tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

32基の町石が残る多武峯参道/毎日新聞「やまと百寺参り」第63回

2020年08月02日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は『奈良百寺巡礼』刊行を記念して、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.7.30)掲載されたのは「多武峯の参道に残る町石/妙楽寺跡(談山神社)(桜井市)」、執筆されたのは同会副理事長で桜井市在住の雑賀耕三郎さんだった。
※トップ写真は摩尼輪塔(右)と「第五二町 妙覚位(みょうかくい)」と刻まれた町石

本欄の隣りは「やまと歌壇」のコーナーでなんと、トップに掲載されていたのは同会理事の松森重博さんの歌「奈良のわれ奈良のホテルに宿泊しカメラ片手に二月堂まで」だった。評には《松森詠は、コロナ禍の観光業を思い遣(や)ってか「奈良のわれ奈良のホテルに宿泊し」と詠む。「二月堂」が効果的で、下句もとても良い》とあった。奈良まほろばソムリエは、いろんなところで活躍しているのだ。では、記事全文を紹介する。

談山神社の参道には、およそ100㍍を区切りに数多くの町石(ちょういし)が残されています。神社から5キロメートルほど離れた一の鳥居の脇には「信心位(しんじんい)初町(しょちょう)」と刻まれた町石があり、神社の入り口の摩尼輪塔(まにりんとう)の脇には「第五二町(ちょう)妙覚位(みょうかくい)」と刻まれた同型の町石が立てられています。

仏教では悟りに達するために52の段階の修業が必要とされており、それに対応する52基の町石が配置されています。町石をたどりながら参詣すれば、おのずから仏の境地に到達できるという道標(みちしるべ)でした。談山神社の前身は妙楽寺でしたが、その名残が今も残っているのです。

江戸時代に建てられた52基の町石は、今でも32基が残っています。水害で流された町石が建て直されたり、道路拡張で居場所を失った町石の新しい場所が見つけられたりするなど、保存がすすめられています。

長い間、村人や参詣者を見守ってきた町石の姿に健気(けなげ)さを感じます。あわせて、この石塔を大切に見守ってきた村人の思いに心が打たれます。談山神社に参拝された折には、沿道に立つ町石もぜひご覧ください。(奈良まほろばソムリエの会副理事長 雑賀耕三郎)

(住 所)桜井市多武峰319
(電 話)0744・49・0001
(交 通)近鉄・JR 桜井駅からバス「談山神社」下車、徒歩約5分
(拝 観)8時半~16時半、600円 
(駐車場)有(無料)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする