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【みんな生きている】松本京子さん

2013-03-31 08:50:16 | 日記
古屋圭司拉致問題担当大臣は、1977年に鳥取県米子市の海岸から北朝鮮に拉致された松本京子さんの拉致現場を視察しました。

「北朝鮮による許し難い拉致という犯罪。私はテロと言うが絶対に許すわけにはいかない」
(古屋圭司拉致問題担当大臣)

古屋大臣は拉致問題解決に向けた国際社会への協力要請に触れ、
「モンゴルを訪問中の安倍総理も首脳会談で言及すると思う」
と述べました。

◆昭和52(1977)年10月21日
女性拉致容疑事案
被害者:松本京子さん(拉致被害時29歳)
自宅近くの編み物教室に向かったまま失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において、我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成18年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《鳥取県の特定失踪者について》

(1)古都 瑞子さん
◆氏名:古都 瑞子
(ふるいちみずこ)
◆通称:古都 洋子
(ふるいちようこ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年11月14日
◆生年月日:昭和5(1930)年4月8日
◆性別:女性
◆当時の年齢:47歳
◆身長:148cm
◆体重:45kg
◆当時の身分:皆生温泉の中居
◆特徴:色白、面長
◆靴のサイズ:23.5cm
◆失踪場所:鳥取県米子市皆生温泉街またはその周辺
【失踪状況】
午後9時に旅館での仕事を終え一時帰宅。その後普段着に着替え出かける。
自宅には近く東京へ行く切符や、ハンドバッグ、現金、常に持ち歩いていたポケベルも置いたまま。
北朝鮮から脱北した元踊子による目撃証言がある。
平成19年8月21日、米子警察署に告発状を提出。

(2)矢倉 富康さん
◆氏名:矢倉 富康
(やくらとみやす)
◆失踪年月日:昭和63(1988)年8月2日
◆生年月日:昭和26(1951)年11月23日
◆性別:男
当時の年齢:36歳
◆身長:165~170cmくらい
◆当時の身分:漁師(元エンジニア)
◆失踪場所:鳥取県美保関と隠岐島の中間地点で漁をする予定だった
【失踪状況】
一人で漁に出発して翌3日朝6時に帰港する予定だったが行方不明。
海上保安庁と漁業組合全員が操業を中止して操業海域を捜索したが手がかりなし。
8月10日に海上保安庁が竹島沖南南東25kmで漁船を発見したが、本人の姿はなかった。左舷前方に他の船と衝突した痕跡があり、青い塗料が付着していた。
昭和59年まで軍事転用可能な精密工作機械を製作していた優秀なエンジニアで、技術指導のために韓国や東欧を含む欧米などへも頻繁に出張していた。

(3)上田 英司さん
◆氏名:上田 英司
(うえだえいじ)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年11月4日
◆生年月日:昭和24(1949)年7月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:175cm
◆当時の身分:予備校生でアルバイト勤務
◆特徴:読書が趣味
◆失踪場所:東京都または京都府
【失踪状況】
失踪当日「京都へ行ってくる」と家主に言い残して東京都内の下宿を出て行ったまま行方不明に。
黒いコートを着て、荷物は紙袋一つだったという。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】北朝鮮浮浪孤児編

