飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

中国の核と地震とネット妨害!!

2008-06-27 10:58:18 | 日本

どう考えても、この光景は核関連施設の災害である.....!!
そして、防護服とマスク、放射能漏れに対する備え.....。
四川の核関連施設を襲った大地震!?

それとも、核爆発事故で地震を誘発したのか?!
その可能性を否定できない現象が多い.......。連載する!!第6弾


 
話は逸れるが、横田早紀江さんが北朝鮮のテロ指定解除に対して、『全く、分からないところで進展していく.....』と、テレビコメント(聞き取り)で述べておられた。拉致家族としての無念さと察して余りあるが、ある意味で実相をついている。国際政治・外交は元々謀略に満ちている。はっきり言って、拉致問題など眼中にないと言っていい。ジェスチャーはすれども、解決する意図などない。

 拉致は広義には、立派な犯罪であるが、謀略という政治・外交においては、作戦の一つであって犯罪との意識はない。戦争での殺人が殺人でないのと同様である。作戦を思い止めさせようとするには、その作戦が不利益に作用することを知らしめる他はない。作戦の失敗を認めさせるには、不利益を認めさせることである。

 拉致作戦の不利益とは何か。拉致は朝鮮半島の不安定化、冷戦構造の結果、作戦化された。そして、その謀略作戦の要員として実行されたことは明らかである。ということは、その背景がなくなると言うことは、作戦の意味が消滅することである。逆に、安定化には拉致作戦の不利益が露呈する。

 テロ指定解除が、真に安定化を目指すものであるならば、拉致問題も、その間の不幸はともかくとして、全面解決に向かう。しかしながら、一時のジェスチャーであるならば、解決しない。そう観ることが出来る。

 そもそも、金正日政権が日中韓の楔として、悪役を演じる繰り人形であるならば、テロ指定解除もジェスチャーに過ぎない。解決するときは、金正日政権が崩壊するときである。今回の解除は、その畏れを回避するための処置であると推理する。ということは、金正日政権の温存を決めたことになる。

 アメリカが、と言うよりブッシュを繰り人形とする勢力が、金正日を必要としたことに因る。そこが、『全く、分からないところで進展していく.....』と言うことなのである。そのことをよく踏まえ、間隙を縫って、謀略の裏をかき外交を駆使して拉致問題を有利に進展させるべきと考える。

【転載開始】。。

 ||| 中国の核と地震とネット妨害 |||

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「四川省の核施設は本当に無事だったのか?」真実告発とネット妨害

いつも記事をアップロードしたあとにトラックバックを送るために100近いリンク先のブログを巡礼するが、真っ先にお伺いするのが『陳さんのWorld View』。彼のブログは、日本・国際・中国・半島・相場経済・疫病・ネタオチ……と、ありとあらゆるカテゴリーのニュースからもっとも最新の情報をリストアップしている「current trend」ニュースダイジェストの最たるブログである。

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▲ 前号で詳説した、激甚被災地で核兵器工厰があった綿陽市管轄の北川地区。山腹から巨石が噴出したと思われる土石流で山麓の建物が倒壊。その左手に「北川大 飯店」が立っているが、北京からの政府要人や海外からの研究視察のVIP用ではなかったかと思われる。特に同じ建築仕様で仕上げられてはいるが、左側のホ テル名が掲げられた方がホテルとしての本棟で、この写真には写っていない左側の各階に広いバルコニーが付いている方が、VIPや研究員などの長期滞在用コ ンドミニアムだったように看取できる。(編集人は元々設計畑出身のプランナーなので、ビルの用途などは一目で理解できる)

そのブログが、先月半ばに楽天の一方的な処置で突然クローズした時 は、それまでの膨大な情報量が、かけがえのないニュースデータであっただけに、少なからずショックだった。陳氏はめげずに即刻別サイトをライブドアから立 ち上げて、相変わらず精力的な連載を続けているので、ぜひご一読をお勧めする。そもそも閉鎖した直前に不気味な写真が載ったのが原因ではないかと思えるの だが、それは「ガス壊疽」で死んだ鶏の屍骸の写真だった。ニュースの発信元は中国である。なので、クローズになったのを知った時点で、やはり中国は知られ たくなくて手を回したのだな、とつい合点が行ってしまった。

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▲ 震源地にもっとも近い町、文川県映秀地区の人口は、今回の一連の報道では1万人とも2万人ともまちまちに公表されているが、元々の地域住民は1万人しかお らず、その他は核施設勤務の中国空軍兵士や研究施設スタッフ、外国からの核研究要員が、流動的な員数で「駐屯」あるいは長期出張滞在していたものと思われ る。そうしたスタッフの宿泊施設とおぼしき、山間の村落には不釣り合いなマンションが地震前までは林立していた。写真のテントは1万人以上が死亡したと言 われるこの地域の急造の遺体仮安置所。手前を遺体を収容して運ぶ作業員が見えるが、何か「固まり」のような形状になっているのが異様である。

