昨日雨の中を畑に行った。野イチゴを摘んでジャムを作ろうと。レインハットをかぶり雨のなかをウロウロしてたら草に触れたり木に当たったりでレインコートなしではやはり濡れる。小屋で囲炉裏に火をつけるのも億劫だったので七輪に炭を熾して濡れた服を乾かす。雨の畑もいいもんさ。刈れども刈れども草や木はどんどん伸びて遠くの景色なんか見えやしない。聞こえるのは雨の音と時折の小鳥の声。まるで静かに咲いている花のようにこの風景自体を思う。
もう山アジサイが咲き始め去年この花の絵を描いたことを思い出す。

思い出は静かに帰って行った・・・立原道造の詩にこんなのがなかったっけ。ここはヒヤシンスハウスかなナンて一人遊びをしてたら雨が上がってきたので小屋の外に出た。木の名前は知らないが小屋の前に大きな木があってその上の方の枝に「コゲラ」が来て木の幹を突っつくような振りをしていた。ここでコゲラに気づいたのは初めてだなとしばらく様子を見ていた。虫かなんか探しているのかあちこちをコンコンと突っついて飛び去ってしまった。
「希望はあるのかないのか分からない。地上に昔、道はなかった。希望とは地上の道のようなもの。歩く人が多くなると道ができる。」魯迅の言葉を今日ラジオで聞いてふと昨日のコゲラを思い出した。何の関係もないことだけど。視覚的に希望がコゲラの体の色と重なった。ブルーグレイとチタニウムホワイトのまだら模様と。最早どこかに置き忘れてきたような言葉が新鮮に胸に蘇った。それがまたこの山アジサイの白い花のように脳裏をかすめた。忘れたものを取りに行かなくっちゃ。
もう山アジサイが咲き始め去年この花の絵を描いたことを思い出す。

思い出は静かに帰って行った・・・立原道造の詩にこんなのがなかったっけ。ここはヒヤシンスハウスかなナンて一人遊びをしてたら雨が上がってきたので小屋の外に出た。木の名前は知らないが小屋の前に大きな木があってその上の方の枝に「コゲラ」が来て木の幹を突っつくような振りをしていた。ここでコゲラに気づいたのは初めてだなとしばらく様子を見ていた。虫かなんか探しているのかあちこちをコンコンと突っついて飛び去ってしまった。
「希望はあるのかないのか分からない。地上に昔、道はなかった。希望とは地上の道のようなもの。歩く人が多くなると道ができる。」魯迅の言葉を今日ラジオで聞いてふと昨日のコゲラを思い出した。何の関係もないことだけど。視覚的に希望がコゲラの体の色と重なった。ブルーグレイとチタニウムホワイトのまだら模様と。最早どこかに置き忘れてきたような言葉が新鮮に胸に蘇った。それがまたこの山アジサイの白い花のように脳裏をかすめた。忘れたものを取りに行かなくっちゃ。