――ほとんどその直後、ドアの向こうからノックがあった。私はまだドアノブに手をかけており、その向こう側からのノックは、手にはっきりとした感覚を伝えた。
おかしい。そんなにすぐ、私が入ったばかりの個室のすぐ外に、人が立ってドアをノックすることなど、時間的にも空間的にも、考えられない。私はゾクリとしたが、ノックを返しながらも、気のせいかと思い、用を足した…………。
■ホラー短篇《トイレのドア》
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ホラー短篇《黒い箱》
……………… マンションの天井灯からそそぐ光から上体をかばうかの感じで、肩をまるめた黒っぽい服装の人物が、両手に箱のようなものを抱えて、静かに立っていた。乱れた長髪で、顔がよく見えなかったが、全身が湿っぽく濡れていて、髪先からは滴が垂れていた。
「上に越してきました――」
その人物はそう言うと、抱えていた黒っぽい箱を彼に差し出した。声を聞いてやっと、女だと分かった。
呆気にとられて立ち竦んでいると、女は一歩踏み込んできて、やや強引な感じで、その箱を彼に押しつけた。
彼はふたたび呪縛されたように心身がぎこちなくなり、押しつけられた箱を両手で受け止めるのが精一杯だった。箱はダンボールの手触りで、一辺が二十センチに満たないほどの立方体だった。重くはないが、空(■から)ではないようだった。
箱を手渡した瞬間に、女は姿を消したような印象だった。気がつくと、開いたドアの向こうに、見慣れた近隣の住宅街が見下ろされ、細かな雨が、しかしたゆみなく降っている。
彼が身を乗り出すと、女が立っていたあたりが濡れていて、雨滴はゆるやかな曲線を描いてすぐ先の階段をあがっていた。このマンションは五階建てで、彼の部屋は四階のいちばん北側だった。すると女は五階に引越してきたわけだ。それにしても、こんな時間に挨拶にくるとは、ちょっと常識を疑いたくなる。――と、ここまで考えて、さらに二つの疑問が浮かんだ。各フロアには六つの部屋があるが、女が自分のところだけに挨拶に来たらしかった。彼の部屋の前だけが濡れていたからである。その理由が分からない。そして、引越しの挨拶としては、どう考えても不自然な、この黒い箱………………
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……「もうすぐです……」
と秋本は呟いた。
「何なんですか? 分かるように説明してもらえませんか」
ジュウには秋本が何を考えているのか、さっぱり理解できなかった。
「あなたはまもなく、二人目のかけがえのない人を失うのです」
ジュウの目に、軽い敵意のような感情が兆した。
「まったく理解できません。何一つ理解できないんですけど」
「あなたには高所転落の難相があって、それが天中殺しているんです」
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■主人公が体験するこの不可解な夢の描写をもって、第二章は終了することとなりました。
この部分を書き上げるまでは、盲視の人の壮絶な死の場面を、第二章の最後に配置するつもりだったのですが、物語の構成上どうしても無理がありました。
第三章として予定している《三人の異能者》では、やっとホラーの不気味さが濃厚になり、描写のスタイルもこれまでとはがらりと変えるつもりでいます。
〈占ひ師〉_68
〈占ひ師 . . . 本文を読む
■主人公は、彼が無意識のうちに知りたがっている「この宇宙の隠れた構造」に気づきはじめます。それについての主人公による考察や分析が、小説の展開にとってどれだけ活発な物語性を獲得できるかが、作者の課題となるわけです。
67ページから記述される夢の描写は、この物語を大きく飛躍させるはずです。
〈占ひ師〉_65
〈占ひ師〉_66
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・関連資料_0006
・関連資料_0007
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■ここでは主人公と盲視の人との対話が中心となっています。主人公は盲視の人が会話と思念転送とで個別の時間軸を使い分けていることに気づき、同時にまた不可解な感覚にみまわれます。
――そのとき、主人公が突然にして“知識”を獲得する場面については、時間さえあればもっと綿密な描写をおこないたいと思います。
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・関連資料_0006
