旅日記

旅の記録と紀行文を紹介する事でしょう。
写真は私が撮影したものを使用しています。

うどん紀行 2杯目

2005-08-17 00:00:27 | 小さな旅

山越うどん (香川県綾歌郡綾上町)

次の店の山越さんは「対決列島」で登場したお店。警備員に誘導され、店から少し離れた駐車場へ車を停める。そして店から外の道路に連なる行列に並ぶ。列の前後も県外からの客のようだ。ようやく店の建物に入ると、店の人がうどんを足で踏んでいるのが見える。これは期待できそうだ。人気の「かまたま」(150円)を注文する。自分でだしをかけ、席まで運んで食べる。「かまたま」は初めて食べたが、なかなか美味しい。普通のかけうどんも試してみたかったが、もう満腹である。それにしても値段が安い。

帰りにまた瀬戸大橋を渡っても面白くないので、しまなみ海道を通るべく、今治を目指す。ラジオを聴いていると、宮城県沖での地震情報となった。国道11号線を西へ進む。高松自動車道・松山自動車道があるが、久しぶりの四国のドライブを楽しみたい。トラックなど交通量は多く、あまり快適な走行ではなかったが。途中、「道の駅とよはま」で休憩。ところで国道2号線では道の駅を見かけないが、なぜだろうか。

愛媛県に入る。四国中央市と言われても、ピンとこない。国道11号線から東予道路を経て、国道196号線へ。お遍路さんが歩いているのが見える。暑いのにご苦労様である。歩き遍路はともかく、八十八ヶ所のお寺さんのひとつでもお参りしてみたい。


西瀬戸自動車道(しまなみ海道)多々羅大橋
(広島県豊田郡瀬戸田町・愛媛県今治市)


今治北ICより西瀬戸自動車道(しまなみ海道)に流入。このICから入ると来島海峡SAには行けない。いきなり3連吊橋の来島海峡第三大橋、来島海峡第ニ大橋、来島海峡第一大橋と渡って行く。橋はつながったが、高速道路は完成しておらず、大島南ICで流出となる。大島島内を国道317号線で大島北ICを目指す。初上陸の島の道路を走るのは楽しいが、しまなみ海道開通で交通量が激増して島民は大変だろう。大島大橋、伯方橋、大三島橋、多々羅大橋と、島から島へと渡って、広島県に入った。瀬戸田PAで休憩。


西瀬戸自動車道(しまなみ海道)瀬戸田PAより
(広島県豊田郡瀬戸田町)


生口島南ICで再び流出。大島と同じく、生口島も島内の高速道路が全通していない。生口島北ICから流入し、生口橋を渡ると因島。因島南ICから尾道方面は通行した事があるが、以前はこんな立派に整備されていなかった。新尾道大橋も初めて渡り、本州に戻った。しまなみ海道は瀬戸大橋と比べて時間はかかるが、景色も良くて実に楽しい道路だと思う。後は尾道ICから大竹ICへ帰途を急いだ。 (おわり)

うどん紀行 1杯目

2005-08-16 23:59:56 | 小さな旅

がもううどん (香川県坂出市)

平成17年8月16日火曜日、「どうでしょう本」第2号で紹介されているうどん屋の何軒かに出かけてきた。早朝、岩国を車で出発。最寄のICは広島岩国道路・大竹ICだが、広島市内までは一般道を走り、広島高速1号線(安芸府中道路・温品BP)を経由して広島東ICから山陽自動車道に流入する。倉敷JCTより瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)方面へ。下りの早島本線TBはなく、日本道路公団山陽自動車道から本四連絡橋公団瀬戸中央自動車道へ。鷲羽山TNを貫けると瀬戸大橋の本州側からの1橋目の下津井瀬戸大橋となる。BGMには「自動車唱歌」が好ましいが、ラジオからは浜村淳の声がするだけである。久しぶりの瀬戸大橋は気持ちが良い。それにしても巨大橋である。与島PAにも寄らず、あっけなく四国に上陸してしまった。

坂出北ICで流出する。日本道路公団と本四連絡橋公団の通行料金を併せて支払う。さて、このまま坂出市内のうどん屋に行こうと思う。まず彦江製麺所さんを探すが、駐車場が見つからない。ぐるぐると同じところを回るが、よく解からない。彦江さんはあきらめる。続いてがもううどんさんを目指す。こちらは比較的すぐ見つかった。朝から駐車場は混雑していた。関西ナンバーが多い。店内で食したが、どんぶりを持って店の外で食すのが良いらしい。なんとも風情のある店である。うどん大(180円)に天ぷら(70円)を載せて食ったが、けっこうお腹が膨れてしまった。これでは何軒もまわれない。次の店までしばしのドライブである。 (つづく)