2013-03-31 08:45:17 | 日記
《『デイリーNK』が取材した北朝鮮の浮浪孤児》

デイリーNKは最近の北朝鮮内部の映像を単独入手した。同映像は先月北朝鮮が3度目の核実験を強行した3月12日以降に撮影されたもので、住民を対象にした大規模軍事訓練が実施されるなか、放置されているコチェビ(浮浪孤児)の姿が見られる。そこには両江道恵山周辺の市場と路肩商をはじめ、浮浪孤児、性売買関連の様子も見られる。別の映像では布告文や申告書等も確認された。
北朝鮮当局は最近、住民を対象に大規模軍事訓練を実施するとともに、軽工業大会等を開催し「人民生活の向上」等と強調している。その一方で、幼い身寄りのない子どもたちが路上に放置されていることが確認された。
金正恩(キム・ジョンウン)は核やミサイルの開発に資金を浪費し、住民生活及び人権問題は手放し状態である。
北朝鮮は国連人権理事会が3月22日採択した、住民の生存権及び社会政治的権利の剥奪を指摘する人権決議案が「共和国に対する謀略の産物」と主張した。
『デイリーNK』が最近入手した映像には10歳程度の「コチェビ」(野宿者を指す北朝鮮の表現)が2月中旬、零下20度の極寒の中で両江道恵山周辺の住宅街に集まり野宿する姿が映し出されている。
住宅の塀の下には5、6人の子どもたちが身を寄せ合い震えながら寝ている。長い間入浴できていないせいか、衛生状態が非常に悪く衣服もぼろ布に近い。
夜中に撮影された映像では周辺環境の特定が困難だが、子どもたちが雪が積もった路上で身を寄せ合い野宿する様子が見られる。カメラの光に目が覚めた子どもたちは、土で汚れた顔を眩しそうにしかめている。
真冬の気温が零下40度近くにもなる中国長白と向かい合っている恵山地域では、12~2月の間になると零下30度まで気温が下がる。撮影当時の気温は零下20度程度で、10歳程度の子どもが凍死せずに生きていること自体が奇跡に近い。
北朝鮮の浮浪孤児は真冬でもまともな住処もないまま、住宅街で辛うじて延命していると北朝鮮の内部消息筋たちは話す。昼間は市場等で物乞いをし、夜になると一人二人と集まっては夜を明かすという。彼らは住宅街のゴミ捨て場周辺をはじめ、廃屋や公共施設、アパート等のはずれに集まる。
映像では撮影者が「起きなさい。まだここにいるの?家はないの」と問う。子どもたちの答えは「無いです」だ。撮影者がもう一度家が無いのかと質問をするや、子どもたちは咳をしながら同じ言葉を返す。
撮影者は翌日午後、浮浪孤児が焚き火の周りで体を温めている姿を撮影した。雪がちらつくなか、4人の子どもたちは火を囲んで座り、靴と靴下などを乾かしていた。「ここで働いてくれる子はいないかな?寝る場所と食事もあげるよ」と撮影者が話しかけたところ、子どもたちは「何の仕事ですか?」と聞き返してきた。
撮影者は「木を切り運ぶ仕事できるかな?」と聞く。一人の子どもは「腕が痛くて木は切れません。汽車に轢かれたんです」と答えた。他の子どもたちも「そういう仕事は(大変だから)できません」と答えた。
2009年11月、北朝鮮の貨幣改革以後、北朝鮮社会は深刻な両極化時代に突入した。その日暮らしだった都市の零細商人たちの少ない資金が当局によって奪われた結果、彼らは脆弱階層へと転落した。金正恩執権(政権)発足から1年間、これといった経済改革が行なわれず、離婚、両親の家出、児童遺棄等が増加し、浮浪孤児となった子どもたちも増えた。
消息筋は

「北朝鮮当局が核実験に成功したと宣伝し、内部の緊張を高めようと戦闘準備態勢訓練を実施しているが、住民の生活は苦しくなる一方。生活苦で親に捨てられた子どもたちは、市場で商人や通行人に物乞いしながら生活する浮浪孤児になった」

と話した。
さらに

「子どもたちは通常2、3人ずつ集団で行動する。市場の周辺に少なくて10人、多いときは30人程度の浮浪孤児がいる。国は浮浪孤児を集め救護所に送り集団生活をさせているが、食べ物をまともに与えないため逃げ出す子どもが多い」

