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【みんな生きている】送還対象者選別編/産経新聞

2014-07-27 09:47:19 | 日記
北朝鮮が拉致被害者ら在留日本人を調べる特別調査委員会の設置前から、「行方不明者」と称する日本人の調査を始めていたことが7月22日、複数の消息筋の話で分かった。日本送還対象者の選別作業にも着手、体制にとって不都合な日本人を収容所に隔離する動きもあるという。日・朝合意で北朝鮮は全ての日本人を調べると謳いながら、一部についてしか日本側に調査結果を公表しない恐れがある。
消息筋によると、調査委が設置された今月4日以前から、朝鮮籍の夫らと北朝鮮に渡った日本人配偶者に加え、自主的に渡航したとする日本人についても、朝鮮語で「行方不明者(ヘンバンプルミョンジャ)」と称し所在確認と聴取を実施。
調査委を主導する国家安全保衛部周辺者と最近接触した日・朝関係者によると、日本人の調査は平壌(ピョンヤン)や南部の黄海道(ファンヘド)のほか、東部の咸鏡南道(ハムギョンナムド)・咸鏡北道(ハムギョンブクド)や両江道(リャンガンド)など全国規模で進んでいるという。
公安筋によると、かつて共産主義に共鳴したり、事業の失敗など日本に居づらい事情を抱えたりして北朝鮮に渡った日本人がいるとされるが、実数は不明だ。
日・朝関係者によれば、厳重な管理下に置く拉致被害者と違い、日本人配偶者や自主的渡航者は一般公民として暮らすケースも少なくないという。半面、“模範的”日本人を除き、当局に「腐ったリンゴ」「資本主義社会のごみ」と呼ばれ、警戒対象ともなってきた。
今回の調査では、収容所経験のある者や処刑された姻戚者がいる者、体制批判をしかねない日本人を選別。「問題なし」と判定されると、平壌で帰国に備えた教育を受けることになるが、「不適格者」は一般社会から隔離され、咸鏡南道奥地に造成した特別収容所に移されることもあるという。
消息筋は

「帰国後、金正恩(キム・ジョンウン)体制を誹謗するような者を表には出せないと判断したようだ」

と指摘する。
日・朝協議で、北朝鮮が送還を示唆していた自主的渡航者のほか、拉致被害者についても体制に不都合だとみなし、事実通り調査結果を通知しない恐れがある。
「全員帰国」を掲げる日本政府の対応が問われる。

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者。または、港湾荷役作業員
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆当時の住所:京都市右京区
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆特徴:やせ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆秋田県秋田市新屋出身
◆特徴:やや面長で眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

《特定失踪者・加藤悦子さんについて》
◆氏名:加藤 悦子
(かとうえつこ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月23日
◆生年月日:昭和23(1948)年1月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:41歳
◆身長:160cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県尾張旭市の自宅

【失踪状況】
家族を送り出し、午前中勤務先の医院を無断欠勤。
夕方自宅に「ご飯を作って食べていてくれる?」との電話。
当日夜、夫が鏡台内から「これから旅に出る」という手紙を発見。
翌日には鹿児島の実家、兄弟姉妹、当時から過去の交友関係などすべて調べるが手がかりなし。
いつも持ち歩いていたバックも家にある。
通帳印鑑も同様。
現金を引き出した痕跡なし。
給料前だったので所持金はほとんどない。
看護婦免許も家に置いたまま。
服も持ち出した形跡なし。
性格上自殺は考えにくい。

《特定失踪者・保泉泰子さんについて》
◆氏名:保泉 泰子
(ほいずみやすこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年11月10日
◆生年月日:昭和11(1936)年8月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:55歳
◆身長:143cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県日進市

【失踪状況】
自宅から400~500m先のコンビニに茶葉を購入に行く途中行方不明。

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】大澤孝司さん/産経新聞

2014-07-27 09:42:26 | 日記
昭和49年に佐渡市で消息を絶った特定失踪者の大澤孝司さん(失踪当時27歳)を探す「大澤孝司さんと再会を果たす会」は7月25日、北朝鮮による拉致被害者らの再調査を受けて役員会を開催。調査の進展次第で政府に要望書を提出する方針を確認した。
役員会では、8月末にも報告される第1回の再調査結果などを精査したうえで、再会を果たした場合の支援策も含めて要望内容を協議することを確認した。
出席した孝司さんの兄・昭一さん(78歳)は

