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【みんな生きている】横田めぐみさん/NHK[首都圏]

2014-04-30 08:46:25 | 日記
北朝鮮による拉致問題に広く関心を持ってもらおうと、横田めぐみさんが拉致された事件を題材にした演劇が神奈川県横浜市で上演されました。
演劇は政府や神奈川県等が主催し、はじめに古屋圭司拉致問題担当大臣が
「拉致問題を許さないという国民の怒りの声を北朝鮮にぶつけることが解決につながる。舞台を観て、拉致を自分の問題として考えて欲しい」
と呼びかけました。
演劇は昭和52年、当時中学1年生の横田めぐみさんが学校から帰る途中、北朝鮮に拉致された事件を中心に、脱北者の証言等をもとにその後のめぐみさんの生活の様子等が描かれています。
会場には父親の滋さんも訪れ、神妙な面持ちで演劇を見つめていました。
公演のあと滋さんは、
「演劇を通して拉致問題に関心を持ってもらいたい。これからも解決に取り組んでいきたい」
と話していました。
脚本と演出を手がけた野伏 翔さんは
「演劇を通して観た人に、拉致の悲惨さや家族の思いを感じてもらいたい」
と話していました。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

《特定失踪者・齋藤正治さんについて》
◆氏名:齋藤 正治
(さいとうしょうじ)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年10月1日
◆生年月日:昭和14(1939)年7月10日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cmくらい
◆当時の身分:定時制高校の生徒
◆失踪場所:神奈川県逗子市

【失踪状況】
定時制高校に通いながら運輸省(現・国土交通省)のアルバイトのような仕事をしていた。
御両親が早く亡くなり、兄弟はそれぞれ住み込みで働いていた。
正治さんと良司さん(弟)は学年は1年違いだが、正治さんが高校に入ったのは1年遅れ。
話によれば「学校に来ない。下宿に行っても生活しているそのままの状態だった」とのこと。
当時、良司さんも住み込みで自由に動けなかったので直ぐには下宿に行っていない。
後で警察には家出人届は出したが見つからなかった。
正治さんは中学校卒業後すぐ3年ほどパン屋に勤めていたが、退職後は母の妹の家(安浦町)に住所を移し、さらに転居していた。
転居先は住民票を辿ると逗子市で、住所は元横須賀海軍工廠の宿舎。当時は朝鮮半島出身者が500世帯くらい住んでいたが、原因不明の火事(昭和36年頃)で焼失した。

《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》
◆氏名:寺島 佐津子
(てらしまさつこ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日
◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆身長:157cmくらい
◆体重:48kgくらい
◆当時の身分:銀行員
◆当時の住所:神奈川県横浜市戸塚区
◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区

【失踪状況】
失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。
翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。
警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】横田めぐみさん/NNN

2014-04-30 08:42:41 | 日記
神奈川県横浜市で北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさんの拉致事件をテーマにした演劇が上演され、古屋圭司拉致問題担当相が拉致問題への理解を訴えました。
この演劇は政府等が主催して上演されたもので、初めに古屋拉致問題担当相が挨拶しました。
古屋拉致問題担当相は、
「“許せない!”、その気持ちをすべての国民のみなさんに持ってほしいんです。そのことが北朝鮮に対する圧力なんです」
と述べ、拉致問題への理解を訴えました。
29日は横田めぐみさんの父・滋さんも訪れました。
演劇では幸せだった横田さん一家の生活がめぐみさんの拉致をきっかけに一変する様子や、突然娘を奪われた両親の悲しみや、めぐみさんが拉致された際の様子等が表現されています。
訪れた人たちは拉致被害者に思いを寄せながら演劇に見入っていました。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)

《特定失踪者・齋藤正治さんについて》
◆氏名:齋藤 正治
(さいとうしょうじ)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年10月1日
◆生年月日:昭和14(1939)年7月10日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cmくらい
◆当時の身分:定時制高校の生徒
◆失踪場所:神奈川県逗子市

【失踪状況】
定時制高校に通いながら運輸省(現・国土交通省)のアルバイトのような仕事をしていた。
御両親が早く亡くなり、兄弟はそれぞれ住み込みで働いていた。
正治さんと良司さん(弟)は学年は1年違いだが、正治さんが高校に入ったのは1年遅れ。
話によれば「学校に来ない。下宿に行っても生活しているそのままの状態だった」とのこと。
当時、良司さんも住み込みで自由に動けなかったので直ぐには下宿に行っていない。
後で警察には家出人届は出したが見つからなかった。
正治さんは中学校卒業後すぐ3年ほどパン屋に勤めていたが、退職後は母の妹の家(安浦町)に住所を移し、さらに転居していた。
転居先は住民票を辿ると逗子市で、住所は元横須賀海軍工廠の宿舎。当時は朝鮮半島出身者が500世帯くらい住んでいたが、原因不明の火事(昭和36年頃)で焼失した。

《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》
◆氏名:寺島 佐津子
(てらしまさつこ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日
◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆身長:157cmくらい
◆体重:48kgくらい
◆当時の身分:銀行員
◆当時の住所:神奈川県横浜市戸塚区
◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区

【失踪状況】
失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。
翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。
警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】マルズキ・ダルスマン編/朝鮮日報

2014-04-30 08:38:23 | 日記
《ダルスマン氏、ジャカルタの北朝鮮人権週間関連行事に出席》

国連のマルズキ・ダルスマン(Marzuki Darusman)北朝鮮人権問題特別報告官は4月27日(現地時間)、インドネシアのジャカルタで開催された「北朝鮮人権週間」関連の行事に出席した際、『朝鮮日報』紙とのインタビューに応じ

