人生の謎学

―― あるいは、瞑想と世界

百物語/連鎖

2015-09-25 01:03:39 | 百物語
……………………その日――工事に入って二週間ほど経ったころ――一日の仕事が終わり、旅館で風呂と食事を済ませた後、わたしたちは誘い合って、皆で近くのスナックで飲んだ。はじめのうちは愉快な会話が飛び交っていたものの、やがて大工のFさんが、わたしの先輩のひとりJという男と、激しい口喧嘩をした。原因はつまらないことだったように思う。このJという男は、ひねくれ者の皮肉屋で、日頃からあまり好かれてはいなかった。Fさんは向こう気が強く、負けず嫌いの叩き上げの人だったが、そろそろ初老といっていい年齢で、観察の鋭いところがあった。JはFさんよりもひとまわり以上は年下で、平素はFさんに丁寧な言葉を使っていたが、口ぶりのどこかに大柄なものが感じられた。この工務店の面々についてのさまざまなことを、知ってから日の浅いわたしにもわかるほど、Jという男は愚劣な考えかたをする、卑怯な性格だった。
 スナックでの口喧嘩は、しかし暴力にまでは発展しなかった。翌日、十時の休憩のとき、その口喧嘩のしこりは残っていなかったようにみうけられた。現場の日程のことや、ふとした思いつきで口にした話題のあれこれが、それまでと同様のありふれた雰囲気で交わされた後で、さてFさんのかけ声で再び仕事がはじまるはずだった。
 ところがFさんは、休憩を打ち切って立ち上がる拍子に、――というか、立ち上がる動作の延長のようにも見えたが――自分から宙に跳ね飛び、その異変を皆が注視したときには、すでに地面に倒れ込んで白目をむき、口から泡をふいて激しく痙攣していたのである。Fさんは救急車で病院に運ばれた。……………………

連鎖____1


連鎖____2

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