台湾日記 CI0104

2005-08-10 12:00:39 | 台湾日記

微妙な味わい 黒松沙士 Hey Song Sarsaparilla

機内に入り、座席を捜す。往路に続いて、復路も窓側である。すでに隣の席に若いニイチャンが座っていた。奥の窓側の席に座る為に少し身体を引っ込めてもらったので、「謝謝」と言っておいた。しかし、この後の客室乗務員とのやりとりからして、このニイチャンは日本人だったようである。もう誰が何人だか判らない。基隆行の電車内を移動中に身体をよけてもらった女性に「すみません」と言ってしまった。服装も日本と同じようなので判らないのである。そのおかげで海外旅行をしているという不安もなかったような気がする。白人や黒人を見るたびに、オッと思っていては気が休まらない。

颱風の風雨をついて、中華航空104便は中正國際機場の跑道(滑走路)を離陸した。すぐに波の打ち寄せる砂浜が見え、台湾海峡上空に達した。厚い雲の中を上昇し、穏やかな雲上に出た。もう颱風の心配は無い。

隣のニイチャンは各座席に備えられたモニター画面でゲームを楽しんでいる。使い方が判らないので適当に操作していると、地図と現在位置を示す画面になったので、それにしておいた。中文(繁)、英文、日文(日本語)で順番に表示されている。中華航空なのに大陸を「中華人民共和国」と表示していて少し驚いたが、それは日文であり、中文では「中國本土」と表示されていた。最初は興味深かったが「川内」を「仙台」と表示していたり、日本国内の地名表記が無茶苦茶だったので、興味は無くなった。

食前酒にウイスキーを飲み、機内食を食べ、ワインを飲み、烏龍茶も頂戴する。誠に結構なもてなしだが、飛行時間が短いので一食だけである。たまには延々と飛行機に乗って太平洋を越えてみたくもある。日本本土が近づいてくる。目の下に薩摩半島、錦江湾、桜島に大隅半島が見えてくる。鹿児島を見て、日本に帰ってきたと感じたが、成田はまだまだ先である。日向灘に抜け、今度は足摺岬が見えてきた。スケールの大きい空中散歩を楽しんでいたが、あとは雲で景色が見えなくなった。

富士山も見えぬまま、飛行機は成田上空までやって来た。往路は大きな機材だったので、A滑走路(4000m)から離陸したが、今日の飛行機はやや小ぶりで、暫定平行滑走路(2180m)に着陸するという。暫定平行滑走路は初めてである。いよいよ着陸。無事に着陸したが、目の前に未買収用地が迫る。確かに短い。しかし暫定平行滑走路から第2ターミナルは近くて便利である。早く滑走路を伸ばして欲しい。

日本に帰ってきた。台湾の飛行機を降りたので、今は平成17年7月17日日曜日である。時差はわずか1時間だが、損したような気がする。旅券に帰国のスタンプを押してもらい、3泊4日の台湾旅行が終わった。最終日は颱風が接近したが、概ねよい天気だった。そしにしても暑かった。次回は気候のよい時期に訪れたい。 (おわり)

台湾日記 待ち時間

2005-08-09 12:00:21 | 台湾日記

中正國際機場 (台湾省桃園縣大園郷)
民國94年7月17日撮影

C.K.S. International Airport, Dayuan Shiang, Taoyuan, Taiwan
Sunday, 17th July 2005


免税品を買う訳でもなく、お腹も一杯なので喫茶店も様子をうかがうだけで、早々に登機門付近の席に腰を下ろす。外を見ると時折激しい雨が窓ガラスに叩きつけるように降っている。確実に颱風海棠 Typhoon Haitang(台風5号)が近づいている。そして飛行機の出発が遅れるとの案内があった。台風の雨なので、ザアッと降ったり、止んだりしている。止んだ時に離発着をしているのだろうか。こんな悪天候の中で飛行機なぞ乗りたくないが、予定を変更する術は無い。格安航空券ではどうしようもない。あとは航空会社に任せるだけである。欠航になったらどうなるのか。さすがに帰りの便は変更してくれるだろうが、ホテルはどうするのか。先に台湾旅行をした人の話では、台風で2日も足留めを食ったそうである。さて、BOARDING TIMEは13:45だが、機内への案内も始まらず、機内食もお預けである。先に昼食にして正解であった。


