映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「平凡」角田光代

2019年09月11日 | 本(その他)

もし別の道を選んでいれば・・・

平凡 (新潮文庫)
角田 光代
新潮社

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妻に離婚を切り出され取り乱す夫と、その心に甦る幼い日の記憶(「月が笑う」)。
人気料理研究家になったかつての親友・春花が、
訪れた火災現場跡で主婦の紀美子にした意外な頼みごと(「平凡」)。
飼い猫探しに親身に付き添うおばさんが、庭子に語った
息子とおにぎりの話(「どこかべつのところで」)。
人生のわかれ道をゆき過ぎてなお、
選ばなかった「もし」に心揺れる人々を見つめる六つの物語。

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先日角田光代さんの「さがしもの」を読んでから、
角田光代さんは短編もいいなあ・・・と思いまして。
長編は身につまされることが多すぎて、辛くなってしまうことが多いのです。
短編もそういうところはやはり突くのですが、短い分、サラッと読み流せます。

本作は、多くは平凡に日々を生きている人々の物語。
しかし、過去のどこかで人生の岐路があって、
もし別の道を選んでいればもっと違う人生があったのではないか・・・、
そんなふうに揺れる心を描きます。

表題作「平凡」では、主婦・紀美子はそれこそごく平凡な主婦。
ところがかつての親友・春花は料理研究家となり、毎日のようにテレビにも登場しています。
今は連絡も途絶え、単に憧れの有名人となった春花から、
ある日突然、会いたいと連絡があり・・・。
美紀子から見れば幸福の絶頂の暮らしと思える春花が見つめていたものとは・・・。
かつて恋人であった男を「呪った」ことにこだわりつづけている春花。
彼女の呪いの言葉とは・・・?
春花は「平凡」を底辺とみなし、そこから這い上がることで
優位を示そうとしていたのかもしれません。
しかし、実はその「平凡」にこそ安らぎはあるのかも。

「こともなし」にも、別れた恋人に「不幸になれ」と呪う話が出てきます。
それは以前聡子の友人が言ったことで、そんなのひどい、と自分は思ったものだけれど・・・。
しかし今に至って、聡子はかつての男に対して「不幸になれ」と思ってしまっている。
現在が苦しいわけではない。
夫もいて子どももいて、それなりに充実している・・・。
が、いかにも平凡。
あの時あの男と別れなければ、今の自分とは違っていたのではないか・・・。
しかし今あの男が不幸でありさえすれば、私の選択は間違っていなかったことになる
・・・と、そんな思いなのかもしれません。
聡子が毎日綴る料理ブログも、実は「自分は今幸せ」という
男に対してのアピールなのでは・・・。
しかし彼女は気づく。
自分が幸せであることをアピールしたいのは、かつての男ではなく、
「選ばなかった自分自身」。
つまり自分の選択は間違いではなかったと信じたい・・・。


本当は選ばなかった自分などない。
今の自分があるだけ。
けれどそう思ってはいても、心はさまよってしまうものですね・・・。


「平凡」角田光代 新潮文庫
満足度★★★★☆