もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】古屋圭司編

2013-07-31 23:34:21 | 日記
北朝鮮と国交があるベトナムを訪れていた古屋圭司拉致問題担当大臣は7月31日の朝、記者団に対し、北朝鮮による拉致問題の解決に向けて、今秋をめどに両国の公安当局の次官級協議を行う等、連携を強化していくことで一致したことを明らかにしました。
古屋拉致問題担当大臣は、今月28日から北朝鮮と国交があるベトナムを訪れ、北朝鮮による拉致問題等を巡って、ズン首相たち要人と会談しました。
古屋大臣は31日帰国し、成田空港で記者団に対し、
「ズン首相に対し、『拉致問題の解決なくして北朝鮮への支援はなく、拉致問題の解決こそが国際社会から認められることにつながる』と伝えた。ズン首相からは『北朝鮮首脳と会う際には、必ず日本の立場を伝える。必ず協力する』という強い言葉をいただいた」と述べました。
そのうえで古屋大臣は、拉致問題の解決に向けて、今秋をめどに日本の警察庁とベトナムの公安省の次官級協議を行って情報を交換する等、連携を強化していくことで一致したことを明らかにしました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・上田俊二さんについて》
◆氏名:上田 俊二
(うえだしゅんじ)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年7月14日
◆生年月日:昭和6(1931)年11月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:49歳
◆身長:174cm
◆当時の身分:翻訳業
◆特徴:
1)喫煙
2)飲酒
3)趣味はテニス
◆失踪場所:東京都日野市の自宅を出て

【失踪状況】
当日、本人宛に誰かから電話があり出かけたまま失踪。
通帳、パスポートはそのまま。
失踪後1~2年後に友人宅に差出人不明の金正日(キム・ジョンイル)をたたえるパンフレット数種類の入った小包みが届く。

《特定失踪者・中野政二さんについて》
◆氏名:中野 政二
(なかのまさじ)
◆失踪年月日:昭和30(1955)年9月24日
◆生年月日:昭和7(1932)年9月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:漁船員
◆特徴:
1)中肉
2)一重瞼
3)左肩に髑髏の刺青
4)左手肘から手首にかけてケロイド状の傷
◆失踪場所:東シナ海海上・韓国済州島南方約60マイル付近

【失踪状況】
第12玉栄丸で操業中、他11名の乗組員とともに不明。

《奈良県警公開特定失踪者・村尾知彦さんについて》
◆氏名:村尾 知彦
◆特徴:
1)眼鏡着用
2)右腹部に3cmの手術痕

【失踪状況】
昭和51年2月11日に大学の同級生宛に「自分の存在感が希薄になってしまいそう。見知らぬ土地に惹かれて一人旅に出ることにした。」等と記載された手紙が札幌から郵送されてきた後、行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・弓場比登美さんについて》
◆氏名:弓場比登美

【失踪状況】
昭和56年2月8日午後8時ころ、当時8歳の弟と自宅で留守番中、年配女性から自宅へ電話があった後、外出したまま行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・植田惠剛さんについて》
◆氏名:植田 惠剛
◆身長173cm
◆特徴:
1)中肉
2)色白
3)面長
4)近視のため眼鏡着用
◆当時の服装等:背広上下(色不明)
◆当時の所持金:約10万円

【失踪状況】
昭和54年3月30日午前8時ころ、「明日東京で行われる入社式へ行く」と言って愛知県豊橋市内の自宅を出たまま、行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】古屋圭司編

