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内外政策評論 TheOpinion on Global & Domestic Issues

このブログは、広い視野から内外諸問題を分析し、提言を試みます。
Policy Essayist

米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その3)

2018-06-12 | Weblog
米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その3)
 トランプ米国大統領は、5月24日付にて金正恩北朝鮮国務委員長宛に予定されている首脳会談を中止する旨の書簡を発出したのに対し、5月1日、ポンペオ米国務長官との協議のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党副委員長より、ホワイトハウスにおいて金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、トランプ大統領はこれを受けとった。
 これは米国と北朝鮮の首脳(国家元首)が書簡を交換したということであり、事実上の国家承認に当たる。相互に国家として承認するとは明示はしていないが、国家元首同士の書簡の交換で、相互に米国合衆国、朝鮮民主人民共和国の国家元首として認め合うということであり、外交上、国家としての‘黙示の承認’とされるものである。事実5月24日付のトランプ大統領の書簡は、‘朝鮮民主人民共和国国務委員会金正恩委員長’に宛てられ、米国合衆国ドナルド・J・トランプ大統領として正式名称で署名しており、また今回の金正恩委員長よりの返書も同様の正式名称で発出されていると見られる。

 朝鮮戦争が休戦となった1953年から65年を経て、未だ敵対関係にある米国と北朝鮮が事実上国家承認を行った歴史的な瞬間であり、トランプ大統領自身が金英哲朝鮮労働党副委員長(国務委員)を見送った後に記者団に述べているように、今後紆余曲折があろうが、1回だけの首脳会談で‘朝鮮半島の非核化’やミサイル開発などの問題が決着するもではなく、両国首脳間、当局間の交渉、協議が重ねられることを示唆している。
 1、開かれた米、韓、北朝鮮3か国の戦争終結へ向けての交渉    (その1で掲載)
 2、金正恩委員長は、軍部を含む自国民を裏切るか、国際世論の期待を裏切るか    (その2で掲載)
3、キープレーヤーである中国、北朝鮮、米国各首脳の姿勢の変化と韓国の仲介的役割
 今回の場合、南北朝鮮の停戦状態から戦争終結、和平を巡るキープレーヤーである中国、北朝鮮、米国首脳の姿勢が従来の首脳と明らかに異なる。
(1)習近平主席の下での中国の対北朝鮮圧力
 中国は、朝鮮戦争以来北朝鮮の擁護者であり、最大の貿易相手国であるが、朝鮮半島の非核化を支持する一方、陰に陽に北朝鮮を支援し、国連の経済制裁についても建前上支持しつつ、国境貿易等はほとんど目をつぶり継続していた。しかし金正恩政権になり核やミサイル実験を繰り返すに至り、習近平主席の下では、国連の累次の制裁決議にも賛成すると共に、制裁決議に基づき国境貿易も厳しく制限し、北の対中輸出入が石油を含め激減し、北朝鮮経済に大きなマイナス要因になっている。その上3月の全国人民代表大会で中国主席の任期が撤廃され、現在2期目の習近平主席の任期終了後も国家主席の座にとどまることが可能になったので、習近平主席の厳しい対北圧力が継続される可能性が高まったので、北朝鮮にとしては中国との関係を調整しなくてはならない状況になった。
中朝友好協力相互援助条約についても、1961年7月に調印されて以来20年毎に自動延長されて来たが、中国側は‘北朝鮮が攻撃されたら援護するが、北朝鮮が先制攻撃し反撃を受けた場合には援護は行わない’との解釈変更が行われると共に、節目の祝賀式典にも使節を送らず、首脳による電報程度になるなど、一定の距離を置いている。
 このような中で金正恩委員長は、就任以来訪中していなかったが、米国との首脳会談を前にして2度に亘り訪中(北京と大連)し、習近平主席と会談している。米国との交渉において北の非核化を行った場合の安全と体制継続の保証などにつき確認を求めたものと思われる。中国側としては、朝鮮戦争終結、南北和平などには北朝鮮、韓国と米国3国に加え中国を加えた4か国交渉とし、また韓国に配備された米国の迎撃ミサイル(THAAD)の撤去要求などについてくぎを刺したのであろう。
