ウマさんの気ままな行動日記(その2)

趣味の釣り・日帰り温泉・街道歩き・ウォーキング情報等を発信していきたいと思っています。コメント歓迎します。

小美玉新ヘルスロード 茨城空港線を歩く

2012年01月27日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2012年1月27日(金)


毎週金曜に地元土浦周辺を歩く同好会「健康ウォーキング同好会」が主催する、
2012年第4回「小美玉ヘルスロード 茨城空港線」を歩くウォーキングに参加した。

第一集合場所の土浦市民会館に集まったのは16名


車4台に分乗し、茨城空港へ向かった。
1時間ほどで茨城空港へ到着。


ここで直行した1名が合流し、合計17名はまずまずの参加者だ。
茨城空港で体調を整えて・・・


準備体操のため、空港ビル近くの空港公園へ移動。


空港公園でいつもの準備体操だ。


寒いので念入りに体を解す。


空港公園の丘の上に上がってみると・・・


丘の上は意外に広い。
『いやぁ、なかなか良い眺めだねぇ~』


飛行場を一望に見渡せる。
左方向の視界が遮られる空港ビルの屋上より見晴しはよっぽどましではないだろうか。
暖かい日には、ここで弁当でも広げてF-15,F-4戦闘機などを見るのも良いかも。
ここには普段はあまり人が来ないようだ。穴場的存在と思われる。


10時20分、空港公園を元気よく出発。


空港から直線状に延びる県道359号線を進む。
この日のコースは、空港開港後に小美玉市のヘルスロードに指定されたものだ。


日陰には一昨日の雪が融けずに残って凍っているところがある。
滑ると危険なため、雪の部分を避けて車道を通る。
凍った雪の上を歩くのは危険だが、車はもっと怖い。
後ろから車っ!


ここのところ、平年以下の気温が続き、寒さが厳しい。
マスクは外せない。『寒いねぇ』


男性陣は最近しんがりを固まって歩くことが多い。


それに比べると女性陣は元気が良い。
先頭集団はいつも女性陣だ。


日陰部分の道路には凍った雪が残っているので、日当たりの良い反対側へ移動する。
『みんなで渡れば怖くないっ』


小川北中学校付近


川戸西交差点付近
小川ショッピングセンターのエコスが見える。
ヘルスロードは交差点をそのまま折り返すことになっているが、
交差点を右折し次の信号を右折して空港方面へ引き返すようアレンジした。


空港公園を出発して40分、適当な広さの空き地があったのでここで一休み。


汗はかかないが、水分補給は大事だ。


少し気温も上がってきたのか、大分身体が温まってきた。
快調なペースである。


ところどころに雪が残っている。
足元を見つめて慎重に歩く。


のどかな田園風景が続く。


茨城空港から少し外れた場所に旧百里原海軍航空隊の営門と「真心國柱」の碑があった。


昭和二十年八月十五日記念と刻まれている。終戦を記念して建てたのであろう。
裏には建立した記念として8組の夫婦と思われる名前が刻まれていた。
百里原海軍航空隊では、特攻隊が編成され、多くの隊員が各基地に向かわされたそうだが、
その親達が記念して建立したものではないだろうか?
碑の建立は昭和52年と書かれていた。


鬱蒼とした雑木林の中に鳥居のようなものが見えた。
「百里神社」は、この地に海軍百里航空隊があったころに、敷地内にあった神社らしいが、
これが「百里神社」なのか? 看板や名前を示すものは何も見当たらない。
もう少しで見過ごすところであった。


土台部分が極端に太くなっており、ちょっと変わった鳥居である。


鳥居の奥にコンクリート造りの建物があった。
社なのだろうが、鳥居同様ちょっと変わった形をしている。
薄暗い林の中にひっそりと佇む寂しい社である。
今は誰も管理していないのか、かなり荒れ果てている。


