もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】高英姫編

2011-12-27 05:59:48 | 日記
《不都合の血統。高英姫氏は元在日朝鮮人》

北朝鮮は12月24日、金正日(キム・ジョンイル)総書記の実母で1949年に死去した金正淑(キム・ジョンスク)氏の生誕94周年にあたり、金総書記を「指導者」として育て上げた正淑氏の「業績」を大々的に宣伝した。
朝鮮中央通信はこの日、金正淑氏を「透徹した首領観を持ち、首領の決死擁護に輝かしい亀鑑(手本)を示した不屈の革命闘士。金正日同志を将来の指導者として育て、朝鮮労働党と祖国の前に立たせたことこそ、金正淑同志が残した遺産」と伝えた。
さらに、「首領決死擁護の精神を受け継ぎ、金正恩(キム・ジョンウン)同志に忠実に仕え、主体(チュチェ)の偉業(三代世襲)を最後まで継承し、完成させなければならない」と述べた。
韓国政府関係者は

「金正淑氏を偶像化する目的が正恩氏世襲の正当化にあることを隠していない」

と話す。
しかし、北朝鮮は金総書記の葬儀期間中に正恩氏の祖母の誕生日に触れているのに対し、正恩氏の実母で2004年に死去した高英姫(コ・ヨンヒ)氏については何も言及していない。
北朝鮮が高英姫氏の話題を避ける最大の理由は、その出自にあるという見方が支配的だ。
高英姫氏は金総書記の第3夫人で、正哲(ジョンチョル)氏(30歳)・正恩氏(29歳)・ヨジョン氏(24歳)の3人を出産した元在日朝鮮人の舞踊家だ。
北朝鮮に詳しい消息筋は

「北朝鮮で在日朝鮮人は良くても2等市民扱い。敬愛する指導者の実母が在日朝鮮人とわかれば、いいことは一つもない」

と話す。
金一族の偶像化を総指揮して来た朝鮮労働党宣伝扇動部は金総書記死去直後、高英姫氏が元在日朝鮮人であることを口外しないよう指示したという情報もある。

【首領観】
金日成(キム・イルソン)主席を絶対視し、最高指導者として仕えようという考え方。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】張成沢編(1)

2011-12-26 13:24:26 | 日記
《「数は力」。正恩氏を支える最大勢力のボス・張成沢行政部長》

北朝鮮の三代にわたる世襲体制が今後どれだけ順調に行くかは、後継者の金正恩(キム・ジョンウン)中央軍事副委員長が各派閥のパワーエリートからどれだけ忠誠を得られるかにかかっている。
韓国の元世勲(ウォン・セフン)国家情報院長は12月20日、国家情報委員会で

「(金総書記の)葬儀委員の名簿に載った人物(232人)は親正恩派だ」

と述べたという。
しかし、北朝鮮専門家はそれを額面通りに受け取ることは出来ないと指摘する。名簿に含まれた人物は表面的には正恩氏に忠誠を尽くしているように見えるが、いつでも派閥間の権力闘争が起きる可能性があるからだ。
高官出身の脱北者は12月21日、

「名簿に含まれた一部の人物は、正恩氏による世襲統治に反発する可能性がある」

と語った。


■親正恩派は表面だけ

現在、金正恩中央軍事副委員長を支持する最大勢力は叔母の夫にあたる張成沢(チャン・ソンテク)行政部長の人脈だ。
張行政部長は2008年8月に金正日(キム・ジョンイル)総書記が脳血管系の疾患で倒れた後、権力の中心である朝鮮労働党と朝鮮人民軍を掌握して多数の側近を置いた。そして正恩氏とともに中央軍事副委員長に出世した。また、朝鮮人民軍序列第1位の李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長が張行政部長の右腕とされる。
正恩氏への絶対忠誠を誓った最側近グループも存在する。韓国の国情院にあたる北朝鮮の情報機関・国家安全保衛部の禹東則(ウ・ドンチュク)第1副部長、金彰燮(キム・チャンソプ)政治局長、金英徹(キム・ヨンチョル)偵察総局長たちがそうだ。


■元老グループと呉克烈系の反発の可能性

しかし、金正恩後継体制を巡っては反対するグループもあると専門家が指摘する。
金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長をはじめとする革命元老たちは、表面的には正恩氏の支持勢力と見られる。ただ、元老たちにとって20代後半の正恩氏の地位は祖父の金日成(キム・イルソン)主席や父親の金総書記による「親の七光り」に過ぎない。
アメリカのランド研究所のブルース・ベネット博士は

