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半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】駐英公使亡命編/FNN

2016-08-31 07:40:44 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

「北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・古川了子さんについて》
◆氏名:古川 了子
(ふるかわのりこ)
(Noriko Furukawa)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日
◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:千葉県市原市菊間
◆当時の身分:三井造船社員
◆身長:157cmくらい
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。
2)書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。
3)左利き。文字を書くのは左右同じに使える。
4)左眉に途切れたような傷がある。
◆失踪場所:千葉県

【失踪状況】
午前中に美容院へ行き、午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。
朝早く家を出て、美容院に「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができた。母親にも浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。
母親は美容院からの電話で、友達にでも会うことになったのだろうと気にしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。
7月に初めて貰ったボーナスは手付かず、預金通帳も置いたまま。
持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。
その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。
元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。
平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。
平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■古川了子さんを救う会HP
http://2.furukawanoriko.michikusa.jp/

《特定失踪者・加瀬テル子さんについて》
◆氏名:加瀬 テル子
(かせてるこ)
(Teruko Kase)
◆失踪年月日:昭和37(1962)年4月
◆生年月日:昭和19(1944)年5月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県旭市蛇園
◆当時の身分:家事手伝い
◆身長:158cm
◆血液型:O型
◆特徴:
1)細面
2)右目下内側に赤あざ有り
◆失踪場所:千葉県海上郡海上町

【失踪状況】
午後、自宅からパーマに出かけてそのまま行方不明。
所持金はパーマ代のみ。
翌日に新宿コマ劇場へ観劇に行く約束を叔母としていた。
脱北者が北朝鮮から持ちだしたとされる写真が鑑定の結果、加瀬テル子さんである可能性が極めて高いことが判明。
また同じ脱北者が「同一の人物」とするもう一枚の写真も、加瀬テル子さんである可能性がある。
平成16年12月17日、千葉県警に告発状提出。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・関谷俊子さんについて》
◆氏名:関谷 俊子
(せきやとしこ)
(Toshiko Sekiya)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和32(1957)年5月19日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県市原市徳氏
◆当時の身分:薬品会社勤務。定時制高校在学中
◆身長:160cm
◆血液型:A型またはO型
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
親類の男性と幼馴染の同級生(女性)と千葉市内の飲食店で飲食後、親類の男性が「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。
店の従業員は男性の兄と妹。
男性の乗っていた車も発見されていない。
関谷さんは古川了子さん(昭和48年失踪)と同じ高校で3学年下。
古川事件の1年後の同じ7月の失踪。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・木村秋男さんについて》
◆氏名:木村 秋男
(きむらあきお)
(Akio Kimura)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年頃
◆生年月日:昭和23(1948)年12月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:大阪府堺市南島町
◆当時の身分:無職(会社退職後)
◆身長:167cmくらい
◆体重:60kgくらい
◆血液型:AB型
◆特徴:
1)やや細い
2)片足に骨折痕
◆失踪場所:大阪府堺市

【失踪状況】
昭和46年頃、姉が京都にいたとき友人とともにやってきたのが家族の会った最後。
堺市の会社を友人らと一緒に辞めたようだが、その後消息がない。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/

《特定失踪者・酒井勇夫さんについて》
◆氏名:酒井 勇夫
(さかいいさお)
(Isao Sakai)
◆失踪年月日:平成11(1999)年12月23日
◆生年月日:昭和45(1970)年5月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:千葉県鴨川市成川
◆当時の身分:会社員(食品関係機械製造業)
◆身長:170cm
◆体重:90kg
◆血液型:B型
◆失踪場所:広島県広島市

