「蟹工船」日本丸から、21世紀の小林多喜二への手紙。

小林多喜二を通じて、現代の反貧困と反戦の表象を考えるブログ。命日の2月20日前後には、秋田、小樽、中野、大阪などで集う。

蟹工船 経営側人物モデルのその後

2009-08-15 19:25:11 | 多喜二研究の手引き
長崎県立長崎図書館 レファレンスサービス事例より



[Q]小林多喜二著の『蟹工船』で、「監督浅川」として描かれている人物のモデル
は、長崎出身と聞いた。その人物について知りたい。



[A]小説に出てくる「博光丸」は、実在した蟹工船「博愛丸」の名前をヒントにしています。1926(T15)年9月報道の「博愛丸事件」の時、その事業主は松崎隆一氏で、彼は長崎市の出身でした。

 藤崎康夫著『北洋フロンティア』に、以下のようにあります。
 「博愛丸」は、昭憲皇后が命名した元日本赤十字社の病院船で、有事提供を条件に日本郵船の上海航路に就航しており、知名度は高かった。

 手熊清熊編『松崎隆一翁資料』に、以下のようにあります。


1892(M25) 長崎市出身
1910(M43) 長崎県水産講習所卒(第1回卒業生)
  松田缶詰製造所勤務
1917 (T6) 東京高等工業卒
1919 (T8) 農商務省水産講習所嘱託として、実習船雲鷹丸に乗組み、
  蟹缶詰製造に成功 (蟹工船として初)
1918 (T7) 農商務省水産講習所嘱託教官
1923(T12) 蟹工船事業開始
1929 (S4) 缶詰工場建設のため、紋別へ移住
  北洋漁業の経営にも従事
1951(S26) 日本缶詰生販創業
1968(S43) 北海道開発功労者として、インタビュー録音
  (道立文書館に保存)
1971(S46) 逝去

 手塚英孝著『小林多喜二』に、以下のようにあります。
(八 「『「一九二八年三月十五日』『蟹工船』」の章)
 北海道拓殖銀行小樽支店に勤務していた小林多喜二は、土・日曜を利用して函館に出向き、蟹工船の実地調査や乗組員からの聞き取りに取り組んでいた。
 小説『蟹工船』は、1929(S4)年に発表されるが、「小樽新聞」・「北海タイムス」に大きく報道された事件は、以下のものである。
・1926(T15)年4月
  秩父丸が暴風雨で座礁、乗組員254人の内、170人が行方不明となる。
  近くを航行していた英航丸、その他の蟹工船は、救助信号を受けながら、救助に赴かなかった。

・同9月
  ・博愛丸、英航丸の漁夫・雑夫虐待事件
  ・英航丸のストライキ

 岡本正一著『漁業発達史 蟹缶詰篇』に、以下のようにあります。
(P700に、英航丸のストライキに関する記述のみ、見出しました。)
・P667 松崎隆一の項
 ……(大正)15年には中村精七郎の許可名義を借り受け、汽船博愛丸(2615噸)にて……阿部金之助を事業主任、古田島磯雄を製造主任として……4月23日より9月3日迄の間……21561函を製造……歩留り63.1尾の好成績を挙げた。(中村精七郎は平戸市出身、山縣勇三郎の実弟)

・P774
 ……同年8月4日……博愛丸は、……ソ連官吏に襲はれ……臨検せんとしたが、同船作業監督は……理由なしとして之を拒否した。
 (以下、活動写真撮影のため航行中の博愛丸附属発動機船の臨検も求められたが、松崎隆一氏が拒否した旨、記述されています。)

 以上のことから、松崎隆一氏は、蟹工船事業の先駆者として著名で、かつ、博愛丸の知名度の高さから、モデルに擬せられたと言えるようです。小説のストーリーは、他の蟹工船で起きた事件も組み合わせて、創作されています。

【参考になる資料】
・『長崎県水産講習所業務報告』
【長崎県水産講習所 編・刊/1923年~/18-802】

・『漁業発達史 蟹缶詰篇』
【岡本正一 著/霞ヶ関書房 刊/1944年/660-O42】

・『近代漁業発達史』
【岡本信男 著/水産社 刊/1965年/660-O42】

・『新潮日本文学アルバム 小林多喜二』
【新潮社 刊/1985年/910.2-Sh61-28】

・『北洋フロンティア』
【藤崎康夫 著/毎日新聞社 刊/1999年/289.1-キ】

・『小林多喜二』
【手塚英孝 著/新日本出版社 刊/2008年/910.2-テ08】

・『松崎隆一翁資料集』
【手熊清熊 編/自主制作/2008年/289-99マリ】

・『日本赤十字社創立125周年記念展』
【日本赤十字社 編・刊/2002年/369.1-ニO2】
 (病院船として建造された「博愛丸」の写真を掲載)  

【参考になるインターネットのサイト】
☆「白樺文学館 多喜二ライブラリー」 www.shirakaba.ne.jp/

☆「市立小樽文学館」
http://www.city.otaru.hokkaido.jp/kyouiku/bungaku-kan/
bungaku.htm

☆「北海道立文学館」 www.h-bungaku.or.jp/



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