一礼して早々に立ち去ることにした。


茨城空港の建物が見えてきた。
時折、轟音とともにF-15戦闘機が発着陸するのが見える。


出発した時に上った空港正面の丘に再び上る。


空港ビルをバックに記念撮影だ。


手短に整理体操をして・・・


『お疲れ様でしたっ』


せっかくだから、と飛行機の発着風景を見るために空港ビルへ向かう。


我々が空港に戻る直前に上海から到着した春秋航空の飛行機が羽を休めていた。


土産物でも見てみよう。


フロアをぶらついていたら、「スカイマーク」と「春秋空港」の
無料往復航空券が当るという応募券が入った箱の中から当選者を選ぶ”抽選人”に選ばれてしまった。
抽選人に選ばれた全20名のうち、何と当会のメンバーが8名、
我々一行のほぼ半数が抽選人に選ばれてしまったのである。
こうなったら、抽選が終わるまで、途中で退席して帰るという訳に行かなくなった。
抽選会が始まるのを待つしかない。


抽選人のやることは、大したことではない。
応募券が詰まった箱の中から一人5枚づつ券を選ぶだけなのだ。
自分たちは応募もしていないため、”無料航空券”が当る筈もない。


応募券を選んだ記念(謝礼)に、と「大洗水族館」の招待状2枚とボールペンが入った
封筒を受け取り、茨城空港を後にした。


昨年夏に「大洗水族館」に孫を連れて行った時に大層気に入った様子だったので、
また連れて行くことにしよう。
期限は3月31日までとなっているため、あまりのんびりとしてはいられない。

飛行機に乗らないまでも、今や茨城の観光名所の一つとまで言われている、
茨城空港には一度行ってみたかった、という人にとっては、ちょうど良い機会だったと思われる。
この日歩いたコースは、小美玉市に指定された新たなヘルスロードだが、もう少し見所が欲しい、
と言うのが正直な感想である。



ウマさんの「健康ウォーキングの会」の目次


大聖寺から日先神社を巡る トンネルは全部でいくつ?

2012年01月20日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2012年1月20日(金)


毎週金曜に地元土浦周辺を歩く同好会「健康ウォーキング同好会」が主催する、
2012年第3回「大聖寺・日先神社」を巡るウォーキングに参加した。

この日は前日の予報通り、朝から冷たい雨。
会長も実施すべきかどうか判断に相当迷われたそうだ。
第二集合場所の土浦第六中学校区公民館に直接行く人もいるかも知れないため、
とりあえずそこで実施すべきかどうかを決めよう、ということで六中公民館へ向かった。


案の定、既に数人が集まっていて、我々の到着を今や遅しと待っていた。
この程度の雨にひるむ人達ではないことをあらためて知った。
六中公民館に着いた頃には、雨は小降りになり、何とか実施できる状態になっていたのには
会長も『来て良かった』といった心境だったのではないだろうか。


結局この日集まったのは10名、この日の天気を考えると上々の人数だ。
会長から2名の新規入会希望者の紹介があった。
”お試し参加”だが、あいにくの天気でちょっと気の毒ではある。
雨の中で”準備体操”とはいかず、この日は省略だ。


9時35分、ほぼ時間どおりに最初の目的地、大聖寺目指して元気よく出発。


六中公民館を出発して直ぐに目に入るのが、武家屋敷のような構えの大きな家。
『うわぁっ、凄い家だなぁ』
『どんな人が住んでいるんでしょうねぇ?』
驚きとも羨望とも言える言葉が飛び交う。


防寒具に雨具、さらに傘をさしての行進、万全である。


車を避けるため、花室川に沿った田んぼ脇の小道を進む。


いったん県道48号線の旧道に出て・・・


次に、県道48号線の新しい道を横断。


花室川傍の常磐線のガード下を抜け、


直ぐに右に曲がって花室川を渡る。


永国東付近


左側に田んぼ、右側に住宅街を見ながら進む。


永国の国道354号線下をくぐる。



続けて国道6号バイパス下を抜けると・・・


大聖寺」(だいしょうじ)への入口に到着。
出発して40分ほど、快調なペースである。


参道の先に、萱葺き屋根の薬医門型式だが、城門の風格が漂う山門が迎えてくれる。
貞享二年(1685)土浦城主・松平信興の寄進とのこと。
土浦市指定文化財


山門の先に市指定文化財の”四脚門”がある。
創建は応安二年(1369)の祐尊代と伝えられている。


四脚門をくぐると先ず目に入るのが、黒松の「大聖寺の傘松」だ。
東西6.3m、南北6.1mの円形をしている。まるで傘を広げたよう。
土浦市の名木・古木に指定されている。