2013-07-31 23:32:26 | 日記
古屋圭司拉致問題担当大臣は7月29日、北朝鮮と国交のあるベトナムで、ズン首相や政府要人と会談し、北朝鮮による拉致問題の解決に向けて協力を要請しました。
ベトナムを訪問している古屋拉致問題担当大臣は29日、ハノイでズン首相のほかクアン公安相たちベトナム政府の要人と相次いで会談しました。
ベトナムは北朝鮮と国交があり、会談で古屋大臣は北朝鮮による拉致問題が解決しない限り北朝鮮に対する一切の支援や制裁解除を行わないとする安倍政権の考えを説明し、拉致問題の解決に向けた協力を要請しました。
古屋大臣によりますと、ベトナムのクアン公安相は、
「北朝鮮の高官と会談する機会があれば、日本の立場を説明することに協力したい」
と応じたということです。
また、日本の警察庁とベトナムの公安省の次官級の協議をできるだけ早い時期に行うことで合意し、拉致問題に関する情報交換等で協力していくことになりました。
会談のあと古屋大臣は記者団に対し
「北朝鮮と国交のある国々とは、今後も積極的に連携していきたい」
と述べ、ベトナムや今月上旬に訪問したモンゴルだけでなく、ほかの国々も訪れ、拉致問題の解決を働きかけていく考えを示しました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・上田俊二さんについて》
◆氏名:上田 俊二
(うえだしゅんじ)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年7月14日
◆生年月日:昭和6(1931)年11月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:49歳
◆身長:174cm
◆当時の身分:翻訳業
◆特徴:
1)喫煙
2)飲酒
3)趣味はテニス
◆失踪場所:東京都日野市の自宅を出て

【失踪状況】
当日、本人宛に誰かから電話があり出かけたまま失踪。
通帳、パスポートはそのまま。
失踪後1~2年後に友人宅に差出人不明の金正日(キム・ジョンイル)をたたえるパンフレット数種類の入った小包みが届く。

《特定失踪者・中野政二さんについて》
◆氏名:中野 政二
(なかのまさじ)
◆失踪年月日:昭和30(1955)年9月24日
◆生年月日:昭和7(1932)年9月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:漁船員
◆特徴:
1)中肉
2)一重瞼
3)左肩に髑髏の刺青
4)左手肘から手首にかけてケロイド状の傷
◆失踪場所:東シナ海海上・韓国済州島南方約60マイル付近

【失踪状況】
第12玉栄丸で操業中、他11名の乗組員とともに不明。

《奈良県警公開特定失踪者・村尾知彦さんについて》
◆氏名:村尾 知彦
◆特徴:
1)眼鏡着用
2)右腹部に3cmの手術痕

【失踪状況】
昭和51年2月11日に大学の同級生宛に「自分の存在感が希薄になってしまいそう。見知らぬ土地に惹かれて一人旅に出ることにした。」等と記載された手紙が札幌から郵送されてきた後、行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・弓場比登美さんについて》
◆氏名:弓場比登美

【失踪状況】
昭和56年2月8日午後8時ころ、当時8歳の弟と自宅で留守番中、年配女性から自宅へ電話があった後、外出したまま行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・植田惠剛さんについて》
◆氏名:植田 惠剛
◆身長173cm
◆特徴:
1)中肉
2)色白
3)面長
4)近視のため眼鏡着用
◆当時の服装等:背広上下(色不明)
◆当時の所持金:約10万円

【失踪状況】
昭和54年3月30日午前8時ころ、「明日東京で行われる入社式へ行く」と言って愛知県豊橋市内の自宅を出たまま、行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】特定失踪者情報公開編/奈良県警

2013-07-31 23:28:42 | 日記
政府が認定した拉致被害者とは別に、北朝鮮に拉致された可能性を排除できない行方不明者のうち、奈良県に関係する4人について、警察は顔写真や行方不明になった状況等をホームページに掲載して、情報の提供を呼びかけています。
全国の警察は、政府が認定した拉致被害者のほかに、拉致の可能性を排除できない864人の行方不明者を捜査や調査の対象としています。
このうち、奈良県出身者や県内に住む家族などから届け出のあった行方不明者について、奈良県警察本部は広く情報を集めるためにホームページに顔写真や行方不明になった当時の状況等の情報の掲載を始めました。
掲載されているのは