 いずれにしても中国は‘朝鮮半島の非核化’を望んでおり、北朝鮮に実質的な圧力を加えており、その継続が大きな影響力を持っている。
(2)米国トランプ大統領の不可測性
 米国は従来、共和党政権はもとよりオバマ前政権を含む民主党政権においても、北朝鮮の核、ミサイル開発に対しては強い懸念を持ち、‘軍事的手段を含む全ての選択肢はテーブルの上にある’との姿勢であり、トランプ大統領も同様の姿勢を明らかにしているが、トランプ大統領は、いわばワンマン経営者のように既成の世論の反対に逢っても敢えてそれを実施する可能性がある。同大統領は、大統領就任のスピーチにおいてもその後の言動においても、既成政治、既成概念の打破を鮮明にしており、多少国際世論で不評でも北が非核化に応じなかった場合には、軍事的手段に訴える可能性があり、従来概念では不可測性がある。
 (3)金正恩委員長のリアルな懸念
 金正恩委員長は、父金正日総書記(国防委員長)の先軍主義路線を踏襲し、核兵器、長距離ミサイルの実験、開発に拍車を掛け、対米、対韓国に強硬路線を取って来ていると見られており、平昌冬季オリンピックに参加を決定した後に南北首脳会談を実施し、また米国との首脳会議に応じているものの、従来の北朝鮮の動きを知っている筋からは懐疑的な見方が示されている。
 しかし今回の金正恩委員長の動向はそのような従来の動きと明らかに異なる。
 金正恩委員長のリアルな懸念は、‘非核化’に応じなかった場合、トランプ大統領が何らかの軍事行動に出るかもしれないということであろう。特に3月に安全保障担当大統領補佐官がボルトン前国連大使になり、北朝鮮の非核化のモデルとしてリビア方式が示唆されたことである。リビアのカダフィ大佐は、反イスラエル、反米の過激な姿勢を取っていたが、リビアの工作員がスコットランド上空でパンナム航空103便を爆破(1988年)、翌89年にはフランス航空機を爆破するなどのテロ活動を実施した。これに対し国連安保理は、リビアが航空機爆破事件への捜査協力などの要求を拒否したことから、1992、93年に2度に亘り制裁決議を採択した。リビアは核兵器開発も秘かに始めていたが、国連安保理の制裁決議によりリビアは孤立して行き、経済的にも政治的にも困難な状況に陥り、過激路線を変更せざるを得なくなった。核開発についても米国からの圧力でまず核の放棄に合意し、国際協調に応じることにより体制の維持を図ろうとしたが、結局暗殺され、核も体制も失ったという先例がある。
 この先例は金正恩委員長も知るところであり、それだけに非核化により、北朝鮮の安全や体制維持が保証されるのかが最大の懸念であり、中国の習主席と2度に亘り会談するなどして、安全の保証と体制の維持に躍起になっている。もう一つの懸念は、国連安保理決議に中、ロも賛成し、経済制裁が強化されると共に、外交関係を断絶する諸国が増えるなど国際的な孤立が現実味を帯びて来ていることだ。他方、韓国で開催された冬季オリンピックには92もの多数の諸国・地域が参加し、また高速列車や近代的な施設など顕著な経済発展を遂げていることを、妹の金与正女史(党中央委員会宣伝扇動部第1副部長他)や今回トランプ大統領に親書が託された金英哲労働党副委員長などが目の当たりにしており、南に先行されているとの意識を強くしたのではないだろうか。
(4)韓国文在寅大統領の対北融和政策と仲介
 4月27日の板門店での南北首脳の出会いは劇的であった。金正恩委員長が休戦ラインを挟んで北側から現れ、休戦ラインの南側で待っていた文大統領と握手し、ラインを跨いで南側に入った。そして金委員長に促され文大統領がラインを跨いで北側に立った。
 首脳会談後署名、公表されたパンムンジョン宣言は3項目からなるが、南北朝鮮が現状の‘休戦状態’となっている敵対関係を脱し、‘終戦を宣言して平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築’のため関係国との協議を開始すると共に、南北双方が‘完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標’を確認した第3項が最も注目される。