「正恩氏がしっかりと統治出来なければ、高齢の党・軍幹部が反発する可能性がある」

と述べた。
軍部の中心にいる実力者・呉克烈(オ・グクリョル)国防委員会副委員長に従う勢力も注目対象だ。呉克烈グループは張行政部長の勢力に対する対抗軸であり、正恩氏の異母兄の金正男(キム・ジョンナム)を支持しているとされる。
韓国政府系シンクタンクの世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)首席研究委員は

「呉国防副委員長は正恩氏による後継が確実となった昨年9月の朝鮮労働党代表者会で、党政治局にも党中央軍事委員にも加われないという屈辱を味わった。呉国防副委員長が金正恩後継体制の構築に消極的だったためだ」

と分析した。呉国防副委員長は偽造紙幣や麻薬取引等を統括する朝鮮労働党39号室の実質的管理者だったが、正恩氏の最側近である金英徹偵察総局長が約2年前にそのカネづるを断ったとされる。そこには呉国防副委員長を牽制し、無力化する狙いがあったと受け止められている。


■軍内部の反張成沢

軍内部で張成沢系に反対するグループがいるという意見もある。
韓国国防研究院の白承周(ペク・スンジュ)安保戦略研究センター長は

「軍の中心人物は張成沢系と李済剛(リ・ジェガン)組織指導部第1副部長系に分かれる」

と分析した。
白センター長によると、朱相成(チュ・サンソン)前人民保安相やキム・サンイク人民武力副部長たちが李済剛系に属していた。いずれも金正男氏支持勢力として分類されており、金総書記の葬儀委員の名簿に名前はなかった。
張成沢系が正恩氏後継体制確立のバックにあるとされるが、李済剛系の白世鳳(ペク・セボン)国防委第2経済委員長たちが健在で、いつでも正恩氏に反旗を翻す可能性があるとの見方も存在する。



※李済剛第1副部長については
【みんな生きている】
李済剛編
http://m.webry.info/at/96968710/201006/article_1.htm;jsessionid=4FB082450D87CE57054BE8DB2B51D81C..32790bblog?i=&p=&c=m&guid=on
をご覧下さい。
※※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】張成沢編(2)

2011-12-26 13:18:46 | 日記
《金正恩体制を支える「ツートップ」、張成沢行政部長と金敬姫軽工業部長》

北朝鮮の「金王朝」は金正日(キム・ジョンイル)総書記の死後、20代後半の金正恩(キム・ジョンウン)中央軍事副委員長の後見人として、金総書記の妹で正恩氏の叔母にあたる金敬姫(キム・ギョンヒ)軽工業部長とその夫・張成沢(チャン・ソンテク)行政部長を「ツートップ」に据えた模様だ。
特に、金敬姫氏の急浮上が目立つ。


■金敬姫氏、6年ぶりに最登場

2009年6月、金敬姫氏が金総書記の咸鏡南道協同農場視察に同行し、6年ぶりに公式の場に姿を見せた。当時、その意味に注目した専門家はほとんどいなかった。むしろ、「健康状態が悪化した金敬姫氏が死ぬ前に外の風にでも当たろうとしているのではないか」と言われるほどだった。
しかし、敬姫氏は昨年9月の朝鮮労働党代表者会で正恩氏とともに朝鮮人民軍大将の称号を与えられ、権力の中心へと浮上した。このとき、夫の張成沢行政部長は政治局候補委員にとどまったが、金敬姫氏は政治局員に名を連ねた。
韓国政府消息筋は

「金総書記が2009年1月、正恩氏を後継者に内定してから半年も経たずに敬姫氏を復帰させたのは、早期に『金正恩の後見人』として据えるためだったのではないか」

と述べた。
敬姫氏が再登場した背景は、韓国国策シンクタンクの先任研究員によると

「金日成(キム・イルソン)主席の直系だから」

という分析が有力だ。
幹部出身の脱北者は

「敬姫氏の復帰は金日成一族を意味する『白頭山の血統』が正恩氏に全幅の信頼を寄せていることを示す意図がある」

と指摘した。
金総書記と敬姫氏がそれぞれ7歳と3歳だった1949年、母親の金正淑(キム・ジョンスク)氏が出産中に死去して以降、互いに支え合って張成沢氏とともに継母の金聖愛(キム・ソンエ)氏の台頭に対抗した同志的関係だった。
日本の対北朝鮮消息筋は

「敬姫氏はパーティーで酒に酔うと、ふざけて兄(金総書記)にキスするほど兄妹仲が良かった」

と語った。
金総書記の愛情を受けた敬姫氏は2003年9月、最高人民会議の第11期代議員による記念撮影を最後に消息が伝えられなくなった。浮気癖があった夫・張成沢氏との不和、2006年半ばにフランス留学中の娘チャン・グムソン氏が自殺したこと等が重なり、アルコール中毒とうつ等の症状に陥っていたという。
チャン・グムソン氏は交際相手の男性の身分を敬姫氏に問題視され、結婚に反対されたため自殺したとされる。
北朝鮮消息筋は