▼昭和30年に佐賀県から漁船の乗組員として漁に出て行方不明になった中野政二さん(当時23歳)
▼昭和51年に長崎の大学に通っていて行方不明になった村尾知彦さん(当時19歳)
▼昭和56年に、当時、橿原市の中学生で、外出したまま行方不明になった弓場比登美さん(当時14歳)
▼昭和54年に愛知県から入社式のため東京に向かう途中行方不明になった植田惠剛さん(当時22歳)

以上の4人の情報です。
これら拉致の可能性を排除できない行方不明者をめぐっては今後、北朝鮮から資料の提供があった場合等に備えて警察が本人や家族のDNAの採取を進めています。なかには50年以上前に行方不明になった人がいるなど手がかりが少なくなっていて、警察はどんな些細な情報でも提供してほしいと呼びかけています。

【奈良県警察本部HP】
http://www.police.pref.nara.jp/

《特定失踪者・中野政二さんについて》
◆氏名:中野 政二
(なかのまさじ)
◆失踪年月日:昭和30(1955)年9月24日
◆生年月日:昭和7(1932)年9月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:漁船員
◆特徴:
1)中肉
2)一重瞼
3)左肩に髑髏の刺青
4)左手肘から手首にかけてケロイド状の傷
◆失踪場所:東シナ海海上・韓国済州島南方約60マイル付近

【失踪状況】
第12玉栄丸で操業中、他11名の乗組員とともに不明。

《奈良県警公開特定失踪者・村尾知彦さんについて》
◆氏名:村尾 知彦
◆特徴:
1)眼鏡着用
2)右腹部に3cmの手術痕

【失踪状況】
昭和51年2月11日に大学の同級生宛に「自分の存在感が希薄になってしまいそう。見知らぬ土地に惹かれて一人旅に出ることにした。」等と記載された手紙が札幌から郵送されてきた後、行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・弓場比登美さんについて》
◆氏名:弓場比登美

【失踪状況】
昭和56年2月8日午後8時ころ、当時8歳の弟と自宅で留守番中、年配女性から自宅へ電話があった後、外出したまま行方不明となっています。

《奈良県警公開特定失踪者・植田惠剛さんについて》
◆氏名:植田 惠剛
◆身長173cm
◆特徴:
1)中肉
2)色白
3)面長
4)近視のため眼鏡着用
◆当時の服装等:背広上下(色不明)
◆当時の所持金:約10万円

【失踪状況】
昭和54年3月30日午前8時ころ、「明日東京で行われる入社式へ行く」と言って愛知県豊橋市内の自宅を出たまま、行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】アントニオ猪木・張成沢編

2013-07-31 23:24:18 | 日記
朝鮮戦争停戦60周年の祝賀行事に招待されていたアントニオ猪木議員が北朝鮮の幹部と会談する映像を公開しました。
ここでは友好姿勢を強調する場面が目立ちましたが、一方で、8月の米・韓軍事演習を前に、北朝鮮が再び挑発的な姿勢に転じるのではないかという懸念も高まっています。

「これがメーデースタジアムですね」
(日本維新の会・アントニオ猪木参院議員)

7月26日、朝鮮戦争停戦60周年記念の前夜祭に招待されたアントニオ猪木参議院議員。

「参議院選挙に通ってよかった。落選するのではと心配していた」
(朝鮮労働党・金永日〈キム・ヨンイル〉国際部長)

また、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の後見人で、国家体育指導委員会の委員長でもある張成沢(チャン・ソンテク)行政部長との会談では…

「あなたは世界的なプロレスラーとして有名ですが、我が人民たちもあなたのことをよく知っています」
(張成沢行政部長)

張行政部長たちは猪木議員に「朝・日関係は、このままであることはありえない」と述べたということで、北朝鮮側が友好姿勢を強調する場面が目立ちました。

その一方、この春に続き、来月また行われる予定の米・韓合同軍事演習に合わせ、北朝鮮が再び挑発的な姿勢に転じるのではないかとの懸念が高まっています。

「国防費の削減による影響ですが、海上部隊の削減が金正恩の目には“抑止力の低下”と映り、彼が判断を誤る可能性が高まると言えます」(アメリカ陸軍・スカパロッティ中将)