<<南北首脳会談後のパンムンジョム宣言要旨 2018年4月27日>>
南北首脳はパンムンジョムの「平和の家」で、会談を行い、朝鮮半島にもはや戦争はなく、新たな平和の時代が開かれたことを全世界に厳粛に宣言。
1.南と北は、共同繁栄と自主統一の未来を早めて行く。
民族自主の原則を確認し、すでに採択された南北宣言とすべての合意などを徹底的に履行することとし、
高官級会談をはじめとする各分野の対話と協議を早い時期に開催。
関係当局間の緊密化と民間交流促進のため、双方の当局者が常駐する南北共同連絡事務所をケソン(開城)地域に設置。
対内的には、6・15(2000年6月15日の南北共同宣言)をはじめ意義がある日を契機に、各界において民族共同行事を積極推進、対外的には2018年アジア競技大会をはじめ国際大会に共同で出場。南北赤十字会談を開催して離散家族・親戚の再会を含む諸問題を協議、解決。8・15(8月15日)を契機に、離散家族・親戚の再会を進める。
また10・4宣言(2007年10月4日の南北共同宣言)で合意された事業を積極推進。一時的にトンヘ(東海)線およびキョンウィ(京義)線鉄道と道路を連結、現代化対策を取る。
2.南と北は、朝鮮半島で先鋭化した軍事的緊張状態を緩和して、戦争の危険を実質的に解消するため、共同で努力。
(1)南と北は、地上と海上、空中をはじめとするすべての空間で、相手に対する一切の敵対行為を全面中止。
当面、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布を含むすべての敵対行為を中止して、その手段を撤廃。今後、非武装地帯を実質的な平和地帯とする。
(2)黄海の北方限界線一帯を平和水域とし、偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を保障するための実際的な対策を取る。
(3)南と北は、相互協力と交流など、さまざまな軍事的保障対策を取る。
南と北は、双方の間で提起される軍事的な問題を遅滞なく協議解決するために、国防相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻繁に開催。
3.南と北は、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制構築のために積極協力。
朝鮮半島で非正常な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立するのは、これ以上先送りできない歴史的課題。
(1)南と北は、いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意を再確認して、厳格に遵守。
(2)南と北は、段階的に軍縮を実現。
(3)南と北は、休戦協定締結65年になる本年、終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のために、南・北・米の3か国、または南・北・米・中の4か国の協議開催を推進。
(4)南と北は、完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認。
南と北は、北側が取っている主導的な措置は、朝鮮半島の非核化のために非常に大きな意義があると認識、今後それぞれが、自らの責任と役割を果たす。
両首脳は、定期的な会談と直通電話を通じて、民族の重大事を随時、真剣に議論する等、共に努力。
差し当たりムン・ジェイン大統領は、本年秋にピョンヤンを訪問。
2018年4月27日 板門店

 更に金正恩委員長は、5月24日にトランプ大統領が6月12日に予定されている首脳会談の中止を明らかにし、その旨の書簡が発出された2日後の5月26日、金正恩委員長の要請で再び南北首脳会談を行っている。2回目の文韓国大統領との会談は、板門店の休戦ラインを跨いだ北側で行われた。金正恩委員長としては、米朝首脳会談の中止への対応について意見を交わしたかったのであろう。文韓国大統領は、翌5月27日の記者会見において、‘正恩氏は会談で改めて完全な非核化の意思を示し、6月12日の米朝首脳会談開催に向け、米国との実務協議を行う考えを明らかにした’旨説明している。
 トランプ大統領の真意や米朝首脳会談について、文大統領に金正恩朝鮮労働党委員長が意見を求め、韓国大統領がいわば米国との仲介役を果たしているようだ。

 朝鮮半島の非核化や南北間の戦争終結、和平などについては、今後紆余曲折があろうが、戦争終結の上でのキープレーヤーである中国、北朝鮮、韓国、米国4か国首脳がそれぞれ従来と明確に異なる動きを示していることから、朝鮮半島の歴史が大きく動く可能性がある。既に米朝両国は事実上の国家承認に動いている。(2018.6.2.)(All Rights Reserved.)
2018年6月2日
                   グローバル・ポリシー・グル-プ
                   元駐ルクセンブルク大使
                   小嶋 光昭
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米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その2)

2018-06-12 | Weblog
米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その2)
 トランプ米国大統領は、5月24日付にて金正恩北朝鮮国務委員長宛に予定されている首脳会談を中止する旨の書簡を発出したのに対し、5月1日、ポンペオ米国務長官との協議のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党副委員長より、ホワイトハウスにおいて金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、トランプ大統領はこれを受けとった。
 これは米国と北朝鮮の首脳(国家元首)が書簡を交換したということであり、事実上の国家承認に当たる。相互に国家として承認するとは明示はしていないが、国家元首同士の書簡の交換で、相互に米国合衆国、朝鮮民主人民共和国の国家元首として認め合うということであり、外交上、国家としての‘黙示の承認’とされるものである。事実5月24日付のトランプ大統領の書簡は、‘朝鮮民主人民共和国国務委員会金正恩委員長’に宛てられ、米国合衆国ドナルド・J・トランプ大統領として正式名称で署名しており、また今回の金正恩委員長よりの返書も同様の正式名称で発出されていると見られる。

 朝鮮戦争が休戦となった1953年から65年を経て、未だ敵対関係にある米国と北朝鮮が事実上国家承認を行った歴史的な瞬間であり、トランプ大統領自身が金英哲朝鮮労働党副委員長(国務委員)を見送った後に記者団に述べているように、今後紆余曲折があろうが、1回だけの首脳会談で‘朝鮮半島の非核化’やミサイル開発などの問題が決着するもではなく、両国首脳間、当局間の交渉、協議が重ねられることを示唆している。
 1、開かれた米、韓、北朝鮮3か国の戦争終結へ向けての交渉    (その1で掲載)
 2、金正恩委員長は、軍部を含む自国民を裏切るか、国際世論の期待を裏切るか   
金正恩委員長は、父である金正日総書記を受け継ぎ、米・韓との敵対関係を梃子として先軍主義を維持し、国民の団結を保って来たところであり、その一環として核兵器と長距離ミサイルを含むミサイル開発、配備を進めて来た。
このような中で、金正恩政権が大きく舵を切り、核兵器を放棄し、敵対関係にあった米国及び韓国との戦争状態を終結し和平に進めば、軍部や朝鮮労働党内の特権的地位を享受してきた党幹部や守旧派国民層に与えて来た対米強硬派のイメージを裏切ることになるのか。これまでの強権的な先軍主義はジェスチャーに過ぎなかったのだろうか。
金正恩委員長は、軍部や党守旧派を抑え、核放棄、和平に舵を切ることが出来るのか。軍や党守旧派の反対や不信感を抑え、方針を転換するためには、体制保証が不可欠であると共に、国民に対し経済発展や生活の改善をもたらすような補償を得なくてはならない。
明らかになったのは、今回トランプ大統領に返書を託されたのが金英哲労働
党副委員長は、朝鮮人民軍偵察総局長(兼副参謀長)で党中央軍事委員会委員あり、軍人出身であると共に国家国務委員であり、また副大統領にも匹敵する金正恩国務委員長の側近中の側近と言えるので、今回の対米接近については軍部の一定の支持があると言えよう。一部報道では、朝鮮人民軍トップの金正角軍総政治局長が5月に解任され、またNo.2、No.3の李明秀軍総参謀長、朴英植人民武力相も同時に更迭されていたとの報道があり、軍部内での主導権争いがあることが予想される。
他方、北朝鮮が ‘非核化の段階的な実施’を強く主張し、これまでのように各段階で見返りを要求しつつ時間稼ぎをし、核、ミサイル開発能力を実質的に温存し、最終段階で交渉を停止し、国際世論を裏切るというシナリオも十分念頭に置く必要があろう。
3、キープレーヤーである中国、北朝鮮、米国各首脳の姿勢の変化と韓国の仲介的役割 (その3に掲載)
 今回の場合、南北朝鮮の停戦状態から戦争終結、和平を巡るキープレーヤーである中国、北朝鮮、米国首脳の姿勢が従来の首脳と明らかに異なる。
 (1)習近平主席の下での中国の対北朝鮮圧力
 (2)米国トランプ大統領の不可測性
 (3)金正恩委員長のリアルな懸念
 (4)韓国文在寅大統領の対北融和政策と仲介
(All Rights Reserved.)
2018年6月2日
                   グローバル・ポリシー・グル-プ
                   元駐ルクセンブルク大使
                   小嶋 光昭
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米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その1)

2018-06-12 | Weblog
米国、北朝鮮両国が事実上国家承認! (その1)
 トランプ米国大統領は、5月24日付にて金正恩北朝鮮国務委員長宛に予定されている首脳会談を中止する旨の書簡を発出したのに対し、6月1日、ポンペオ米国務長官との協議のため訪米した金英哲(キム・ヨンチョル)北朝鮮労働党副委員長より、ホワイトハウスにおいて金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、トランプ大統領はこれを受けとった。
 これは米国と北朝鮮の首脳(国家元首)が書簡を交換したということであり、事実上の国家承認に当たる。相互に国家として承認するとは明示はしていないが、国家元首同士の書簡の交換で、相互に米国合衆国、朝鮮民主人民共和国の国家元首として認め合うということであり、外交上、国家としての‘黙示の承認’とされるものである。事実5月24日付のトランプ大統領の書簡は、‘朝鮮民主人民共和国国務委員会金正恩委員長’に宛てられ、米国合衆国ドナルド・J・トランプ大統領として正式名称で署名しており、また今回の金正恩委員長よりの返書も同様の正式名称で発出されていると見られる。

