さはいひがたき所に、「くる」とハいつるなれバ、そのこゝろをえて、「キタ」と訳(ウツ)
すべき也、かゝるたぐひ、いとおほし、なすらへて、さとるべし、
◯詞をかへてうつすべきあり、「花と見て」などの「見て」ハ、俗語には、「見て」と
ハいはざれバ、「花ヂヤト思ウテ」と訳すべし、「わぶとこゝろへよ」、などの類の「こ
たふる」ハ、俗言には、「こたふ」とハいはず、たゞ「イフ」といへば、「難-儀ヲシテ居ルト
イヘ」と訳すべし、又「てにをは」をかへて訳すべきも有リ、「春ハ来にけり」な
どのエモジハ、「春ガキタワイ」と、ガにかふ、此類多し、又「てにをは」を添(フ)べ

はしがき五ウ 11

きもあり・「花咲にけり」などハ、「花が咲いタワイ」と、「ガ」うをそふ、此類ハ殊におほし、す べて俗言にハ、「ガ」と

いふことの多き也、雅言のぞをも、多くハ「ガ」といへり、「花なき」

などハ、「花ノナイ里」と、「ノ」をそふ、又はぶきて訳すべきも、「人しなけれバ」「ぬきて

をゆかむ」などの、「しもじ」を「もじ」、訳言(ウツシコトバ)をあゝハ、中々にわろし、

◯詞のところををおきかへてうつすべきことおほし、「あかずとやなくや山郭公」

などハ、「郭公」を上へうつして、「郭公ハ残リオホウ思フテアノヤウニ鳴クカ」と訳し、「よるさ

へ見よ」とてらす月影は、ヨルマデ見ヨ」トテ「月の影をテラス」とうつし、「ちくさに物

を思ふゝろかな」のたぐひは、「こゝろ」を上にうつして、「コノゴロハイロ/\」ト物思ヒノ

シゲイ「カナ」とやくし、「うらさびしくも見てわたるかな」ハ、「すてる」を上へう

つして、「見ワタシタトコロガキツウマアものサビシウ見エル」「カナ」と訳すたぐひにて、これ

はしがき六オ 12

雅事(ミヤビゴト)と俗事(サトゴト)と、いふやうのたがひ也、又「てにをは」も、ところをかへて訳

すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなく」など、「ものうかる春にぞ」と、「ぞ」も

じハ、上にあるべきことなれども、さいハひがたき所に、鶯の下におけるなれば、

其こゝろをえて、訳(ウツ)すべき也、此例多し、皆なすらふべし、ふべし、

◯「てにをは」の事、「ぞ」もじハ、訳すべき詞なし、たとへバ「花ぞ昔の香ににほひける

のごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言にハ、花ガといひて、其所にちからを入れ

て、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひハ、物

にハ出るべくもあらざれバ、今ハサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔

ノ云々と訳す、ぞもじの例、みな然り、こそハ、つかひざま大かた二つある中に、

「花こそちらめ、根さへかれねや」などやうに、むかへていふことあるハ、さとびごと

はしがき六ウ 13

も同じく、こそといへり、今風にこそ見ざるべらなれ、「雪とのみこそ花ハ

ちるらめ」などのたぐひこそハ、うつすべき詞なし、これハ「ぞ」にいとちかければ、「ぞ」の例によなり、「山風ぞ」云々、「雪とのミぞ」云々、とひたらむに、いく

ばくのたがひもあらざれバ也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわか

むろすれバ、中々にうとくなること也、「たがそでふれしや、どの梅ぞ」と、「恋も

するかな」などのたぐひの「も」もじハ、「マァ」と訳す、「マァ」ハ、やがて此もの訳(ウツ)れる

にぞあらむ、疑ひの「や」もじハ、俗語にハ皆、力といふ「春やとき、花やおそき」とハ、「春が早イ

ノカ、花ガオソイノカ」と訳すがごとし、

◯「ん」は、俗語にはすべて皆「ウ」といふ、来んゆかんを、「ゴウイカウ」といふ類也

はしがき 七オ 14

「けんなん」などの「ん」も同じ、「花やちりけん」ハ、「花ガチッタデアラウカ」、「花や

ちりなん」は、「花ガチツタデアラウカ」と訳す、さて此、「チツタデ」といふと、「チルデ」といふと

のかハりをもて「けん」と「なん」とのけぢめをも、さとるべし、さて又語の

つゞきたるなからにあるは、多くハうつしがたし、たとへば「見ん人」は「見よ」、

「ちりなん」後ぞ、「ちりなん」小野のなどのたぐひ、人へゞき、後へつゞき、小野へ

つゞきて、「ん」ハ皆「なからう」有り、此類は、俗語にハたゞに、見る人ハ、「チツテ」後二、

