ここに記述した体験は、心因的な側面からの解釈が充分に成り立つでしょうが、私は決してそれだけでは割り切れないもの感じます。
呪いのサイコダイヴ
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私が現実の構造に不満があるのは、意識や行為がもたらす結果の遅さと、概ねその結果のなかに潜む凡庸さのゆえである。世界についての直観というものが、純粋な経験のうえに決して反映されないとするなら、経験が対象とする所与の性質について、何か構造的な作為性を感知するのは、それほどふしぎなことではない。このとき直観は、それがもたらす結果に対して、経験の純粋性を奪取しようとする。すると直観は、時間と空間について . . . 本文を読む
《信貴山縁起絵巻》は十世紀初めに信貴山寺を再興した僧命蓮に関する三つの奇蹟談を描いたもので、奈良県生駒郡平群町信貴山寺につたわります。
第一巻には詞書がなく、これにつづくべき第二巻、第三巻の詞書とほぼ同一内容の物語が、『宇治拾遺物語』の巻八や『信濃国聖事』にあり、これらの説話集により、《信貴山縁起絵巻》第一巻の物語を知ることができます。
『信貴山縁起』_1
『信貴山縁起』_2
『信貴山縁 . . . 本文を読む
なにかを成し遂げた人の死からは、いろいろなことを感じ取ることができ、またいまだこの世にある者にとって、その位相を超越した先達から学ぶものは多いと思われます。たとえばピカソ。
ピカソの死
■ピカソの生涯
■マリー=テレーズ ―― ピカソの影で
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