乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

『五體字類』  Neil Young - Heart of Gold (Live) [Harvest 50th Anniversary Edition] (Official Music Video)

2024-04-30 | 読書全般(古典など以外の一般書)

Neil Young - Heart of Gold (Live) [Harvest 50th Anniversary Edition] (Official Music Video)

 

『五體字類』  Neil Young - Heart of Gold (Live) [Harvest 50th Anniversary Edition] (Official Music Video)

 

 父が絶えず手元に置いていた『五體字類』を購入。

 先日,書道の教科書を買うため、商店街の本屋さんに行く。

 ついでに父を思い出し、『五體字類』を買おうと思ったが、品切れ中。

 仕方がないので帰宅後、日本の古本屋やアマゾンや楽天を物色した。

 

 多くを出品されていたが、楽天のもったいない本舗では、送料込みで900円。

 おまけにポイント率が高く、確か170ポイントくらいが還元された。

 これはラッキー、超お得。

 そして届いた地所は、新品同様の美品であった。

 元の値段が3850円の辞書なので、3000円以上得をした。

 

 以前アマゾンで和本の印影本を新品で購入したのに、一度読まれ、開いていたことがあった。

 そのショックは大きく、あれ以来、新品と記されていてもあまり信用しなくなった。

 そして通販の場合は、値段と美品との兼ね合いも考慮にいれて購入することにした。

 

 ところで、『五體字類』を眺めていると、頭に、書きたい文字が浮かび上がってくる。

 とりあえずは、【風姿花伝】【平常心是道】という文字と、 紀貫之、行成、弘法大師、絵巻物あたりからこの辞書を探って格闘し楽しみたい。

 時間がいくらあっても足りない、、、

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映画『ウェディング・ハイ』3.5★/5 中村倫也 片桐はいり 向井理 篠原涼子 高橋克実 SHINE ON YOU CRAZY DIAMOND - Pink Floyd

2024-04-30 | 映画

SHINE ON YOU CRAZY DIAMOND - Pink Floyd 【和訳】ピンクフロイド「クレイジー・ダイアモンド第一部」1975年

 

 映画『ウェディング・ハイ』監督 大九明子  脚本 バカリズム 篠原涼子 中村倫也 片桐はいり 向井理 高橋克実   SHINE ON YOU CRAZY DIAMOND - Pink Floyd 【和訳】ピンクフロイド「クレイジー・ダイアモンド第一部」1975年

 

 映画『ウェディング・ハイ』を観る。

 まぁ、面白かった。

 どこがおもしろいかといえば、月並みだが繰り返しのパターン部分に違うドラマをうまくはめ込み畳み込ませて違う話を一つにまとめた部分。

 ここの部分と最後のパンツの

「役に立った」

という名台詞。

 この台詞の落としで、観客は幸せを感じることができる。

 なかなか良い。

 

 ただ、『ウェディング・ハイ』という題名にしては主軸が少々甘い。

 作者は意図的にそれぞれのドラマを展開させうまく持って行ったのだが、あまりにも分散しすぎて、言いたいことがぼけてしまった感は否めない。

 その中でも、上司二人の祝いの言葉と映像の男性の描き方が上手かった。

 特に高橋克実さんはベテランで、ほくそ笑みながら見入ってしまう。

 そしてこの三人がいたので時間は大幅に信、後のドラマ展開へと発展するのだが。

 

 向井理さんが出てくる場面ではにやけるくらいに漫画で面白かった。

 この役者をここまで漫画的に起用するんだと、感心した。

 

 この映画で見入った役者は高橋克実さんと片桐はいりさん。

 片桐はいりさんは、中之島(阪大)の能楽の講義を聴講されていたと思うが確信は持てない。

 一番前の席で、熱心に講義を聞いていらっしゃった。

 薄化粧にされていたが個性的なお顔立ちなので、見間違いではないと思う。

 隣同士で聞いていたので、軽く会釈はしていた。

 能楽の講義ではない、ある日のこと。

 私が大阪歴博に向かおうとしたとき、片桐さんは

「私はこっちなので、また、、、」

と、NHKに向かわれた。

 足が長く、スタイルが良く、格好がいい女性だと思った。

 

