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井上ひさしが、今、生きていれば喜寿にあたるということで開催された「生誕77フェスティバル2012」、そのフィナーレ作品が12月7日から天王洲 銀河劇場で上演されている(30日まで。以後は福岡、大阪、名古屋など各地で巡演)。

この『組曲虐殺』 は、作家・小林多喜二の生涯と彼を取り巻く人々の姿をつづった井上ひさしにとっては最後の書き下ろし戯曲で、若くして非業の死を遂げたプロレタリア作家、小林多喜二役の井上芳雄の入魂の演技や、共演者たちのみごとなチームワークで、その年の読売演劇大賞をはじめ、数々の賞に輝いた傑作音楽劇である。

演出は、本作のほかにも『太鼓たたいて笛ふいて』『雨』など井上作品を数多く手がけている栗山民也。俳優陣は、多喜二役の井上芳雄をはじめ、田舎の婚約者の石原さとみ、多喜二の姉の高畑淳子、特高の山本龍二や山崎一、多喜二の同志の神野三鈴など、初演で大きな評判を呼んだ出演者全員が顔を揃えた。
その初日を前に、12月6日、マスコミ用に部分公開稽古と出演者の囲みインタビューが行われた。


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【あらすじ】

幼い頃から、貧しい人々が苦しむ姿を見てきた小林多喜二(井上)は、言葉の力で社会を変えようと発起し、プロレタリア文学の旗手となる。だが、そのため特高に睨まれ、『蟹工船』のひどい検閲だけでなく、治安維持法違反で逮捕されるなど、命が脅かされはじめる。そんな多喜二を心配し、姉の佐藤チマ(高畑)や恋人の田口瀧子(石原)はことあるごとに彼を訪ねていた。瀧子は、活動に没頭する多喜二がもどかしく、また彼の同志で、身の回りを世話する伊藤ふじ子(神野)の存在に、複雑な胸中。言論統制が激化するなか、人々の幸せを願い、地下に潜伏して執筆を続ける多喜二に対し、刑事の古橋鉄雄(山本)や山本正(山崎)は、彼の人柄を知りつつ、職務を全うすべく手を尽くす。そして昭和8年2月20日、ついにその日は訪れた…。

CIMG5029_1撮影/塩田史子

公開場面は第5場。質素なしつらえの多喜二の部屋に、チマ、瀧子、ふじ子、古橋、山本が集まっている。話は、多喜二が瀧子に、通っていた美容学校の助手を辞めたのかと尋ねるくだりから始まる。
井上芳雄は、痩身に白い浴衣が似合う。穏やかな口調で文筆家志望の特高に真剣にアドバイスする姿は、明るく優しい青年だったという生前の多喜二の姿を彷彿とさせる。
石原さとみの瀧子は、本当は美容の腕を磨きたいが家族や多喜二を思って稼ぎのいい仕事に転職するという。健気さと揺れる心が伝わってくる。高畑淳子のチマは、姉ならではの深い愛情を秘めた大人の存在感が滲む。神野三鈴のふじ子は、おっとりした口調ながら当時の女闘士の芯の強さを感じさせる。
特高・古橋の山本龍二は疑り深さや短絡さのなかに、多喜二への情が入り混じった内面をのぞかせる。同じく特高・山本の山崎一は、特高ながら文筆志望というエキセントリックな人物像を巧みに表現してみせる。


井上作品には歌が欠かせないが、この作品の音楽は小曽根真によるもので、初演時に高い評価を受けている。この場面での曲は、それぞれが財布をのぞきながら合唱する「蟇口(がまぐち)ソング」だ。「おサツはさっさと 去ってくばかり 小銭はこそこそ 出て行くばかり」などの韻をきかせた言葉遊びや、「今日も願いは かなえられない 明日も祈りは 届くはずない」などの辛らつなフレーズがあやなす井上節が、不規則なリズムと転調が特徴的な小曽根のピアノに乗って、あくまでも明るく炸裂する。


ユーモアと諷刺にあふれた文体、本質を鋭く射抜くシビアな視点で描かれる、小林多喜二が駆け抜けた激動の時代と人生。一人の内気な青年が、やがて過酷な拷問に耐え、死をも恐れない人間へ変貌していく姿に仮託された、井上ひさし最後のメッセージが明るさと笑いのある舞台だからこそ響いてくる。


公開稽古終了後、井上、石原、山本、山崎、神野、高畑、小曽根の囲み取材が行われた。ハッピ姿で微笑む井上ひさしのパネルを囲んで、和気藹々とした雰囲気のなか7人がインタビューに応えた。


CIMG5070撮影/塩田史子

【囲み取材】

――いよいよ初日が始まりますが。

井上 3年前は、初日4日前に台本が完成して、あまり当時の記憶がないぐらいの勢いで初日を開けたので、それと比べると、なんと落ち着いて初日を迎えようとしているんだろうと思います。でも井上先生が今はいらっしゃらないという大きさもあって、台本はありますが、それ以外のものをたくさん感じながら、しっかり初日を開けたいと思います。

石原 劇場に入って懐かしいなという気持ちと、ついに初日がやってくるんだという気持ちと、あとは先生がいらっしゃらない淋しさがありますが、先生が命を削って書かれた言葉をすごく大切に、丁寧に伝えていけたらなと。気合を入れようと思っています。

高畑 素朴に大らかに、劇場に立つ者として先生最後の作品に恥じないように。「ここでダメだと言われたら私はダメだ」というくらいの気持ちで。

神野 先生がいらっしゃらないので、先生が残された作品を、皆さんに届けと思いながら精いっぱい演じたいと思います。

山崎 初演はバタバタで、最後の長ぜりふで頭がいっぱいで、初日のことをほとんど覚えていません。今回は冷静にできたんですけど、これが井上さんの最後の作品になるとは思ってなかったんで、そういう思いはやっぱりすごく強いですね。僕らにとっての宝物のような気がしてます。

