たとえば
さっきまで宇宙にいたとして、
地球にたどり着き、
「人間」
を与えられたとしてね、
そんな時って、
どう思うのだろう・・・・・
ってふと思ったのです
「やっと人間になれたよ」
ってね
なんかね、
最近、
「日本人」というのが当たり前すぎて
実感がなかった以上に、
「人間」
が当たり前すぎて
非常にもったいない生き方をしているんじゃないか、
って
強く思うようになったのです (私よ、何があったんじゃ)
今は、
何でもある時代で、
理想が現実になりやすくて
ロボットも普通にいる時代で
なんでも当たり前のようにできてしまう。
映画もね、
CGが出た頃は本当に驚いて
「なんじゃこりゃ」
と感動したわけなんだけど、
なんかね、
そうものが慣れてくると今度は
味がないというか、
そんな気がしてきたりしてしまう
どんなシーンを観ても
「グリーンのスクリーンの前で演技しているだけなんだな・・・」
と
CGが感動の邪魔に思えてきたりしてきたのだ。
音楽もね、
確かに音はすごく美しいと感じるし
音楽なしでは生きられないくらい
お世話になっているのですが、
なんだろう・・・・
よくわからないけど、もやもやした感じがあったのだ。
そんな時だった。
宇多田ヒカルさんのお母様がお亡くなりになられた頃
当時のお母様のインタビューに
こんな言葉があったのだ。
「今の音楽は音は美しくなっているけど・・・・
音を外しても簡単に直せてしまう。
でも音楽ってそういうもんじゃないでしょ。
心なの。魂なの。
心を揺さぶられるものじゃないといけないの。
そんな機械で音程や音を修正して
そんなの人を感動させられるの?」
と少し怒ったような感じで
こんなような感じの事を言っていた。
感動してしまった。
本当に、感動してしまった。
確かに音は美しいものが耳には心地が良いけど、
音を修正する
ということが当たり前になってしまった今、
何か、どこかモヤモヤが残る人もいるのではないか。
そんな風に感じるのです。
最初はいい。
でもそれが普通になってしまうと
どこか、むなしさのようなものが出てくる感じがするのだ。
この前書いた、
フォトショップ修正で感じるものと
全く同じような感覚。
最初はすごく感動する。
でも
だんだんと「むなしさ」のような
寂しさのような
なんとも言えないものが出てくるのだ。(あ、私の場合ですが)
CGによって
なんでも再現できる映画。
どんな音でも
機械で調整して美しい完璧な音に仕上げる音楽。
どんな顔でも
超美しく修正できる写真たち。
なんかね
「生身」の人間が
置いていかれちゃっている感じがするのです。
せっかく「人間」として
この世に存在しているのに、
もっと
「人間」を楽しまないでいいのか・・・・
そんな気分でいっぱいになってきたのです
そうそう、
アマゾンが
この世から「実店舗」をなくし
すべて「ネットショップ」的にするとかしないとか。
そんな噂を聞いた。
確かにネットで買えることは便利だし
お店が近くにない場所には必要不可欠なものだと思う。
ネットでしか買えないものもあるし、
ネットのショップは消えることはないものだと思う。
でもね、
個人的意見ですが・・・
買う時にリアリティ?がなさすぎて
買い物がつまらないのです
(自分でwebショップ運営しておきながら、なんですが)
ネットでしか売っていないものや、
必然な買い物は確かに便利なのですが。
いや、
「飽きた」のかも、しれない。
便利な世の中になって
何でも簡単になって
すべてのものがバーチャル的なものになって
それが
飽きてきたのかな
って
こういうものって、飽きるものなのかもしれない。
畑仕事をする若者が増えたとか、
山に登る人が増えたとか
今度はそういう「体験」のほうに
価値を置く人が増えてくるのかもしれないと。
だから
そういう意味で、
「実店舗」がなくなるどころか
私はむしろ
「実店舗」に価値が高まるのではないか・・・
と、
そんな風に感じるのですね
だって、
無料で洋服を試着できるなんて、
良く考えたらとっても素晴らしいこと
私は「買い物」を
ビッグイベントとして
大切にしているのですが(笑)
もう、とことん満喫するのです
大好きなワンピースも
数着、必ず試着します
自分に似合う形、
似合う色、
似合う素材、
すべてが分かる、
こんなすごいイベント(買い物)、
良く考えたら素晴らしいことだと思います
生身の人間に接客していただき
とことん似合うものを探し、
やっと見つかり
購入するときの気分
この「最高の気分」
という経験が貴重だと感じるのですね
今、
まさに
その気分のまま
それを手に入れ、持って帰る。
この体験が
この服にきっとハッピーをもたらしてくれる
そんな気がするのです
心地よい気分で買う。
ワクワクドキドキ楽しみながら買う。
似合うものが見つかった時の
最高の気分で
その物を持って帰る。
買い物、一つで
これだけ貴重な経験ができるのだな・・・・
と
改めて感じるのです
実は
以前は全くこんなことを考えて
服など買っていませんでした
(けっこう、テキトーでした)
ここ数年くらいで
「買い物はビッグイベント」として
とことん満喫することに決めたのだ
そう、
「人間を楽しもう」
と
人間として
体を持って生まれてきたから
人間にしかできないこと、
「体験」
をとことん楽しもう、
そんな気分が、最近、「新鮮」なのです
そんな新鮮な気づきを
もっともっと増やすには・・・・
との思いから
「宇宙人が、人間になった時」
をふと思い浮かべてみたのだ
「人間、・・・・楽しすぎですな(笑)」by 宇宙人
って思うじゃないかって
P.S 人間くさいこと、
逆に新鮮に感じる、今日このごろです
あ、アナログともいう
2014年、 人間楽しみます