と付け加えた。
北朝鮮当局は金日成(キム・イルソン)・金正日(キム・ジョンイル)の誕生日等の祝日には特別取り締まりを行い、浮浪孤児を救護所に送るが、祝日が終わるとほとんど見放し状態である。
金正恩は昨年12月、長距離ミサイルの発射に少なくとも7億8000万ドルを投入したものと韓国国防省は推算している。核開発の費用まで合わせると現在まで北朝鮮の大量破壊兵器開発費用は最小でも28億ドルに達する。

【コチェビ】
家族や親戚等の身寄りがなく路上生活をしながら物乞いをする人を指す北朝鮮の表現。
「コチェビ」の語源は複数あるが、「流浪、遊牧、さすらい」という意味のロシア語「コチェビエ(кочевье)」に由来するというのが最も有力。
北朝鮮の外交官や海外駐在員たちは帰国後に必ず「思想総和」を行なわなければならない。1989年旧ソ連崩壊後、1990~1992年の間にロシアから帰国した北朝鮮の外交官たちは「旧ソ連が社会主義を放棄したことにより、人民生活が破綻し浮浪者が急増した。彼らを見て我々式(北朝鮮)社会主義を最後まで守らなければと確信した」という回答が流行した。
北朝鮮の外交官は小型ビデオカメラでロシアの浮浪者の姿を撮影し、ロシアの実態として説明したりもした。その際、「コチェビエ」という単語が北朝鮮の幹部たちに初めて紹介されたと伝えられる。
1995年の春、飢えに苦しむ地方住民が平壌に移動し始め、彼らの姿を見た幹部たちが「我が国にもコチェビエが誕生したか」と嘆き、一般住民の間に「コチェビ」という言葉が広く使用されるようになった。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】制裁延長編

2013-03-31 08:40:16 | 日記
政府は自民党の合同会議で、全ての船舶の入港禁止等、北朝鮮に対する日本独自の制裁措置について、北朝鮮が3回目の核実験を強行したこと等を踏まえ、4月13日に切れる期限を2年間延長する方針を示しました。
政府は北朝鮮が弾道ミサイルの発射や核実験を強行した平成18年から、北朝鮮に対する日本独自の制裁措置を行っていて、現在、全ての船舶の入港を禁止している他、輸出入を全面的に禁止しています。
これについて政府は、3月27日の自民党の合同会議で、北朝鮮が去年12月に事実上の長距離弾道ミサイルを発射したことや、今年2月に3回目の核実験を強行したこと等を踏まえ、4月13日に切れる制裁措置の期限を2年間延長する方針を示しました。これまで政府は半年か1年ごとに制裁措置を延長してきました。
政府は、来月上旬にも閣議で2年間の延長を決定し、国会に承認を求めることにしています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】有本恵子さん

2013-03-31 08:35:21 | 日記
《『産経新聞』が伝える有本恵子さんとよど号ルート拉致事件》

1988年9月、拉致被害者の石岡 亨さんの実家に届いた手紙には、石岡さんと有本恵子さん、赤ちゃんの写真が同封されていた。

拉致被害者、曽我ひとみさん(53歳)と、夫で元脱走米兵のチャールズ・ジェンキンスさん(73歳)は1986年6月、平壌にある外貨ショップ「楽園百貨店」にいた。同じ集落で暮らすレバノン人被害者のシハーム・シュライテフさん(拉致被害時21歳)と夫の元脱走米兵、ジェリー・パリッシュさん(故人)と一緒に買い物に訪れたのだ。
入り口から夫婦とみられる日本人らしき男女が入ってきた。シハームさんが、女性のほうに近づき、親しげに挨拶を交わした。会話が終わると、曽我さんは「知り合い?」とシハームさんに尋ねた。「産院が一緒だった日本人。数日違いで出産した」とシハームさんは説明した。
女性は、1983年7月、イギリス留学中に北朝鮮に拉致された有本恵子さん(拉致被害時23歳)で、一緒にいた男性は、1980年5月、スペインから連れ去られた石岡 亨さん(拉致被害時22歳)とみられる。
曽我さんは帰国後、警察当局の聴取に応じ、このエピソードは「有本さんが出産して1、2カ月後のことだった」と話している。