これは、次の在韓米軍の司令官に指名されたスカパロッティ中将が7月30日、議会上院の軍事委員会で述べたもので、北朝鮮の金正恩第1書記がアメリカの国防費削減を抑止力の低下と見て軍事行動に出る等、判断を誤る可能性が高いとしています。
こうした中、31日付けの『労働新聞』は、小さな記事ながら、来月実施される米・韓合同軍事演習に言及。韓国にある国連軍司令部も演習に参加するなら、「朝鮮半島情勢は重大な戦争局面に陥る」として、アメリカと韓国に対して早くも挑発的な言葉を発し始めています。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】キム・ハナさん

2013-07-31 23:16:40 | 日記
《「いつの日か、コチェビたちに『癒しの料理』を」脱北者出身の料理人キム・ハナさん》

韓国の料理番組で注目を浴びた脱北者のキム・ハナさん(25歳)。
花柄の衣装を着て、髪を茶色に染めて番組に出演したキムさんの風貌からは、北朝鮮で幼少期に孤児「コッチェビ」として育ったとは思えない。
3度脱北を試み、15歳の時にようやく成功したというキムさん。アマチュアシェフが腕を競う「マスターシェフ・コリア」で幼少期の過酷な体験談を披露し、視聴者の心をつかんだ。
また、北朝鮮と韓国料理を融合したキムさんの作品は、辛口で知られる番組の審査員の評価も上々で、応募者6,500人の中から最後の6人に残った。
幼少期、キムさんの両親は脱北し、キムさんは事実上の一人暮らしを強いられた。学校を中退したキムさんは3年間「コッチェビ」として生活。
路上で寝泊まりし、食料を漁ってスリもやった。トンボやカエル、ネズミ等食べられるものなら何でも口にしたという。
両親はキムさんを救い出すため、国境を越えて何度も北朝鮮に戻った。その当時の様子をキムさんは、

「5日間何も食べずにいた時があった。その時、探しに来てくれた父親に会うことができ、食べ物を文字通り貪り食べた」

と振り返る。
「翌日、中国との国境を越えるため可能な限り速く走らなければならなかった。でも、私は、前の晩に食べ過ぎたためそれができなかった」
結局、キムさんは捕まり、北朝鮮に引きずり戻された。それ以来、父親に会うことはできていないという。

番組をきっかけに父親との再会を望むキムさん。

「脱北者も公平な立場で競えば、結果が出せるということを証明したい。そして、いつか孤児たちに『癒やしの料理』を提供できる日を夢見ている」

と打ち明けた。

【コチェビ】
家族や親戚等の身寄りがなく路上生活をしながら物乞いをする人を指す北朝鮮の表現。
「コチェビ」の語源は複数あるが、「流浪、遊牧、さすらい」という意味のロシア語「コチェビエ(кочевье)」に由来するというのが最も有力。
北朝鮮の外交官や海外駐在員たちは帰国後に必ず「思想総和」を行なわなければならない。1989年旧ソ連崩壊後、1990~1992年の間にロシアから帰国した北朝鮮の外交官たちは「旧ソ連が社会主義を放棄したことにより、人民生活が破綻し浮浪者が急増した。彼らを見て我々式(北朝鮮)社会主義を最後まで守らなければと確信した」という回答が流行した。
北朝鮮の外交官は小型ビデオカメラでロシアの浮浪者の姿を撮影し、ロシアの実態として説明したりもした。その際、「コチェビエ」という単語が北朝鮮の幹部たちに初めて紹介されたと伝えられる。
1995年の春、飢えに苦しむ地方住民が平壌に移動し始め、彼らの姿を見た幹部たちが「我が国にもコチェビエが誕生したか」と嘆き、一般住民の間に「コチェビ」という言葉が広く使用されるようになった。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)