下記は、金賢姫氏来日について7月27の産経新聞「正論」欄に掲載された西岡 力・救う会会長のコラムです。
■総書記の「嘘」を暴いた元工作員
-西岡会長の【正論】コラムから-
金賢姫(キム・ヒョンヒ)元北朝鮮工作員の来日は成果があった。北朝鮮は、2002年に拉致を認める大きな譲歩をしながら、被害者の田口八重子さんや横田めぐみさんらについて「死亡」情報を操作することで、その所在を明らかにしていない。虚偽を繰り返す動機を解明することが不可欠であり、その謎を解く鍵が金元工作員の存在だった。
◆北の「偽者説」は通用しない
北朝鮮は元工作員が実行犯となった大韓航空機爆破事件はデッチ上げで、元工作員は偽者だという主張をいまだに崩していない。八重子さんやめぐみさんが帰ってきて元工作員と会うと、大韓機事件が北朝鮮の犯行であることが完全に証明される。
それを避けるために生きている人を「死亡」したとする嘘(うそ)をついているのだ。
今回の訪日で、元工作員と田口さん家族が交流を深めた。彼女が覚えていた横田めぐみさんの特徴を聞いて、めぐみさんの両親は感動していた。そのこと自体が元工作員が偽者でないことを証明するのではないか。つまり今回、偽者説という北朝鮮の欺瞞(ぎまん)を満天下にあばくことができただろう。
嘘が暴露されてしまえば秘密を保つ意味がなくなる。北朝鮮政権が、無理をして「拉致したのは13人だけ、8人は死んだ」という従来の嘘をつき続ける理由がなくなるだろう。全員を返して制裁解除と支援獲得を狙おうという方向への政策転換を試みるかもしれない。その後押しとしての日本の世論喚起にも役立ったろう。
◆良心との戦いの末に協力姿勢
しかし限界もあった。招聘(しょうへい)者である政府は以上のような訪日の意義をほとんど説明していない。また、北朝鮮の秘密の暴露のためには家族や関係者が密室で面会するだけでは効果は小さい。元工作員による記者会見が実現しなかったことも残念だ。
韓国のジャーナリスト趙甲済(チョ・ガプチェ)氏は、「金正日(キム・ジョンイル。総書記)と金賢姫の真実ゲームが新たな段階に入った」(「月刊朝鮮」)と書いた。元工作員が少しずつ金総書記の嘘を暴き出し、それに対して北朝鮮側が必死で嘘を維持しようと圧力をかけてきたことを描写した言葉だ。
1987年の大韓機爆破テロはソウル五輪を妨害するため実行された。元工作員は逃走途中に逮捕され自殺を図るが蘇生(そせい)した。
韓国に護送され、「南朝鮮(韓国のこと)人民はアメリカ帝国主義の植民地支配下で悲惨な生活を強要されている」という北朝鮮による“刷り込み”が嘘であることを知り、115人を爆殺した自分の犯行に正義がないことに気づく。
しかし北朝鮮では政治犯は本人ばかりか家族も収容所送りとなる。彼女は自分の罪を認めて謝罪したいという内心の声と、それをすれば両親が収容所送りになるという恐れの間で悩む。だが、最後に「うちの両親は、飲まなければ死ぬという一杯の水を譲ってくれるほど自分を愛してくれた」と自問自答して自白に及ぶ。
真実ゲームの第1幕はこうして金元工作員の勝利となる。彼女の日本語教官をさせられた田口八重子さんが明らかになり、1988年、参議院予算委員会で日本政府は田口さんをはじめとする8人の拉致被害者の存在を認めた。彼女の勇気ある自供がなければ、拉致被害者の存在は闇に隠されたままであっただろう。
◆迫害を告発する第2の逆襲
2002年、金総書記は訪朝した小泉純一郎首相に日本人を拉致したことを認め、5人の被害者を帰国させた。しかし「拉致したのは13人」、5人を除く「8人は死んだ」という新たな2つの嘘をついた。すべての被害者を救出するためにはこの新たな嘘を打ち破らなければならないが、この点にも彼女と金総書記の真実ゲームが深くかかわっている。
北朝鮮が拉致を認める前年秋ごろから、韓国内の親北左派勢力が元工作員は偽者というキャンペーンを大々的に展開した。彼女は外部との連絡を絶って身を隠さざるを得ないところまで追い込まれた。そのため拉致家族との面会が最近まで実現しなかったのだ。
2008年、李明博(イ・ミョンバク)政権成立を受け韓国で、金元工作員は左翼政権(金大中・廬武鉉)時代に自身に加えられた迫害を告発する活動をはじめた。真実ゲームの第2幕となる逆襲だ。
昨年3月の韓国釜山での田口さん家族との面会や今回の訪日も、以上のような事件をめぐる虚偽との戦いの延長線上でなされた。
彼女は、いまだに大韓機爆破を認めず、多くの拉致被害者を抑留し続けている北朝鮮と正面から戦っているのだ。今回の日本政府の措置は、テロの生き証人を特別措置で入国させ、テロを告発する証言をさせたということだ。それ自体がまさにテロとの戦いだった。
今回の訪日で元工作員は、1976年、金正日総書記が工作員の現地化指令を出し、その1期生が自分たちであること、中国人拉致被害者から中国語を学んだこと、同期生の男性工作員6人は東南アジア担当だった、という重大な新証言をした。
これら新証言を活用して金政権の虚偽の全体構造を明らかにすることが今後の課題だ。
(にしおか つとむ)
以上
