創発企業経営

起業13年目の会社の経営、事業報告

渋沢栄一 (1)

2012年09月12日 | 経営
現代の名経営者といえば、京セラ、KDDIの創業、JALの再建を成し遂げた稲盛和夫氏の名前があげられます。 稲盛氏が主体的に創業、再創業に関わった企業はこの3社です。
 
しかし、次にあげる全ての企業の設立にかかわった経営者がいたとしたらどうでしょう?
 
みずほフィナンシャルグループ
七十七銀行
東京ガス株式会社
東京海上日動火災保険株式会社
王子製紙株式会社
太平洋セメント株式会社
帝国ホテル
秩父鉄道株式会社
京阪電気鉄道株式会社
東京証券取引所
キリンビール
サッポロビール
東洋紡績株式会社
....
 
(企業名は現在の継承企業の名称を使用しています)
 
70歳に経営の現場から引退した時でさえ 東京瓦斯、東京石川島造船所、東京人造肥料他6社の監査役、日本興業銀行他5社の監査役、大阪紡績、日清生命など29社の相談役を務め、生涯設立に関わった数は500以上。
 
その人が渋沢栄一です。
 
しかも、これほどの企業の設立をしながら、渋沢栄一は自分のためにほとんどく蓄財をしませんでした。
終戦後、財閥解体の際、当時のお金で三菱財閥の資本は33億以上、うち創業家の岩崎家は半分以上の株と2億4000万円の資本金を保有していました。 また三井財閥の資本は30億円。
これに比べ、渋沢家が保有していた資本金はわずか1000万円でした。
 
また、渋沢栄一の名前を残す企業は澁澤倉庫以外残っていません。
 
晩年、渋沢は次のように語っていたそうです。
「わしがもし一身一家の富むことばかり考えていたら、三井や三菱にも負けなかったろうよ。」
 
写真は、深谷市にある渋沢の銅像です。 もとは深谷駅の玄関口にあったそうですが、今は渋沢栄一記念館に移され、訪れる人も疎らです。
 
 
 
渋沢栄一はあまりに潔く、日本の資本主義の原点で人生を生きたように思います。 


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