【失踪状況】
平成11年12月18日より同僚2名と広島市の食品会社に出張(牛乳製造ラインの移設作業)。
本人が責任者で作業を行う。
20日に主たる工事が終了したので同僚2名は帰京、以後1名で22日まで微調整作業のため勤務。
23日午前4時46分ホテルをチェックアウトしたが食品会社には出社せず。
同日12時35分にホテルより北東方向17km先の広島県安芸高田市のATMコーナーで1万円、5万円の2回に分けて本人名義の口座から現金が引き出されている(本人かどうかは確認できず)。
以後消息なし。
なお、早朝のチェックアウトはそれまでも同じ(工場ラインの稼働にあわせるため)。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・原 哲也さんについて》
◆氏名:原 哲也
(はらてつや)
(Tetsuya Hara)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年3月
◆生年月日:昭和37(1962)年5月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:東京都江戸川区小岩
◆当時の身分:無職(食品会社を退職した直後)
◆身長:158cm
◆体重:42kg
◆血液型:O型
◆特徴:
1)喫煙飲酒少々
2)胸に縦10cm位のキズあり
3)前腕部に骨折痕
4)左足の太ももに手のひら大のおできの痕
◆失踪場所:沖縄県。東京都江戸川区に居住。
【失踪状況】
3月初め、友人と二人で沖縄に行き、知人宅に寄った後、消息不明。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】駐英公使亡命編/UHB

2016-08-31 07:37:25 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

「北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■救う会道南HP
http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)
(拉致被害時26歳)
※This person was Abduction by North Korea
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・吉田雪江さんについて》
◆氏名:吉田 雪江
(よしだゆきえ)
(Yukie Yoshida)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日
◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:電話交換手
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆特徴:中肉
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
当日夜、同僚の結婚式があり、午後8時半頃、「新婚旅行への出発を見送りに行く」と時刻表を指して時間を確認して出かけたまま帰らず。
警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。
荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。

《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》
◆氏名:紺屋 淑子
(こんやよしこ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日
◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:理容・美容専門学校学生
◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱
◆身長:157cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)中肉
2)頭髪パーマ
3)近視で眼鏡使用
◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート

【失踪状況】
9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。
9月18日、学校より欠席の連絡があり失踪が分かった。
2日後釧路警察署に届け捜査行われる。
室内に他人が入った形跡なし。
洗濯物は干してあった。
眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。
失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。

《特定失踪者・高橋勝彦さんについて》
◆氏名:高橋 勝彦
(たかはしかつひこ)
(Katsuhiko Takahashi)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年1月22日
◆生年月日:昭和34(1959)年7月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:教員
◆身長:170cm
◆体重:65kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)額の真ん中に3cm程度の傷がある
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
前日(1月21日)夜12時まで釧路市内にある勤務先の学校の同僚と一緒にいた。
その後帰宅して翌朝出勤しなかった。学校には21日に支給された給料袋がそのまま置いてあった。
同僚の先生たちは飲みに行って事件にでも巻き込まれたのかと思い写真を持って回って調べたがまったくそれらしい情報はなかった。
車を買ったばかりで借金はあったが明るくきちんとした性格で、それでいなくなるようなことはありえないとのこと。
車は校宅に置いたままであった。

《特定失踪者・曽ヶ端崇史さんについて》
◆氏名:曽ヶ端 崇史
(そがはたたかふみ)
(Takafumi Sogahata)
◆失踪年月日:平成7(1995)年8月24日
◆生年月日:昭和48(1953)年6月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:釧路公立大経済学部3年生
◆身長:170cm
◆体重:80kg
◆失踪場所:北海道釧路市

【失踪状況】
アルバイト終了後、バイト先の仲間たちと車で夕食に行く。
その後近くに住む後輩を送って下宿に向かう。
以来消息なし。
下宿に戻ったかどうかも分からない。
車も不明。
下宿は洗濯機の中に洗濯物が入ったまま。
窓は開けたままだった。
釧路西・東港で測量会社に海底の調査を依頼したが車はなかった。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】駐英公使亡命編/AKT

2016-08-31 07:16:55 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

「北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/
■救う会秋田HP
http://sukuukai-akita.com/
■救う会秋田facebook
http://ja-jp.facebook.com/sukuukaiakita/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・木村かほるさんについて》
◆氏名:木村 かほる
(きむらかおる)
(Kaoru Kimura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日
◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:秋田県秋田市中通
◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生
◆特徴:
1)中肉中背
2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ
◆失踪場所:秋田市内

【失踪状況】
戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。
看護学校の卒業式を10日後に控えていた。
「ちょっと出かけてくる」と寮の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。
平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

