ウマさんの気ままな行動日記(その2)

趣味の釣り・日帰り温泉・街道歩き・ウォーキング情報等を発信していきたいと思っています。コメント歓迎します。

牛久女化神社周辺を歩く

2009年10月30日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2009年10月30日(金)

毎週金曜日に地元土浦市周辺を歩く同好会「健康ウォーキングの会」が主催する「牛久女化神社周辺」を歩くウォーキングに参加した。

この日、第二集合場所の「牛久自然観察の森」に集まったのは22人。


いつものように準備体操をして、


出発だ。先ずは牛久自然観察の森の中を歩く。


自然観察その1
(花筏を見つけたよ!)


自然観察その2
(カワセミはいるかな?)


意外と森の中は広い。
じっくりと見て回ると丸1日かかりそうだ。


えっ、こんなところにバス亭?


そうか、ここは河童沼なのだ。牛久沼行きとなっている。
河童が乗ってくるのかな?
 

子供たちにも人気がある森なんだ。(もしかして河童達か?)


「牛久自然観察の森」を出て「女化神社」へと向かう。


女化神社」には神社裏から入れるが、少し遠回りしてでも参道正面から入る。
(正面から、が「健康ウォーキング会」のモットーだ)


平成14年に建て替えられた立派な社殿。
Wikipediaによると、周りは牛久市女化町であるが、龍ケ崎市の飛地となっている。
思い思いにお参りを済ませる。


「女化神社」から北東数百メートルほどのところに奥の院が。
小さな祠が祀られているそうだ。
「女化神社」に奥の院があるとは知らなかった。


この日は気温が上昇してかなり暑い。
日焼けが気になりますね。


12時10分、出発地の「牛久自然観察の森」駐車場に到着。
整理体操をして、


はいっ、お疲れさまでした。



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コスモスが満開 ひたち海浜公園を歩く

2009年10月23日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2009年10月23日(金)

毎週金曜日に地元土浦市周辺を歩く同好会「健康ウォーキングの会」が主催する「コキアの花」を求めて「国営ひたち海浜公園」を歩くウォーキングに参加した。

この日、第一集合場所の土浦市民会館第二駐車場に集まったのは16人。


車数台に分乗し、常磐自動車道・北関東道を利用して目的地の「ひたち海浜公園」に向かった。
今が真っ盛りのコキアの花を見るのが今日の目的の一つである。


ひたち海浜公園」の西口(翼のゲート)を入ると、広大な景色が目の前に広がった。


記念写真撮影用の椅子とマスコットが用意されている。


「健康ウォーキングの会」らしく、園内をくまなく歩こうということになった。
まずは、"ひたちなか自然の森"から。


松の木が主体の森になっている。
あちこちにキノコが顔を覗かせていたが、食べられるかは定かではない。


森の中は大きな池もあり、"ひたちなか"の自然が溢れている。


実際に森の中を歩いてみると、地図にはない細い道が至るところに。
特に案内はないので、感を頼りに歩く。


林の緑の中を歩くのは気持ちが良いものだ。
 

しかし、とても案内図のとおりには歩けない。
迷子になりそうになったが、途中の休憩所の建物が目印になり、何とか迷路のような森から脱出できた。


森を抜けて、広い丘に出た。解放された感じだ。



コスモスとコキアが満開(のはず)の"みはらしの丘"に向かった。

         コスモスは満開だったが、残念ながらコキアの見ごろは過ぎてしまっていた。
          去年 も同じ時期に訪れているがこの時のほうがまだ少しは赤い部分が残っていた。
         
                  "みはらしの丘"の頂上(標高43m)に向かう。
                  
                          建設・拡張中の"日立那珂港"が見渡せる。
                          

昼食後、広い園内を歩き見て周った。
そこには、いろいろな花が咲き、実を付けていた。
これは、西洋ススキの一種。パンパスグラス?

