夫と別居して2年が過ぎた。今、こうしてひとり部屋にいると、私はずっと昔からこの生活を続けていたような気持ちになるときがある。ある時は逆に、この部屋にいることがひどく不思議に感じられるときもある。
夫と別居する数ヶ月前、私は昔から付き合いのある年上の友人に、以下のメールを送っている。
『自分に正直に生きるってなんて難しいことか。
夫と結婚した後、大変だと思いつつ惰性で
今に至っているような気もします。
最近、私と夫はお互いもう妥協できないことを態度で
示すようになり、口もきかなくなりました。
まあ、その方が気楽なこともありますが、
はたしてそんな状態で一緒に住むことには疑問ですよね。
今の気持ちは、夫とはいつ別れてもいいと思ったりもしますが
でも積極的に別居というエネルギーもないこと、
男とは二度と一緒に暮らそうとは思わないとか
自分で思うことはいろいろあるのですが
それを具体的に行動できないですね。
たくさん話したいことがあります。
最近、安心して何でも話せる人がなくて
本当に寂しいです。
もちろん夫には何も話せませんし何も理解し合っていません。
夫は宇宙人だと思っています。
夫に理解を求めることは不可能です。』
私は夫との生活に絶望しながらも、今の状況を変えることができるなんてとても信じられなかった。今の生活はもう変わらない。夫と理解し合う努力も果て、惰性と我慢の日々。けれども、この生活を続けなければいけないのだ。どうして夫は私に軽蔑と怒りの眼差しを向けるのだろうか…。優しかった夫は何だったのか?幻だったのか?それともこれが結婚生活の現実なのだろうか…。
そして夫の蔑み、罵詈雑言に耐える私の中に、憎しみがフツフツと湧き起こってくる。憎しみにまみれた私が、これ見よがしに包丁を全て台所に並べ、研ぐ姿は、逆に自分がモラに食われ鬼になっていた。
数ヶ月前、ある地方で高齢の夫婦宅に強盗が入り、妻は怪我をし夫は刃物で刺され死亡したという事件があった。しかし蓋を開けてみると、実は妻が夫を殺害した後自らを傷つけ、強盗が侵入したように見せかけた、というものだった。その後のニュースによると、子どもが家を出て2人だけになった後も2人よく一緒に行動しており、近所の人からは仲むつまじい夫婦と見られていたようで、なぜあの奥さんが、と衝撃的な出来事だったらしい。
しかし実際家の中ではその逆だった。妻は夫から毎日暴行を受けていたという。やめてほしいと懇願しても夫は暴行し続けたそうだ。妻の絶望と悲痛な叫びは押し殺され、自分自身の憎悪におののきながら、妻は必死で昼間の顔を演じていたに違いない。他人の前で見せる夫の笑顔にあるときは夢のようにそれを見、あるときは吐き気を覚えながら笑顔を返したのだろう。そして妻の極限の努力がある日朽ち果てるとき、犯行に及んでしまったのだろう(『ドメスティック・バイオレンス~なぜ妻が~』)。
この事件を知ったとき、私はたまらない気持ちになった。あれは私だ。あの妻は、かつての私だった。この地獄から逃れるためには夫をどうにかするしかないのでは…と思ってしまう心理状態に私も陥った。お互いの憎悪が、いつか殺し殺される関係になってしまうのではないかと、本当に思っていた。私の苦しみを訴えるために夫の目の前で飛び降りてやる、という衝動にもかられた。夫と私だけの密室に囚われ、酸欠になったようにもがき苦しんでいた。
しかし外に出れば酸素はあるのだ。窓を開ければそよ風が入ってくるのだ。私はそれを忘れていた。いや、気付くことができなかった。
私はパソコンという窓からモラハラ被害者同盟のサイトや、DVやモラハラに苦しむ妻達のブログを読み、この世界を変える方法、即ち外に出ればいいのだということを知った。いや、心底から理解したのだ。前からそんなことは知っていたができなかった。夫を変えることに固執していた。私は私の視点を変え、私の置かれている状況を理解し、外に出ることができた。
今もモラハラに苦しんでいる方々は大勢いらっしゃるだろう。非常に苦しい状況に置かれているが、我慢するしかない、と思われている方もおられるだろう。しかしどうにかこの状況を変えたいと望めば、必ず変えることができる。今すぐにできなくても、思い続けていれば、きっと窓が開け放たれ、何らかの力を得ることができる。時は必ず経つし、今は必ず変化する。そして、日々爪や髪が伸び、怪我をしたところの皮膚が再生するように、自分自身も変わることができる。あなた(私)はずっと同じではない。私は日々新しい細胞を生みだし、体も心も新しい力を生み出している。そして様々な情報や人から力を分けてもらえばもっと生きやすくなる。きっとできる!