※過去の【みんな生きている】西岡 力編も合わせてご覧下さい。
■総書記の「嘘」を暴いた元工作員
-西岡会長の【正論】コラムから-
金賢姫(キム・ヒョンヒ)元北朝鮮工作員の来日は成果があった。北朝鮮は、2002年に拉致を認める大きな譲歩をしながら、被害者の田口八重子さんや横田めぐみさんらについて「死亡」情報を操作することで、その所在を明らかにしていない。虚偽を繰り返す動機を解明することが不可欠であり、その謎を解く鍵が金元工作員の存在だった。
◆北の「偽者説」は通用しない
北朝鮮は元工作員が実行犯となった大韓航空機爆破事件はデッチ上げで、元工作員は偽者だという主張をいまだに崩していない。八重子さんやめぐみさんが帰ってきて元工作員と会うと、大韓機事件が北朝鮮の犯行であることが完全に証明される。
それを避けるために生きている人を「死亡」したとする嘘(うそ)をついているのだ。
今回の訪日で、元工作員と田口さん家族が交流を深めた。彼女が覚えていた横田めぐみさんの特徴を聞いて、めぐみさんの両親は感動していた。そのこと自体が元工作員が偽者でないことを証明するのではないか。つまり今回、偽者説という北朝鮮の欺瞞(ぎまん)を満天下にあばくことができただろう。
嘘が暴露されてしまえば秘密を保つ意味がなくなる。北朝鮮政権が、無理をして「拉致したのは13人だけ、8人は死んだ」という従来の嘘をつき続ける理由がなくなるだろう。全員を返して制裁解除と支援獲得を狙おうという方向への政策転換を試みるかもしれない。その後押しとしての日本の世論喚起にも役立ったろう。
◆良心との戦いの末に協力姿勢
しかし限界もあった。招聘(しょうへい)者である政府は以上のような訪日の意義をほとんど説明していない。また、北朝鮮の秘密の暴露のためには家族や関係者が密室で面会するだけでは効果は小さい。元工作員による記者会見が実現しなかったことも残念だ。
韓国のジャーナリスト趙甲済(チョ・ガプチェ)氏は、「金正日(キム・ジョンイル。総書記)と金賢姫の真実ゲームが新たな段階に入った」(「月刊朝鮮」)と書いた。元工作員が少しずつ金総書記の嘘を暴き出し、それに対して北朝鮮側が必死で嘘を維持しようと圧力をかけてきたことを描写した言葉だ。
1987年の大韓機爆破テロはソウル五輪を妨害するため実行された。元工作員は逃走途中に逮捕され自殺を図るが蘇生(そせい)した。
韓国に護送され、「南朝鮮(韓国のこと)人民はアメリカ帝国主義の植民地支配下で悲惨な生活を強要されている」という北朝鮮による“刷り込み”が嘘であることを知り、115人を爆殺した自分の犯行に正義がないことに気づく。
しかし北朝鮮では政治犯は本人ばかりか家族も収容所送りとなる。彼女は自分の罪を認めて謝罪したいという内心の声と、それをすれば両親が収容所送りになるという恐れの間で悩む。だが、最後に「うちの両親は、飲まなければ死ぬという一杯の水を譲ってくれるほど自分を愛してくれた」と自問自答して自白に及ぶ。
真実ゲームの第1幕はこうして金元工作員の勝利となる。彼女の日本語教官をさせられた田口八重子さんが明らかになり、1988年、参議院予算委員会で日本政府は田口さんをはじめとする8人の拉致被害者の存在を認めた。彼女の勇気ある自供がなければ、拉致被害者の存在は闇に隠されたままであっただろう。
◆迫害を告発する第2の逆襲
2002年、金総書記は訪朝した小泉純一郎首相に日本人を拉致したことを認め、5人の被害者を帰国させた。しかし「拉致したのは13人」、5人を除く「8人は死んだ」という新たな2つの嘘をついた。すべての被害者を救出するためにはこの新たな嘘を打ち破らなければならないが、この点にも彼女と金総書記の真実ゲームが深くかかわっている。
北朝鮮が拉致を認める前年秋ごろから、韓国内の親北左派勢力が元工作員は偽者というキャンペーンを大々的に展開した。彼女は外部との連絡を絶って身を隠さざるを得ないところまで追い込まれた。そのため拉致家族との面会が最近まで実現しなかったのだ。
2008年、李明博(イ・ミョンバク)政権成立を受け韓国で、金元工作員は左翼政権(金大中・廬武鉉)時代に自身に加えられた迫害を告発する活動をはじめた。真実ゲームの第2幕となる逆襲だ。
昨年3月の韓国釜山での田口さん家族との面会や今回の訪日も、以上のような事件をめぐる虚偽との戦いの延長線上でなされた。
彼女は、いまだに大韓機爆破を認めず、多くの拉致被害者を抑留し続けている北朝鮮と正面から戦っているのだ。今回の日本政府の措置は、テロの生き証人を特別措置で入国させ、テロを告発する証言をさせたということだ。それ自体がまさにテロとの戦いだった。
今回の訪日で元工作員は、1976年、金正日総書記が工作員の現地化指令を出し、その1期生が自分たちであること、中国人拉致被害者から中国語を学んだこと、同期生の男性工作員6人は東南アジア担当だった、という重大な新証言をした。
これら新証言を活用して金政権の虚偽の全体構造を明らかにすることが今後の課題だ。
(にしおか つとむ)
以上
※過去の【みんな生きている】西岡 力編も合わせてご覧下さい。