映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「鳩の撃退法 上・下」佐藤正午

2018年04月01日 | 本(その他)

一家失踪と、偽札と、落ちぶれた小説家

鳩の撃退法 上 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館

 

鳩の撃退法 下 (小学館文庫)
佐藤 正午
小学館

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かつては直木賞も受賞した作家・津田伸一は、
「女優倶楽部」の送迎ドライバーとして小さな街でその日暮らしを続けていた。
そんな元作家のもとに三千万円を超える現金が転がりこんだが、
喜びも束の間、思わぬ事実が判明する。
―昨日あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ。
偽札の出所を追っているのは警察だけではない。
一年前に家族三人が失踪した事件をはじめ、
街で起きた物騒な事件に必ず関わっている裏社会の"あのひと"も、
その動向に目を光らせているという。
小説名人・佐藤正午の名作中の名作。
圧倒的評価を得た第六回山田風太郎賞受賞作。

* * * * * * * * * *

小説を読む歓びが沸々と湧き上がってくる・・・というような本。


かつては直木賞を受賞したけれど、今は落ちぶれて、
デリヘル嬢の送迎ドライバーをしているという情けない元・小説家の津田伸一。
ある日、その街で家族三人が失踪するという事件が起こります。
津田はその夜、その家の主人とドーナツショップでほんの一時会っている。
そしてまたその後、津田は3000万円を超える現金を手に入れ、
一部を使ってみるのですが、なんとそれは偽札だった!
これらの事件の影には裏社会の"あのひと"が関係しているらしい・・・。
そもそもこの現金は何なのか? 
失踪した家族はどうなってしまったのか?


・・・と、このようなあらすじを見ると、ミステリのように思えます。
でもこれ、やはりミステリではないんですね。
津田は自分が知り得た事実を組み立て想像を巡らせて、
これら一連の出来事を小説に仕立てようと原稿を書き始めます。
その津田の書いた原稿と津田の「語り」でこの本はできているのです。
けれど津田の想像は多分デタラメではなくて、
かなり真相に近いのではないかという説得力があります。


津田はただ小説が書けなくなったのではなくて、
どうやら何らかのスキャンダルがあって、出版社から干されてしまったらしいのです。
それが女性問題で・・・。
常に女で失敗するタイプ。
知り合った女性の家に転がり込んで居候して、愛想を尽かされて追い出されて
・・・を繰り返している感じです。


で、登場する女性たちがまたそれぞれにユニークで魅力的。
ドーナツショップ店員の沼本(ぬもとと読むのだけれど、津田はあえて嫌がらせのようにぬまもとと呼ぶ)
さんが好きでした!
作中では津田と散々な別れがある学生の網谷さんとの出会いのシーンがラストに書かれてあって、
これがまたなんだか甘酸っぱかったりするのです。
考えてみれば、彼女の行動のおかげで津田は窮地を脱することになるのだから、
津田にとっては本当は大事にすべき女性だったと思うわけですけれど・・・。
偽札の真相もなかなか衝撃的。
金に執着してはいけない・・・とキリストはいい、ルカが言い伝えた・・・とね。


本筋から多少離れたエピソードもすごく面白くて全く退屈しませんし、
初めの方に現れた人物がのちに登場したときには
「読者ももう忘れていると思うので説明するが」
などと注釈が入っていたりするサービスも満点。
いやあ、もっとずうっと読んでいたかった・・・。


本作は、山田風太郎賞受賞。
直木賞受賞作「月の満ち欠け」も是非読みたいですが、
図書館予約は絶望的。
文庫化を待つことにしますか・・・。

「鳩の撃退法 上・下」佐藤正午 小学館文庫
満足度★★★★★