大聖寺には、四国八十八個所の御本尊が祀られており、約1.5Kmの遍路道を
『南無大師遍照金剛』と唱えながら巡拝して、納め札を納めて回ると、
本場四国霊場の千分の一のミニ霊場だが、四国八十八個所霊場を巡ったと同じ御利益がある、
という訳である。
後日大聖寺でまとめられ、四国の霊場へ代参者が納札してくれることになっている、そうだ。
写真の護摩堂は、四国八十八個所結願の札所・大窪寺の御本尊の横に建っている。


とりあえず大聖寺の御本尊(不動明王)にお参りして行こう。
明治三十年(1897)の火災で運慶作の本尊・不動明王を焼失して以来、大日如来を本尊としていたが、
本堂「大聖殿」が完成した昭和六十年の初不動より再度不動明王を本尊に迎えた、とのこと。


『南無大師遍照金剛・・・』


ここで、一休み。
『どうぞっ』『ごちそうさまっ!』お馴染みの光景である。
汗はあまりかいてないが、水分補給は欠かせない。


八十八個所巡拝は、1時間半はかかるため、別の機会に巡ってもらうことにし、
大聖寺を後にした。


花室川を渡り、国道354号線を横切り、旧水戸街道を中村方面へ進むと、左手に東小学校がある。


東小学校横を左折し小さな道を進むと・・・


国道6号バイパスのトンネルだ。


「仲の杜」ネイチャータウンを通り抜ける。
あちこちで新築工事が行われていたが、家はまだ半数程度しか建っていない。
売れ残った?分譲地も多数見られた。


しばらく進むと常磐線の煉瓦作りのトンネルがある。
ガードの通路は自動車がやっと通れるほどの広さだが、ここを利用する車はけっこう多い。


日先神社裏の急な階段を上る。


階段の幅が狭いので足を滑らさないよう、注意が必要だ。


境内の木々には、おみくじがびっしりと結び付けられていた。
遠くから見るとまるで白い花が咲いているように見える。


日先神社ひのさきじんじゃ
明治五年(1872)右籾・摩利山新田・中村・中村西根・乙戸・荒川沖・荒川本郷・沖新田の
八カ村の村社となった、とのこと。


神社へのお参りは最敬礼がよく似合う。


元来た階段を下りる。
『滑るから気を付けてっ!』


県道48号線バイパスが見えてきた。


トンネル幅は結構広い。
これが、この日最後のトンネルだ。


航空自衛隊霞ヶ浦分屯基地(陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地)に出た。


料理屋”一源
『ここの料理はなかなかいけるよっ!』
15年ほど前に父の初七日で利用したことを想い出した。


右籾鹿島神社
鳥居の奥に小さな祠が祀られている。


右籾鹿島神社から5分ほどで国道125号バイパスを跨ぐ長峰橋に差し掛かった。


長峰橋から阿見美浦バイパスの美浦方面を望む。
雨はまだ止む様子はない。


短い杉並木を抜けると・・・


土浦第六中学校の裏に出た。


あいにくの天気のせいで、校庭に子供達の姿は見えない。


スタート直後に通った見覚えのある場所に、『あぁここに出て来たんだ』
前方に六中公民館が見えてきた。
『ゴールは近いね』


豪邸の前を通り・・・


12時10分、ほぼ予定通りに六中公民館に到着した。
『今日は雨の中、本当に御苦労さんでしたっ!』


この日はあいにくの雨でコンディション不良だったが、中止しなくて正解だった、と思っている。
”お試し参加”の2名には気の毒な天気であったが、この程度の天気ならこの会は中止しないのだ、
ということを知ってもらう良い機会になったのではないだろうか。

ところで、通り抜けたトンネル(ガード)は全部でいくつ?