 上のようなことがあってからというもの、私は片桐はいりさんが好きである。

 わたくし、単純な人間なのである^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下は、ウィキペディア

    ↓

ウェディング・ハイ
Wedding High
監督 大九明子
脚本 バカリズム
製作 田渕みのり
石田聡子
河野美里
奥村麻美子
製作総指揮 吉田繁暁
津嶋敬介
出演者 篠原涼子
中村倫也
関水渚
岩田剛典
中尾明慶
浅利陽介
前野朋哉
泉澤祐希
佐藤晴美
宮尾俊太郎
六角精児
尾美としのり
池田鉄洋
臼田あさ美
片桐はいり
皆川猿時
向井理
高橋克実

 

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興福寺 国宝館に行く  2024年4月末

2024-04-30 | 美術・文様・展示物

 興福寺 国宝館に行く  2024年4月末

 

 興福寺の国宝館はこれまでにも何度かは行ったことがあるが、中でも八部衆を遠目に眺めるのが好きだ。

 八部衆にライトが当てられ、壁に映る彼等のシルエットと仏像たちを見ていると、美しいなと感じる。

 あっちに行ったりこっちに来たり、また立ち止まったり。

 八部衆に限らず仏像は、立ってみたり、ローアングルで眺めたりと楽しむ。

 そうすることによって、仏像は、いろいろな表情を投げかけてくれる。

 

 一時間と少々で見終えてしまったが、もう少しゆっくり見て回ればよかったと感じる。

 興福寺によれば、日本の17%の仏像が、興福寺に集まっているという。 

 また、興福寺の半分くらいの仏像(国宝)が、この国宝館に集まっているというが、あまり知らない。 

 

 国宝館を出て数日前にも訪れた中金堂にお参りする。

 その後、いつもとは違う興福寺の周りを散歩する。

 わんこと歩く散歩もよいが、一人の時間を過ごすのも、また良しとほくそえむ。

 

 

 

 

 

 前回書いたように、携帯電話の写真の送信が不可能になってしまった。

 なので、数日前にお参りした北円堂と中金堂の写真を載せた。

 

 

 

 以下は、興福寺公式HPよりお借りしました。

      ↓

 

 

 奈良時代創建当初の食堂の外観を復元

 

 僧侶が集団で食事をする食堂(じきどう)が建てられていた場所に、昭和34年(1959)に鉄筋コンクリート造りの耐火式宝物収蔵庫として建てられました。規模は正面35.3m(桁行9間)・側面31.8m(梁行8間)で、本瓦葺の建物です。地下には、旧食堂の奈良時代以降の遺構がそのままの形で保存されています。国宝館は食堂と細殿(ほそどの)を連結して内部を一堂とした建物で、興福寺の歴史を伝える仏像彫刻や絵画、工芸品、典籍・古文書、歴史資料・考古遺物などが収蔵しています。これらを一般公開するために利便性を考慮して設計された建物です。

 館内には旧食堂の本尊千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)立像を中心に、奈良時代の阿修羅(あしゅら)像などの乾漆八部衆(はちぶしゅう)像や乾漆十大弟子(じゅうだいでし)像、華原馨(かげんけい)、平安時代の燈籠(とうろう)や板彫十二神将(いたぼりじゅうにしんしょう)像、鎌倉時代の木造金剛力士(こんごうりきし)像、木造天燈鬼(てんとうき)・龍燈鬼(りゅうとうき)像、さらに飛鳥の山田寺から運ばれた7世紀の銅造仏頭(ぶっとう)などの国宝や、重要文化財の梵天(ぼんてん)像・帝釈天(たいしゃくてん)像や厨子入り弥勒菩薩半跏像(みろくぼさつはんかぞう)なども安置します。なかでも阿修羅像は天平彫刻の傑作として、人びとから熱い視線が注がれています。

昭和34年(1959年)原設計

建築史家・大岡實

平成29年(2017年)耐震改修設計

建築家・棟尾聡

 

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機械もオンチ、機会は居直り   東大寺聖武祭の後宴能情報  King Crimson - 21st Century Schizoid Man

2024-04-29 | 乱鳥徒然 Rancho's room.

