■カルロ・ギンズブルグの処女作『ベナンダンティ』は、一六世紀と一七世紀におけるイタリアのフリウーリ地方で行われた奇妙な儀式についての論考である。農民のあいだで行われたその儀式の実行者は、ベナンダンティと呼ばれていた。
彼らはおのずと秘密結社のような組織を形成し、年に四回、四季の斎日の木曜日の夜に外出して、魔女や魔術師と戦うのである。彼らの夜の外出は、昏睡状態に陥った後、魂が離脱した状態、つまり体外離脱してなされるという。
ベナンダンティとは「シャツを着て生まれてきたものたち」――つまり羊膜に包まれて生まれたものたちのことで、一種の異常分娩と考えられる。人間の通常分娩の場合、出産直前に羊膜が破れ、羊水が流出して胎児が生誕するのだが、まれに羊膜を身にまとって生まれることがある。「シャツを着て生まれる」ことは、ヨーロッパ諸国では一般に幸運のしるしと考えられているが、本書では羊膜が他界と現世をつなぐシンボルとみなされ、ベナンダンティが死者を見る能力を有するとされる点に注意を向けている。
岩波書店の『新日本古典文学大系』の『日本霊異記』に付録された月報73(1996年12月)の中で、日本思想史の山本ひろ子氏は、『霊異記』の下巻第十九縁の奇譚についてふれ、その「英雄の異常出生譚」をカルロ・ギンズブルグによるベナンダンティと対比している。
『霊異記』の下巻第十九縁は《産生みたる肉団女子と作りて善を修ひ人を化ふる縁》と題され、ほぼ次のような内容である。
――宝亀二年(七七一)十一月十五日寅の刻、肥後の国の豊服広公の妻が、卵のような肉塊を生んだ。夫婦は不吉に思い、山中に隠すが、七日たって行ってみると、表皮が割れ、女児が生まれていた。夫婦はその子を改めて養育した。見聞きした人は誰も不思議に思った。八ヶ月のうちに子は異様な速さで成長した。身体には奇形があり、頭部と首がくっついて顎がなく、女性の器官もなかったが、七歳で法華経、華厳経を転読するほど聡明であった。やがて尼となり、信行、教導のすばらしさで人々の崇敬を集めるようになった。「汝は是れ外道なり」と批判する僧には「神人空より降り」て天罰が下り、また尼を差別した禅師は問答で惨敗してしまうなど、その徳はいや高く、人々は舎利菩薩の名を贈って深く帰依したのである――。
興味深いのは、この女性の誕生日が正確に分っている点である。文書に記録として記載されていたためだろうが、七七一年十一月十五日の午前三時から五時の間――これだけのことが判明していれば、充分に四柱推命にかけることができるのである。
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____01
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____02
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____03
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____04
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____05
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____06
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____07
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彼らはおのずと秘密結社のような組織を形成し、年に四回、四季の斎日の木曜日の夜に外出して、魔女や魔術師と戦うのである。彼らの夜の外出は、昏睡状態に陥った後、魂が離脱した状態、つまり体外離脱してなされるという。
ベナンダンティとは「シャツを着て生まれてきたものたち」――つまり羊膜に包まれて生まれたものたちのことで、一種の異常分娩と考えられる。人間の通常分娩の場合、出産直前に羊膜が破れ、羊水が流出して胎児が生誕するのだが、まれに羊膜を身にまとって生まれることがある。「シャツを着て生まれる」ことは、ヨーロッパ諸国では一般に幸運のしるしと考えられているが、本書では羊膜が他界と現世をつなぐシンボルとみなされ、ベナンダンティが死者を見る能力を有するとされる点に注意を向けている。
岩波書店の『新日本古典文学大系』の『日本霊異記』に付録された月報73(1996年12月)の中で、日本思想史の山本ひろ子氏は、『霊異記』の下巻第十九縁の奇譚についてふれ、その「英雄の異常出生譚」をカルロ・ギンズブルグによるベナンダンティと対比している。
『霊異記』の下巻第十九縁は《産生みたる肉団女子と作りて善を修ひ人を化ふる縁》と題され、ほぼ次のような内容である。
――宝亀二年(七七一)十一月十五日寅の刻、肥後の国の豊服広公の妻が、卵のような肉塊を生んだ。夫婦は不吉に思い、山中に隠すが、七日たって行ってみると、表皮が割れ、女児が生まれていた。夫婦はその子を改めて養育した。見聞きした人は誰も不思議に思った。八ヶ月のうちに子は異様な速さで成長した。身体には奇形があり、頭部と首がくっついて顎がなく、女性の器官もなかったが、七歳で法華経、華厳経を転読するほど聡明であった。やがて尼となり、信行、教導のすばらしさで人々の崇敬を集めるようになった。「汝は是れ外道なり」と批判する僧には「神人空より降り」て天罰が下り、また尼を差別した禅師は問答で惨敗してしまうなど、その徳はいや高く、人々は舎利菩薩の名を贈って深く帰依したのである――。
興味深いのは、この女性の誕生日が正確に分っている点である。文書に記録として記載されていたためだろうが、七七一年十一月十五日の午前三時から五時の間――これだけのことが判明していれば、充分に四柱推命にかけることができるのである。
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____01
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____02
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____03
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____04
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____05
稀なる人々 ―― ベナンダンティ____06
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