 朝鮮戦争が休戦となった1953年から65年を経て、未だ敵対関係にある米国と北朝鮮が事実上国家承認を行った歴史的な瞬間であり、トランプ大統領自身が金英哲朝鮮労働党副委員長(国務委員)を見送った後に記者団に述べているように、今後紆余曲折があろうが、1回だけの首脳会談で‘朝鮮半島の非核化’やミサイル開発などの問題が決着するもではなく、両国首脳間、当局間の交渉、協議が重ねられることを示唆している。
 1、開かれた米、韓、北朝鮮3か国の戦争終結へ向けての交渉
 トランプ大統領は、5月24日付の金正恩国務院委員長宛の書簡において、北側に激怒と敵意に満ちた発言があったとして、6月12日に予定されている首脳会談は不適当として中止の意向を伝えると共に、電話又は書簡での接触を受ける意向を伝えていた。これに対し、北朝鮮の金英哲副委員長がポンペオ米国務長官との協議等のため訪米した際ワシントンに赴き、金正恩委員長の返書をトランプ大統領に手渡し、1時間以上に亘り協議した。
トランプ大統領は、金英哲副委員長を車まで見送るなど丁重な待遇を行ったが、その後の記者との質疑応答で、6月12日の首脳会談を行うことを述べつつ、‘長期の敵対関係が続いたこともあり、1回の首脳会談では解決しないかも知れず、数回に亘るかもしれない、これは一つのプロセスである’、‘今後は最大限の圧力を掛けるとは言いたくない’、‘(現行の)制裁は継続するが、制裁が解除されることを期待する’との趣旨を述べており、更に‘戦争終結の可能性’にも言及している。これは国家関係を前提として首脳間、関係当局間の協議、交渉の意思、プロセスの開始を示したものと見て良いであろう。
金正恩委員長は、4月27日の南北首脳会談の後、トランプ大統領のとの首脳会談の用意を明らかにしたが、その際‘北朝鮮の安全と体制の維持が保証されれば、核兵器を保有する必要はない’との趣旨を述べている。これは‘北朝鮮の非核化’、特に北朝鮮の非核化という最終目標を達成するためには、軍事、政治両面での包括的な解決が必要であることを意味している。現在南北朝鮮は、‘停戦協定’で軍事衝突こそ避けられているが、北朝鮮と米・韓とは敵対関係にある。双方が敵対関係にある以上、北朝鮮の安全の保証は困難であり、その下で軍事優先の‘先軍政治’をとる金正恩体制の維持を保証することも困難であろう。
今回、両国首相は書簡の交換をもって事実上国家承認を行い、一連の交渉の扉を開いたのである。
2、金正恩委員長は、軍部を含む自国民を裏切るか、国際世論の期待を裏切るか   (その2に掲載)
金正恩委員長は、父である金正日総書記を受け継ぎ、米・韓との敵対関係を梃子として先軍主義を維持し、国民の団結を保って来たところであり、その一環として核兵器と長距離ミサイルを含むミサイル開発、配備を進めて来た。
このような中で、金正恩政権が大きく舵を切り、核兵器を放棄し、敵対関係にあった米国及び韓国との戦争状態を終結し和平に進めば、軍部や朝鮮労働党内の特権的地位を享受してきた党幹部や守旧派国民層に与えて来た対米強硬派のイメージを裏切ることになるのか。これまでの強権的な先軍主義はジェスチャーに過ぎなかったのだろうか。
金正恩委員長は、軍部や党守旧派を抑え、核放棄、和平に舵を切ることが出来るのか。軍や党守旧派の反対や不信感を抑え、方針を転換するためには、体制保証が不可欠であると共に、国民に対し経済発展や生活の改善をもたらすような補償を得なくてはならない。
明らかになったのは、今回トランプ大統領に返書を託されたのが金英哲労働
党副委員長は、朝鮮人民軍偵察総局長(兼副参謀長)で党中央軍事委員会委員あり、軍人出身であると共に国家国務委員であり、また副大統領にも匹敵する金正恩国務委員長の側近中の側近と言えるので、今回の対米接近については軍部の一定の支持があると言えよう。一部報道では、朝鮮人民軍トップの金正角軍総政治局長が5月に解任され、またNo.2、No.3の李明秀軍総参謀長、朴英植人民武力相も同時に更迭されていたとの報道があり、軍部内での主導権争いがあることが予想される。
他方、北朝鮮が ‘非核化の段階的な実施’を強く主張し、これまでのように各段階で見返りを要求しつつ時間稼ぎをし、核、ミサイル開発能力を実質的に温存し、最終段階で交渉を停止し、国際世論を裏切るというシナリオも十分念頭に置く必要があろう。
3、キープレーヤーである中国、北朝鮮、米国各首脳の姿勢の変化と韓国の仲介的役割 (その3に掲載)
 今回の場合、南北朝鮮の停戦状態から戦争終結、和平を巡るキープレーヤーである中国、北朝鮮、米国首脳の姿勢が従来の首脳と明らかに異なる。
(1)習近平主席の下での中国の対北朝鮮圧力
 (2)米国トランプ大統領の不可測性
 (3)金正恩委員長のリアルな懸念
 (4)韓国文在寅大統領の対北融和政策と仲介
(All Rights Reserved.)
2018年6月2日
                   グローバル・ポリシー・グル-プ
                   元駐ルクセンブルク大使
                   小嶋 光昭
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トランプ流通商強硬策の真の狙いは何か?!