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続関東ふれあいの道(茨城)踏破記念 土浦匂橋からつくばセンターまで

2012年01月19日 | ウマさんの「関東ふれあいの道」を歩く
2012年1月19日(木)

2009年11月から1年3カ月をかけて「関東ふれあいの道」(茨城県18コース全255Km)を踏破し、
県から認定証と記念品を受領したのは2011年2月初旬のことである。
その時の参加者のほぼ全員から、『季節に相応しいコースをもう一度歩きたい』という声が上がり、
「続関東ふれあいの道を歩く会」と称して月1回コースを選定し、歩くことにした。

昨年12月には選定した9コースを歩き終わり、新たに3名がめでたく踏破認定証・記念品を受領した。

昨年2月に第一回の踏破記念ウォーキングを実施。これがなかなか好評だったことから、
今回も新たな3名の踏破を祝して、「踏破記念ウォーキング」を実施することになった。

踏破記念のコースとしては、記念の第1回を歩いた「関東ふれあいの道」コースNo.15を選定。
土浦匂橋からつくばセンターまでを歩くことにした。
歩き終わった後に祝杯を揚げられ、女性にも人気のお奨めのレストランがあるよ、
ということでこのコースを選んだ次第である。

この日の参加者は、新たに認定証を受領した3名と、
共に祝杯を揚げたい、という4名の合わせて7名だ。


9時10分、つくばセンター目指して、元気よく出発だ。
土浦駅前のビルの谷間を通り抜け、10分ほど歩くと・・・


桜川の堤防に出た。


匂橋」直ぐ傍の見覚えのある「関東ふれあいの道」の案内板に見入る。
『2年3カ月前にここからスタートしたんだ~』
『もうそんなになるのかぁ、懐かしいねぇ』 想い出の場所である。


この日の天気は、”晴れ後曇り、気温も平年並み”の予報。
風がないので思った以上に暖かい、と言うより暑い。
寒さ対策で一枚余分に着込んでいるからだろう。
桜川には、沢山の渡り鳥が羽を休めて浮かんでいた。


堤防脇に小さな鳥居が・・・
普通、鳥居には笠木があるものだが、笠木だけしかない簡素な鳥居である。
(地震の影響で落ちているだけ?)


鳥居の奥に、小さな祠があった。
祠の名称は定かではない。
何故か祠の基礎回りには小石が積まれている。


桜川堤防の両側に桜の木がある場所は限られている。
桜のトンネルになる時期に歩いてみたいものである。


学園大橋が見えてきた。
後方に筑波山が見える。


今の時期、橋桁の鮮やかな赤が映える。


学園大橋を渡り、


県道24号線(土浦野田線)、国道6号土浦バイパスの下を続けてくぐると・・・


宍塚の集落に出た。
立派な門構えの家が多い。


勢至菩薩を本尊として祀った二十三夜塔なども見られ、月信仰の歴史を感じる。


真言宗豊山派「龍王山般若寺
天暦元年(947)平将門の次男、将氏の娘安寿姫の開基と伝えられる。


山門の前に六地蔵が並んでいる。
地蔵様の前には湯飲み茶碗が伏せて置かれている。
お茶を上げているのだろうか?


般若寺の山門(薬医門)をくぐって境内に入る。


住職が出てきて、本堂の中へ案内された。
般若寺は何度か訪れているが、本堂に入るのは初めてである。
般若寺のご本尊は大日如来


のご本尊の大日如来の隣に、
鎌倉時代後期の作と言われている釈迦如来と普賢菩薩(左)、文殊菩薩(右)
の三像が並んでいた。県指定重要文化財になっている。
住職によると、釈迦如来像はインドの作とのこと。
そういえば顔が少し痩せ形のような気もするが、その違いは素人の我々にはよく分からない。
釈迦堂は、昭和50年に解体され、今は当時の写真が残っているだけだ。


寺を外の世界とは違った聖なる場所とするために置かれた「結界石
県指定の重要文化財


銅鐘は、鎌倉時代建治元年(1275)の作で、常陸三古鐘のひとつ。
僧源海が大勧進となり、鎌倉大仏の鋳造にかかわった丹治久友・千門重延が鋳造したことが
確認されたことから、国の重要文化財に指定されている。


宍塚小学校を過ぎたこの辺りも大きな家が続く。


常磐高速道をくぐり、しばらく道なりに進むと・・・


藤澤バラ園」がある。
5月末から6月初旬にかけて、色とりどりのバラを観ることができる。
これだけのバラ園を無料で解放してくれるのは、嬉しい。
「健康ウォーキングの会」の来年度の予定にも入っているので、楽しみだ。


