★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 一休さんを遊ぶ ★ 。・。・゜♪゜・。・。★
★ 一休さんを遊ぶtt3004
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五月晴れせめて声出せ呵々大笑
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五月晴れせめて声出せ呵々大笑
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夢観る力は失わないよ。
蝋燭の灯は小さいけれど、
生きもうけには余りあるさ。
酔いどれ船の
漂流だもの。 五行詩tt3003
流離うような余生にも 生の不思議と魅惑は溢れていますね。
身辺りのことだけでも汲み尽くせないほどです。
倦んでいる閑もないくらいですね。
人の生は学びの宝庫だし・・・
いつも学びをありがとうございます。
☆☆☆ 碧空さんの『 燃料(じょうねつ)はあるか 』 への交心です。 ★★★
♭♭♭ http://smcb.jp/_bt01?topic_id=1836764
> 生き乍ら死人となりてなり果てて思いの儘にするわざぞよき 無難禪師
生きもうけの人生は
死んだつもりで
毎日を死んで
命の湧くままに
Happy Happy 生きようよ 五行詩tt3004
一休さんは師の謙翁さんに惚れ込んでしまって身をも謙翁さんに投げ出してしまいました。謙翁さんと一緒に謙翁さんを生きることが若い一休さんの修行そのものでした。謙翁さんは一休さんが20歳の時もう一休さんに教えるものはなくなったと言います。
そして21歳でその師と死に別れしてしまいます。
身を投げて学んだ師の寄る辺を無くしてしまった一休さんは生きる術をも見失ってしまって、瀬田川の橋から身を投げようとしました。
運良く助けが入りましたが、この時、一休さんは一度死んだんでしょうね。
空になった一休さんはもう一度ゼロから出直し、新しい師華叟さんに身を投げ入れます。そして25歳の時師より<一休>の号をもらい、27歳で印可をもらいますが、印可は拒否しました。徹底して空を生きる一休さんには印可など必要なかったんです。徹底して無一物を生きようとしたのでしょうね。
それが一休さんの<釈迦も達磨も奴となす>方便だったのです。
一休さんは師の謙翁さんの奴となって徹底して謙翁さんを生きてきました。謙翁さんを奴となって生きることが謙翁さんを奴となすことだったのです。華叟さんの印可を焼き捨てたことが華叟さんを奴としたのでした。
「達磨を奴となす」は同じように達磨さんが生きた道を徹底して生きるということです。
嘉瀬川で一度死んだ一休さんは、以後、自己を死に、先師たちを生きることにしたのでした。言い換えれば徹底して空を生きたのです。
<空を生きる>ということはあらゆる先師たちを変化自在に生きるということです。
それは先師に限りません。巡り逢うあらゆる他者を生きることです。
その道を遊行道というのでしょう。
> 有漏路より無漏路に帰る一休み雨降らば降れ風吹かば吹け 一休
無漏路に帰るというのは、毎日が自己を死んで他者を生きる、遊行道を生きる、慈悲を生きることだよ、と一休さんは高笑いをしているようです。
そんな自分自身の本来の面目に恋し貫いた一休さんがいました。
せめて鄙隠り旅仁は、言葉遊びで、無漏路遊泳を遊行したいものだと念じています。
五月晴れせめて声出せ呵々大笑 旅仁
自ずから湧く至福の笑みも
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