本丸へ
文化財パンフレット『二俣城・鳥羽山城の調査』の販売を開始します。
平成30年に新たに国史跡に加わりました、二俣城・鳥羽山城(天竜区二俣町)にかかわ
る文化財パンフレット『二俣城・鳥羽山城の調査』の販売を下記の通り開始します。
記
1 書 名 『二俣城・鳥羽山城の調査』
2 販売開始日 平成 30 年 4 月 6 日(金)
4 月 6 日は、しろ(4・6)の日です。同日、続 100 名城に選定された浜松城にお
いてスタンプが設置されます。
3 内 容 浜松市文化財課で 2009 年から実施してきた、発掘調査や史料調査、歴史地理
調査など、各種調査成果の概要を紹介しています。A4版、16 ページ、オール
カラー。平成 29 年 11 月 28 日に販売を開始した『二俣城跡・鳥羽山城跡総合調
査報告書』(既に完売)が好評であったため、同書の内容を一般向けに再構成し
た概要版を作成しました。
[内容]
二俣城・鳥羽山城の位置/二俣三城の歴史/二俣城下町の景観/笹岡城/二俣城/
鳥羽山城/二俣三城の出土品/二俣城・鳥羽山城の近世・近代・現代
4 販売価格 一冊 200 円
5 販売窓口 浜松市文化財課(市役所本庁3階)、浜松市博物館、浜松市地域遺産センター、
天竜区まちづくり推進課(天竜区役所2階)
この他、郵送販売も可能(窓口:文化財課) 販売冊数 1500部
二の丸から本丸に入ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/47/b823881f02ac89808b1316d8ecc26e8e.jpg)
本丸東虎口、高土居によって形成されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/25/426e52e39e9518a15f3238ec1984924e.jpg)
本丸は笹薮に覆われていますが、通路は作っています。なぜ笹薮を残しているのか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/49/fa3a8ddf49d14ae54d65a416c3f4ef52.jpg)
本丸にある田村神社、おそらく田村某が城主であったのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/77/b98e20b58d478593e6ba7d1869f81e61.jpg)
本丸南虎口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/ab/d32efba1c215d9d614973c767dbaf3fb.jpg)
中段の腰曲輪へ通じています。(帯曲輪が正しいと思います。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/fb/ad3387a382bc9d5b95d53608cc749058.jpg)
腰曲輪から双馬出に進み
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/85/f4ab7fdff2c169259bc8392adecbce7b.jpg)
何故双馬出と名付けられたのか、三の丸の西側から南に出るのと、大きな竪堀に通じる壕が双馬出にあり、この竪堀を使用すれば一気に南に兵を進めることができます。、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/1c/8e1b4c1838e3450abcca72ac50acf6cd.jpg)
三の丸の西側から虎口へ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/1c/20a1fe52c82ea61c3a5c6076a855cb80.jpg)
三の丸西虎口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/8f/7813379fbafa715dc7f708aba19a0a65.jpg)
西虎口から大手へ、横堀が三の丸に容易に登れないようにして、大手も狭くして横堀を巧みに構築しています。このような縄張りは後北条氏の技法と思います。
次回 西上州から離れて、武州ときがわ町田黒 小倉城
文化財パンフレット『二俣城・鳥羽山城の調査』の販売を開始します。
平成30年に新たに国史跡に加わりました、二俣城・鳥羽山城(天竜区二俣町)にかかわ
る文化財パンフレット『二俣城・鳥羽山城の調査』の販売を下記の通り開始します。
記
1 書 名 『二俣城・鳥羽山城の調査』
2 販売開始日 平成 30 年 4 月 6 日(金)
4 月 6 日は、しろ(4・6)の日です。同日、続 100 名城に選定された浜松城にお
いてスタンプが設置されます。
3 内 容 浜松市文化財課で 2009 年から実施してきた、発掘調査や史料調査、歴史地理
調査など、各種調査成果の概要を紹介しています。A4版、16 ページ、オール
カラー。平成 29 年 11 月 28 日に販売を開始した『二俣城跡・鳥羽山城跡総合調
査報告書』(既に完売)が好評であったため、同書の内容を一般向けに再構成し
た概要版を作成しました。
[内容]
二俣城・鳥羽山城の位置/二俣三城の歴史/二俣城下町の景観/笹岡城/二俣城/
鳥羽山城/二俣三城の出土品/二俣城・鳥羽山城の近世・近代・現代
4 販売価格 一冊 200 円
5 販売窓口 浜松市文化財課(市役所本庁3階)、浜松市博物館、浜松市地域遺産センター、
天竜区まちづくり推進課(天竜区役所2階)
この他、郵送販売も可能(窓口:文化財課) 販売冊数 1500部
二の丸から本丸に入ります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/47/b823881f02ac89808b1316d8ecc26e8e.jpg)
本丸東虎口、高土居によって形成されています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/25/426e52e39e9518a15f3238ec1984924e.jpg)
本丸は笹薮に覆われていますが、通路は作っています。なぜ笹薮を残しているのか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/49/fa3a8ddf49d14ae54d65a416c3f4ef52.jpg)
本丸にある田村神社、おそらく田村某が城主であったのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/77/b98e20b58d478593e6ba7d1869f81e61.jpg)
本丸南虎口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/ab/d32efba1c215d9d614973c767dbaf3fb.jpg)
中段の腰曲輪へ通じています。(帯曲輪が正しいと思います。)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/fb/ad3387a382bc9d5b95d53608cc749058.jpg)
腰曲輪から双馬出に進み
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/85/f4ab7fdff2c169259bc8392adecbce7b.jpg)
何故双馬出と名付けられたのか、三の丸の西側から南に出るのと、大きな竪堀に通じる壕が双馬出にあり、この竪堀を使用すれば一気に南に兵を進めることができます。、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/1c/8e1b4c1838e3450abcca72ac50acf6cd.jpg)
三の丸の西側から虎口へ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/1c/20a1fe52c82ea61c3a5c6076a855cb80.jpg)
三の丸西虎口
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/8f/7813379fbafa715dc7f708aba19a0a65.jpg)
西虎口から大手へ、横堀が三の丸に容易に登れないようにして、大手も狭くして横堀を巧みに構築しています。このような縄張りは後北条氏の技法と思います。
次回 西上州から離れて、武州ときがわ町田黒 小倉城