「当時、敬姫氏は廃人同様に過ごしていたが、現在の敬姫氏は正恩氏を助けて院政を敷いているかも知れない」

と指摘した。


■金総書記「信頼出来るのは家族だけ」

張成沢氏は2008年8月、金総書記が倒れた際に非常事態の収集で中心的な役割を果たした。
張氏は2004年に側近の豪華な結婚式に出席し、権力欲で派閥形成を図った疑いで失脚したが、2007年末には公安や司法機関を統括する朝鮮労働党行政部長に就任し、「金正日時代のNo.2」と呼ばれた。
金総書記はリーダーシップを持つ張行政部長を警戒しながらも、昨年6月には最高権力機関である国防委員会副委員長に張行政部長を就任させた。また、昨年9月の朝鮮労働党代表者会を前後し、崔竜海(チェ・リョンヘ)書記や朴明哲(パク・ミョンチョル)体育相たち張行政部長の側近が左遷を解かれて続々と復帰した。
韓国政府当局者は

「2009年12月以降、金敬姫・張成沢夫妻は金総書記の現地指導にしばしば同行した。金総書記は晩年、『信じられるのは家族だけだ』と考えていたようだ」

と語った。
北朝鮮の後継体制を巡り金敬姫・張成沢夫妻は当初、長男の金正男(キム・ジョンナム)氏を支持していたとされる。敬姫氏は正男氏の生母である成恵琳(ソン・ヘリム)氏に近く、成氏が病気治療のためモスクワに向かって以降、正男氏の面倒を見たことが背景にあると見られている。しかし、金敬姫・張成沢夫妻は正恩氏が後継者に内定して以降、正男氏に対する未練を捨てたと見られる。
金敬姫氏と張行政部長が結婚に至る過程は順調ではなかったとされる。
韓国に亡命した故ファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党書記の回顧録によれば、敬姫氏は金日成総合大学政治経済学科の同級生だった張成沢氏に惚れた。張氏は頭が良く、アコーディオン演奏や歌や踊りが上手かった。しかし、金日成主席は張氏の父親の出身成分が悪いとして張氏を元山経済大学に追放してしまった。
その後、敬姫氏が泣いて訴え、1972年にようやく結婚したという。


■アル中と失脚を乗り越えて

結婚生活は娘のチャン・グムソン氏の自殺、敬姫氏のアルコール中毒、張氏の2度にわたる失脚等が重なって円満ではなかったとされる。
ある幹部出身の脱北者は

「敬姫氏は宴会で『おい、張部長』と呼ぶ等、張行政部長に冷たかった」

と言う。
しかし、韓国情報当局者は

「金敬姫・張成沢夫妻は政治的に同じ船に乗った運命共同体だ。2人が反目し、北朝鮮の権力が混乱する可能性は現時点で低いのではないか」

と分析した。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】張成沢編(3)

2011-12-26 13:12:34 | 日記
《忠臣?簒奪者?張成沢行政部長って、どんな人?》

「側近とのパーティーで酔った金正日(キム・ジョンイル)が、理由はわからないが張成沢(チャン・ソンテク)の頬を殴った。他の側近ならば『自分は終わりだ』と感じ手足が震えるはずだ。しかし、張成沢は私のほうを見て笑った。度胸があり、カリスマもある」
韓国に亡命した故ファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党書記は「北朝鮮で金正日の他に自分の名前で人を使う唯一の人物が張成沢だ」と語っていた。


■2度の失脚と復活

金総書記の妹・金敬姫(キム・ギョンヒ)軽工業部長の夫である張成沢行政部長は周りを自分の側近で固めようとしたため、金総書記によって2度失脚した経験を持つ。
張成沢氏は1978年、東平壌外交招待所で週1回自分の側近たちとパーティーを開いていたことから保衛部に摘発された。
報告を受けた金総書記は「おまえはなぜ私の真似をするのか?」と責め、張氏を降仙製鋼所の作業班長へと追放した。張氏はそこで2年間の「革命化教育」を受けた。
当時、張氏を救ったのは金総書記の妻で金正男(キム・ジョンナム)氏の母にあたる成恵琳(ソン・ヘリム)氏だ。成氏は1980年2月16日、金総書記の誕生日に張氏を強引に呼んで金総書記の前に立たせ、「張成沢を許して欲しい」と頼んだという。
張成沢氏が金総書記の信頼を取り戻したのは1989年の平壌世界青年学生祝典の前後だ。当時、平壌再建設事業を担当していた張氏は全国から資材と人材を集め、期限内に工事を終えた。
金総書記は張氏を「努力英雄」として称賛し、1989年に三大革命小組部長、1995年に朝鮮労働党組織指導部第1副部長等に抜擢した。
また、同時期に張氏の長兄・張成禹(チャン・ソンウ)次帥は平壌防衛部隊の第3軍団長に昇進し、次兄・張成吉(チャン・ソンギル)中将は戦車軍団政治委員として活動する等、張3兄弟は順調に出世した。
しかし、張成沢氏は2004年初め、側近の豪華な結婚式に出席したことが問題になり、派閥形成の疑いで再び失脚した。当時の朝鮮労働党で「張成沢人脈」とされた幹部も全て左遷された。張氏は1978年の時とは異なり地方には追放されなかったが、全ての職位を失った。
2年間公の場から姿を消した張氏は2006年、組織指導部第1副部長として復帰したのに続き、2007年末には行政部長に昇進して司法・公安機関を統括した。
韓国治安政策研究所のユ・ドンリョル先任研究官は