また、私が主宰するチベット情報のポータルサイト『フリーチベットブ ロガーズ』も、「シナチス特集」の予告を出した直後に、ハッカーにやられてサーバ自体がクラッシュしてしまった。幸いブログのプロバイダーは米国のMac なので、ブログ自体は無事にネットでオープンしているが、復元したPCはIDから一切初期設定し直したおかげで、新しいIDからはアクセスできなくなって しまった。
その間4・5日かかって全システムの復旧を私自身でやらざるを得ず(外地の悲しさ、日本語システムを扱えるIT技術者がいない!)泣きが入るとともに、 ネット妨害の脅威を身にしみて感じた。毎日お邪魔する『博士の独り言』さんも、ずいぶん長いこと頻繁に妨害に遭っていると聞く。
敵の立ち位置はわかっているので、なるべく地雷を踏まないように気をつけているが、今回の地震では、とんでもない事実が連日明らかになってくるので、地震の陰に隠れた一連の核の問題と、少数民族弾圧政策について、覚悟を決めて書いている。

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▲ 生徒800名以上が倒壊した校舎の下敷きとなって犠牲になった北川第一中学校 倒壊現場というよりも爆心地という形容の方がふさわしい。四川省各地で数多 くの学校が地震の直撃と同時に全壊し、生き埋めになったまま亡くなった。特に北川では地震から1週間後に市内全域から撤退命令が出され、生き残った建物も すべて爆破処理された。まだ生き埋めになったままの生徒がいるかも知れないというので父兄は激怒したが、市内全域を消毒しフルスピードでこの町から遁走す る群衆や軍隊の写真を見ると、この町が放射能か化学物質で汚染されたのを知っていたのではないかと察せられる。

日本ではあまり報道されていないと見えて(米国でも同様だが)連日の ビジターの数が唯事ではない。チベット問題に触れた3月以降は、連日2000~3000だったが、地震以降は確実に3000を超し、核施設の問題に触れて からは4000~5000に上る。特にどうしたわけか、一昨日が10,767、昨日は42,353と、6月に入ってからだけですでに6万を超した。多分2 ちゃんねるにでもリンクが出たのだろう。もちろん、お読みいただいたブロガー諸兄のエントリー上でのご紹介にあずかるものが大きいのは言うまでもない。お ひとりずつではなくて恐縮なのだが、ここにあらためて記事の主旨をご理解頂けたことに、心から感謝申し上げます。

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▲これも北川市内の学校の校舎 まるで紙でできた模型をひねりつぶすように崩壊している

上述のネット妨害という事情がある上に、デマゴーグなどと受け取られ るのを避けるために、慎重に写真を選び公けに承認・公開された情報だけを厳選してお届けしているので「信用して下さい」と我が胸を叩くしかない。まぁ、以 前から愛読して下さっているブロガー諸兄には、フェアプレーを志す私の姿勢を理解していただいていると思い、このままの姿勢で走らせて頂きます。

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▲ 震源地に近い文川県映秀は、地震によって生存者わずか25%という死の町と化した。生き残った住民もすべて怪我を負っており、ヘリで南の成都市へ送られ た。政府命令で、重傷者はさらにそこから北京へチャーター機で護送されたが、一切取材拒否のためどういう症状なのか不明である。
この写真でご覧のとおり、空撮では無事に建っているように見えた建物も、地上で間近に見るとすべて1階の部分が粉々に崩壊し、2階以上の部分がその上に 「落下」した形で倒壊している。また細部をよく見ると、前から3人目の作業員(人民軍兵士)は、左手にガイガーカウンターのような黒いツールを携行してい る。4番目の人物も何か計器らしきものを肩にかけている。通常の作業員とは異なる科学汚染防護服(放射能よけ)からしても、核物質を捜索しているような状 況が看取できる。

ただし、昨日『陳さんのWorld View』経由で読んだ『大紀元』の「地下核爆発か」の記事は、核施設情報としては初めての画期的事故報告であり、中国政府が現地への立入りを禁じている 限り、外国メディアのジャーナリストは立ち入れないので、真偽を確認するすべがない。しかし、読む限りでは「やはり!」と思い当たる事象ばかりなので、あ えてここに、普段はやらない日本語メディアからの転載を試みるものです。

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▲ これも映秀。崩壊した建物は原型をとどめず瓦礫の山と化している。すでに2週間以上経った時点での写真なので死臭がひどく、マスクなしには歩けない状態。 またすべての写真は目一杯明るくなるように明度を処理してあるが、どの写真も当初は真っ暗で何が写っているのか分からないほどであった。すべて地震直後か らこの地方一帯を覆っている分厚い雲のせいである。

この記事は、TB先のブログや逆に初めてTBを頂いたブログでも昨日取り扱ってらっしゃるので、すでに既報の旧聞となるかも知れませんが、中国の巨大な薮の中に初めて斬り込んだ情報として極めて重要であり、この次のエントリーで転載掲出します。

【米国時間2008年6月3日『米流時評』ysbee 記】
【転載終了】


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