六年前に下諏訪の現場で指にドリルを貫させて以来、二度目の怪我をした。
神奈川県平塚市で、古い物置を解体する仕事が入り、その日(12月2日)朝八時ころから作業を開始した。
金属製の物置は相当に古く、ところどころ塗装が剥がれ、錆が目立っていたが、私はそのことにあまり注意を払わなかった。
九時ころ、屋根パネルの最後の一枚を外した瞬間、屋根を支えていた母屋という断面がT型の長さ2800mmの鋼材が、屋根 . . . 本文を読む
平成27年ころから、急に仕事が忙しくなり、すくなくとも今年いっぱいまで、その忙しさが続く見通しとなっている。が、来年10月の増税以降は、おそらく急速にヒマになるものと、ある程度「期待」している。
わたしはいつの時も「無職でいて創作活動をする」という生活者の姿勢には否定的で、仕事をこなしたうえで、さらに何ができるか、という課題の立て方の先に、創作という行為を意味づけている。
また、働くことで得る収入 . . . 本文を読む
わたしが経験している日常的な、些細な出来事が、もしかすると、他人には理解が困難なものであるかもしれない、という気がどこかでしている。しかし、それらはあまりにも些末なため、いちいち話題にするのがためらわれることが多い。そこをちょっと無理をして、書き出すだけでもしてみると、たとえばつい4日ほど前のことである。
いつも車のメンテなどを頼んでいる自動車整備工場の担当者Y氏から携帯に電話連絡が入り、たまたま . . . 本文を読む
「病的」な18組の蒐集家に、ポール・ガンビーノがインタビューした記事と、そのコレクションを撮影した写真によって構成された《死をめぐるコレクション》に目を通していると、ホルマリン漬けの胎児や人体の一部、お定まりのミイラ、頭蓋骨、デスマスク、さらには実際の殺人に使用されたナイフや連続殺人犯が残した手紙など、数々の鮮明な写真の中に、何人ものコレクターが共通して蒐集している「干し首」というアイテムがあるこ . . . 本文を読む
今夜、久しぶりにゆったりとしたひととき、時間をかけてワインを飲みながら、即興で詩をかいてみた。
終わった、と思った瞬間、もう一切の推敲を放棄してアップするが、それを後悔する日が来ないことを願う。
詩 ―― 焦燥の代名詞
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サンスクリット語で「自我」をあらわすアートマンは、インド哲学の術語で、「我」と漢訳されている。本来は呼吸を意味していたのが、やがて生気、生命原理、霊魂、自己、自我などの意に用いられ、万物に内在する霊妙な力、宇宙の根本原理の意味にまで深化した。
またブラフマンは、宇宙の根本原因を表す術語で、これは「梵」と音写される。ジュニャーナ・ヨーガがその根拠としたベーダーンタ学派の教義は、インド哲学の主流だ . . . 本文を読む
――ほとんどその直後、ドアの向こうからノックがあった。私はまだドアノブに手をかけており、その向こう側からのノックは、手にはっきりとした感覚を伝えた。
おかしい。そんなにすぐ、私が入ったばかりの個室のすぐ外に、人が立ってドアをノックすることなど、時間的にも空間的にも、考えられない。私はゾクリとしたが、ノックを返しながらも、気のせいかと思い、用を足した…………。
■ホラー短篇《トイレのドア》
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かなり昔のことになるが、ある男性が窓から右腕を出したまま車を運転していて、しばらくしてふと、その右腕がないことに気づき、愕然とした、という新聞記事を読んだ記憶がある。運転中に対向車にぶつかったか、中央分離帯に当って腕をもぎ取られたらしいということだった。
その記事を切り抜いて、しばらく保存していた記憶があるが、小さな記事だったので、そのうちにとり紛れてしまった。それからまたしばらくして、やはり . . . 本文を読む
なんとなく、漠然と、これまで本棚を作ってきた延長として、何か新しいことができないかと考えていた。