「チル」小野ノとやうにいひて、「見ヤウ(ん)人」ハ、「チルデ(なん)アラウ」後二、「チルデ(なん)アラウ」小野ノ、などハいは

ざれバ也、然るに此類をも、「しひてんなんらん」のことを、こまかに訳さむ

とならバ、「散なん」後ぞハ、「オツゝケチチルデアラウガ散タ後二サ」と訳し、「ちるらん

小野の」は、「サダメテ此ゴロハ萩ノ花ガチルでアラウ(らん)ガ其野ノ」、とやうに訳すべし、然

はしがき 七ウ 15

れども、俗語に さ はいハざれバ、中々にうとし、同じことながら、「春露たち

かくすらん、山の桜をなどハ、山の桜は露がカクシテアルデアラウ二」、と訳してよ

ろしく、又 「かの見ん人は見よ」なども、「見ヤウト思フ人ハ」と うつれバ、俗語にも

かなへり、歌のさまによりてハ、かうやうにもうつすべし、)

◯「らん」の訳(ウツシ)ハ、くさ/″\あり、「春たつけふの風や とくらん」などハ、「風ガトカスデア

ラウカ」と訳す、アラウランにあたりガ上のやに あたれり、「いつの人まに うつろひぬら

ん」などハ、「イツノヒマ二散テシマウタ「ヤラ」」と訳す、「ヤラ」らんにあたれり、「人に知られ

ぬ花やさくらん」などハ、「人二シラサヌ花が咲タカシラヌ」と訳す、「カシラヌやとらん」

とにあたれり、又 「上にや何」などといふ、うたがひことばなくて、「らん」と結びたる

にハ、「ドウイフことデ」といふ詞をそへてうつすも多し、又 「相坂のゆふつけ鳥も

れども、俗語に さ は 言わざれば、中々にうとし、同じ事ながら、「春露たち

隠すらん、山の桜を などは、山の桜は露が隠してあるであろうに(カクシテアルデアラウ二)」、と訳して よ

ろしく、又 「かの見ん人は、見よ」なども、「見ようと思う人は」と うつれば、俗語にも

かなえり、歌の様に依りては、この(こう)ようにも写すべし、

◯「らん」の訳(ウツシ)は、種々(くさぐさ)あり、「春立つ今日の風や とくらん」などは、「風がとかすであろうか(風ガトカスデア

ラウカ)」と訳す、「あろうらん(アラウラン)」にあたりが上の「や」に 当たれり、「いつの人まに うつろいぬら

ん」などハ、「いつの日に散してしもうた「やら」」と訳す、「やら」「らん」に当たれり、「人に知られ」

ぬ花や咲くらん」などは、「人に知らさぬ花が咲たかしらぬ」と訳す、「かしらぬ やとらん」

とに当たれり、又 「上にや何」などと言う、疑い詞無くて、「らん」と結びたる

には、「どう言う事で」と言う詞を添えて写すも多し、又 「相坂の夕つけ鳥も

 

 

 

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『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【5】十八丁ウ 井原西鶴  一巻五読了

2020-05-25 | 井原西鶴

 


 絵入  好色一代男   八前之内 巻一  井原西鶴
 天和二壬戌年陽月中旬 
 大阪思案橋 孫兵衞可心板



  『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 【5】十八丁ウ 井原西鶴

  

さもしくなしむ、抑(そも/\)丹前風(たんぜんふう)と申ハ、江戸(ゑど)にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)といえるおんな、

すぐれて、情(なさけ)もふかく、髪かたち とりなり、袖口(そでぐち)廣(ひろ)く

つま高(たか)く、万(よろつ)に付(つけ)て、世の人に替(かハ)りて、一流(りう)是

よりはじめて、後(のち)ハもてはやして、吉原(よしはら)にしゆつ

せして、不思議(ふしぎ)の御かたにまでそいべし、ためし

なき女の侍り

 

さもしく なしむ、抑(そも/\)丹前風と申すは、江戸にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)と言える女、

優れて、情けも深く、髪形 とりなり、袖口 広く

つま高く、万(よろづ)に付けて、世の人に替りて、一流 是

寄りはじめて、後はもてはやして、吉原に出

世して、不思議の御方にまでそうべし、試し

無き 女の侍り

抑(そも/\)

 そもそも【

 1.《接》説き起こす時に使う語。

2.《副》元来。
 
 (ヨク・おさえる そもそも)
 
 1.おさえつける。おさえつけてとめる。
 「抑圧・抑制・抑止・抑留・謙抑」
 2.さげる。「抑揚」
 
とりなり (身の取り回し)
 