 

 

  機械もオンチ、機会は居直り

 

 カメラの設定が狂い、わからず、携帯電話を使っている。

 携帯カメラ機能が弱く、映らないは拡大できないわ、、、

 仕方なしに、カメラ説明書に従って操作を進めるが、うまくいかない。

 知人の話では、初期設定を行うといいよいう。

 

 そもそもカメラは撮りっぱなし。

 学生の頃からカメラ使いが難しいと感じ、父にもらったF2を棚に置き、オリンパスのばかちょんカメラを購入。

 これは、フイルム1本で72枚くらい写すことができ、長期旅行の際は重宝した。

 

 カメラを撮るのは好きだが、設定はできない私。

 これまでは全て家族にお願いして、見てもらっていた。

 今は、カメラ設定の調子が良くなく、棚に置きっぱなしになっている。

 

 子どもが、パソコンが古いので、アンドロイドを買うようにと勧めてくれた。

 子どもから言わせるとパソコンはアンドロイド、携帯電話はマックが良いという。

 その線からいうと、私はパソコンも携帯電話も、逆だったらしいが、これはあくまでも子供の意見。

 パソコンはアンドロイド、携帯電話はマックなら子供自身が使い勝手が良いらしく、そのように進めてくれているというのが理由。

 

 私がもたもたしていると、子供がアンドロイドのノートパソコンをプレゼントしてくれた。

 ノートパソコンという形態も、アンドロイドも違和感がなく、ご機嫌よく使用している。

 だが、フォトショップを入れてないので、写真の簡単な加工さえわからない。

 機械はほんと苦手だわと、落ち込む乱鳥。

 

 現在の携帯電話は一番安いもの。

 わたくしとしては不必要であったが、子供が持つようにと強く言うので、数年前から持ち始めた。

 

 カメラ設定が分からず、撮れない携帯電話でブレブレの写真であきらめる。

 新しいパソコンでは私には写真加工が難しいので、携帯電話で超簡単な加工をしているが、写真の大きさすら変更できてないのが現状。

 そして今日もその簡単加工を施していたが、あら!ま!

 本日より写真をメール送信できなくなった。

 いくら試しても、送信は不可能。

 

 思えばこれまでもおかしかった。

 1/5から1/3送信不可、2/3不可そして今日は突然、100%送信不可となってしまった。

 これはショックが大きい。

 ブログやほかに写真が取り込めなく、大した写真も撮ってないというのに落ち込みそうになる。

 

 子どもに聞きたいが、あいにく今日から数日以上家を空けるので聴くことかなわず。

 そもそも、この件について聞いたとて、解決できるのかどうかさえ分からない。

 というのも、携帯電話そのものの送信が劣化し始めており、形態そのものを買い替えねばならない。そんな気がしてならない。

 

 あきらめて、子どもが帰ってきたら、携帯電話を買うという私にとって不毛な行為をせざるを得ないのかとこれまた落ち込む。

 同じ買うのなら、写真機能がそこそこの携帯電話を買うべきかと考える。

 しかし、、、

 ノートパソコンも携帯電話も毎回家族や子どもが設定してくれている。

 わたくし、頼りないことだと、申し訳なく感じる。

 機械は私には難しい。

 もうこの歳になれば、

    機械オンチ

で、居直るのも一つの手かと、あきらめる。

 

King Crimson - 21st Century Schizoid Man

 

 上の写真には関係がないが、

 2024年5月2日の東大寺聖武祭の後宴能の演目は、

     『項羽(こうう)』(観世流)

です。

『項羽(こうう)』は『観世流続百番集』に載っております。

 

 2024年5月2日 東大寺聖武祭の後宴能  

 15時より 東大寺鏡池にて 無料

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東大寺東塔の大きさは諸説あるが、復元案は68mに落ち着いた

2024-04-29 | 神社仏閣・祭り

 

 東大寺東塔の大きさは諸説あるが、復元案は68mに落ち着いた。

 