《特定失踪者・石田 清さんについて》
◆氏名:石田 清
(いしだきよし)
(Kiyoshi Ishida)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年9月末〜10月初め頃
◆生年月日:昭和18(1943)年3月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:秋田県能代市二ツ井(旧二ツ井町)
◆当時の身分:自動車板金工
◆身長:158cm
◆体重:56kgくらい
◆特徴:片方の黒目が若干欠けている
◆失踪場所:秋田県山本郡二ツ井町(現在能代市)自宅アパートから

【失踪状況】
実家に稲刈りの手伝いに来て「明日も来る」と言っていたが、翌日来なかった。
自宅アパートの隣の家に寝巻きが投げ捨てられており、電線(もしくは電話線)が切られていたことから、事件ではないかと警察に通報した。
また日時は不明だが、二ツ井高校近くのバス停の鷹巣方面、藤里方面行き乗り場に立っていたという目撃情報もあった。

《特定失踪者・薩摩勝博さんについて》
◆氏名:薩摩 勝博
(さつまかつひろ)
(Katsuhiro Satsuma)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年1月
◆生年月日:昭和24(1949)年10月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:秋田県山本郡八峰町(旧峰浜町)
◆当時の身分:農業・牛乳販売店勤務
◆農閑期の勤務先:東京都杉並区
◆失踪場所:秋田県峰浜村(現八峰町)の実家から能代市に向かったのが最後

【失踪状況】
失踪当時は農閑期だったため、勝博さんは出稼ぎで東京都杉並区の牛乳販売店に勤めていた。
そこを頼っていった同じ村落出身の女性(能代市居住)としばらく同居していた。
二人は結婚の意思を固め、失踪前夜に勝博さんの実家を揃って訪れるが父や親戚に反対される。
その夜は実家に泊まり、翌朝「彼女を能代市内に送ってくる」と行ったまま戻らず。
車も発見されていない。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
(Masayuki Satou)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆秋田県秋田市新屋出身
◆身長:170cm
◆体重:60cm
◆特徴:
1)やや面長
2)眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/

《特定失踪者・松橋恵美子さんについて》
◆氏名:松橋 恵美子
(まつはしえみこ)
(Emiko Matsuhashi)
◆失踪年月日:平成4(1992)年1月15日
◆生年月日:昭和40(1965)年5月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:秋田県北秋田郡合煎町三里字屋布岱74−3(現・北秋田市)
◆当時の身分:縫製工場勤務
◆失踪場所:秋田県能代市能代浜

【失踪状況】
祖母に「鷹ノ巣に行って来る」と告げて車で出かけたまま、その日は戻らなかった。
友人の家に行ったのだろうと思っていたら、翌朝出勤していないことがわかる。
家族で探したところ、能代市の海岸で車が見つかる。
車内には身の回りのものが全て残っていた。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

【松橋恵美子さんの捜索状況】
失踪後、能代浜を中心に、象潟から深浦に至る150kmの日本海沿岸と、生家の周辺の川や野山を10数日にわたり、隈無く捜索したにもかかわらず、発見に至っていない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】駐英公使亡命編/SAY

2016-08-31 07:12:40 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

「北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■山形県警HP
http://www.pref.yamagata.jp/police/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・小谷幸夫さんについて》
◆氏名:小谷 幸夫
(こたにゆきお)
(Yukio Kotani)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年7月21日
◆生年月日:昭和22(1947)年2月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:東京都練馬区
◆当時の身分:大学4年生
◆身長:170cmより高め
◆体重:55kg〜56kg
◆失踪場所:山形県飯豊連峰・飯豊本山付近