■「テロ集団が拉致」

有本さん拉致事件では、日航機よど号を乗っ取り北朝鮮に渡った元共産主義者同盟(共産同)赤軍派メンバー、魚本(旧姓・安部)公博容疑者(65歳)が、石岡さん事件では、別のよど号犯メンバーの妻、森 順子(59歳)と若林佐喜子(58歳)の両容疑者が国際手配されているが、よど号犯グループは拉致を全面的に否定している。だが、シハームさんは曽我さんにこうも囁いていた。
「2人を連れてきたのは1970年にハイジャック事件を起こしたテロ集団のメンバーたちと言っていた」
「テロ集団」がよど号犯を指すことは明白だ。
有本さんと石岡さんについては、2002年に脱北し08年に韓国の北朝鮮向け短波放送「自由北朝鮮放送」に、自分が管理する等した拉致被害者の情報を綴った手紙を送付した朝鮮労働党の元工作員(58歳)がこう記している。

《1985年から1988年ごろまで平壌市サンメ地区招待所にて夫婦で訓練を受ける》
《1988年から1991年ごろ、平壌市順安(スナン)区域招待所に移転》…

この情報は何を示唆しているのか。
よど号犯グループによる欧州ルートの日本人拉致は、金正日(キム・ジョンイル)総書記の直筆指令に基づき、勢力拡大を目的としていた疑いが浮上している。グループの拠点である「日本革命村」は元新里(ウォンシンリ)地区にあるとされるが、サンメ地区や順安区域は全く別の場所だ。
拉致被害者の支援組織「救う会」の西岡 力会長は

「(脱北した元工作員の)手紙の内容が正しいとすれば、有本さんや石岡さんはよど号犯グループと離れて暮らしていたのではないか」

と指摘。

「よど号犯グループが洗脳に成功していれば、日本革命村にいるはずだ」

と話す。


■「手から離れた」

石岡さんの実家に88年9月、北朝鮮で有本さんたちと暮らしていることを伝える手紙が届いた後、日本革命村を訪れ、田宮高麿最高幹部(故人)と面会した関係者は、田宮幹部に石岡さんや有本さんたちの消息を尋ねたことがあるという。関係者は、そのとき田宮幹部が「(石岡さんと有本さんたちは)自分たちの手から離れちゃっている」と話していたことを明らかにした。
よど号犯グループに洗脳されなかった石岡さんと有本さんが北朝鮮当局の管理下に置かれていった様子が浮かぶ。よど号犯グループの活動と、北朝鮮の“闇”を目の当たりにした2人は「知りすぎた被害者」になってしまったのだ。

《よど号ルート拉致被害者について》
◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和58(1983)年7月頃
欧州における日本人女性拉致容疑事案
被害者:有本恵子さん(拉致被害時23歳)
欧州にて失踪。
「よど号」犯人の元妻は、北朝鮮当局と協力して有本さんを拉致したことを認めている。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の魚本(旧姓安部)公博について、平成14年9月逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引き渡しを要求しているが北朝鮮側はこれに応じていない。
北朝鮮側は、有本さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で石岡 亨さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。



《参考・『東アジア黙示録』2011年7月8日掲載記事を転載》

「楽しい楽しい革命村、歌声いつも響いている♪僕ら、僕ら、育ち行く、元帥様のちびっ子戦士♪さあ、革命の勉強だ、父さん母さんと戦うぞ♪」
「よど号」グループのリーダー田宮高麿が作詞した“童謡”の一節である。この歌は思想教育の為に作られ、「よど号」犯の子供が通う北朝鮮の託児所で合唱された。
託児所の保母は朝鮮労働党のエリート党員。託児所には金日成(キム・イルソン)と金正日(キム・ジョンイル)の顔写真が掲げられ、「よど号」犯の子供たちは、無条件で金親子を崇拝していたと目撃者は証言する。
「よど号」犯の元妻だった八尾 恵さんは、平成14年に出版した手記の中で、子供たちがどのような教育を受けたか、詳述している。想像を超えた衝撃的な内容だ。