 先日のこと。

 東大寺東塔の大きさは諸説あるが、復元案は68mに落ち着いた。

 もう少し早く記録したいと思っていたが、某ブログの内容が本格的で詳しく、素晴らしかったので躊躇してしまった。

 

 発表されたのは4月24日。

 奈良文化財研究所(奈文研)により、東大寺東塔の高さを約68mの 七重塔の復元案を発表された。

 

  奈良時代の東大寺の大仏殿の南に東塔と、西塔の2基の七重塔は鎮座し、古地図である『和州奈良之絵図』にも、二つの塔跡が文字にて記されている。

   南(大仏殿向かって右): 東とうアト(東塔跡)

   西(大仏殿向かって下): 西とうアト(西塔跡)

 

 尚、古地図『和州奈良之絵図』は奈良市公式HPに乗せられているし、十年ほど前には奈良県立図書情報館で古地図を示したポスターが配られたことがある。

 また、奈良県立図書情報館には数枚の古地図の写真が書庫に所蔵されている。

 ここで使用させていただいた古地図は、奈良市公式HPのもの。

 

 東塔は南都焼討1180年で焼失したのち、鎌倉時代1223年に再建されたという。

 室町時代 (1362年)の雷火で再び焼失した。

 以降、再建に着手されるが完成はされなかった。 

 

 西塔も落雷で焼失。

 こちらを試みたが完成はしなかったという。

 

 両塔跡(東塔、西塔)は、近代まで礎石があったという。

 東大寺東塔の復元案は68mに落ち着き、完成は2025年度予定とのこと。

 もし再現されたらと思うと、東大寺を歩く楽しみがまた一つ増えることになりますが、その前に、塔跡の様子をしっかりとこの目に収めておきたいともいます。

 

 最後に、素晴らしいブログを展開させておられる某ブログの東塔再現の記事を楽しませていただきました。

 また、知らないことや専門的なことが多く書かれていたので、一部は参考にさせていただきましたことをここに記させていただきますとともに、御礼申し上げます。ありがとうございます。

 

 両塔跡(東塔、西塔)のあたりは二月堂や法華堂に行くときに度々通りますが、これまでは漠然と眺めて楽しんでおりました。

 これからは、少し心にとどめ、散歩したいと思います^^

 

 

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『特別展 小川晴暘(おがわせいよう)と飛鳥園100年の旅』 4.3★/5  奈良県立美術館 仏像やお堂の写真と中国の雲岡石窟の図画が素晴らしい!!

2024-04-28 | 美術・文様・展示物

 

『特別展 小川晴暘(おがわせいよう)と飛鳥園100年の旅』 4.3★/5  奈良県立美術館 仏像やお堂の写真と中国の雲岡石窟の図画が素晴らしい!!

 奈良県立美術館にて特別展『小川晴暘と飛鳥園 100年の旅』を観たが、素晴らしかった。

 仏像やお堂があれほどまでに魂を込められて撮れるのか感心し、その場を動くことができない。

 近くでも見ても、写真群の全体像を観ても、心は写真たちにとらわれ、魅了された。

 わたくしは、仏像の写真でこんなに感動したのは初めてのことであった。

 同時に、写真にも魂を込められることを知り、仏像の写真も美しいことを知った。

 

 心を惹かれたのは仏像の写真だけではない。

 雲崗石窟の全体像の写真と部分の写真。

 雲崗石窟は一度行ったが、団体ツアーを利用したので、こんなにも大掛かりで横長で素晴らしい遺跡であるとは想像すらしていなかった。

 全体像の写真はそれは貴重で、右端には石窟近くの村も写され、子供たちが遊ぶ様子も映し出されていた。

 こういった貴重な遺跡に加え、周りの様子まで描く写真家は、素晴らしいと感じた。

 

 また、雲崗石窟の全体像が丹念に絵図で描き出されていた。

 何枚もに分かれた雲崗石窟の全体像の絵図は、細やかであり力強く、また忠実に描きだそうとする心意気がこちらに伝わってきた。

 この作品は、素晴らしい!