       カラフルなコスモスの花の中を歩く。  
       
                ユッカ蘭(厚葉君が代蘭)
                
                         サボテンに深紅色の丸い実がなっていた。
                         どんな味がするのか一つ持って帰って一口食べてみた。
                         果肉も深紅色をしており甘酸っぱくて、食べられなくはない。
                         実にも細く小さい棘があるので気をつけよう。
                         
                  "香りの谷"にて
                  
          黄色のコスモス(イエローガーデン)は初めて見た。
          
深紅のコスモス



                  記念写真撮影の準備中に1枚。
                  後ろに観覧車が見える。
                  



予定にはなかったが、那珂湊漁港に立ち寄って土産を買って帰ることに。
釣りでよく来る港であるが、その時は土産に魚は買ったことはない。

            新鮮な魚が所狭しと並べられている。
            いつ来ても活気がある。
            
                         鯵の他に今が旬の秋刀魚を買った。
                         まるまると太って脂の乗った秋刀魚が5匹で500円だ。
                         今夜は秋刀魚の塩焼きにしよう。
                         


コキアの花の見ごろは過ぎてしまっていたが、コスモスを始めいろんな珍しい花を見ることができた。
帰りには、阿字が浦経由で中生代白亜紀層の海岸美を満喫。
那珂湊の新鮮な魚を買ったことでいつものウォーキングとは一味違った一日となった。
秋刀魚の塩焼きが殊の外美味しかった。かみさんにも好評だった。


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門前町とともに 14番札所「弘明寺」

2009年10月21日 | 2009坂東33観音霊場巡り
2009年10月21日(水)


KDD友歩会」の定例ウォーキングが鎌倉で解散となった足で、横浜にある33観音霊場14番札所「弘明寺」(ぐみょうじ)に向かった。
横浜駅で京浜急行に乗り換え、六つ目の「弘明寺」で降りた

駅名がそのままお寺の名前になっている。


お寺の正面はアーケードの商店街となっており、門前町として栄えている様子が伺える。


毎月3の付く日は観音様の縁日、8の付く日は聖天様の縁日で大層な賑わいだそうだ。


江戸時代に建てられたといわれている仁王門。



仁王門をくぐると石段があり、その先に本堂のちょっと変わった屋根が見える。


仁王門の横に地蔵さんが並んでいる。
さまざまな願い事の思いが籠った千羽鶴が掛けられている。


石段の中ほどに"身代わり地蔵菩薩像"があったのでお参りした。
頭と体を撫でたがつるつるであった。
平成13年に京浜急行が会社創立百年を期に奉納したもの。
 

寛徳元年(1044年)に光慧上人が建立したと伝えられている本堂。
屋根の頂上の部分がちょっと変わっているのが面白い。


本堂には、お参りの際に鳴らす鈴が5つも下げられている。
同時に5人がお参りできる。縁日などでの人出の多さを伺わせるものだ。


この日のお参りで神奈川県は残り3寺となった。
来月にでも神奈川県のお参りを完了することにしたい。


2009坂東33観音霊場巡りの目次

歴史を感じる 1番札所「杉本寺」

2009年10月21日 | 2009坂東33観音霊場巡り
2009年10月21日(水)


この日は、「KDD友歩会」のウォーキングが鎌倉であり、「杉本寺」に寄ることになっていたため、坂東33観音霊場巡りとしてお参りした。
杉本寺の入り口は緑に包まれており、上は全く見えない。


石段を上って行くと仁王門が見えてきた。


朱塗りの仁王像はかなり古く、埃を被っていたが、力強さが感じられた。
 

仁王門をくぐると正面に本堂に通じる石段があるが、生い茂った苔を保護するために通行止めになっている。
今は左脇に別に石段があるのでこちらから上る。


萱葺き屋根の本堂
天平六年(734年)に行基菩薩が十一面観音を安置して創建したのに始まると伝えられる。
鎌倉で一番古い寺でもある。源頼朝により建久二年(1191年)に再建された。
本尊の十一面観音立像が3体安置されている。
うち2体は重要文化財に指定されているが、なぜか行基作とされる像は重要文化財としては指定されていない。


本堂横には五輪塔が所狭しと建てられている。
南北朝時代、北畠顕家との戦乱で敗れた斯波一族の供養塔で、静かに互いに寄り添っているようだ。


五輪塔群の脇には七地蔵尊があり、真っ赤な前掛けをしたお地蔵さんが並んでいた。


本堂右手前ろに鐘楼があった。
残念ながら撞くことはできなかった。


本堂右手奥のほうに熊野・白山権現社が祀られていた。


本堂から下るときに見えた近くの家並み。
かつては寺の周りには何もなかったものと思われる。時代の流れを感じる。



2009坂東33観音霊場巡りの目次

古寺を訪ねて 鎌倉・金沢街道を歩く

2009年10月21日 | ウマさんの「KDD友歩会」
2009年10月21日(水)