土浦・学園線に出た。




さくら交通公園」で体調を整えるため最後の休憩。
D51が展示されている。やはり本物は迫力がある。


女性陣は運転席に乗り込んで大はしゃぎ。
『これ引っ張ると警笛が鳴るのよねっ』


旧国鉄バス初代ドリーム号の車輌も展示されている。
通常の大型バスよりも車体が長い。


学園東大通りの交差点を渡ると、つくばセンターは目の前だ。


昼食を「ホテルオークラ」1Fの「カフェテラスカメリア」に予約しているため、
目指すビルへ直行である。


11時55分、この日のゴール、「カフェテラスカメリア」に到着。


日替わりランチが出てきた。
肉または魚(海老と牡蠣のフライ)のメインディッシュの他に、
サラダバー・スープバー・ドリンクバー・パン又はライスが付いて
1,260円というリーズナブルな値段である。
女性に人気があると言うのも頷ける。


『いただきま~すっ』
男性陣はビールを注文し、喉を潤したことは言うまでもない。


ゆっくりと昼食を摂った後は、バスでそれぞれの目的地へ向かうことに。
『今日は大変お疲れ様でしたっ!』


「踏破記念ウォーキング」を終えたことで、茨城県の「関東ふれあいの道」に一応区切りを
付けることができ、ほっとしている。
と思ったのも束の間、次は東京都の「関東ふれあいの道」全7コースを踏破する案が急浮上。
瞬く間に3月から実施することで意見が一致、実施計画案作成を受け持つことになった。
これからも忙しい一年になりそうである。


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この日の主役は筑波山 すそみ歴史懐古コース

2012年01月13日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2012年1月13日(金)


毎週金曜に地元土浦周辺を歩く同好会「健康ウォーキング同好会」が主催する、
2012年第2回「すそみ歴史懐古コース」を巡るウォーキングに参加した。

「すそみ歴史懐古コース」とは、「筑波山麓地域づくり団体連絡協議会」が発行する、
”筑波山麓 筑波古道ガイド”を元にアレンジし直したもので、
主に田井・平沢の集落に点在する、寺社を巡るコースである。

この日の集合場所、つくば市北条の「筑波総合体育館」には、17名が集まった。
まずまずの人数だ。
昨年12月から風邪や白内障手術のため、ウォーキングなどの運動を控えていた会長だったが、
約1カ月ぶりに元気な姿を見せた。


早速、いつもと変わらない準備体操の号令を掛けてくれたのは頼もしい限りである。


朝の気温はこの冬の最低を記録したそうだが、雲一つない真っ青な空が気持ち良い。
昼ごろには昨日より気温も上がるそうだから、それに期待しよう。


9時50分、元気よく出発。
会長はしんがりを務める。


後ろに見えるのは筑波山だ。


平沢官衙遺跡を遠くに眺めながら進む。


この日の先頭は、コースを推奨してくれたOさんが務める。


先ず最初に訪れたのは、「初酉神社」(はつとりじんじゃ
参道入口に小さな看板が立てられているだけで、見落とすところだった。
説明板によると、
「初酉神社」は旧漆所村の村社で、旧十一月の初の酉の日に祭礼を行っている、そうだ。


人家の庭に通じるような細い参道を進むと、鳥居があった。


説明板にはさらに、
「はつとり」の名は、姓氏の「服部」(はっとり)に通じる。
伝承にはないが、”初酉”の社号は、機織りに由来すると考えられる、そうだ。
この地一帯には多くの古墳が在り、古くから人々が住んでいたことが明らかで、
古代の人々が機織りをなりわいとしていたことが、そもそもの発祥となったのではないか、
とのことだ。
ここで、一休みし水分を補給。


