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MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『バッド・ティーチャー』

2014-05-04 22:41:32 | goo映画レビュー

原題:『Bad Teacher』
監督:ジェイク・カスダン
脚本:ジーン・スタプニツキー/リー・アイゼンバーグ
撮影:アラー・キヴィロ
出演:キャメロン・ディアス/ジャスティン・ティンバーレイク/ジェイソン・シーゲル
2011年/アメリカ

「バッド」に徹しきれないティーチャーについて

 主人公のエリザベス・ハルジーは玉の輿に乗ろうと必死すぎるあまり、結婚に至らないままで、「寿退社」とはならず、嫌々ながら中学教師を続けることになるのであるが、自ら『落ちこぼれの天使たち』(ラモン・メネンデス監督 1987年)、『アラバマ物語』(ロバート・マリガン監督 1962年)、ジョージ・オーウェルの『動物農場』などを教材に取り上げるところを見ると、頭が悪いわけではない。
 第16代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーンを装った人物を登場させ、「正直者エイブ」として「思ったことを堂々と言う」というメッセージを残し、そのような態度はエリザベスと被り、ラストにおいてエリザベスが学生指導を担うという逆転のオチは悪くはなく、途中に挟まれる下ネタのギャグも炸裂していると思うのであるが、お金にしか興味がなかったエリザベスがどうしてお金持ちのスコット・デラコートからしがない体育教師のラッセル・ゲティスに心変わりしたのかその理由が明確にならないためにストーリーがぼやけてしまっている。


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『ザ・ビューティフル』

2014-05-04 00:11:27 | 美術

 三菱一号館美術館において「ザ・ビューティフル 英国の唯美主義1860-1900」が

催されている。唯美主義とはようするに耽美主義のことで、既成の物語や神話や道徳律を

排して、形態や色彩などの表面の美しさだけを追求していこうとする思想のことである。

例えば、上の作品はアルバート・ムーア(Albert Moore)の『真夏(Midsummer)』

(1887年)であるが、現実的には不自然なシチュエーションではあっても、

オレンジの生地を右肩に羽織った左の女性と白の生地を左肩に羽織った右の女性に

合わせるように眠る女性の両肩の生地の色を整えており、2つの扇子を持つ従者を

対照的に描いた作品の構図も美しい。

 あるいは同じアルバート・ムーアの『開いた本(An Open Book)』(1883-84年)の

女性も着ている衣服が不自然ではあっても、背景の壁に描かれているラインと合わせる

ようにして捩る体のラインのうねりが美しい。

 実はここで私はデカダンス(décadence)について語ろうとしている。デカダンスとは

「退廃的」と訳される。上の2作品を見ても分かるように、2人の従者に扇がせて眠る

女性や、本を読むことに飽きてしまった女性など確かに「退廃的」な様子が描かれている

のであるが、それは決して怠惰ということではなく、既成のキリスト教的価値観に

反抗する意図を持つという積極的なものであることを今回初めて知った次第である。


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