研究会の次に向けて
これまで取り組んできたヴァリアーノの「日本巡察記」がようやく読了していく。
ヴァリアーノは、1579年〜1582年、1590年〜1592年、1595年〜1603年と戦国時代の日本を3度にわたって来日した宣教師。
信長、秀吉とも何度か謁見
信長は、その優れた人物をすぐに見抜き、大いに歓待し、議論している。
そんな彼が書く当時の日本を巡る諸事情。
正確にはローマのイエズス会総長への業務報告書であり、嘆願書。
遠く離れたヨーロッパから見て、如何に日本が特殊てあるかの数々の事例。しかも、日々に勝者、統治者の替わる戦国日本。
厳しい環境に翻弄されながらの苦労に溜息をつきながら、それでも日本を愛し福音宣教に進む人達に感嘆しながら読み進めるうちに、ようやく最終に近づいてきた。
次に向けてどうすべきか?と会長として悩んでいた。
今日の研究会で今後について議論したが、そんなことは悩まなくても自ずと導かれていくもんなんだ..
俺が用意し決めなきゃなんて力まずとも、皆さんを信頼し、流れに任せりゃいいんだなと、しみじみと実感。
これまで取り組んできたヴァリアーノの「日本巡察記」がようやく読了していく。
ヴァリアーノは、1579年〜1582年、1590年〜1592年、1595年〜1603年と戦国時代の日本を3度にわたって来日した宣教師。
信長、秀吉とも何度か謁見
信長は、その優れた人物をすぐに見抜き、大いに歓待し、議論している。
そんな彼が書く当時の日本を巡る諸事情。
正確にはローマのイエズス会総長への業務報告書であり、嘆願書。
遠く離れたヨーロッパから見て、如何に日本が特殊てあるかの数々の事例。しかも、日々に勝者、統治者の替わる戦国日本。
厳しい環境に翻弄されながらの苦労に溜息をつきながら、それでも日本を愛し福音宣教に進む人達に感嘆しながら読み進めるうちに、ようやく最終に近づいてきた。
次に向けてどうすべきか?と会長として悩んでいた。
今日の研究会で今後について議論したが、そんなことは悩まなくても自ずと導かれていくもんなんだ..
俺が用意し決めなきゃなんて力まずとも、皆さんを信頼し、流れに任せりゃいいんだなと、しみじみと実感。
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