今年もこのブログをお読みいただきありがとうございました。どうか皆さま、良いお年をお迎え下さい。
そして、新しい年に、新しいご自身と出会うことができますように…
夫と別居する数ヶ月前、私は昔から付き合いのある年上の友人に、以下のメールを送っている。
『自分に正直に生きるってなんて難しいことか。
夫と結婚した後、大変だと思いつつ惰性で
今に至っているような気もします。
最近、私と夫はお互いもう妥協できないことを態度で
示すようになり、口もきかなくなりました。
まあ、その方が気楽なこともありますが、
はたしてそんな状態で一緒に住むことには疑問ですよね。
今の気持ちは、夫とはいつ別れてもいいと思ったりもしますが
でも積極的に別居というエネルギーもないこと、
男とは二度と一緒に暮らそうとは思わないとか
自分で思うことはいろいろあるのですが
それを具体的に行動できないですね。
たくさん話したいことがあります。
最近、安心して何でも話せる人がなくて
本当に寂しいです。
もちろん夫には何も話せませんし何も理解し合っていません。
夫は宇宙人だと思っています。
夫に理解を求めることは不可能です。』
私は夫との生活に絶望しながらも、今の状況を変えることができるなんてとても信じられなかった。今の生活はもう変わらない。夫と理解し合う努力も果て、惰性と我慢の日々。けれども、この生活を続けなければいけないのだ。どうして夫は私に軽蔑と怒りの眼差しを向けるのだろうか…。優しかった夫は何だったのか?幻だったのか?それともこれが結婚生活の現実なのだろうか…。
そして夫の蔑み、罵詈雑言に耐える私の中に、憎しみがフツフツと湧き起こってくる。憎しみにまみれた私が、これ見よがしに包丁を全て台所に並べ、研ぐ姿は、逆に自分がモラに食われ鬼になっていた。
数ヶ月前、ある地方で高齢の夫婦宅に強盗が入り、妻は怪我をし夫は刃物で刺され死亡したという事件があった。しかし蓋を開けてみると、実は妻が夫を殺害した後自らを傷つけ、強盗が侵入したように見せかけた、というものだった。その後のニュースによると、子どもが家を出て2人だけになった後も2人よく一緒に行動しており、近所の人からは仲むつまじい夫婦と見られていたようで、なぜあの奥さんが、と衝撃的な出来事だったらしい。
しかし実際家の中ではその逆だった。妻は夫から毎日暴行を受けていたという。やめてほしいと懇願しても夫は暴行し続けたそうだ。妻の絶望と悲痛な叫びは押し殺され、自分自身の憎悪におののきながら、妻は必死で昼間の顔を演じていたに違いない。他人の前で見せる夫の笑顔にあるときは夢のようにそれを見、あるときは吐き気を覚えながら笑顔を返したのだろう。そして妻の極限の努力がある日朽ち果てるとき、犯行に及んでしまったのだろう(『ドメスティック・バイオレンス~なぜ妻が~』)。
この事件を知ったとき、私はたまらない気持ちになった。あれは私だ。あの妻は、かつての私だった。この地獄から逃れるためには夫をどうにかするしかないのでは…と思ってしまう心理状態に私も陥った。お互いの憎悪が、いつか殺し殺される関係になってしまうのではないかと、本当に思っていた。私の苦しみを訴えるために夫の目の前で飛び降りてやる、という衝動にもかられた。夫と私だけの密室に囚われ、酸欠になったようにもがき苦しんでいた。
しかし外に出れば酸素はあるのだ。窓を開ければそよ風が入ってくるのだ。私はそれを忘れていた。いや、気付くことができなかった。
私はパソコンという窓からモラハラ被害者同盟のサイトや、DVやモラハラに苦しむ妻達のブログを読み、この世界を変える方法、即ち外に出ればいいのだということを知った。いや、心底から理解したのだ。前からそんなことは知っていたができなかった。夫を変えることに固執していた。私は私の視点を変え、私の置かれている状況を理解し、外に出ることができた。
今もモラハラに苦しんでいる方々は大勢いらっしゃるだろう。非常に苦しい状況に置かれているが、我慢するしかない、と思われている方もおられるだろう。しかしどうにかこの状況を変えたいと望めば、必ず変えることができる。今すぐにできなくても、思い続けていれば、きっと窓が開け放たれ、何らかの力を得ることができる。時は必ず経つし、今は必ず変化する。そして、日々爪や髪が伸び、怪我をしたところの皮膚が再生するように、自分自身も変わることができる。あなた(私)はずっと同じではない。私は日々新しい細胞を生みだし、体も心も新しい力を生み出している。そして様々な情報や人から力を分けてもらえばもっと生きやすくなる。きっとできる!
今年もこのブログをお読みいただきありがとうございました。どうか皆さま、良いお年をお迎え下さい。
そして、新しい年に、新しいご自身と出会うことができますように…
泥の沼の底にもがきながらたどり着き
その底を這いながらも抜け出したウメさん
抜け出した後も泥沼は続き、七転八倒しながら少しずつ自分を取り戻したウメさん
「運命は変えられる」この前みたドラマの主人公が言っていた言葉
私もウメさんの背中を追いかけていくつもりで
運命を変えたいと歩いています
ウメさんの背中が私を支えてくれています
今年1年本当にありがとうございました
来年も宜しくお願いします
ちっこさん、私の背中なんて見てたら
吹き出物が多いな~とか(笑)
妙な霊が取り憑いてるとか(爆!)