しゆつせして (出世して)

 

 
 



『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 六 煩悩(ほんのう)の垢(あか)かき 

【1】十六丁ウ 井原西鶴

十三夜の月、待宵(まつよい)めいげつ、いつくハ、あれと須磨(すま)は

殊更と、波(なみ)爰元(こゝもと)に、借(か)りきりの小舟(こぶね)、和田(わだ)の御崎

をめくれは、角(つの)の松原塩屋(まつはらしおや)といふ所ハ、敦盛(あつもり)をとつて

おさえて、熊谷(くまかへ)が付さしせしとほり、源氏酒(けんじさけ)と、たハ

ふれしもと、笑(わら)ひて、海(うみ)すこし見わたす、浜庇(はまひさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいつる)花橘(はなたちはな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハなくさむ業(わざ)も、次第(したい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、つまなし鳥かと、なを淋(さい)しく

一夜も、只ハ暮らし難(かた)し、若ひ蜑(あま)人ハないかと、有ものに

まねかせててみるに、髪(かみ)に指櫛(さしくし)もなく、顔(かほ)に何(なに)塗(ぬる)事も

十三夜の月、待宵名月、何處はあれど、須磨は

殊更と、波 爰元に、借りきり小舟、和田の御崎

をめくれば、角の松原塩屋といふ所ハ、敦盛をとつて

おさえて、熊谷(くまがへ くまがいか)源氏酒(げんじさけ)と、戯

れしもと、笑いて、海少し見わたす、浜庇(はまびさし)に

舎(やど)りて、京よりもたさる、舞鶴(まいづる)花橘(はなたちばな)の

口をきりて、宵(よい)の程ハ 慰む業(わざ)も、次第(しだい)に、月さへ

物すこく、一羽の声(こゑ)ハ、妻無し鳥かと、尚 淋(さい→さみ 掛詞)しく

一夜も、只ハ暮らし難(がた)し、若い蜑(あま)人ハ無いかと、有(無、有 掛詞)ものに

招かせててみるに、髪に指櫛(さしくし)も無く、顔(かお)に何塗(ぬる)事も

【2】十七丁オ 井原西鶴

しらず、袖(そて)ちいさく、裾(すそ)みぢかく、わけもなふ磯くさく、こゝち

よからざりしを、延齢丹(ゑんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔(むか)し行平(ゆきひら)

何(なに)ものにか、足(あし)さすらせ、気をとらせ給ひ、あまつさへ

別(わかれ)にか、香(かう)包(つゝみ)、衛士籠(ゑじかご)しやくし、擂鉢(すりはち)三とせの世帯道(だう)

具まで、とらされけるよ」と、又の日ハ、兵庫(ひやうご)迄(まで)来(き)て、遊女(ゆうちよ)

の有様、昼夜(ちうや)のわかちありて、半(はん)夜と、せハしく

かきり定めるハ、今にも此(この)津(つ)ハ、風にまかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)のよびたる声(こゑ)に、小歌(こうた)を聞(きゝ)さし、或(あるい)は

戴(いたゞひ)て、さし捨(すて)にして行ハ、こゝろのこすハ、のこる

べし、何とやら騒々(そう/″\)しく、是(これ)によこるゝもと、すぐに

風呂(ふろ)に入て、「名(な)のたゝば、水(みず)さします」なとと、口びるそつて

知らず、袖(そで)小さく、裾(すそ)短く、訳も無う磯臭く、心地

良からざりしを、延齢丹(えんれいたん)などにて、胸(むね)おさえ、「昔 行平(ゆきひら)

何者にか、足さすらせ、気をとらせ給い、あまつさへ

別れにか、香包(こうづつみ)、衛士籠(えじかご)杓子、擂鉢(すりばち)、三年(みとせ)の世帯道

具まで、とらされけるよと、又の日ハ、兵庫(ひょうご)迄来て、遊女(ゆうじょ)

の有様、昼夜のわかちありて、半夜と、せわしく

かぎり定めるは、今にも此(この)津(つ)は、風に任まかする身(み)とて

、舟子(ふなこ)の呼びたる声に、小歌(こうた)を聞きさし、或は

戴(いただい)て、さし捨てにして行くは、心残すハ、残る

べし、何とやら騒々しく、是(これ)によこるるもと、すぐに

風呂に入て、「名のたたば、水 さします」などと、口びるそって

【3】十七丁ウ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しうく)よくいへる女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問(と)へば、忠度(たゞのり)と申、「いか様 是を只(ただ)は