KDD遊歩会」定例ハイキングに参加した。
今回は、鎌倉・金沢街道の古寺を巡る歩程約6Kmのコースである。

この日の集合場所の鎌倉駅東口


この日のコースは、いったんバスでスタート地点の十二所(じゅうにそ)まで行き、そこから古寺巡りをしながら鎌倉駅まで戻ってくるというものである。
我々一行32名ともう一つの団体が一緒に乗り込んだため、バスは満員だ。


最初の訪問地は「光触寺」(こうそくじ)という小さなお寺だ。
弘安二年(1279年)に創建されたもので、 一遍知真上人の開山と言われている。


門をくぐるといきなり両側にお墓が並んでいるのが目に入る。
左側のお墓は古く、歴史が感じられる。


一方、右側のお墓は新しく建てられたものが並んでおり、対照的である。


めいめいがお参りを済ませる。一遍上人も本堂に向かって手を合わせている。
本尊は、阿弥陀三尊像で重要文化財に指定されている。


塩嘗地蔵(しおなめじぞう)
六浦の塩売りが、初穂に塩をあげると帰りにはなくなっていたことから、この名がついたと言われているそうだ。



金沢街道は道幅が狭いが、通行する車の量が多い。
歩道も人一人がやっと通れる程度である。



次に向かったのは、「浄妙寺」(じょうみょうじ)である。
この辺りの地名はなぜか浄明寺となっている。


門の先に本堂が見える。
文治四年(1188年)の創建で、最初は極楽寺と称されていたが、1257-59年頃に浄妙寺と改名され、禅刹に改められた、と紹介されている。
境内の木々はきれいに手入れされている。国の史跡にも指定されている。


杉苔を主体とした枯山水の庭園(喜泉庵)が美しく、印象的だ。
庭園を愛でながら抹茶を喫することもできる。



次に向かったのが、「杉本寺」(すぎもとでら)。
やや小高いところにあるため、石段を登る。


仁王門から先の石段は、一面に苔が生い茂っており、保護するため通行止めになっている。
観音堂へは、脇に設けられた別の石段を登ることになる。


観音堂の屋根は、萱葺きで歴史を感じさせる。
天平六年(734年)に建立され、僧行基(行基菩薩)自ら十一面観音を刻んで安置したとされる。
鎌倉で一番古いお寺で坂東・鎌倉33観音霊場の第1番札所で由緒あるお寺である。


本堂近くに、南北朝時代の戦乱で敗れ、この寺で自害した杉本城城主斯波一族のたくさんの供養塔が。
今でも献花が絶えない。



次に向かったのが、「宝戒寺」(ほうかいじ)だ。
新田義貞の鎌倉攻めにより滅亡した北条氏の霊を弔うため、後醍醐天皇が足利尊氏に命じて北条氏の屋敷があったとされるこの地に建立した、と紹介されている。


境内には、大きな木がたくさん植えられている。


四季を通じて花が咲き、九月には白い萩の花で埋め尽くされる「萩の寺」としても有名だそうである。
 


宝戒寺の南東に位置する山の中腹に、新田義貞の鎌倉攻めにより、最後の執権・北条高時一族283名、直臣たち870余名が自害したと伝えられる「腹切りやぐら」がある。
この時14代執権の北条高時は僅か9歳であった、と伝えられている。
実際に自害した場所は「東勝寺」で、ここは供養した場所だとも言われている。
霊気が感じられるような岩屋であり早々に立ち去った。
後で分かったことであるが、心霊スポットのひとつとしてマニアには有名なところのようだ。



この日の最後の訪問地、「妙本寺」に向かう小町大路に日蓮上人が辻説法をしたと伝えられる「辻説法跡」がある。
鎌倉時代、この辺りは武士屋敷と商家町が混在しており、日蓮上人は毎日のように訪れて法華経の功徳を説く辻説法を行ったと伝えられている。



日蓮宗の本山「妙本寺」(みょうほんじ)の山門


堂々とした構えの「妙本寺」の仁王門


本堂と仁王門横に建てられている日蓮上人像
 

この日のウォーキングはここで解散となった。


これまで何度も鎌倉を訪れているが、初めての場所ばかりで、改めて鎌倉はお寺が多いと実感した。
鎌倉時代を中心とした権力闘争の中で、重要な役割を担ってきた寺の歴史にも触れた一日であった。
各寺院の紹介によると、花木も四季を通じて美しいとあるので、また機会があれば訪れてみたい。

この後は自由行動ということで、鎌倉駅に戻った後、坂東33観音霊場の一つ横浜の14番札所「弘明寺」に向かった。


ウマさんの「KDD友歩会」の目次