初酉神社を後にし、筑波山を正面に観ながら進む。


遮るものが何もないので、大きなパノラマを観るような感じである。
この日の主役は、”筑波山”だ。


田井の臼井集落に小さな薬師堂がある。
直ぐ脇にちょっとした銀杏の大木があった。


近所のお婆さんが我々を見つけて、『ぎんなんがあるから持っていきな』と声を掛けてくれた。
せっかくの申し出なので、戴こうといういことに・・・


ところが、何と袋一杯に詰まったぎんなんを一輪車に乗せて持ってきてくれたのだ。
重さは20Kgはあった、と推測している。予想をはるかに超える量である。
薬師堂横の銀杏の木から採れたもので、10袋もあったそうだから、驚きである。


せっかくの好意なので、土産にとみんなで少しづついただくことにした。
こういう時のためかどうかは分からないが、みんなビニール袋を持っているものだ。
思わぬ土産にみんなにっこり。


お婆さんには、お礼にと持ち合わせていたチョコレートと、一人100円づつ集めて渡すことに。
お婆さんは、却って恐縮していたが、何とか受け取って貰った。


この辺りの集落は、お寺のような立派な構えの家が多い。
寺の門のようにも見えるが、個人の家らしい。


田井のいくつかの神社は探し出すことが出来ず、時間がないので、先へ進んだ。
標識・案内などがなかったためでもあるが、事前に下歩きして調べておくべきだった、と悔やまれる。


のんびりとした田園風景の中を進む。
この風景は、古代から変わっていないのであろう。


これ以上は望めない晴天に恵まれ、筑波山が美しい姿を見せてくれたのは、
何よりも最高のプレゼントではないだろうか。


老人保健施設「豊浦」の前を奥に進み、突き当りが、


蚕影神社こかげじんじゃ)の入口になっている。
蚕影神社は、日本の絹の発祥の地といわれる養蚕の神を祀る神社である。


思った以上に長い石の階段が続く。


最後の50段ほどの石段を上ると・・・・


やっと本殿に辿り着いた。
既に2時間以上も歩いた後のため、かなり足に堪えた人も。
石段の数は全部で200段ほどあったそうだ。(会員の一人が実際に数えた)
創建は延長四年(926)で「蚕影山神社」、「蠶影神社」などとも呼ばれている。


本殿横の東屋で一休みだ。


東屋には、参拝記念としてか、たくさんの額が奉納されていた。
地元はもちろん、栃木県や遠くは信州長野のものも見られる。


田井ミュージアム
かつては田井村の役場があったところで、大谷石造りの米蔵をNPO法人の
自然生(じねんじょ)クラブがアートスペースとして活用しており、
石の反響を活かしたシアターとアトリエがあるそうだ。


田井ミュージアムの向かいに和菓子屋がある。


あんドーナツ”が評判の「桜井菓子店」だ。
すぐに売り切れてしまうほどの人気らしい。
たまたま30個ばかり残っていたが、瞬く間に一つ残らず売り切れてしまった。
2個(180円)買い求めた。お昼を過ぎ、お腹も空いていたので一つ口にした。
あんがたっぷりと入っていて軟らかく、ドーナツというより饅頭といった感じ。
なかなか美味しかった。もう一つはかみさんへの土産にしよう。


体調を整えるために普門寺に立ち寄った。


この日最後の休憩だ。


前方に平沢官衙遺跡が見えてきた。
遺跡の後方には、宝筺山(通称小田山)がくっきりと見える。


平沢官衙遺跡をバックに記念撮影


北条大池の回りを通って、ゴールの「筑波体育館」を目指す。


北条大池から見た筑波山も絵になる。


13時35分、筑波体育館に到着。
いつもの整理体操をして・・・
『今日はお疲れさんでしたっ!』


この日は弁当なしだったため、帰りにJA新治の「まほろ庵」に立ち寄って、
蕎麦を食べていくことにした。
店は14時閉店だが、1分前に入り、間一髪セーフである。


この店一番のお奨め「えび天そば」(900円)を注文


『いつ食べても美味いねぇ ここの蕎麦は』
今年も何度か立寄ることになりそうだ。


この日は雲一つない快晴に恵まれ、筑波山の懐に抱かれた寺社巡りを楽しめた。
しかし、探し出せないで参拝できなかった寺社もあり、事前の下見調査不足を反省している。
この日は弁当なしで回ったが、意外に距離があり、予想時間を大幅に超過してしまった。
次の機会があれば、暖かい時期に弁当持参で回りたい、と思っている。
筑波山の雄大な景色を目の前に弁当を広げるのも良いのではないだろうか。