「『よど号』グループは、図書館だった建物を改築して、日本革命村小学校を造りました。(略)子ども達には金日成と金正日の戦士となるように教育する方針で、校長は田宮でした」
(手記より)

日本革命村とは「よど号」犯が暮らす平壌郊外の特殊集落。
村に用意された学校で子供たちには徹底的な洗脳教育が施される。単に北朝鮮式の捏造史を学ぶだけではない。
「立派な金日成主義革命家になるようによく勉強してください」学校での田宮高麿の挨拶が全てを物語っている。「よど号」犯の子供たちには、金王朝の権力継承と同様、「代を継いで」革命を遂行することが求められているのだ。

【二代目革命戦士の“里帰り”情報も】
平成16年1月、“元帥様のちびっ子戦士”の1人が我が国に入国した。田宮高麿の長男・森 大志である。金王朝の革命戦士は、20歳の青年に成長していた。
そして今年4月、元ちびっ子戦士は、統一地方選で東京・三鷹市議選に「市民の党」から立候補。幸い落選したが、立候補に当たって森 大志は出自などを一切隠蔽。負い目があることを自ら証明するものだ。
森 大志は田宮の長男であると同時に、森 順子(もり・よりこ)の愛息でもある。在日朝鮮人を父に持つ森 順子は、いわゆる「よど号」妻のリーダー格に留まらない。
1980年にマドリードで石岡 亨さんと松木 薫さんを拉致した北のエリート工作員が森 順子だ。
この凶悪犯は、結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けながらも、帰国を拒否し、平壌に潜伏している。森 大志は「金正日の銃弾」となる教育を受けた2代目の革命戦士なのだ。
7年前の入国後、日本国籍を取得した森 大志は毎年、北朝鮮に里帰りしているとの未確認情報もある。潜伏する容疑者との接触が事実であれば、犯人蔵匿・隠避につながる犯罪が成立する。
森 大志が日本人拉致という非道な連続犯罪を正当化する思想を保っていることは明らかだ。拉致を批判すれば森 順子は追放されるが、未だに北朝鮮当局の保護下にある。
そして森 大志を擁立した「市民の党」も、日本人拉致を正当化する親北組織。朝鮮労働党からの工作指令を受け、我が国を拠点に活動する実行部隊だ。

【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】朝鮮人民軍4人組編

2013-03-31 08:30:22 | 日記
《深夜会議に出席した「朝鮮人民軍4人組」》

北朝鮮の朝鮮中央通信は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党第1書記が3月29日0時30分に緊急招集した「戦略ロケット軍(ミサイル部隊)火力打撃任務遂行に関する作戦会議」に「総参謀長・玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)、作戦局長・李永吉(リ・ヨンギル)、副総参謀長兼偵察総局長・金英徹(キム・ヨンチョル)、戦略ロケット軍司令官・金洛兼(キム・ラクキョム)が出席した」と報じた。北朝鮮版NSC(国家安全保障会議)に出席する軍部エリート4人組の輪郭が見えたわけだ。
4人のうち、李永吉局長は、この日の朝鮮中央通信の報道で初めて総参謀部作戦局長に任命されたことが確認された人物で、どちらかというと「新顔」に当たる。昨年12月17日の故・金正日(キム・ジョンイル)総書記1周忌では、第5軍団長という肩書きで平壌の錦繍山太陽宮殿を訪れた。
玄永哲・総参謀長は北朝鮮軍の作戦を総指揮する人物。
金英徹局長は北朝鮮の対韓国工作の総責任者で、2009年以降韓国に対して行われたほとんどの挑発を企画・実行したといわれている。
金洛兼司令官は昨年4月、北朝鮮全域の核とミサイル施設を統制・運用する戦略ロケット軍司令官に任命された。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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