昨日に続き、自然いっぱいの素材集にアップしたすいれんの固定背景です。
なんか機械的で、ブルース独特の荒々しさとか、いい加減さが少ないような気がして、最初に聴いた時は今一つ魅力に欠けていたスティービー・レイ・ボーンですが、ライブになると荒々しさが増します。
クラプトンのように演奏だけで長時間聴かせるのではなく、コンパクトにまとめた曲を次々演奏してますが、これがけっこうカッコいいんです。
ヘリコプター事故か何かで亡くなってしまいましたが、ロックアーティストって若くして亡くなる人が多いですよね。
ロック野郎らしく波乱万丈の人生といえばカッコいいですけど、死ななければもっと良い演奏が聴けたのにもったいないですね。
クラプトンのように演奏だけで長時間聴かせるのではなく、コンパクトにまとめた曲を次々演奏してますが、これがけっこうカッコいいんです。
ヘリコプター事故か何かで亡くなってしまいましたが、ロックアーティストって若くして亡くなる人が多いですよね。
ロック野郎らしく波乱万丈の人生といえばカッコいいですけど、死ななければもっと良い演奏が聴けたのにもったいないですね。
80年代後半を代表する白人ブルースギタリストです。
ジャンルとして最も好きなブルースロックなんですが、70年代までのアーティストばかり聴いていて、それ以降のアーティストは殆ど知りませんでした。
ですからスティービー・レイ・ボーンを知ったのはつい最近です。
ブルースの巨匠アルバート・キングとのセッションアルバム「イン・セッション」で始めて聴きました。
ここでのギターはアルバート・キングの生粋のブルースギターと違って、いかにも現代的というかテクニック優先というか、ハードロックギタリストがブルースフレーズを弾いている感じでした。
しかし、アルバート・キングとはうまくミックスされており、アルバート・キングの単独アルバムよりも数段面白いものでした。
続く
ジャンルとして最も好きなブルースロックなんですが、70年代までのアーティストばかり聴いていて、それ以降のアーティストは殆ど知りませんでした。
ですからスティービー・レイ・ボーンを知ったのはつい最近です。
ブルースの巨匠アルバート・キングとのセッションアルバム「イン・セッション」で始めて聴きました。
ここでのギターはアルバート・キングの生粋のブルースギターと違って、いかにも現代的というかテクニック優先というか、ハードロックギタリストがブルースフレーズを弾いている感じでした。
しかし、アルバート・キングとはうまくミックスされており、アルバート・キングの単独アルバムよりも数段面白いものでした。
続く
吹上神社を過ぎてからしばらく歩くと、高崎線をまたぐ榎戸陸橋にぶつかります。
陸橋の脇に中山道間宿(あいのじゅく)の標石と宿の説明板がありました。
中山道は榎戸陸橋を渡って高崎線の反対側へ進みます。
しばらく住宅地を歩くのですが、たまに松の木があったりして、ふと東海道を歩いている時を思い出してしまいました。
いきなり熊谷堤と呼ばれる荒川の堤防が現れます。
なんとここからはこの堤防の上が中山道だとのこと。
「ありえない。」とか思いつつも、堤防からの眺めはなかなか素晴らしいものでした。
陸橋の脇に中山道間宿(あいのじゅく)の標石と宿の説明板がありました。
中山道は榎戸陸橋を渡って高崎線の反対側へ進みます。
しばらく住宅地を歩くのですが、たまに松の木があったりして、ふと東海道を歩いている時を思い出してしまいました。
いきなり熊谷堤と呼ばれる荒川の堤防が現れます。
なんとここからはこの堤防の上が中山道だとのこと。
「ありえない。」とか思いつつも、堤防からの眺めはなかなか素晴らしいものでした。
娘が携帯買うのを付き合いました。
いろいろ見ていると機種変でも0円のがたくさんあったので、私の携帯も変えることにしました。
事務手数料だけで電話機が新しくなりました。
これって携帯独特の料金システムによるものなんでしょうが、なんか変ですよね。
電話機買ったら一万円とか普通にかかって、通話は1分10円とかメールは1円とかで、誰でもわかる料金システムにしてほしいです。
きっとどこかで無駄なお金を払っているのだと思います。
いろいろ見ていると機種変でも0円のがたくさんあったので、私の携帯も変えることにしました。
事務手数料だけで電話機が新しくなりました。
これって携帯独特の料金システムによるものなんでしょうが、なんか変ですよね。