ウマさんの「健康ウォーキングの会」の目次


三浦半島大楠山・衣笠山ハイキング

2012年01月09日 | ウマさんの気ままなウォーキング
2012年1月9日(月)


昨年暮れに「まゆみの会」の会長を務めている方からお誘いがあり、同会の新年例会
「三浦半島・大楠山ハイキング」に参加することになった。
同会は、主に関東周辺の山々や北アルプスを初め東北方面などにも
足を延ばしている、”山大好き”人間の集まりである。

今回は、”正月”ということで、三浦半島の大楠山をハイキングすることにしたそうである。
また、通常の例会は貸切バスでの遠征であるが、この日は『たまには電車も良いだろう』
ということで、電車にしたとのこと。
祝日のため、ホリデーパス(2,300円)が利用できるのも決め手の一つになったようだ。

何といっても、「まゆみの会」は朝が早い。
この日乗り合わせた電車は、石岡(5:46)・土浦(6:10)・荒川沖(6:16)と
まだ真っ暗な中の出発となった。

日暮里から京浜東北線に乗り換え、品川駅横須賀線ホームで電車を待つ。
この日の参加者は、自分も含めて23名。
「関東ふれあいの道」や「旧水戸街道を歩く」などで、2/3以上の人が顔馴染みというのも心強い。


9時ちょうど、横須賀線逗子駅に到着。


逗子駅からバスに乗り換える。


30分ほどバスに揺られ・・・


この日の出発地、前田橋に到着。
料金360円は、関東鉄道より安いかも。


「まゆみの会」会長から、この日のコースについて説明があり・・・


先ずは、出発前の準備体操である。
「健康ウォーキングの会」と一部異なる個所もあるが基本的には同じだ。
号令を掛けているのは、「健康ウォーキングの会」の会員でもあるKさんだ。


9時43分、元気よく『出発!』


ほどなく「前田川遊歩道」起点に。
”前田川遊歩道の清掃活動はボランティアが定期的に行っています”の看板が目に入った。


『ブログに載せてっ』と一斉にこちらに顔を向けられたのには正直驚いた。
それでは、と出発の記念に”パチリ”


遊歩道起点から前田川上流を見たところ。


魚が溯上可能な魚道?


歩き易いように飛び石が置かれている。


小さな滝もある。
ここを魚が溯上するのは、難しいのではないだろうか。


右岸に渡ったり、左岸を通ったり、きれいな流れを縫いながら歩くのは楽しい。


前田川を歩くこと15分、遊歩道も終わり、ここから山道に入る。
山道といっても、コンクリの丸太の階段で歩き易い。


20分ほど上ったところで、休憩だ。
真冬ではあるが、この日の三浦半島の予想最高気温は10℃超。
風も弱く、上りが続くと次第に身体が温まり、額に汗が滲みだす。
堪らず上着を脱ぐ人も。


『まゆみの会』のベテラン会員。
かつては日本中の山を歩き回った山男たちである。
昨年11月に念願の”ヒマラヤトレッキング”を経験した、という強者も。


大楠山ハイキングコースには、適当な間隔でクイズ板が立てられている。
簡単なものから三浦半島のことをかなり知らないと回答できないものまである。


芦名の浄楽寺には約800年前に仏師運慶によって造られたと伝えられる、
国指定有形文化財の仏像があるという。その仏像とは?
分かるかな?

答は”1”(木造阿弥陀三尊像)である。

岩が剥き出しの山道を上る。


また、クイズのようだ。


クイズの設問に真剣に見入る皆さん。
『答えは”2”かしら?』



ピンポーン、見事正解!!
正解のが丸で囲んであるが、無粋なことをする輩がいるものだ。

灯台のような建物が見えてきた。
『こんなところに灯台???』


実はこの建物、国土交通省の「大楠山レーダー雨量観測所」だった。
全国に26個所設置された雨量を測定する施設で、関東地方をカバーする4か所の一つである。
レーダアンテナから発射された電波を雨にあて、跳ね返される強さを計算して雨量を計算するそうだ。