2018-06-12 | Weblog
トランプ流通商強硬策の真の狙いは何か?!
 トランプ米大統領は、3月22日、‘中国が米国の知的財産権を侵害している’として、最大で600億ドル(約6.3兆円)規模の中国製品に対し関税を課すことを目指す大統領覚書に署名した。またこの覚書中で、中国で米国を含め外国企業が合弁事業を行う際、現地企業への技術ライセンス供与が求められていることについて、世界貿易機関(WTO)に提訴するようUSTRに指示した。
 同大統領は、これに先立つ3月8日、鉄鋼、アルミニウム製品の米国への輸入増加が‘国家安全保障上の脅威になる’として輸入制限措置を決定したが、3月23日から鉄鋼に25%、アルミに10%の関税が課されることになった。この関税引き上げ措置は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉中であるカナダとメキシコを除き全ての国・地域には適用される。トランプ大統領はこの措置を発表するに当たって記者団に対し、日本については首相とも仲が良いが、対日貿易赤字は続いておりやむを得ないとの趣旨を述べている。
 1、中国等の報復措置の連鎖により貿易戦争は勃発するか
 米国の知的財産権侵害に対する対中措置は、通商法301条に基づくものであり、米通商代表部(USTR)が関税対象となる中国製品の品目リストを作成することになるが、ハイテク製品を中心に約1,300品目にも及ぶとも見られている。これにより最大で年間600億ドル(約6.3兆円)相当の中国製品に25%の関税が課されることになり、中国への打撃は大きいが、対象リスト作成後30日の審査期間が設けられ、関係業界等から意見を求められるので、最終的な関税措置の実施にはなお一定の期間が必要となる。
 この措置を前にして、3月17日、中国の貿易救済調査担当局長は談話を発表し、‘米国の調査結果に根拠はない’とすると共に、‘米国の最終決定が中国の利益に影響を与える場合、必要な措置を講じる’旨述べ、対抗措置の可能性を示唆した。中国外交部報道官も3月23日の記者会見において、‘中国側の立場はすでにはっきりと示しており、伝えた情報も非常に明確だ。贈り物をもらって返さないのは失礼であり、中国はこれに対応する。米国側が真剣に中国側の立場に向き合い、合理的で慎重な政策決定をすることを希望する’旨表明している。米国の措置を批判する一方、ある種の余裕を示しているように映る。
 そして中国は、4月2日から、豚肉やワインなど米国産品128品目、総額約30億ドル相当の対米輸入品に最大25%の関税上乗せを実施する旨明らかにした。中国政府はこの措置を‘米国が設定した新関税による損失から中国の利益と取引残高を保護する’ためとする一方、‘貿易戦争’を望むものではないとしている。
 これに対しトランプ大統領は、4月5日、対中輸入品に対し更に1,000億ドル(約10.7兆円)規模の追加関税を検討する旨表明した。中国はこれを‘国際貿易ルール違反’などとして米国の対応を批判した。
これを受けトランプ大統領は声明の中で、‘中国は自らの違法行為を正すことなく、米国の農家や製造業に被害を与えることを選んだ’として中国の報復措置を非難する一方、米国は‘貿易戦争はしてない’としてその正当性を表明し、強硬策を貫く姿勢を示した。
 トランプ大統領は、2017年1月に就任後も大統領選挙期間中の‘アメリカ・ファースト、雇用の回復’の主張を繰り返し、中国等との膨大且つ一方的な貿易赤字を解消するため、‘フェアーな貿易、相互の利益’の実現を事ある毎に訴えて来た。同大統領は就任後早々に、北米自由貿易協定(NAFTA)や環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、2国間自由貿易交渉の優先を鮮明にし、カナダ、メキシコ両国との再交渉を進めるなど、首脳レベルやペンス副大統領レベルを含め様々なレベルで水面下の打診、協議が行われていたと見られる。