中正國際機場 (台湾省桃園縣大園郷)
C.K.S. International Airport, Dayuan Shiang, Taoyuan, Taiwan

財布に残った小銭で自動販売機から黒松の天霖純水(ミネラルウォーター・25元)を買う。これが台湾最後の買い物となった。ペットボトルは600mlと少し量が多い。これは日本へ自分用の土産とする。近くの席に腰掛けている人の話し声が聞こえてくる。ご年配の夫婦は、これから福岡に帰るらしいが、台北→福岡ではなく、台北→成田→羽田→福岡と帰るらしい。奇想天外の大移動である。飛行機の出発が遅れてヤキモキしているようだ。なんだかお疲れのようでもある。この経路の方が運賃が安いのか。それとも往路で東京に用事でもあったのか。恐らく成田→羽田が最も辛いのではないか。日曜日の夕方の東関道(上り)は混んでいるだろう。

出発が遅れている割には待っている人が少ないなと思っていたら、登機門は一階下であった。そこには沢山の人が待っていた。腰掛けようにも空席はどこにも無い。人が多くて疲れるけど、出発の情報を知りたいので、ここで待つ事にする。パッと見渡して台湾人が多い。台湾発の台湾の航空会社の便だから当たり前だけど。観光と思われる人が多い。台湾での日本人気を台湾で目の当たりにした。存分に日本での休日を楽しんできてもらいたい。物価はちと高いだろうが。

ようやく機内への案内が始まる。上等の客や子供を連れた客から案内するのは、仕方が無いけどじれったい。經濟艙(Economy Class)の順番となり、自動チェックイン機で手続を済ませた登機證を見せると止められた。何かと思えば、手続の時に航空券が回収されていなかったのだ。カウンターで手続すれば、その場で回収するだろうが、自動チェックイン機では回収しなかったのだ。係員が日本語を話せるので助かる。言葉が解からなければ事情も解からないので、余計な心配をしただろう。大勢の人の前で鞄をさぐり、航空券を取り出す。無事、航空券(復路)は回収され、航空機へ乗ることが出来た。 (つづく)

台湾日記 出境

2005-08-08 12:00:58 | 台湾日記

中正國際機場 (台湾省桃園縣大園郷)
民國94年7月17日撮影

C.K.S. International Airport, Dayuan Shiang, Taoyuan, Taiwan
Sunday, 17th July 2005


食事を終え、階段を下のフロアに降りようとしたら、土産物の女性販売員に日本語で声を掛けられた。鳳梨酥(パイナップルケーキ)の試食を勧められる。濃厚で旨い。以前、台湾土産にパイナップルケーキを貰って旨かったから、もともと買うつもりでいたので買い求める。いくらか負けてもらって730元を支払う。財布の中から台湾の紙幣が全て消えた。



あとは出境(出国)するばかりである。手荷物は例によって持ちこむ。中文では行李と書くが、柳行李を風呂敷に包んでいそうだが、風呂敷の旅客はもちろんいない。成田ほどは厳しくない手荷物検査に続いて、旅券(PASSPORT)と搭乗券を見られる。旅券は中文では護照という。旅券に留められていた出境登記表は回収され、出境の印が押された。これで中華民國(台湾)を出た事になる。旅券と搭乗券をしまおうとすると手がインクで青くなっている。旅券だけでなく、搭乗券にも何か押されていて、搭乗券がインクを弾くような紙だったので、すっかり汚れてしまった。旅券も汚れてしまった。もう少し速乾性のインクを使っていただきたい。

インクは気に入らなかったが、ここ第ニ航廈(ターミナルビル)は明るくて奇麗である。今の第一航廈を利用したのは民國86年(1997)だから、既に改装しているかもしれないが、当時、古くて暗い印象を受けた。香港への乗り継ぎの往路は待ち時間も少なく、初めての台湾で(入境はせず)興味深かったが、復路は待ち時間が長く退屈だった。お金も日本円と港幣(香港ドル)しか持ち合わせておらず、お茶も飲まなかったが、案外どちらかは使えたのかもしれない。YVR (Vancouver, B.C., Canada)では米ドルが使えた。このターミナルだったら長い待ち時間でも大丈夫だったろうと思っていたら、実際に長く待つ事になろうとは。 (つづく)