「日本政府一丸となった泥臭い交渉を期待している。お盆までに再調査結果が出てほしい。弟がもし帰ってきたら、失った40年をカバーしてあげたい」

と再調査に望みを託した。

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者。または、港湾荷役作業員
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆当時の住所:京都市右京区
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆特徴:やせ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆秋田県秋田市新屋出身
◆特徴:やや面長で眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

《特定失踪者・加藤悦子さんについて》
◆氏名:加藤 悦子
(かとうえつこ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月23日
◆生年月日:昭和23(1948)年1月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:41歳
◆身長:160cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県尾張旭市の自宅

【失踪状況】
家族を送り出し、午前中勤務先の医院を無断欠勤。
夕方自宅に「ご飯を作って食べていてくれる?」との電話。
当日夜、夫が鏡台内から「これから旅に出る」という手紙を発見。
翌日には鹿児島の実家、兄弟姉妹、当時から過去の交友関係などすべて調べるが手がかりなし。
いつも持ち歩いていたバックも家にある。
通帳印鑑も同様。
現金を引き出した痕跡なし。
給料前だったので所持金はほとんどない。
看護婦免許も家に置いたまま。
服も持ち出した形跡なし。
性格上自殺は考えにくい。

《特定失踪者・保泉泰子さんについて》
◆氏名:保泉 泰子
(ほいずみやすこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年11月10日
◆生年月日:昭和11(1936)年8月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:55歳
◆身長:143cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県日進市

【失踪状況】
自宅から400~500m先のコンビニに茶葉を購入に行く途中行方不明。

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】救う会兵庫編/産経新聞

2014-07-27 09:38:34 | 日記
兵庫県が朝鮮学校に支出する補助金が適切に使われたかを確認するために監査が必要として、北朝鮮拉致被害者・家族の支援組織「救う会兵庫」は7月24日、県の監査委員に住民監査請求を8月中に行うことを明らかにした。
請求の対象にしているのは平成23年度に県が学校法人「兵庫朝鮮学園」に支出した補助金約1億3200万円の使途。
長瀬 猛代表は

「県費でこれだけ多額の補助金を支出しているのに、これまで補助金の執行状況を確認した形跡がない。知事の権限で監査することは可能だ」

と話している。
兵庫県によると、朝鮮学校は「各種学校」にあたり、財務に関する書類を作成する際、会計士などによる監査は法的に規定されていないという。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

※「朝鮮学校の教科書は一切秘密なんです。それを萩原 遼さんが何とか入手して日本語に翻訳した。そうしたら朝鮮学校の中で(萩原さんに教科書を渡した)犯人探しが始まった。教科書を知られちゃいけないなんて、こんなの学校じゃありません。秘密結社です」
(西岡 力・救う会会長)
※「朝鮮学校では朝鮮総連幹部や職員の子供が学費を免除されている。また、特待生制度があり、勉学はもちろん、スポーツや上(幹部)に忠実等の理由で無料で朝鮮大学校まで行ける」
(萩原 遼さん)



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】拉致被害者支援策編/NHK[全国]

2014-07-27 09:34:40 | 日記
安倍晋三総理大臣は自民党の拉致問題対策本部のメンバーと会談し、「すべての拉致被害者の帰国が果たされなければ、私の使命は終わらない」と述べたうえで、北朝鮮から被害者らが帰国した場合に備えて支援策の充実を図る考えを示しました。
自民党の拉致問題対策本部は、北朝鮮による拉致被害者やその家族が日本に帰国した場合に備えた新たな支援策をまとめ、7月24日、本部長を務める山谷えり子参議院議員たちが安倍総理大臣と会談して実現を求めました。
支援策は、現在は日本への永住を決めてから10年間となっている給付金の支給期間を延長したり、65歳以上の拉致被害者には帰国した際の年齢までに受け取れるはずだった国民年金に相当する額を一括して支給したりできるようにすべきだ等としています。
会談で、山谷議員は