「金総書記が張行政部長を牽制しながらも右腕として使ったのは、同母妹の金敬姫軽工業部長の夫だからではないか。金総書記は晩年を迎えるほど、親戚や金日成(キム・イルソン)主席の側近の子孫にあたる革命第2世代を重用する傾向を見せた」

と分析した。


■No.2か?簒奪者か?

金総書記は生前、派閥の形成を全く許さなかった。しかし、張行政部長には2度も警告しながらも「金正恩の後見役」を任せた。
対北朝鮮消息筋は

「義弟である張行政部長の能力を知っていたため、妹の敬姫氏とともに若い後継者を守って欲しいという意味だ」

と分析した。
しかし、張行政部長が金総書記の意志を最後まで貫くかどうかはわからないとの見方も少なくない。国防委員会副委員長兼行政部長として公安機関を掌握しているため、反対派の監視と支持勢力の拡大にも有利な地位にあるためだ。
張行政部長は軍の将軍だった2人の兄の威光を背景として、李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長や金永春(キム・ヨンチュン)人民武力部長たち軍の実力者にも近い。
張行政部長は2002年には経済視察団の一員としてソウルを訪れたこともある他、中国にも人脈があるとされる。また、張行政部長は改革・開放に積極的だとの見方もある。
こうした理由から、韓国情報当局者からは

「(張氏が)首陽大君になることもあり得る」

という分析も聞かれる。
2001年まで13年間金総書記の料理人を務めた藤本健二氏は

「2000年頃、張成沢氏の役職が組織指導部第1副部長から(ヒラの)副部長へと降格されたことがあったが、誰も張氏を『副部長』と呼ぶことが出来ず、『部長』と呼んでいたほど威勢があった」

と話した。
張行政部長の性格についての評価は分かれる。
張行政部長と一緒に朝鮮労働党内で働いたことがある脱北者は

「ユーモアのセンスに優れ、ソフトな方だ。相手の気持ちに合わせるスタイルだ」

と語った。
しかし、ある幹部出身の脱北者は

「冷たい」

と証言した。
張行政部長のライバルだった李済剛(リ・ジェガン)組織指導部第1副部長は昨年5月末、張行政部長が国防委員会副委員長に昇進する数日前に疑わしい交通事故で死亡している。

【首陽大君】
15世紀に朝鮮王朝の第6代国王・端宗から王位を奪い、自ら王位についた。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】横田めぐみさん・申淑子さん

2011-12-25 08:00:51 | 日記
今年、脱北者から横田めぐみさんの生存情報を得た韓国の国会議員が来日し、めぐみさんの両親と初めて面会して脱北者からの情報を直接伝えました。
韓国人拉致被害者の救出活動を行なっている韓国の野党・自由先進党の朴宣映(パク・ソニョン)議員は今年10月、脱北者から得た「横田めぐみさんが2004年頃生存していた」との証言を公表した人物です。
朴議員は都内で横田 滋さん・早紀江さん夫妻に
「北朝鮮に残された朝鮮戦争捕虜の救出活動で脱北者と接触する中でめぐみさんの証言を得た」
と伝えました。
その上で、
「来年3月、国連の人権委員会に横田めぐみさんと韓国人拉致被害者の申淑子(シン・スクチャ)さん救出を連名で提言し、国際社会に解決を訴えたい」
と述べました。
これに対し横田さん夫妻は
「何とかして拉致問題を解決しようとの熱意を感じた。最近、北朝鮮からの情報がたくさん出てくるようになり、解決まであと一歩だという話を伺った。今が解決のチャンスなので良いように動いて欲しい」
と述べました。



※昭和52年(1977年)11月15日
少女拉致容疑事案(新潟県)
被害者:横田めぐみさん(13歳)

新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994年(平成6年)に死亡したとし、「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には、日本政府が実施したDNA検査により、めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された男子高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

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