 一時間でも二時間でも見ていたいという大作であった。

 このように忠実に描こうとする絵図の対策は、いったいどれくらいの時間を要して完成されたのであろうか、、

 そのことが気になった。

 雲崗石窟に愛情を注ぎ、長期間雲崗石窟を見て回り、研究者としての姿勢も併せ持たれたと感じ、作者に憧れさえ感じた。

 

 この作品展は、私にとっては興味深く感じた。

 できるならば、期間内にもう一度訪れたいと感じた。

 

 以下は奈良県立美術館公式HPより引用

    ▼

特別展 小川晴暘と飛鳥園100年の旅 

小川晴暘

2024年4月20日(土)〜6月23日(日)

 

 奈良県立美術館にて特別展『小川晴暘と飛鳥園 100年の旅』を開催いたします。  レンズを通して見つめ続けた、人々の祈り。その100年の歩み。

  奈良を中心に各地の仏像を撮った写真家・小川晴暘(おがわせいよう)(1894-1960)。彼が創立した仏像撮影専門の写真館・「飛鳥園」は2022年に創立100年を迎えました。

 

 兵庫県姫路市に生まれた小川晴暘は、画家を志して上京しますが、奈良で仏像などの文化遺産に感銘を受けたのを機に写真に傾注するようになります。

 1922年、美術史家・書家・歌人として知られる會津八ーの勧めで奈良に「飛鳥園」を創業し、奈良の仏像や寺院を中心に文化財・文化遺産の撮影に精力を傾けました。

 撮影だけでなく東洋美術の研究にも熱中し、奈良に居を移した志賀直哉や京都大学総長も務めた濱田青陵をはじめ、文化人・知識人との交流も深めました。

 さらに日本のみならず、中国の雲岡石窟、韓国の石窟庵、仏国寺、インドネシアのボロブドゥール遺跡、カンボジアのアンコール・ワットなど、アジアの文化遺産の調査・撮影も積極的に行いました。

 

 小川晴暘の写真は、常識を覆す大胆な発想と画才にも恵まれたことでも分かる美への強いこだわりと感性によって、仏像を主題に神秘的な写真空間を生み出すことに成功し、文化財の記録・資料という枠を超えて、仏像写真を芸術の域にまで昇華させた画期的なものでした。

 

 小川晴暘は1960年に逝去しますが、写真館飛鳥園の活動は小川光三、小川光太郎へと引き継がれ、その活動は現在も奈良の地で続いています。  

 

 本展は、小川晴暘・光三親子の写真作品を中心に、文化財保護活動を支えると同時に仏像写真を芸術の域に高めた飛鳥園の活動を振り返ります。

 飛鳥園に保存されている写真に加え、小川晴暘が調査の際に遺したスケッチや拓本、晴暘が発刊した『仏教美術』などの古美術研究専門誌や文献資料もあわせ、古美術・文化遺産を愛した小川晴暘という人物の姿にも迫ります。

 また、現在も活動を続ける飛鳥園が近年撮った写真もまじえ、飛鳥園という「眼」がレンズを通して切り取った100年のまなざしを感じていただく展覧会です。  

2024年4月20日(土)〜6月23日(日)

主催:奈良県立美術館、毎日新聞社

特別協力:飛鳥園 後援:奈良テレビ放送、奈良新聞社、西日本旅客鉄道株式会社、近畿日本鉄道株式会社、奈良交通株式会社、公益社団法人奈良市観光協会

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春日大社の国宝殿 『―源氏物語の時代― 平安王朝の栄華 春日大社は王朝文化の宝石箱!』

2024-04-28 | 美術・文様・展示物

 

春日大社の国宝殿『―源氏物語の時代― 平安王朝の栄華 春日大社は王朝文化の宝石箱!』
 
 
 春日大社の国宝殿で開催されている、『―源氏物語の時代― 平安王朝の栄華 春日大社は王朝文化の宝石箱!』に行く。
 
 それほどの展示痛はなく、また、源氏物語の資料も数としてはそんなに多くはなかった。
 
 奈良県指定文化財 「競馬図屏風」は修理後初公開という。
 
 
 これまでにも個々の宝物殿でたびたび展示されていた春日本「春日権現験記」の展示は、二ヶ所。
 巻第四と巻第十の二つを観ることがあったが、今までにもなく部分が狭く、一部限定であった。
 また、詞書部分は公開されず、少し期待を裏切られた感は否めない。
 帰り際の受付には、十年以上前に購入したであろう『春日権現験記』の薄い冊子が目立つように置かれていた。
 