電話機買ったら一万円とか普通にかかって、通話は1分10円とかメールは1円とかで、誰でもわかる料金システムにしてほしいです。
きっとどこかで無駄なお金を払っているのだと思います。
第四中山道踏切を渡り、再び高崎線の東側が歩きます。
踏切を渡ってすぐに、吹上駅方面に左折します。
ここから駅を過ぎるまで何ヶ所が「中山道」と手書きで書かれた案内が、電信柱などに貼られていました。
地元の人が親切に貼ってくれたのだと思いますが、私のようなにわか街道ウォーカーには嬉しい心遣いです。
中山道は本町交差点で左折します。
すぐに「いぼ地蔵」なるお地蔵さんがありますが、何故「いぼ地蔵」なのかは分かりませんでした。
「いぼ地蔵」そばの東曜寺で大きく道は右に曲がります。
踏切を渡ってすぐに、吹上駅方面に左折します。
ここから駅を過ぎるまで何ヶ所が「中山道」と手書きで書かれた案内が、電信柱などに貼られていました。
地元の人が親切に貼ってくれたのだと思いますが、私のようなにわか街道ウォーカーには嬉しい心遣いです。
中山道は本町交差点で左折します。
すぐに「いぼ地蔵」なるお地蔵さんがありますが、何故「いぼ地蔵」なのかは分かりませんでした。
「いぼ地蔵」そばの東曜寺で大きく道は右に曲がります。
高校時代だったか中学の頃だったか忘れましたが、当時としては珍しく海外でも活躍するサディスティックミカバンドなるロックバンドが活躍してました。
「タイムマシンにお願い」などの軽快なロックも楽しかったですが、「ファンキーマージャン」や「マダマダ産婆」などちょいおふざけが入った歌詞を真面目そうなロックで演奏してる曲も良かったです。
それと「ピクニックブギ」「サイクリングブギ」などノー天気なブギも楽しいですね。
このバンドは加瀬和彦をリーダーに、後に大活躍する高橋幸宏や高中正義が在籍してました。
日本初の海外でも通じるロックバンドだったんではないでしょうか。
「タイムマシンにお願い」などの軽快なロックも楽しかったですが、「ファンキーマージャン」や「マダマダ産婆」などちょいおふざけが入った歌詞を真面目そうなロックで演奏してる曲も良かったです。
それと「ピクニックブギ」「サイクリングブギ」などノー天気なブギも楽しいですね。
このバンドは加瀬和彦をリーダーに、後に大活躍する高橋幸宏や高中正義が在籍してました。
日本初の海外でも通じるロックバンドだったんではないでしょうか。
しばらく淡々と歩いていると、右側に小さな塚があり一番上に一枚の石に掘られた六地蔵がありました。
六地蔵はそれなりの数を見ていますが、お寺以外でこの手の種類のこれだけ立派な物はなかなかありません。
更に進むと一里塚跡の碑が立っていました。
実は中山道を歩くにあたって調べた資料を見落としたのか、吹上に一里塚跡があるとは知らなかったので、ふいと現れた一里塚跡にちょっと嬉しかったりしました。
このあたりは旧道がどこなのかはっきりしないため、Y字路交差点があると、持ってきた資料を確認しながら進みます。
六地蔵はそれなりの数を見ていますが、お寺以外でこの手の種類のこれだけ立派な物はなかなかありません。
更に進むと一里塚跡の碑が立っていました。
実は中山道を歩くにあたって調べた資料を見落としたのか、吹上に一里塚跡があるとは知らなかったので、ふいと現れた一里塚跡にちょっと嬉しかったりしました。
このあたりは旧道がどこなのかはっきりしないため、Y字路交差点があると、持ってきた資料を確認しながら進みます。
鴻巣駅を過ぎると、土蔵造りなど数件のいかにも旧街道らしい建物があります。
このあたりは問屋場があった場所だそうです。
そのすぐ向かいが鴻巣市の地名由来となったコウノトリ伝説がある鴻神社です。
コウノトリの伝説がある地域なんてロマンティックで、地元の人にとってはプチ自慢できそうですね。
しばらく歩いて第三中山道踏切を渡り、高崎線の西側を歩くことになります。
武蔵水路は東京オリンピックの年に完成した水路で、利根川から荒川に水を供給しています。
このあたりは問屋場があった場所だそうです。
そのすぐ向かいが鴻巣市の地名由来となったコウノトリ伝説がある鴻神社です。
コウノトリの伝説がある地域なんてロマンティックで、地元の人にとってはプチ自慢できそうですね。
しばらく歩いて第三中山道踏切を渡り、高崎線の西側を歩くことになります。
武蔵水路は東京オリンピックの年に完成した水路で、利根川から荒川に水を供給しています。