小曽根 僕は出演者のなかでは特殊な立場で、後ろから一番いい席で見てるんですけど、皆さんにこの3年間の時間の積み重ねをすごく感じます。自分も負けないように頑張んなきゃとは思いますが、奇をてらった演奏をするわけでもなく、即興で作るんですが、皆さんと一緒にいいものが作れたらなと。あとは、井上先生の思いがたくさん込められていて、すべての人間に対する愛情と。これは昭和初期の話ですが、ひょっとすると現在進行形で、こういう心を持った人たちがまだいるんじゃないかと思います。日本という国をもう一回勉強できるチャンスを先生が与えてくださっているので、たくさんの人に見ていただきたいです。

山本 けなげに一生懸命やります。宜しくお願いしまーす!

――稽古は順調に?

井上 稽古時間が短かったですね。

高畑 栗山さんがすぐ「休みにしよう」って(笑)。

神野 「こういう芝居は、固まると嫌だから稽古は短くていいんだ」って(笑)。

井上 不安ではないですけど、「はい通し、舞台に行って」って感じでどんどん進んでいくので。

神野 でも栗山さん、毎回泣いてますよね、ラストシーン。

井上 演出家が「これ面白い芝居だな」と言ってたんで、きっと面白いんじゃないかなと(笑)。

小曽根 僕はスタッフ側にいて、皆さんに対する信頼を感じますね。

――先生は天国でなんておっしゃいますかね?

山崎 見た人じゃないとわかんないな(笑)。

井上 でも、見てほしかったなって思いますね。

小曽根 初演の時に栗山さんが、ゲネプロではいつも、先生が大声であちこち笑ったりする声が聞こえるんだけど、この作品だけは嗚咽してた。あんな音は聞いたことがないくらい号泣されてたって話してましたよね。だから、個人的にも先生の人生観に近い作品じゃないのかな。

高畑 先生が、さとみちゃんの声は田中絹代の声だって言ってましたよね。田中絹代も大人になりました(笑)。

石原 最後に台本が届いたのが“胸の映写機”の曲で、一番初めに私がワンフレーズ歌うのですが、喉が痛くなるくらいクッて(詰まって)、涙が出そうになるんです。思い出すだけで痛くなる感じが「すごいなあ」って。フレーズも曲も、先生が書かれたあの時の感じや笑顔が思い出されます。

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――生誕フェスティバルのトリの作品ですね。

井上 名実ともに最後の作品なので、トリにはふさわしいというか、とてもありがたいことだとは思います。しっかりやるだけ。再演して改めてわかったのですが、ものすごく明るい作品で、おかしなシーンも多くて…。

神野 山崎さんのシーンとか、馬鹿みたいですもんね(笑)。

山崎 (笑)。先生は、浅草の軽演劇からだから、その要素がすごく多いんですよ。先生が大好きなものがいっぱい入ってる作品だと思います。

高畑 それをやっといて、とんでもないところに落ち着いて泣かせるっていうのは神業ですよね。私たちは泣かせようと思わないで、素朴にやりたいと思います。

――これからご覧になる皆さんにメッセージを。

井上 先生最後の作品ですが、これが最後だと思って書いてはいらっしゃらなかったと思うし、まだまだ書きたいことがいっぱいあったと思います。先生はいなくなってしまいましたが、作品は残りますし、『組曲虐殺』は今回が二回目ですが、この先も演じ続けられる作品だと思います。その記念すべき二回目を、私たちがしっかり今のお客様に伝えますので、年末のお忙しい時ですが、ぜひ劇場に足をお運びください。お待ちしております。



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こまつ座&ホリプロ公演

『組曲虐殺』

●12/7~30◎天王洲 銀河劇場

●2013年1/12~13◎キャナルシティ劇場

●1/16~17◎本多の森ホール

●1/19~21◎梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ

●1/23◎りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場

●1/26◎市川市文化交流会館 大ホール

●1/29◎広島市文化交流会館

●2/3◎愛知県芸術劇場 大ホール

作◇井上ひさし

演出◇栗山民也

音楽・演奏◇小曽根真

出演◇井上芳雄 石原さとみ 山本龍二 山崎一 神野三鈴 高畑淳子

〈料金〉

東京公演/S席8,400円 A席6,300円 学生割引5,250円(全席指定・税込)

福岡公演/S席8,800円 A席7,500円(全席指定・税込)

金沢公演/S席8,600円 A席6,500円(全席指定・税込)

大阪公演/9,800円(全席指定・税込)

新潟公演/S席8,400円 A席6,300円(全席指定・税込)

市川公演/5,000円(全席指定・税込)

広島公演/S席8,000円 A席7,000円(全席指定・税込)

名古屋公演/S席9,000円 A席8,000円(全席指定・税込)

<お問合せ>

東京公演/ホリプロチケットセンター 03-3490-4949

福岡公演/キャナルシティ劇場 092-271-6062

金沢公演/北國新聞社事業局 076-260-3581

大阪公演/梅田芸術劇場 06-6377-3888

新潟公演/りゅーとぴあチケット専用ダイヤル 025-224-5521

市川公演/市川市文化会館 047-379-5111

広島公演/TSS事業部 082-253-1010

名古屋公演/キョードー東海 052-972-7466
こまつ座オンラインチケット  http://www.komatsuza.co.jp/
ホリプロオンラインチケット http://hpot.jp
銀河劇場チケットセンター
http://gingeki.jp


【取材・文/塩田史子 撮影/渡部孝弘