 
 
 
以下は春日大社 国宝殿の公式HPより引用
    ▼
 
―源氏物語の時代― 平安王朝の栄華
春日大社は王朝文化の宝石箱!
春日大社には、平安時代から連綿と続く祭礼があり、また祭礼に使用する祭器具や伝統的な装束など、あらゆるところに雅やかな王朝文化が息づいています。さらに社殿に納められていた神宝類もそのほとんどが平安時代後期(12世紀)まで遡るもので、中には藤原摂関家によって当時の最高峰の技術と贅を尽くして制作されたものが数多く伝わっています。京より遠くはなれたところにあるにもかかわらず、春日大社に王朝文化がのこっているのは、藤原摂関家をはじめ皇室から篤い信仰を受けていたことがその背景にあります。
本展覧会では当社の古神宝類を中心に王朝時代の美術工芸品と、これらを現代の優れた名工たちが復元した品々をご紹介します。神宝の制作当初の姿から当時の工人の高い技術力と意匠の表現やデザインのセンスに注目してください。また工芸品のみならず競馬(くらべうま)や舞楽などの王朝文化を描いた絵画作品なども合わせて展示します。王朝時代の春日信仰の美と王朝文化の極致をぜひご堪能ください。
奈良県指定文化財 競馬図屏風は修理後初公開です。
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2024年 興福寺 北円堂特別開扉 木造 無著・世親立像(むじゃく・せしんりゅうぞう)について   4月20日(土)~5月6日(月・祝)まで(会期中無休)

2024-04-27 | 美術・文様・展示物

2024年 興福寺 北円堂特別開扉 

木造 無著・世親立像(むじゃく・せしんりゅうぞう)について   

4月20日(土)~5月6日(月・祝)まで(会期中無休)

 2024年 興福寺 北円堂特別開扉に行く。

 今年は春のみで、秋はない。

 本尊弥勒如来坐像の修理のためだそうだ。

 

 北円堂では、

   木造弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)

   木造無著・世親立像(むじゃく・せしんりゅうぞう)

   木心乾漆四天王立像(北円堂所在)(してんのうりゅうぞう)

を拝むことができる。

 

 青の中でもこの度私が一番注目したのは、

   木造 無著・世親立像(むじゃく・せしんりゅうぞう)

であった。

 

 無著と世親は正式には、無著菩薩と世親菩薩という。

 無著と世親はインドの僧で、兄弟だという。

 無著は兄、世親は弟とのことだ。

 いずれも運慶の策だったと伺っているが、自信はない。

 

 無著は大乗仏教だったかを熱心に信心して得を積んでいたとのこと。

 世親はそれほどでもなく、他の仏教を信心していたらしいが、兄の無著が弟の世親を大乗仏教だったかの世界に引き込んで、世親もその道に入ったと聞いたような気がする。

 

 実際に北円堂の無著と世親を観ていると、熱心に仏教を学びその道を進んだ兄の無著は、その徳が顔の表情に表れている。

 悟りを開き穏やかで、見ているとこち他の心までもがあらわれるような気がするのが不思議である。

 比べて弟の世親は鼻が高く鷲鼻で、表情が荒々しい。

 兄に比べると弟は仏教の修業が少ないことを仏師は表したかったのかもしれない。

 

 このようなことを教えられ実際に仏像を見ると、なんだかわかったような気がしてくるから不思議である。

 なんとまぁ!私は幸せな人だなぁとしみじみと思う、、、

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 令和6年 北円堂特別開扉

 令和6年 4月20日(土)~5月6日(月・祝)まで(会期中無休)   

 ※本年(2024年)の特別開扉は春のみの実施です。

 5月以降、0に入りますので、秋の公開は実施いたしません。

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興福寺 中金堂 (中金堂は興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物といわれています。)