――我が家では部屋々々の壁の14面に本棚を作り、それでもまだまるまる一部屋の4面を本棚で埋めたいと思っているが、ちょっと面白いアイデアを追求したいと考えているので、しばらく小休止している。
当然のことではあるが、本棚にずらりと本が並んでいると、どの本棚も同じような「風景」に見えて、いささか退屈な . . . 本文を読む
……………………その日――工事に入って二週間ほど経ったころ――一日の仕事が終わり、旅館で風呂と食事を済ませた後、わたしたちは誘い合って、皆で近くのスナックで飲んだ。はじめのうちは愉快な会話が飛び交っていたものの、やがて大工のFさんが、わたしの先輩のひとりJという男と、激しい口喧嘩をした。原因はつまらないことだったように思う。このJという男は、ひねくれ者の皮肉屋で、日頃からあまり好かれてはいなかった . . . 本文を読む
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは、1886年3月、事前の連絡もしないでいきなりパリにやって来て、弟テオの部屋に転がり込んだ。88年2月までの期間をパリで過ごし、約200点の油彩を制作している。ロートレックやピサロ、ゴーガン、ベルナールらと知りあい、すでにアントワープで知った浮世絵と新印象主義の影響のもとに、あるいはパリ生活の雰囲気によって、ピサロやスーラから影響を受け、色彩は一変して明るくなり、新 . . . 本文を読む
マルコム・リトル――後のマルコムX――は1925年5月19日にネブラスカ州オマハで生まれた。
彼は8人兄弟の7番目として育ち、教会の牧師だった父アール・リトルは日頃から黒人の自立をとなえていた。
1863年に奴隷解放宣言が発布されたとはいうものの、奴隷制度廃止に反対する白人たちがK・K・K(クー・クラックス・クラン)を結成し、マルコムが生まれる前年には全米で500万人もの団員数を獲得し、首都ワシン . . . 本文を読む
…………すでにリチャードの異常さは誰の目にも歴然としていた。しかし彼はできるかぎりその症状を隠し、父にも平静さを装った。そしてすぐにこの時期の主要作、シリアでの情景をもとにした《海辺で休息する隊商》に着手した。製作期間三ヵ月の間に、リチャード・ダッドはすでにエジプト神オシリスの支配下にあり、〝悪魔〟を殺す使命を担っていると確信するにいたるのである。
息子の様子が心配でならない父ロバートは、セントク . . . 本文を読む
ホラー短篇《黒い箱》
……………… マンションの天井灯からそそぐ光から上体をかばうかの感じで、肩をまるめた黒っぽい服装の人物が、両手に箱のようなものを抱えて、静かに立っていた。乱れた長髪で、顔がよく見えなかったが、全身が湿っぽく濡れていて、髪先からは滴が垂れていた。
「上に越してきました――」
その人物はそう言うと、抱えていた黒っぽい箱を彼に差し出した。声を聞いてやっと、女だと分かった。
呆気にとられて立ち竦んでいると、女は一歩踏み込んできて、やや強引な感じで、その箱を彼に押しつけた。
彼はふたたび呪縛されたように心身がぎこちなくなり、押しつけられた箱を両手で受け止めるのが精一杯だった。箱はダンボールの手触りで、一辺が二十センチに満たないほどの立方体だった。重くはないが、空(■から)ではないようだった。
箱を手渡した瞬間に、女は姿を消したような印象だった。気がつくと、開いたドアの向こうに、見慣れた近隣の住宅街が見下ろされ、細かな雨が、しかしたゆみなく降っている。
彼が身を乗り出すと、女が立っていたあたりが濡れていて、雨滴はゆるやかな曲線を描いてすぐ先の階段をあがっていた。このマンションは五階建てで、彼の部屋は四階のいちばん北側だった。すると女は五階に引越してきたわけだ。それにしても、こんな時間に挨拶にくるとは、ちょっと常識を疑いたくなる。――と、ここまで考えて、さらに二つの疑問が浮かんだ。各フロアには六つの部屋があるが、女が自分のところだけに挨拶に来たらしかった。彼の部屋の前だけが濡れていたからである。その理由が分からない。そして、引越しの挨拶としては、どう考えても不自然な、この黒い箱………………
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