MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『幻影都市のトポロジー』の読み方について

2023-06-23 00:56:04 | Weblog

 引き続きフランスの小説家のアラン・ロブグリエが1976年に上梓した『幻影都市のトポロジー(Topologie d'une cité fantôme)』について論じてみたい。
 本書の中の「第一の空間/女神ヴァナデの廃墟と化した神殿の構築 5 供犠の船(Premier espace : Construction d'un temple en ruines à la Déesse Vanadé. Ⅴ Le navire à sacrifices)」の文章の成り立ちを考えてみる。

「そこに、ラテン語で彫ったテキストのなごりがあり、・・・・・・NAVE AD・・・・・・〔船によって・・・・・・の方へ〕という二語が読みとれる。あとは年月が抹消されている。だがその文章は、DAVID〔ダヴィッド〕という名がもうすこし低いところに、細かなその幾何学形からローマ帝国末期のものとみられるおなじ字体で現われ、あらましの意味を附与しているため、苦もなく再構築される。/空蝉のかのをんな船に乗りて/向ふこそダヴィッドの神々しき紺碧/
(Ici, les vestiges d'un texte gravé en latin permettent de lire les deux mots ...NAVE AD... ; le reste est effacé par le temps. Mais la phrase se reconstitue sans peine, grâce au nom de DAVID qui apparaît un peu plus bas, dans ces mêmes caractères dont la géométrie étirée semble dater du bas empire, donnant le sens approximatif : / vide elle va sur un navire / vers l'azur divin de david /.)」(p.38)

 ここは翻訳に多少問題があって、「...NAVE AD...」はラテン語であるが、「/ vide elle va sur un navire / vers l'azur divin de david /」はラテン語で書かれていたものをフランス語に翻訳したと捉えるべきだから、「/空蝉のかのをんな船に乗りて/向ふこそダヴィッドの神々しき紺碧/」のように古語で表してしまうと却って分かりにくいし、寧ろ「船によって・・・・・・の方へ」の方を古語にするべきであろう。だからここは「空虚な彼女は船に乗って/ダヴィッドの素晴らしい碧い空の方へ向かう」でいいと思う。

「もっと子細に眺めたところ、帆柱の天辺の旌旗はながい吹流しのような体裁で、先のほうが細く、その一端がふたまたにわかれ、中央にあざやかな紅でGという一字が刺繍されている。この文字は次のような系列を与えるのだが、それはまずだれもが予想していたにちがいない連鎖だった(Tout en haut du mât, l'oriflamme, vue de plus près, apparît comme une longue banderole effilée, terminée par une extrémité bifide et portant, brodée en son centre, une lettre G de couleur rouge vif. Cette lettre donne la série suivante, à laquelle d'ailleurs on devait s'attendre :)。

vanadé - vigie - navire
〔ヴァナデ - 見張番 - 船〕

danger - rivage - devin
〔危険 - 岸辺 - 占師〕

nager - en vain - carnage
〔泳ぐ - むなしく - 殺戮〕

divan - vierge - vagin
〔寝椅子 - 処女 - 膣〕

gravide - engendra - david
〔孕んで - 産むだろう - ダヴィッド〕」(p.42-p.43)

 この後、上記の単語を順番に使用しながら物語が紡がれていく。つまり最初は二つのセンテンスだったのだが、15の単語になり、長文へと自己増殖していくのである。
 このようにヌーヴォー・ロマンは読者の能動性が求められる小説で、決して面白さが保証されているわけではなく、ここまで説明してきたが、そういうことだから『幻影都市のトポロジー』も勧めたりはしない。絶版だし。

 因みに背表紙に書いてある作者紹介の文章を引用してみる。

「小説とは何なのか? 様式、方法、言語 ー ロブ=グリエの第七作目にあたるこの作品では、人間と人間とをつなぐこうした容認事項が、もはや放棄されてしまっている。五つの空間に連続的に現出する映像は、美しく鋭い。しかしこの作品は定義不能な新しい産物であって、既成の小説の『破片』ないし『廃墟』ではないのか。/1978年秋、日本を訪れたロブ=グリエは、長身、髭もじゃ、セーター姿で大都市の繁華街を神出鬼没にかけめぐり、『日本と日本人』を平明、明晰に語って、帰国していった。」

 文学観が固すぎるよ。翻訳者自身が作品の内容が分からずに苛立ちを隠せないでいる。もう誰も読んでいないからええけど。


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