3月26日(火)
【おさびし十首ぐらい選 塔3月号】
別れたさをゆるく身籠つたままのこころは恋の映画を避ける(森山緋紗)
貝柱のみの姿に売られゐるほたて貝その簡潔な死よ(千葉優作)
産んで産んでわたしを産んでと母の野を泳ぎわたった冬の夜のこと(田村穂隆)
たふとくもかなしくもあり木々がみな空に向かひて伸びてゆくこと(加茂直樹)
冬の晴れ間といふより冬が晴れてゐる太平洋側の冬が淋しい(西村玲美)
長月の夜をひとつの傘のした雨がやんでも夜は終わらず(高橋武司)
サーカスを見に行くと言ひ出かけたり誘はれないからサーカス嫌ひ(澄田広枝)
よぶ声がひびきわたりぬ二番目にお待ちのお客様を呼ぶ声(垣野俊一郎)
鬼太郎よりねずみ男の立ち直る早さが好きだ 明日も嘘つく(田中律子)
だれひとり孤独な者はいないよとさし出されしはバナナひと房(西藤光美)
旨いもの食べてしまえばすがりつくように来たりぬもの寂しさは(北辻一展)