飄(つむじ風)

純粋な理知をブログに注ぐ。

出生即、死出の旅路と書いたが、縁起でもない話ではない!!

2011-03-31 21:31:16 | エッセイ風

学校に入学すると言うことは、
大体、皆、卒業を目指している!!
生まれると言うことは、死ぬことを前提としてる!!
至極、当然のことだ。


 


 
だから、取り立てて言うほどのことではない。『武士道とは、死ぬことを見つけたり』と『葉隠れ』では言っているが、武士道には限らない。『人生とは死ぬことを見つけたり』だ。


 
小学、中学では入学すれば、大体、誰でもトコロテン式に卒業を迎える。高校、大学となると、本人の意志と、とその進捗度により、自由に、あるいは強制的に留年か中途退学があり得る。いずれにしても、大概の人は、入学する際は卒業を自明のものとして受け入れて入学する訳である。

Article13653180d928183000005dc540_4


 出生もそれに近い。ただ、生まれてからコットリ忘れているだけだ。出生すると言うことは、確実に死を前提としているのである。


 例外はない。


 人生の中退(自殺)も、奨められたものでないが、その程度の自由意思は、認められていると言うことになる。しかし、慌てずとも必ず死は必ず訪れるのであるから、急ぐ必要もあるまい。ところが、中退(自殺)するのは、ふと確実に訪れる死を忘れているのではあるまいか?


 死を考えることは、縁起でもない話ではなく、まさに縁起そのものである。縁起とは、俗に吉兆とも解されるが、後者の『縁起』とは、物事の起こりを意味している。人により様々であるが、人生は長くても100年もない。今回の地震・津波のように、意図した訳でもない早逝を余儀なくされる場合もある。


 あわれ、涙を誘う訳であるが、これとて、縁起がないとは言えまい。全ても物事には理由があり、因果があるとするのは、何も宗教だけの話ではなく、一般的な理法と考える。


 喪(うしな)って、初めて気付く大切を知る。そして、同時に、その縁起を知るのである。出生の意味について否が応でも考えを巡らす。自分の出生の意味は、分からずとも、喪(うしな)った出生の意味は、忽然として明らかになる。


 それが人生とは死ぬことを見つけたり』だ。


 それが希薄になっている現代、時はただ無為に流れる。そして、突然、それは途絶える。それは、未曾有の災害を目の当たりにしていると、その事が胸に染みわたる。明日は我が身かも知れないし、身近な愛すべき人かも知れないと考える。


 一体、悔いなき人生とは何か? 少なくとも物ではない。金でもない。名誉であろうか? そんなものはクソ食らえだ。(失礼、下品な書き方だった) 書き換える。クソ召しませ。


 何のための人生か? 何のための学校か?、である。知ることは、世界が拡がることだ。知って、感ずるものが多くなる。


 人生は、言わば学校に譬えると見えてくるものがある。只、規則が自由だ。先生が不特定だ。教材、学科は無尽蔵で制約がない。卒業はそれぞれ不定期だが、確実だ。ドラマとも言えるが、終章があるドラマだ。


 あるのは、自由問題集だけだ。自由であるとは、問題を認識するのも自由であるから、この人には何でもないことが、かの人には問題となる。だから、問題が無いと言う人も出てくる。山積している人も少なくない。


 実は問題がないはずはなく、気付いていないだけに過ぎない。探すつもりがないのかも知れない。それでも卒業(死)は確実に公平にやってくる。山積している人は幸いだ。それまでにやるべき事があるのだから・・・・・。


 しかし、死を見つめると必ず問題が見えてくる。大概は山積していることに気付かされる。問題は、認識する心が育っていなければ見えないものだ。見える問題は必ず、解がある。


 今生、解けない問題も多かろう。解けた問題は、歓びに変わる。しかし、いずれにしても卒業(死)の際には、一入(ひとしお)のものがあるに違いない。


 納得の人生なんて、希(まれ)に違いあるまい。それでも出生即、死出の旅路と認識すれば、問題は見えてくる。すると、世界が変わる。ある意味では輝いてくる。無為が有為に変わる。


 この世は、娑婆と言われる。苦労の多い世界である。それが問題と捉えれば、見方も変わる。ドラマは所詮、波瀾万丈であるが、波瀾万丈であればあるほど、面白い。天地を揺るがすドラマが繰り広げられようとしている。


 雄々しくあろう。あるいは優々しくあろう。所詮は人生は終章のあるドラマである。

01g20110324ttt0100042g10000


 今、問題意識を持つ人々が増えている。何の配剤かは知らないが、それは地を揺るがし、天を焦がす勢いになりつつある。この時を待っていたと、内心、躍らせて立ち向かおうとしている人々が登場して来ている。


 神は、心の裡を揺さぶり賜うか?


きょうもテレビは“大ウソの安心情報”を発信し続けている.
「プルトニウムは重いから風で飛ばない!」
と言い張る学者センセーに,
「今回検出されたプルトニウムはビキニ環礁の実験のとき飛んで来たもの!」
と言う教授.

「よくもまぁテレビ局は,これだけ馬鹿な学者,狂った教授を集めてくるモノだ!」
などと感心していては駄目だ.
東電に毒饅頭を食わされ,薄汚い小遣いをもらった学者リストがある!ちうこと.
それで…,
教授や学者センセーがテレビ局に呼ばれると,先ず番組のスタッフから,
「間もなく収録がはじまる番組は,かくかくのテーマで,しかじかの流れですから…,
うんぬんの件をタップリ話してください,かんぬんは絶対に言わないで下さい!」
と脳天にクギを刺される.

こーゆー状況は,テレビ局各社,全~部,同じ.
どのテレビ番組も,巧妙に演出された,マスコミ・学界一体の出来レース.
(最近のワースト学会は,悪徳産婦人科医の親睦団体・日本産科婦人科学会だ.)
ニッポンB層は,TV局の巧妙な洗脳作戦を見破れず,あるいはコロリ騙されて…,
3年後以降の恐怖の放射能障害・ガン多発地獄行きの切符を手にする….
あー,何から何まで,チェルノブイリに似てきたぞ!
トーデンノブイリ,フクシマノブイリ,カンノブイリ,ヘリノブイリ…,
1~4号機まで四つあるから,名前も四個あったほーがEかな?


2011/03/31(木) 日本暗黒時代を しなやかに生きるために…

私は,いま,自己改造中である.

身体・肉体を鍛えなおし,心理・精神を改造する!
そうして,「新しい時代」を,しなやかに生き抜いてゆく!
「新しい時代」とは,3月11日から始まった「日本暗黒時代」である.

え? 知らないの? 「日本暗黒時代」.
夢も希望もない放射能地獄なのに,国民は何も知らされず,あっけらかんのパー.

脳天気な彼らを横目に見ながら…,
私は,迫り来る経済崩壊,食料不足,癌患者激増の日本暗黒時代に対処するため,
身体を鍛え,精神を改造する自己鍛錬の毎日である.
どんな暗いニュースも,気が滅入るような悪い話も,淡々と聞き,黙々と善処する…,
そういう柔軟な精神と頑丈な身体をつくるのは今しかない!
と思い,標語もつくった.

パラダイムシフト!
昨日とは全く違う今日.常識を棄て,異次元の発想で明日に備えよ!
サバイバル!

この標語は,この欄の真上にもある.
クリックすれば,この爺が皆の衆に訴えた文章がでてくるから…,
もう一度読んで,今の日本が311前の日本とは全く違うことを再確認してほしい.

【転載終了】