置(をか)れじ」と、うす約束(やくそく)するよりはや、あがり湯(ゆ)の

、くれやう、ちらしをのませ、浴衣(ゆかた)の取(とり)さばき、火入(ひいれ)に

気(き)をつけ、鬢水(びんみづ)を運(はこ)び、鏡(かゞみ)かすやら、其(その)もてなし

、何国(いづく)も替(かは)る事(こと)なし、風義(ふうぎ)ハ、ひとつきる物、つまたるに、

白帯(しろおび) こゝろまゝ引しめ、「やれたらば 親(おや)方のそん、

久三、提灯(てうちん)ともしや」と、いふかた手に、草履(ざうり)取出し

ゞり戸(ど)出まわり、調子高(てうし たか)に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁(しる)がうすひの、「はさみを、くれる筈(はず)じやが、

たるゝか、しらぬ」と、ひとつとして、聞(きく)べき事にもあらバ

中高(なかたか)なる顔にて、秀句(しゅうく)よく言える女あり、とらえて、

「御名(な)ゆかしき」と問えば、忠度(たゞのり)と申、「いか様(さま) 是を只(ただ)は

置れじ」と、うす約束するより早、あがり湯の

くれやう、ちらしを飲ませ、浴衣の取りさばき、火入れに

気を付け、鬢水(びんみず)を運び、鏡かすやら、其 もてなし

、何国(いづく)も替る事なし、風儀(ふうぎ)は、ひとつ きる物、妻たるに

白帯(しろおび) 心(の)まま引きしめ、「やれたらば 親方の損、

久三、提灯 灯しゃ」と、言う片手に、草履 取出し

潜り戸(ど)いでまわり、調子高 に、はうばいを譏(そし)り、

朝夕の、汁が薄いの、「はさみを、くれる筈じゃが、

足るるか知らんと、ひとつとして、聞くべき事にもあらば

【4】十八丁オ

座敷(さしき)に入さまに、置わたを壁(かへ)につき、立ながらあん

どんまハして、すこし小闇(こぐら)き、中程(ほと)にざして、

雁首(がんくひ)、火になる程(ほと)はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしや)もなく、小便(せうへん)に立、障子(しやうし)引たつるさまも、物(もの)

あらく、からだを横(よこ)に置(をき)ながら、屏風(べうぶ)へだてたる

かたへ、咄(はな)しを仕懸(しかけ)みもだへして、蚤(のみ)をさがし

夜半(よはん)、八つの、鐘(かね)のせんさく、我かこゝろにそまぬ

事ハ、返事(へんじ)もせず、そこ/\にあしらひ、鼻紙(はなかみ)

も人のつかひ、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやらひえたる

すねを、人にもたせ、「たくよ、くむよ」と、寝言(ねごと)まじりに

、いかに事(こと)欠(かけ)なればとて、いつの程(ほと)より、かく物毎(ものごと)を

座敷に入るさまに、置綿を壁に付き、立ながら あん

どん回して、少し小暗き、中程に座して、

雁首、火になる程はまさず、おり/\あくびして

用捨(ようしゃ)も無く、小便(しょうべん)に立ち、障子(しょうじ)引きたつる様も、物(もの)

荒く、体を横に置きながら、屏風(びょうぶ)隔てたる

かたへ、咄(はな)しを仕掛け、身悶えして、蚤(のみ)を探し

夜半、八つの鐘の詮索、我か心にそまぬ

事は返事もせず、そこ/\にあしらい、鼻紙(はながみ)

も人の遣い、其後(そのゝち)鼾(いびき)のみ、どこやら冷えたる

すねを、人に持たせ、「たくよ、くむよ」と、寝言まじりに

、いかに事 欠けなればとて、いつの程より、かく物事(ものごと)を

【5】十八丁ウ

さもしくなしむ、抑(そも/\)丹前風(たんぜんふう)と申ハ、江戸(ゑど)にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)といえるおんな、

すぐれて、情(なさけ)もふかく、髪かたち とりなり、袖口(そでぐち)廣(ひろ)く

つま高(たか)く、万(よろつ)に付(つけ)て、世の人に替(かハ)りて、一流(りう)是

よりはじめて、後(のち)ハもてはやして、吉原(よしはら)にしゆつ

せして、不思議(ふしぎ)の御かたにまでそいべし、ためし

なき女の侍り

さもしく なしむ、抑(そも/\)丹前風と申すは、江戸にて

丹後殿前に、風呂ありし時、勝山(かつやま)と言える女、

優れて、情けも深く、髪形 とりなり、袖口 広く

つま高く、万(よろづ)に付けて、世の人に替りて、一流 是

寄りはじめて、後はもてはやして、吉原に出

世して、不思議の御方にまでそうべし、試し

無き 女の侍り

 

 

 

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