2010年3月5日(金)
毎週金曜に地元土浦周辺を歩く同好会「健康ウォーキングの会」が主催する、本年第9回「星野町の節分草」を鑑賞するウォーキングに参加した。
一次集合場所の土浦市民会館には、19名が集まった。
ここから車4台に分乗し、常磐道・北関東道・東北道を走って栃木市星野町に向かった。
北関東道の「壬生ハィウェィパーク」で一休み。
正直言うと、この日まで節分草がどんな花なのか全く知らなかった。
片栗と同じように春の短期間にだけ姿をあらわす「春植物」で、花のあと実をつけ、
4~5月頃には地下部を残して地上からは姿を消す、そうだ。
東北道栃木ICで降り、県道32号線を10Kmほど北上すると、節分草群生地として名高い「四季の森星野」に到着した。
無料駐車場反対側の山麓に蝋梅、梅、マンサクなどに囲まれた「四季の森星野」が見える。
平日にも関わらず、カメラを片手に大勢の人が訪れていた。
可憐な花を何とかカメラに納めようと撮影に夢中である。
先ず手前の一輪をデジカメで撮影。
三脚など持ち合わせていないので手ぶれになってしまう。
黄色い花の"節分草"は珍しいそうだ。
ビニールハウス内の片隅で育てられていた。
これはお馴染みの福寿草。今が満開か?
園内は木道などが整備されていて歩き易い。
この日の最高気温は20度以上との予想、春本番の陽気である。
暖かい、と言うより暑い。ウォーキングには半袖でも良いくらいだ。
田虫地蔵
鎌倉時代、当時の農民たちは毎朝夕地蔵の前を通るたび、田畑の虫「蝗」(イナゴ)の退散と疫病防止子育て縁結びを祈願した、とある。
お地蔵さんは右腕もなく、顔は長い間風雨に晒されていたためか、原型を留めないほど崩れていた。
田虫地蔵からしばらく歩くと、「星野遺跡公園」がある。
昭和40年の発掘調査の結果、縄文時代前期(5-6000年前)と中期(4500年前)の住居跡が確認され、ここを遺跡公園としたもの。
縄文前期(左)中期(右)の住居の他、日本では初めてと言われる縄文時代の貯蔵庫(中央)が復元されている。
ここにも節分草が見事に咲いているではないか!?
実はこれ、遺跡公園のパネル写真である。
節分草を堪能したところで、お昼には少し早いが、遺跡公園内で昼食。
腹ごなしに「星野遺跡地層たんけん館」を目指して再出発。
「星野遺跡地層たんけん館」の入場料は無料となっている。
地層たんけん館は、遺跡発掘調査をしたトレンチを整備し、地層の状態を直接目で見られるように整備されている。
深さ10mにわたり、旧石器時代からの人間の生活を確認できる13の文化層が見つけられている。
古里を想い出させるような、どこか懐かしい風景の中を歩く。
時間がゆっくりと流れているような感覚に陥る。
これみんな福寿草。
整然と並んでいるところを見ると、栽培しているんでしょうね。
よ~く見ると、あちこちに"ふきのとう"が。
『苦みのある独特な味がたまらなく好きなのよ』なぁんちゃって。
時間も早いし、ウォーキングにしてはちょっと物足りない、と言うことで、急遽「満願寺」へお参りして行くことに。
この寺は坂東33観音霊場第十七番札所であり、ちょうど1年前にお参りしたばかりである。
先ずは、本堂にお参りをして・・・
ここまで来たからには、と300円を払って、さらに奥の院を目指す。
これぞ"ウォーキングの会魂"であろうか。
奥の院に通じる最後の急な石段もなんのそのである。
『皆さん、いつの間にか随分とたくましくなったねぇ』会長も思わず目を細める。
奥の院の洞窟に鎮座する十一面観音様の後ろ姿に感動!
出流川の源流?
ひと汗かいた後の出流山の湧水は冷たくて美味しい。
記念のお土産は何にしようかな?