・関連資料_ . . . 本文を読む
■――マリオ・ジャコメッリの写真の神秘的な深淵性すらも、やがては商業資本に吸収されるだろうとしても、私が考えることのできるイメージのうちに、そのような深淵性に代表しうる個別性――つまりはもろもろの芸術性――が、ついには商業資本から離脱する結果になるのは、なかば当然のことのように思われます。
なるほど商業資本は、貪欲に芸術を包摂して解体するかにみえます。しかし商業資本は、可能性として貪欲にそれを包摂 . . . 本文を読む
■そろそろ第二章も終幕にちかづいてきました。そういうときになって、その部分の加筆を考えているのです。もともと57ページからの二十二節をもって、60ページで第二章は終了するはずだったのですが、その後に二十三節を追加すべきかどうか、迷いが出てきたのです。第三章以降での描出を考えていた、この章における主人公と〈あの人〉との関係性の決定的な「変質」、主人公にとっては生涯忘れることのできない圧倒的なオカルト . . . 本文を読む
■一九節にある〈透視診断〉の様子は、それと意識しないでいましたが、結果として円朝の落語『死神』のパロディとなってしまったようです。ただしこの〈透視診断〉をめぐって、やがてどんな問題が持ち上がるのか、落語『死神』のような策略を須いて死神を追いやることになるのか、そしてそのために結局は手痛いしっぺ返しを蒙ることになるのか、それはおそらくまだずっと先のこととなるはずですから、作者としてどうすべきか、迷っ . . . 本文を読む
■48ページ以降で盲視の〈あの人〉は人間は寿命として五百歳まで生きることが理想であり、それが可能な社会はいずれ到来すると述べます。一見荒唐無稽なこの議論は、やがて〈不死〉とタイムトラベルの可能性をはらみながら、〈存在〉と〈所有〉の概念から解き放たれた「宇宙意識」のありかたを追究する展開となります。
49ページ以降で述べられている思念転送についての記述は、主人公がこれを感得したいま、この異能によって . . . 本文を読む
■本作はオカルトめいた物語の奇想を追究するとともに、人間の運命的なものや、登場人物の世界観を検討するという意図をもっています。いたずらに劇画的な展開に逃げるのではなく、できるだけ冷静に、分析的に展開したいと考えています。「硬直した思い込みのはげしさ」は、私には無縁のはずですが、描いている内容に対する私の文章の未熟さから、何かひどく偏ったことを狂信的に書いていると思われるのは、私にはつらいことです。 . . . 本文を読む
■どれほど凄惨な場面に遭遇するよりも、またどんなに恐ろしい怪異に直面するよりも、はるかにホラー的な状況は、私にとっては感覚が遮断されて今後快復する見込みのない状況で、外界と自分との存在の識別だけはできていながら、まったく交流の成立しない状態こそが、究極的な恐怖となります。私はそこまでの経験はないわけですが、この恐怖こそ人間の領域の限界をなぞるものだと考えます。もちろん、なぜこのことがそれほどまでに . . . 本文を読む
■40ページに「知覚の強化」という言葉が出てきます。本作に描かれる異能の数々は、要するにこの知覚の強化の産物として解釈されるべきものなのです。
第二章は第一章とほぼ同じ原稿枚数で、内容としては主人公と〈あの人〉とのやりとりが主軸になっています。
41ページから描かれる〈あの人〉の異能については、いささか踏み込んだ「科学的」テキストが必要なのではないかと考え、別稿として立てる準備をしています。
〈 . . . 本文を読む
■第二章《運命と死神》の主人公は、冒頭にあるようなことがきっかけとなって、急速に異能にめざめます。
今回はその導入部の掲載となります。
第一章が体験手記の体裁をとっていたのと同様、この第二章においても、四十をすぎた独身男の手記というかたちで、さまざまな異能体験が、アグレッシヴなほどのマイナス思考をまじえて展開されます。
〈占ひ師〉_35
〈占ひ師〉_36
〈占ひ師〉_37
――つづく . . . 本文を読む
■35ページから第二章《運命と死神》となりますが、第一章の終わりで、夢に対する恐怖を告白する男にサイコダイヴして、主人公が観たものの詳細は、やがて大きな意味をはらむこととなり、第三章《三人の異能者》(仮題)において描出される予定です。
次回からの第二章《運命と死神》では、ふとしたことから異能を獲得した男が主人公となって、宇宙意識のあれこれがガジェットとしてちりばめられ、運命、運命の特殊形態として . . . 本文を読む