 2、周到な計算づくのトランプ大統領の対中強硬措置
 今回の通商強硬措置は、大統領就任後1年間で様々なレベルで関係各国と水面下の接触を行うと共に、中国を含め関係各国との首脳レベルでの関係を構築した上で、周到な計算に基づき打ち出された強硬措置と見ることが出来るだろう。
 一部でこれにより関税引き上げ競争による世界経済の縮小や貿易戦争の恐れとの懸念が表明され、このような懸念を背景として米国の株式市場は大幅に下げ、相互に対抗措置が発表されるごとに下落を繰り返している。
 これはこれまでの常識的な反応であり、当面神経質な動きが続くであろう。しかし中国はもとより米国も‘貿易戦争’となることを否定している。トランプ大統領が表明している通り、関税引き上げ競争でより多くの被害を受けるのは中国であろう。中国は13億の国民に十分な食料等を確保しなくてはならないし、それが出来なければ社会的な反発や不安定化を引き起こす可能性がある。またそもそも知的財産については、中国政府の一定の努力にもかかわらず、中国側に多くの問題があることは明らかであり、米国がその改善を求めるのは当然であろうし、日本を含む他の技術先進国にとっても必要なことであろう。
 遅かれ早かれ米・中両国は貿易問題について交渉の席に着くであろう。トランプ大統領は、各国との通商関係において‘フェアーで相互の利益’の確保を主張しているが、これは通商関係だけでなく国家関係一般に通じる原則、基準であり、
 今回の米国の関税措置は2国間の通商交渉を求めるノロシと見るべきであり、相手国を交渉の席につかせる強い意志の表われと見るべきであろう。不動産業で成功したビジネスマン的交渉スタイルと言えようが、安易な妥協を図ることはなく、決裂すれば‘ユーアー ファイアード(お前は首だ)!’とばかりに強硬策をとることを躊躇はしないであろう。
 しかしトランプ大統領も次の諸点は理解すべきであろう。
 1)米国のように成熟した市場経済では、物の貿易に加え、蓄積された膨大な資本を背景としてより多くの利潤が期待出来る海外に投資することが多くなり、貿易収支が赤字でも資本収支が黒字となりこれを補てんするので、貿易収支を切り離して見るのではなく、国際収支全体で考えるべきである。
 2)米国からの海外への資本投資や資本逃避は米国人ビジネスマン自身が行っているので、米国内への再投資を促すことは米国自身の問題である。
 3)米国の中国、アジア等への直接投資は、多くの場合本社機能やハイテク技術を備える生産工程全体で行われる形が多くみられ、いわば根こそぎ投資となり米国内にほとんど何も残らず、米国の企業家自身が雇用機会を奪っていると言える。それらの海外製品が米国にも輸出されると、米国の貿易収支の悪化要因となる一方、米国の投資家に多額の利益がもたらされていることを理解すべきであろう。
トランプ大統領は、米国内での製造活動を増進させたいというのであれば、輸出国を批判するだけではなく、米国自身の問題として企業家の投資態度の改善、転換も図るべきであろう。