そんなものが見えてしまいますよ~(^^;)
いろんな生き方があっていいと思います。
いろんな感じ方があっていいと思います。
今、私は私が体験した上での思いを語っているだけです。
こんな言葉があります。
『私の前を歩かないでください。
私はあなたの後をついていくことはできません。
私の後を歩かないでください。
私はあなたをリードできません。
肩を並べて歩いて行きましょう。
友だちのように』
私もちっこさんとお話しすることで
どんなに慰められ力づけられたことか。
今はのほほんと暮らしていますが
これからも何が起こるかわかりません。
生きている限り、いろんな惑いや悩みがやってきます。
そんなときは、ちっこさん、
どうか聞いてやってくださいませ。
こちらこそ、いろいろありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします!
ウメより
器の大きさをつくづく感じました。
私も、ウメさんのような人になれたらいいなぁ・・。
今年は、本当にお世話になりました。
また来年もよろしくお願い致します!!
私はいつも夫の前を歩こうとしていたのかもしれません
誰かの目標になる事も誰かを目標にする事も
自分を狭めてしまう事になってしまうかもしれませんね
肩を並べていてもいろんな事が見えるんですよね
本当にステキな言葉をありがとう
来させて頂いたら、相当長い間記事を読んでいなかったことに気が付きました・・・。
また合間を見つけて読ませていただきますが、今日はご挨拶をしようと思い、コメントします。
今年、ウメさんのブログに出会えたこと、私にとってはとても嬉しいことでした。
沢山の共感、安心を下さいました。
本当に有難うございます。
来年もよろしくお願いします。
年末年始はどうお過ごしでしょうか?
どうぞ良いお年をお迎えくださいね!!
あけましておめでとうございます。
こちらこそ、昨年はお世話になりました~!
いぐすけさんのほんわかコメントに
力づけられたり、温められたり♪
ほめられたり…んもぅ…照れてしまいますわ~(←ビシッ)
いつもありがとうございます~!
今年もよろしくお願いいたします。
ウメより
あけましておめでとうございます。
ちっこさん、人生いろいろだけど
今年もあれこれ言いながら
一緒に歩いていきましょう~。
今年もよろしくお願いいたします~!
ウメより
あけましておめでとうございます!
年末年始は実家に帰り、食べて飲んでテレビ見て
母親と言い争ったり、ぼんやりしたりしていました(笑)。
お陰で体がなまってしまって…
生活を立て直さなければっ!
こちらこそ、にゃりんたさんのコメントや
にゃりんたさんのブログを読ませていただき
温かい言葉をいただいたり
がんばっている姿に励まされたり
私も力をいただいています。
この星の数ほどのブログの中から出会うことも
不思議ですね♪
今年も引き続き、どうぞよろしくお願いいたします~♪
ウメより
私が長いこと元夫との結婚生活にとらわれていた理由のひとつに、「別れてしまえば、今まで努力したことも、苦しんだことも、すべてムダになる」という気持ちがありました。
別れの決心がつかないのには、相手が変わってくれるかも知れないという期待、経済的な不安、世間体、罪悪感など、いろんな原因があると思うんですが、それと並んで今までしてきたことを惜しむという考えがあったことも、私の場合、すべてを捨てて外に出る決心がなかなかつかなかった大きな理由だったように思います。
一緒の生活が長くなれば長くなるほど、一緒にやっていくための努力を重ねてしまい、今までしてきたことはさらに大きくなり、それだけ別れにくくなる・・・。
「事件を起こして捕まるくらいなら、別れればいいのに」
普通の人はきっとそう思うのだろうけれど、我慢した期間が長くなればなるほど、何が重くて何がそうでないか、判断がつかなくなってしまうんじゃないでしょうか。
頑張る方向を間違えるって、怖い。
つくづく、そう思います。
コメントありがとうございます。
>「別れてしまえば、今まで努力したことも、苦しんだことも、すべてムダになる」
私もそんな思いがあります。
お祝いしてくださった方々、日々を共に過ごし、
夫婦生活を送る上で様々に努力したこと、
それらが無駄になる、というか無に帰されてしまうことに
私もどこか抵抗があります。
自分にとってとても思い入れのある日々でしたから…。
ただ結婚生活は、やはり人生上では誰にとっても
思い入れの深い時間になると思います。
それを捨てる、それを手放すには覚悟を決めて思い切らないと
できないことですよね。
私が離婚に向けてなかなか一歩がでないのも
そのことも一因としてあるのだと思っています。
「そこまでするのなら、どうして別れなかったのか」
事情を知らない方は誰もが言うかもしれません。
この生活を捨てたくない、でもあまりに残酷な日常になってしまったら
その日常を破壊する、その日常を変えようとするしか
思いつかなくなったのかもしれません。
頑張る方向を間違える…私もあり得たことでした。
本当に恐ろしいことです。
それこそ、今までの生活も、自分の人生もすべて粉々に粉砕し
新たな自分を生きる道も閉ざされてしまう。
あまりに痛ましすぎることですね…。
ウメより