午後2時半、満願寺を後にして、帰路に付いた。
この日はいつもの準備体操・整理体操をしていなかったことに後で気がついた。
春本番の陽気に、誰もがつい失念してしまったのだろう。
歳のせいにはしたくない。
”ウマさんの「健康ウォーキングの会」の目次”
毎週金曜に地元土浦周辺を歩く同好会「健康ウォーキングの会」が主催する、本年第9回「星野町の節分草」を鑑賞するウォーキングに参加した。
一次集合場所の土浦市民会館には、19名が集まった。
ここから車4台に分乗し、常磐道・北関東道・東北道を走って栃木市星野町に向かった。
北関東道の「壬生ハィウェィパーク」で一休み。
正直言うと、この日まで節分草がどんな花なのか全く知らなかった。
片栗と同じように春の短期間にだけ姿をあらわす「春植物」で、花のあと実をつけ、
4~5月頃には地下部を残して地上からは姿を消す、そうだ。
東北道栃木ICで降り、県道32号線を10Kmほど北上すると、節分草群生地として名高い「四季の森星野」に到着した。
無料駐車場反対側の山麓に蝋梅、梅、マンサクなどに囲まれた「四季の森星野」が見える。
平日にも関わらず、カメラを片手に大勢の人が訪れていた。
可憐な花を何とかカメラに納めようと撮影に夢中である。
先ず手前の一輪をデジカメで撮影。
三脚など持ち合わせていないので手ぶれになってしまう。
黄色い花の"節分草"は珍しいそうだ。
ビニールハウス内の片隅で育てられていた。
これはお馴染みの福寿草。今が満開か?
園内は木道などが整備されていて歩き易い。
この日の最高気温は20度以上との予想、春本番の陽気である。
暖かい、と言うより暑い。ウォーキングには半袖でも良いくらいだ。
田虫地蔵
鎌倉時代、当時の農民たちは毎朝夕地蔵の前を通るたび、田畑の虫「蝗」(イナゴ)の退散と疫病防止子育て縁結びを祈願した、とある。
お地蔵さんは右腕もなく、顔は長い間風雨に晒されていたためか、原型を留めないほど崩れていた。
田虫地蔵からしばらく歩くと、「星野遺跡公園」がある。
昭和40年の発掘調査の結果、縄文時代前期(5-6000年前)と中期(4500年前)の住居跡が確認され、ここを遺跡公園としたもの。
縄文前期(左)中期(右)の住居の他、日本では初めてと言われる縄文時代の貯蔵庫(中央)が復元されている。
ここにも節分草が見事に咲いているではないか!?
実はこれ、遺跡公園のパネル写真である。
節分草を堪能したところで、お昼には少し早いが、遺跡公園内で昼食。
腹ごなしに「星野遺跡地層たんけん館」を目指して再出発。
「星野遺跡地層たんけん館」の入場料は無料となっている。
地層たんけん館は、遺跡発掘調査をしたトレンチを整備し、地層の状態を直接目で見られるように整備されている。
深さ10mにわたり、旧石器時代からの人間の生活を確認できる13の文化層が見つけられている。
古里を想い出させるような、どこか懐かしい風景の中を歩く。
時間がゆっくりと流れているような感覚に陥る。
これみんな福寿草。
整然と並んでいるところを見ると、栽培しているんでしょうね。
よ~く見ると、あちこちに"ふきのとう"が。
『苦みのある独特な味がたまらなく好きなのよ』なぁんちゃって。
時間も早いし、ウォーキングにしてはちょっと物足りない、と言うことで、急遽「満願寺」へお参りして行くことに。
この寺は坂東33観音霊場第十七番札所であり、ちょうど1年前にお参りしたばかりである。
先ずは、本堂にお参りをして・・・
ここまで来たからには、と300円を払って、さらに奥の院を目指す。
これぞ"ウォーキングの会魂"であろうか。
奥の院に通じる最後の急な石段もなんのそのである。
『皆さん、いつの間にか随分とたくましくなったねぇ』会長も思わず目を細める。
奥の院の洞窟に鎮座する十一面観音様の後ろ姿に感動!
出流川の源流?
ひと汗かいた後の出流山の湧水は冷たくて美味しい。
記念のお土産は何にしようかな?
午後2時半、満願寺を後にして、帰路に付いた。
この日はいつもの準備体操・整理体操をしていなかったことに後で気がついた。
春本番の陽気に、誰もがつい失念してしまったのだろう。
歳のせいにはしたくない。
”ウマさんの「健康ウォーキングの会」の目次”
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