「被害者たちが安心して日本で暮らせると確信を持ってもらえるよう、できる限りきめ細かく支援する案をまとめた」

と述べました。
これに対し、安倍総理大臣は

「すべての拉致被害者の帰国が果たされなければ、私の使命は終わらない。新たに帰国する被害者たちに柔軟に対応できるよう万全を期したい」

と述べ、被害者たちが帰国した場合に備えて支援策の充実を図る考えを示しました。

◆昭和53(1978)年7月31日
アベック拉致容疑事案
被害者:蓮池 薫さん(拉致被害時20歳)
被害者:蓮池祐木子さん(旧姓奥土)(拉致被害時22歳)
蓮池さんは「ちょっと出かける。すぐ帰る」と言って外出したまま失踪。同様に奥土さんも外出したまま失踪。
2人は昭和55年に結婚。平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子1人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称チェ・スンチョルについて平成18年2月に、また、共犯者である自称韓明一(ハン・ミョンイル)こと通称ハン・クムニョン及び通称キム・ナムジンについて平成19年2月にそれぞれ逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和53(1978)年7月7日
アベック拉致容疑事案
被害者:地村保志さん(拉致被害時23歳)
被害者:地村富貴惠さん(旧姓:濱本)(拉致被害時23歳)
「二人でデートに行く」と言って出かけて以来、失踪。
2人は昭和54年に結婚。
平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子2人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)について、平成18年2月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

※「(拉致実行犯に担がれて)一歩一歩下りるとき、犯人の肩がお腹にめり込んで痛かった」
(地村富貴恵さんの証言)

《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆当時の住所:兵庫県川西市湯山台
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。
さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。

《愛知県警公開特定失踪者・阿部貞子さんについて》
◆氏名:阿部 貞子
(あべさだこ)
◆生年月日:昭和12年4月18日
◆年齢:24歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:愛知県一宮市今伊勢町
◆当時の職業:紡績工
◆出身地:新潟県北蒲原郡中条町大字(現・胎内市)羽黒1825番地
◆身長:152cm~153㎝くらい
◆特徴:小肥り

【失踪状況】
昭和36年7月、愛知県内の勤め先から行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・関根 固さんについて》
◆氏名:関根 固
(せきねかたむ)
◆当時の年齢21歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市昭和区
◆当時の職業:会社員
◆身長170㎝くらい

【失踪状況】
昭和37年8月頃から連絡が取れなくなり、行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・野村 博さんについて》
◆氏名:野村 博
(のむらひろし)
◆当時の年齢:23歳(行方不明当時)
◆当時の住所:東京都文京区
◆当時の職業:大学生
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和46年3月頃、東京都文京区の下宿先から行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・鷲見孝司さんについて》
◆氏名:鷲見 孝司
(すみたかし)
◆当時の年齢:27歳(昭和47年当時)
◆現在の年齢:68歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区宿跡町
◆職業:自営業(給排水工事業)
◆身長160cmくらい
◆特徴:中肉

【失踪状況】
昭和47(1972)年3月3日、自宅から「仕事の集金に行く」と言って外出した後、行方不明となっています。

《愛知県警公開特定失踪者・光瀬雅弘さんについて》
◆氏名:光瀬 雅弘
(みつせまさひろ)
◆当時の年齢:25歳(昭和47年当時)
◆当時の住所:愛知県半田市
◆当時の職業:無職
◆身長:160㎝くらい
◆特徴:中肉

【失踪状況】
昭和47年9月頃、愛知県内の自宅から行方不明となっています。

《愛知県警公開特定失踪者・筒井裕子さんについて》
◆氏名:筒井 裕子
(つついゆうこ)
◆当時の年齢:22歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛知県豊川市御津町(旧宝飯郡御津町)
◆当時の職業:看護師
◆身長158㎝位

【失踪状況】
昭和48年11月26日、愛知県豊川市御津町の自宅から出かけたまま行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・内木百合子さんについて》
◆氏名:内木 百合子
(ないきゆりこ)
◆当時の年齢:22歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市昭和区
◆当時の職業:美容師
◆身長:152㎝くらい
【失踪状況】
昭和50年2月4日、名古屋市昭和区の自宅から出かけたまま行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・河合有三さんについて》
◆氏名:河合 有三
(かわいゆうぞう)
◆当時の年齢:32歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆当時の職業:元会社員
◆身長:171㎝くらい

【失踪状況】
昭和61年8月頃、名古屋市千種区のアパートで親族と会ったのを最後に行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。