さっきまで宇宙にいたとして、
地球にたどり着き、
「人間」
を与えられたとしてね、
そんな時って、
どう思うのだろう・・・・・
ってふと思ったのです
「やっと人間になれたよ」
ってね
なんかね、
最近、
「日本人」というのが当たり前すぎて
実感がなかった以上に、
「人間」
が当たり前すぎて
非常にもったいない生き方をしているんじゃないか、
って
強く思うようになったのです (私よ、何があったんじゃ)
今は、
何でもある時代で、
理想が現実になりやすくて
ロボットも普通にいる時代で
なんでも当たり前のようにできてしまう。
映画もね、
CGが出た頃は本当に驚いて
「なんじゃこりゃ」
と感動したわけなんだけど、
なんかね、
そうものが慣れてくると今度は
味がないというか、
そんな気がしてきたりしてしまう
どんなシーンを観ても
「グリーンのスクリーンの前で演技しているだけなんだな・・・」
と
CGが感動の邪魔に思えてきたりしてきたのだ。
音楽もね、
確かに音はすごく美しいと感じるし
音楽なしでは生きられないくらい
お世話になっているのですが、
なんだろう・・・・
よくわからないけど、もやもやした感じがあったのだ。
そんな時だった。
宇多田ヒカルさんのお母様がお亡くなりになられた頃
当時のお母様のインタビューに
こんな言葉があったのだ。
「今の音楽は音は美しくなっているけど・・・・
音を外しても簡単に直せてしまう。
でも音楽ってそういうもんじゃないでしょ。
心なの。魂なの。
心を揺さぶられるものじゃないといけないの。
そんな機械で音程や音を修正して
そんなの人を感動させられるの?」
と少し怒ったような感じで
こんなような感じの事を言っていた。
感動してしまった。
本当に、感動してしまった。
確かに音は美しいものが耳には心地が良いけど、
音を修正する
ということが当たり前になってしまった今、
何か、どこかモヤモヤが残る人もいるのではないか。
そんな風に感じるのです。
最初はいい。
でもそれが普通になってしまうと
どこか、むなしさのようなものが出てくる感じがするのだ。
この前書いた、
フォトショップ修正で感じるものと
全く同じような感覚。
最初はすごく感動する。
でも
だんだんと「むなしさ」のような
寂しさのような
なんとも言えないものが出てくるのだ。(あ、私の場合ですが)
CGによって
なんでも再現できる映画。
どんな音でも
機械で調整して美しい完璧な音に仕上げる音楽。
どんな顔でも
超美しく修正できる写真たち。
なんかね
「生身」の人間が
置いていかれちゃっている感じがするのです。
せっかく「人間」として
この世に存在しているのに、
もっと
「人間」を楽しまないでいいのか・・・・
そんな気分でいっぱいになってきたのです
そうそう、
アマゾンが
この世から「実店舗」をなくし
すべて「ネットショップ」的にするとかしないとか。
そんな噂を聞いた。
確かにネットで買えることは便利だし
お店が近くにない場所には必要不可欠なものだと思う。
ネットでしか買えないものもあるし、
ネットのショップは消えることはないものだと思う。
でもね、
個人的意見ですが・・・
買う時にリアリティ?がなさすぎて
買い物がつまらないのです
(自分でwebショップ運営しておきながら、なんですが)
ネットでしか売っていないものや、
必然な買い物は確かに便利なのですが。
いや、
「飽きた」のかも、しれない。
便利な世の中になって
何でも簡単になって
すべてのものがバーチャル的なものになって
それが
飽きてきたのかな
って
こういうものって、飽きるものなのかもしれない。
畑仕事をする若者が増えたとか、
山に登る人が増えたとか
今度はそういう「体験」のほうに
価値を置く人が増えてくるのかもしれないと。
だから
そういう意味で、
「実店舗」がなくなるどころか
私はむしろ
「実店舗」に価値が高まるのではないか・・・
と、
そんな風に感じるのですね
だって、
無料で洋服を試着できるなんて、
良く考えたらとっても素晴らしいこと
私は「買い物」を
ビッグイベントとして
大切にしているのですが(笑)
もう、とことん満喫するのです
大好きなワンピースも
数着、必ず試着します
自分に似合う形、
似合う色、
似合う素材、
すべてが分かる、
こんなすごいイベント(買い物)、
良く考えたら素晴らしいことだと思います
生身の人間に接客していただき
とことん似合うものを探し、
やっと見つかり
購入するときの気分
この「最高の気分」
という経験が貴重だと感じるのですね
今、
まさに
その気分のまま
それを手に入れ、持って帰る。
この体験が
この服にきっとハッピーをもたらしてくれる
そんな気がするのです
心地よい気分で買う。
ワクワクドキドキ楽しみながら買う。
似合うものが見つかった時の
最高の気分で
その物を持って帰る。
買い物、一つで
これだけ貴重な経験ができるのだな・・・・
と
改めて感じるのです
実は
以前は全くこんなことを考えて
服など買っていませんでした
(けっこう、テキトーでした)
ここ数年くらいで
「買い物はビッグイベント」として
とことん満喫することに決めたのだ
そう、
「人間を楽しもう」
と
人間として
体を持って生まれてきたから
人間にしかできないこと、
「体験」
をとことん楽しもう、
そんな気分が、最近、「新鮮」なのです
そんな新鮮な気づきを
もっともっと増やすには・・・・
との思いから
「宇宙人が、人間になった時」
をふと思い浮かべてみたのだ
「人間、・・・・楽しすぎですな(笑)」by 宇宙人
って思うじゃないかって
P.S 人間くさいこと、
逆に新鮮に感じる、今日このごろです
あ、アナログともいう
2014年、 人間楽しみます