2024-04-26 | 神社仏閣・祭り

興福寺 中金堂 (中金堂は興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物といわれています。)

 

 

 興福寺 中金堂にお参りする。

 興福寺の中金堂は興福寺伽藍の中心になる最も重要な建物といわれています。

 

 以下は、興福寺公式HP引用。1

 寺伝では創建者を当時の日本の律令制度をまとめ、藤原氏の栄光の基礎を築いた藤原不比等(ふひと)とします。

 

 創建当初の中金堂の規模は当時の奈良朝寺院の中でも第1級でした。

 当時は丈六釈迦如来像を中心に、薬王(やくおう)・薬上菩薩(やくじょうぼさつ)像と十一面観音菩薩像を脇侍(わきじ)に従え、四天王像、さらに養老5年(721)に橘三千代が夫不比等の1周忌に造立した弥勒浄土変の群像も安置されていたといわれています。   

 

 以後、創建より6回の焼失・再建を繰り返し、享保2年(1717)に焼失した後は財政的な問題により再建が進まず、およそ100年経過した後に町屋の寄進により規模を縮小した「仮堂」を文政2年(1819)に再建します。

 あくまで仮設としての建立であったため、長期使用を想定しておらず、材木には不向きなマツが使われるなどしたため、急速に老朽化が進みました。

 そして、創建当時の様式で復元すべく、この仮堂は平成122年(2000)に解体しました。

 その後、発掘調査を経て、平成22年(2010)の立柱式、平成26年(2014)の上棟式を経て、平成30年(2018)に再建落慶を迎え復元されたそうです。

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興福寺の文殊会で出会った、かわいらしいお子たち  2024年4月25日

2024-04-25 | 神社仏閣・祭り

興福寺の文殊会で出会った、かわいらしいお子たち  2024年4月25日

 

 今日は興福寺の文殊会の日でした。

 浄教寺から興福寺まで、かわいらしいかわいらしいお稚児さんのお姿でお子様たちがお練りをされました。

 

 

 お練りをみることはできませんでしたが、夕刻、興福寺さんに行きました。

 かわいらしいお子たちがおられましたので、写真をお願いいたしましたら、快く引き受けてくださいました。

 愛くるしい利口そうなお子達は、お疲れになられていらっしゃるであろうに笑顔で応対してくださいました。

 お子様と親御様と関係者様、誠にありがとうございます。

 

 文殊会に参加されたお子たちは良い思い出を胸に描き、勉学にお遊びに励まれることでしょう。

 また、ご参加されなかったお子たちにも目いっぱい、充実のお時間をお過ごしになられ、未来に向かってはばかれますようお祈りいたしております。

 

 月並みな言葉ですが、

    おめでとうございます。

 

 それにしても、

 

とってもかわいらしいお子さまです!!

        

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フジ の季節です^^奈良も 藤 が満開。今回は奈良国立博物館近くの ふじ です^^

2024-04-25 | お出かけ

 フジ の季節です^^奈良も 藤 が満開。今回は奈良国立博物館近くの ふじ です^^

 

 

 前回は東大寺さんのフジでした^^

 

 富士といえば春日大社や万葉植物園や春日原生林も有名です。

 近日中に行かねば、、、

 

    楽しみは尽きぬ、、

    で、ごじゃりまする。

 

 

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歯医者選びは難しい    歯痛、疼き

2024-04-24 | なんちゃっての医学つまみ食い

歯医者選びは難しい    歯痛、疼き

 

 

 歯がいたくなった。

 しばらく様子を見ていたが激痛となったので、初めての歯医者に行く。

 

 歯科では、レントゲン複数回やMRI(?)などを何度も取ってくださった。

 手の込んだ写真を眺めながら、神経の抜けた部分に炎症が生じている可能性が大きい旨を説明された。

 ネットで調べていたように、歯の根っこ(?)が、折れているかつぶれている可能性もあると聞いた。

 

 説明の途中、免疫が大きければ、炎症が消えることもあるといったさわりを聞き逃さなかった。

 

 さらに、保険外でないと治療はできないこと。

 保険外でも、治る可能性は40パーセントと低いこと。

 その場合は歯茎をめくり、手術をするとのこと。

 

 怖い!