《愛知県警公開特定失踪者・李麻奈美さんについて》
◆氏名:李 麻奈美
(り まなみ)
◆通名:岩本麻奈美
(いわもとまなみ)
◆当時の年齢:14歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆当時の職業:中学生
◆身長:162㎝くらい

【失踪状況】
昭和62年3月15日、名古屋市港区の自宅から出かけたまま行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】拉致被害者支援策編/NHK[全国]

2014-07-27 09:30:37 | 日記
自民党は、北朝鮮から拉致被害者たちが帰国した場合に備えて、現在は10年間となっている給付金の支給期間を延長できるようにすべきだ等とした新たな支援策をまとめました。
自民党は、北朝鮮が「特別調査委員会」を設置して拉致問題を巡る調査を始めたことを受けて、7月23日に拉致問題対策本部等の合同会議を開き、拉致被害者やその家族が日本に帰国した場合に備えた新たな支援策をまとめました。
支援策では、拉致被害者らが帰国して永住する場合、生活再建に時間がかかることが想定される等として、現在は日本への永住を決めてから10年間となっている給付金の支給期間を延長できるようにすべきだとしています。
また65歳以上の拉致被害者については、帰国した際の年齢までに受け取れるはずだった国民年金に相当する額を一括して支給できるようにすべきだとしています。
一方、すでに帰国した拉致被害者への給付金の支給が来年3月で終了することを踏まえ、被害者かその配偶者が60歳になってから受け取れる新たな給付金制度を創設するよう求めています。
自民党はこうした支援策を実現するよう、24日に政府に申し入れることにしています。

◆昭和53(1978)年7月31日
アベック拉致容疑事案
被害者:蓮池 薫さん(拉致被害時20歳)
被害者:蓮池祐木子さん(旧姓奥土)(拉致被害時22歳)
蓮池さんは「ちょっと出かける。すぐ帰る」と言って外出したまま失踪。同様に奥土さんも外出したまま失踪。
2人は昭和55年に結婚。平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子1人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称チェ・スンチョルについて平成18年2月に、また、共犯者である自称韓明一(ハン・ミョンイル)こと通称ハン・クムニョン及び通称キム・ナムジンについて平成19年2月にそれぞれ逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

◆昭和53(1978)年7月7日
アベック拉致容疑事案
被害者:地村保志さん(拉致被害時23歳)
被害者:地村富貴惠さん(旧姓:濱本)(拉致被害時23歳)
「二人でデートに行く」と言って出かけて以来、失踪。
2人は昭和54年に結婚。
平成14年10月に日本に帰国。
娘1人と息子2人は平成16年5月に帰国。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員、辛光洙(シン・グァンス)について、平成18年2月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

※「(拉致実行犯に担がれて)一歩一歩下りるとき、犯人の肩がお腹にめり込んで痛かった」
(地村富貴恵さんの証言)

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者。または、港湾荷役作業員
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆当時の住所:京都市右京区
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆特徴:やせ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆秋田県秋田市新屋出身
◆特徴:やや面長で眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

《特定失踪者・加藤悦子さんについて》
◆氏名:加藤 悦子
(かとうえつこ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月23日
◆生年月日:昭和23(1948)年1月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:41歳
◆身長:160cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県尾張旭市の自宅

【失踪状況】
家族を送り出し、午前中勤務先の医院を無断欠勤。
夕方自宅に「ご飯を作って食べていてくれる?」との電話。
当日夜、夫が鏡台内から「これから旅に出る」という手紙を発見。
翌日には鹿児島の実家、兄弟姉妹、当時から過去の交友関係などすべて調べるが手がかりなし。
いつも持ち歩いていたバックも家にある。
通帳印鑑も同様。
現金を引き出した痕跡なし。
給料前だったので所持金はほとんどない。
看護婦免許も家に置いたまま。
服も持ち出した形跡なし。
性格上自殺は考えにくい。

《特定失踪者・保泉泰子さんについて》
◆氏名:保泉 泰子
(ほいずみやすこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年11月10日
◆生年月日:昭和11(1936)年8月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:55歳
◆身長:143cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県日進市

【失踪状況】
自宅から400~500m先のコンビニに茶葉を購入に行く途中行方不明。

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所)
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。