【失踪状況】
拓殖大学4年生在学中の夏休み、北海道へ帰省する途中に、飯豊連峰に登山中行方不明に。
19日に上野駅を出発し、翌日郡山を経て8:30に磐越西線山都駅に到着。
バスで登山口の一ノ木登山連絡所に行き、9:30頃に登山者名簿に記録を残す。
そこから飯豊山(2,205m)へ向かい、同日は手前の小屋に止まる。
21日朝3:30に同宿した4名とともに飯豊山を目指し、4:40頃に飯豊山着。
ここからガスがかかりだしたことから、同行の4人は引き返したが、小西さん一人御西岳に向かい、そのまま行方不明。
地元警察などが捜索を行ったが遺留品など一切なし。
その後2年にわたって捜索が続けられたが全く手掛かりがなかった。
同泊した登山者の話では、小谷さんは「北股岳を通る」「朝日連峰にも登りたい」と話していたという。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
(Noriyuki Fuse)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆身長:180cm
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》
◆氏名:齋藤 武
(さいとうたけし)
(Takeshi Saitou)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日
◆生年月日:昭和20(1945)6月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:39歳
◆身長:168cm
◆当時の住所:神奈川県横浜市
◆当時の身分:会社員
◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落。
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。
家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。
失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
(Hidetoshi Sakai)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:京都市右京区
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆身長:170cm
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】駐英公使亡命編/MIT

2016-08-31 07:08:38 | 日記
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩(キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

「北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■岩手県警HP
http://www2.pref.iwate.jp/~hp0802/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・鈴木正昭さんについて》
◆氏名:鈴木 正昭
(すずきまさあき)
(Masa-aki Suzuki)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年8月30日
◆生年月日:昭和27(1952)年5月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:千葉県千葉市
◆当時の身分:団体職員
◆出身地:岩手県一関市
◆失踪場所:千葉県千葉市

【失踪状況】
失踪当日、前の職場の同僚が自宅アパートを訪ねていったところ、路上で女性と話し込んでいた。
以後情報なし。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・坂川千明さんについて》
◆氏名:坂川 千明
(さかがわちあき)
(Chiaki Sakagawa)
◆失踪年月日:平成12(2000)年3月7日
◆生年月日:昭和51(1976)年10月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:岩手県九戸郡洋野町
◆当時の身分:ガソリンスタンド勤務
◆身長:150cm
◆特徴:右にえくぼ
◆失踪場所:岩手県

【失踪状況】
退勤後帰宅途中失踪。
翌日、警察から岩手県九戸郡種市町の高家漁港に車が放置してあると連絡。
車の中には財布、携帯電話等すべて残っていた。
高家港は職場から家とは全く反対の方向で、夜は真っ暗。地元の人もほとんど近寄らない小さな港。
車は港の端に海に向って停まっていた。
入水自殺してもすぐ死体があがってくる場所。
車の中には高家港の丘の上にあるコンビニでビールを買ったレシートが残っていたが、そんなところでビールを買うことは考えられない。
失踪当時車のガソリンを入れていた。走行距離からすると、勤務先のガソリンスタンドから久慈市を回って高家港の距離と一致する。

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》
◆氏名:吉田 賢光
(よしだけんこう)
(Kenkou Yoshida)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日
◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:36歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:無職(前年11月まで団体職員)
◆特徴:小柄で細身
◆特技:
1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす
2)登山も少しはする
◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】
体調不良のため次の転居予定地である大阪へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県にある伯父の寺へ居候。
実家である岩手へ墓参りがてら帰って来いといっても来ず、居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。
失踪前の住所は神奈川県川崎市。
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による吉田賢光さん失踪事件の解説】
◆共通項は「大阪へ行く」
吉田賢光さんは昭和52年(1977)3月12日、「大阪に行く」と言って東北本線白石駅で妹さんが見送ったのを最後に行方不明になっています。ご本人は町役場の職員から社団法人の職員になり、失踪前年退職していましたが曹洞宗の僧籍を持っていました。
また、日高信男さんと早坂勝男さんに共通しているキーワードの一つに「大阪」がありました。
日高信男さんは失踪直前鹿児島の実家に「印刷会社を退職し、大阪で働く会社が決まった」旨の手紙を送付していました。一方会社の同僚には「大阪で仕事を探す」と伝えていました。
早坂勝男さんはお兄さんに「大阪に行って印刷の勉強をしてみたい」とも話していたことがあり、アルバムの中からも大阪市の住之江公園で写した写真が出てきました。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.