 恐ろしすぎる。

 

 保険外を促すために、小一時間説明は続いた。

 くどく続いた。

 保険外の値段は、すべてを考えるとさ30万円は軽く超える。

 

 しかし待てよと思いとどまる。

 この先、1本の歯の治療で済むのか?

 これが数本のと医療に発展した場合は、200万円は下らない。

 高すぎないか?

 

 さらに歯科は言う。

 院長の説明だけでも受けてください。

 院長の説明は1回、1万円。

 、、、、、歯科助手が丁寧に小1時間もかけて説明してくれたじゃん!と首をかしげる。

 

 思えば、これまでの良い歯科を変えざる負えない羽目に陥った。

 そして、数か月前に、一本のかぶせが外れてしまった。

 

 仕方がないので、新しい歯科の門をくぐった。

 しかし、かみ合わせが悪く、直していただいた歯が長かった。

 

 数か月は我慢して様子を見ていたが、そのうち疼きと激痛まで進んでしまった。

 

 私は又新しい歯科の門をたたき、見ていただいた。

 そこは、保険治療。

 

 私は言った。

「長すぎるので、かみ合わせを合わせて、削ってください。」

 歯医者はくどいくらい長い説明の後、しぶしぶ歯を削ってくださった。

 

 長すぎる歯を削った次の日から、疼きと激痛は和らぐ方向に向かう。

 そして一か月もすると、、、

        とりあえず(?)

        治まり、治る。

 

 抜かずによかったとほくそえむ。

 

 歯科選びは難しい。

 ずいぶん遠くなったが、何十年とお世話になっていた歯医者さんに通おうかと悩んでいる。

 その歯医者さんは、いつも歯磨きをほめてくださっていた。

 

 イラン ナクシェロスタムにて

 

 

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『空海展』奈良国立博物館 今回は空海直筆の展示物を中心に見たが、空海展は濃く、内容深いので、満足が行くまで見ることはできなかった。

2024-04-24 | 美術・文様・展示物

 

『空海展』奈良国立博物館 今回は空海直筆の展示物を中心に見たが、空海展は濃く、内容深いので、満足が行くまで見ることはできなかった。

 

 

 奈良国立博物館『空海展』に行く。

 今回も前回に同じく講義の後の時間を利用したので、2時間弱の時間しか取れなかった。

 

 前回は駆け足で全体を観た。

 今回は曼荼羅と仏像と空海の直筆の資料に絞ってみたが、時間が足りない。

「風信帖」(ふうしんじょう)を眺めているだけでも、小半時間は楽しめたが、読み込むまでには至ってない。

 風格のある美しい文字だった。

 これぞまさしく、

   弘法、筆を選ばず

という言葉を思い浮かべ、ほくそ笑む。

 

 次回も空海の直筆を中心に見てきたいと思う。

 

    ああ!楽しかった^^

 

 

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東大寺 さくらさくらやへさくら らさくらさくらとしきひろぐ(4月21日)(5景)

2024-04-23 | 神社仏閣・祭り

東大寺 さくらさくらやへさくら らさくらさくらとしきひろぐ(4月21日)

 

 建物の向こうには立派な藤たちが背を伸ばす。

 ここもまた、東大寺

 地面一面に桜の花びら

 さくらさくらやへさくら らさくらさくらとしきひろぐ

 ここもまた、東大寺

 

 

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興福寺の桜  散った桜も多いが、八重桜が咲き誇っていた。(4月18日頃)

2024-04-23 | 神社仏閣・祭り

 

興福寺の桜  散った桜も多いが、八重桜が咲き誇っていた。(4月18日頃)

 

 先週の土曜日のこと。

 興福寺にお参りすると、ソメイヨシノに変わり、八重桜が咲き誇っていた。

 重々しいまでに多くの花をつけていた。

 

 外国人観光客は、声に出して喜んでいた。

     beautiful!

 最後の一枚は、もうすっかり花を落とした、ソメイヨシノと鹿

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