 3、トランプ大統領の北朝鮮問題をめぐる中国への隠れたメッセージ
 今回の米国の関税引き上げ措置、特に知的財産権侵害に対する対中経済措置は、第一義的には選挙公約である米国への雇用機会回復を狙ったものであるが、制裁措置というよりは‘公正で相互利益性’を基礎とした通商交渉を促すことが目的と見られる。しかし同時に、それは通商措置にとどまらず、トランプ大統領は北朝鮮問題においても中国の動きに満足しておらず、中国が北朝鮮に対し核兵器とミサイルを放棄するよう経済制裁措置を誠実に実施し、更に圧力を掛けるよう促すと共に、もし北朝鮮が核、ミサイルの放棄に応じない場合には強硬手段も辞さないというメッセージが込められていると思われる。
 関税引き上げという強硬措置は、自由貿易の流れに反し、貿易戦争を引き起こし、世界貿易を縮小させる恐れがあり、従来の概念では批判の多い政策であることはトランプ大統領も承知の上で敢えて打ち出したものであろう。それは長期に亘る膨大な貿易不均衡問題、特に対中貿易不均衡問題はこれ以上容認できず、批判があっても敢えてそれを解決するという強い意志を示したものであろう。
 環太平洋経済連携協定(TPP)は、米国抜きの11カ国で発足する運びとなったが(3月8日11カ国署名)、トランプ大統領は、4月12日、通商代表部(USTR)に対し復帰のための条件を検討するよう指示しており、強硬措置一辺倒ではなく、交渉による現実的な解決にも取り組む意向を示している。北米自由貿易協定(NAFTA)については既にカナダ、メキシコと再交渉を開始している。
 同大統領は、4月13日付の自らのツイッターで、“(米国は)オバマ大統領に提示された取引より実質的に良い取引でのみ参加する。米国はTPP加盟の6カ国と既に折衝している。その中で最も大きい日本は、長年にわたり米国をたたいているが、取引をすべく作業している。”と述べている。過去1年間、関係国と水面下で周到な準備、協議を行っていることを物語っている。

4、ホワイトハウス、主要閣僚ポストをトランプ好みに固めた大統領
 トランプ大統領は、2017年1月20日の就任式以来、大統領補佐官を含む主要な補佐官、長官の辞任、解任が頻繁に行っており、2018年に入っても3月にゲーリー・コーン大統領補佐官兼国家経済会議議長(後任は保守派経済評論家ラリー・クドロー氏)、続いてレックス・ティラーソンが国務長官が解任(後任にマイク・ポンペオCIA長官)、4月にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)(後任はジョン・ボルトン元国連大使)が交代している。この時期に関税引き上げ措置など貿易強硬策がとられ、また北朝鮮の金正恩書記長との5月までの首脳会談などが打ち出されたことから、これらの対外経済、安全保障・外交問題での意見の対立が原因であったと見られる。
 その他、2017年中に次のように主要な補佐官がホワイト・ハウスを去っており、トランプ政権の不安定性を懸念する向きが多い。
・マイケル・フリン大統領補佐官 辞任(ロシア疑惑で)(2017年2月) 
⇒後任マクマスター元陸軍中将(上記の通り2018年4月に辞任)
=>後任ジョン・ボルトン元国連大使
・スパイサー大統領報道官(兼広報部長代行)辞任(2017年7月)
・プリーバス首席補佐官 辞任(政権の内部情報をリークか)(同月)
⇒後任ケリー国土安全保障長官
・アンソニー・スカラムチ広報部長 辞任 (同月)
⇒後任サラ・ハッカビー・サンダース
・スティーブン・バノン首席戦略官兼上級顧問 辞任 (2017年8月)
(大統領選挙期間中からトランプの有力な側)
 しかしトランプ大統領の政権運営にとっては、そのような一般的な懸念、批判に反し、政権運営の安定性、迅速性が増したとする見方も出来る。確かに政権発足1年強で主要な補佐官、長官等が政権を去ることは好ましいことではないが、トランプ大統領が政治の経験のない財界出身である上、大統領選挙(2016年11月)の3か月前の共和党大会まで共和党候補が決まらず、政権を担う人材を固める時間的余裕がなかったこと、更に同大統領は‘既成の政治’の打破を政治信条に据えていることからも人材確保に従来の政権以上に時間を要することなどを勘案すると、主要ポストを固めるのに1年強を要したことはやむを得なかったとも言える。いずれにしてもトランプ大統領自身の感覚からすると、同大統領と政策を共有し、一緒に仕事が出来る人材を確保するためであるので、不安定性などは感じておらず、安定性は増し、より迅速に決断出来ると認識しているであろう。それは同時に性急な結論を出す可能性を秘めており、同大統領が米国内の異なる意見にも耳を傾ける共に、主要国とも十分協議しつつ事を進めることが望まれる。日本としても、トランプ政権の政策を、自ら情勢分析の上慎重に見極め、判断することが必要なのであろう。(2018.4.16.)(Copy Rights Reserved.)
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