小品日録

ふと目にした光景(写真)や短篇などの「小品」を気の向くままに。

島尾敏雄 「単独旅行者」

2007-08-07 23:56:29 | 小説
この度、島尾敏雄の短編集(『出発は遂に訪れず』・新潮文庫)が復刊されたので、少しずつ読んでいます。

「単独旅行者」は、昭和22年10月の作。
終戦後の長崎周辺を独り旅する青年の一人称小説です。

冒頭、主人公の鬱積した気分が露わにされます。
そんな「僕」がまず向かったのは、戦時中に付き合いのあったロシア人一家でした。
彼らに対して、浮いたり沈んだりする気持ちの揺れが面白いです。

その後の移動中にバスで乗り合わせた女性と、降車後に、ひょんなことから、ホテルに同宿することになります。
ここでも、それまでのちょっと見下したような態度からの精神の変化がうまく描き出されています。
女性がセキセイインコに見えてしまうなんて可笑しいですね。

蛇足ながら、お腹の調子と「僕」の精神状態が結びついて書かれているのも、滑稽さを含みつつ、ピタリときます。

さて、作中、特に、印象に残ったのは、次の文章です。
「僕の中世とも言うべき直前の時代の幾場面かが甦って来て、妙にずれてしまったいらだたしさを覚えた。畜生!俺は今は滅茶苦茶だ。何故何に追い立てられて、独りぼっちで歩いているのか。
 だがすぐに冷静になる事が出来た。僕は昔から意味がなかったのだ。昔からでたらめだったのだ。」

 最後に、「僕」は、生きる力を増したように感じられます。
 この作品からは、終戦後の人々の気持ちが伝わってくるように思いました。

出発は遂に訪れず 改版 (新潮文庫 し 11-1)
島尾 敏雄
新潮社

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