展望台へ上ってみた。


湘南鎌倉方面


江の島が霞んで見える。
残念ながら富士山は見ることが出来なかった。




大楠山まであと0.1Km。


直ぐ目の前が大楠山だ。


11時15分、大楠山山頂に到着した。
山頂は、思ったより広い。


三角点もあった。


記念撮影などしているうちに11時25分、ここで弁当タイム。


『おにぎりが一番だねっ!』


大楠山からの眺望
よく晴れているので、東京湾の眺めが素晴らしい。


大楠山からの眺望
横浜のベイブリッジが見える。


大楠山からの眺望
小田和(おだわ)湾には、釣り船らしきものが浮かんでいる。




昼食後に、次回の説明がなされ、


下りが始まる。


ほどなく「葉山国際カンツリー倶楽部」の脇を通る。
このゴルフ場は、大楠山付近の葉山町と横須賀市にまたがる山間コースで、
このホールは、かなり急な打ちおろしになっている。


金網越しにゴルフを楽しむ人が見える。


大楠山を境に「前田川コース」から「衣笠コース」に変わったが、ここにもクイズが。


「衣笠コース」のクイズ
横須賀に残る年中行事のうち、小正月の行事として須軽谷、野比、長沢、久里浜などで
行われる行事は何?

答えは”1”(おんべ焼き)である。
地方によっては、”どんど焼き”、”どんと焼き”とも言われる。

橋の上から何が見えるのかな???


三浦半島を縦断する「横浜横須賀道路」だ。
衣笠IC方面を望む。


高速道路を渡ると今度は少し上りになる。


12時10分に下り始めて約20分、人家が見えるところに出た。


衣笠城址への道を上る。


大善寺の本堂
大善寺は、三浦一族の学問所だったと云われる。
三浦不動明王第2番、三浦地蔵尊第2番札所となっている。


横須賀市重要文化財に指定されている、阿弥陀三尊像のうちの阿弥陀如来像だろうか?


大善寺の裏をさらに上って行くと・・・


衣笠城址に辿り着いた。
大谷戸川と深山川に挟まれ、東に突き出た半島状の丘陵一帯が衣笠城跡となっている。
三浦義明の居城ということで知られている。
山頂には衣笠城址の碑が建てられている。


一休みして・・・


衣笠山公園を目指す。


なんと一本足の高下駄を履いてハイキング?している人を見かけた。
我々が通り過ぎる間、杖に掴まってじっと待っていてくれたのだ。
『お気をつけてっ!』


衣笠山公園を目指す。


暫く上りが続く。この辺りの上りがこの日のコースで一番堪えた。
女性陣はさっさと先に行ってしまうし、男性陣の休憩リクエストも無視され、
『もう直ぐよっ、頑張って』の冷たい返事が却ってくるだけだ。
ここは意地でも上るしかない。


14時5分、やっとの思いで「衣笠山公園」に到着した。
(正確には、頂上はもう少し上にある)
一足先に到着した女性陣は腰を降ろして余裕の表情だ。


少し上ると、衣笠山展望台が見えてきた。


早速展望台に上ってみると・・・・


衣笠山展望台からの眺望は素晴らしかった。


猿島も見える。


こちらは、大楠山だ。
『あそこから下りて来たんだねっ』


ここからは、下るだけである。


20分ほどで、衣笠市街に出た。衣笠駅は近い。


線路下のトンネルををくぐり抜けると・・・・


いきなり商店街に出た。


14時43分、衣笠駅に到着。


『いやぁ皆さん、お疲れさんでしたっ!』
『けっこう歩いたわねぇ』
万歩計は20,000歩を越えていた。


成田空港行き上りの電車が入ってきた。


「まゆみの会」の皆さんは、何やら真剣に議論の最中。
疲れの表情など全く見えないところはさすがである。


品川で山手線、上野から常磐線に乗り換え、荒川沖に着いたときには真暗になっていた。
ほぼ12時間に及ぶ長い一日であったが、天気にも恵まれ、三浦半島最高峰からの眺望を存分に
楽しむことが出来、満足の一日であった。
機会があれば、また「まゆみの会」の例会に参加してみたい。


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