「北朝鮮の人権問題を偏見なしに十分に観察し、調査を行った結果、国連は北朝鮮における現在の状況を単なる人権蹂躙ではなく、国家犯罪のレベルにまで到達していると判断した」

と発言した。
ダルスマン報告官は

「北朝鮮は領土全体が窓のない監獄のようなものだ。監獄で生きる2,400万人の北朝鮮住民の人権を改善させるため、国際社会が努力しなければならない」

とも述べた。
ダルスマン報告官はさらに

「人権蹂躙の責任者は当然のことながら責任を取るべきで、国際社会は人権侵害を受けているすべての北朝鮮住民を救済しなければならない」
「脱北者たちの勇気ある証言により『言葉を奪われた人たちの叫び』はすでに始まっている」

等とも指摘し、その上でダルスマン報告官は

「人権侵害をやめさせるには、北朝鮮を開放させる以外にない」

との見方を示した。
今回の行事は韓国の人権団体・北朝鮮人権市民連合やインドネシア国立科学院等が共同で主催した。
期間中、主催者側は北朝鮮の政治犯収容所の写真展や脱北した若者が制作した作品展等も同時に開催し、4月30日にはインドネシア駐在の北朝鮮大使館前で、北朝鮮の人権問題解決を促すキャンペーンも同時に行う予定だ。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】黄炳瑞編/朝鮮日報

2014-04-30 08:34:44 | 日記
《崔竜海総政治局長に代わって浮上してきた黄炳瑞組織指導部第1副部長》

北朝鮮の権力No.2で、軍の最高実力者とされる崔竜海(チェ・リョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長の動静が途絶えている。一方で、張成沢(チャン・ソンテク)氏の処刑を主導したとされる黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮労働党組織指導部第1副部長が急浮上している。専門家は北朝鮮の軍部内に微妙な変化があったとみている。


■中央軍事委、短間隔で異例の開催

北朝鮮の朝鮮中央通信は4月27日、朝鮮労働党の中央軍事委員会拡大会議が開かれたと伝えた。中央軍事委は金正恩(キム・ジョンウン)労働党第1書記が委員長を務め、軍内の人事や軍事政策を最終決定する機関。中央軍事委は3月17日にも開かれており、1カ月半の間隔での開催は極めて異例だ。同通信は今回の会議で「組織(人事)問題」が話し合われたと伝えた。


■消えた崔竜海氏

朝鮮中央通信は同日の会議で、金正恩第1書記が郡内の「政治事業」を強調したと伝えた。言い換えれば、金正恩氏が自身に対する忠誠度など政治的な綱紀問題に言及したことになる。
軍内で政治的綱紀問題を担当しているのが崔竜海総政治局長だ。しかし、崔竜海氏は3月11日、最高人民会議(国会に相当)の出席者と記念写真を撮影して以降、公の場から姿を消した。4月15日に平壌で開かれた「第1回飛行士大会」や25日の朝鮮人民軍創建82周年記念行事にも出席しなかった。軍内序列トップが軍の創建記念日に姿を見せないのは意外なことだった。
崔竜海氏が姿を見せない理由をめぐっては、病気説と失脚説がささやかれている。
まず、糖尿病を患っていた崔竜海氏について、病状が悪化し、金正恩氏が休養と治療を命じたとの説が浮上している。崔竜海氏は今年初めから足を引きずる姿が見られ、健康状態の悪化が見て取れたことが根拠だ。
また、金正恩氏が張成沢氏処刑以降、権力を拡大している崔竜海氏をけん制するため、粛清に踏み切った可能性もささやかれている。
アメリカ・ジョンズホプキンス大国際関係大学院のデニス・ハルピン研究員は4月4日、外交安全保障分野の専門誌「ナショナル・インタレスト」への寄稿で、

「北朝鮮の抗日闘争は、金日成(キム・イルソン)主席よりも(崔竜海氏の父親である)崔賢(チェ・ヒョン)氏が主導した。そうした事実が金正恩氏を刺激し、崔竜海氏の粛清につながる可能性がある」

と指摘していた。
朝鮮中央通信は26日、金正恩氏が朝鮮人民軍第681軍部隊の砲撃・射撃演習を視察し、「部隊の戦闘準備がよくできていない。部隊の党委員会が党の政治事業を実行できていない」と批判したと報じた。軍部隊別に置かれる党委員会を管轄しているのが総政治局長である崔竜海氏だ。


■浮上する黄炳瑞氏

仮に崔竜海氏が失脚したとすれば、その地位を継承する可能性が最も高いのは黄炳瑞・党組織指導部第1副部長だ。黄炳瑞氏は崔竜海氏が出席しなかった今月15日の第1回飛行士大会で、大将に昇進したことが確認された。
朝鮮中央通信は27日、金正恩氏の長距離砲兵軍分隊(放射砲隊)視察を報じ、黄炳瑞氏を軍参謀長である李永吉(リ・ヨンギル)氏よりも先に紹介した。過去に軍関連行事で李永吉氏より先に紹介されていた人物は崔竜海氏だけだった。
韓国のシンクタンク、世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)首席研究委員は

「名前が呼ばれる順序からみて、黄炳瑞氏が(崔竜海氏の地位である)総政治局長に任命されたか、その職務を代行していると見るべきだ」

と指摘した。
これについて、北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋は

「崔竜海氏は過去にも1カ月姿を消したことがあるため、もう少し見守る必要がある。失脚説が事実かどうかを確認している」

と話した。



《参考・朝鮮労働党組織指導部第1副部長の重要性》

【北朝鮮人事担当者、81歳で死去(2010年)】

朝鮮労働党で軍の組織・人事業務を16年間にわたり受け持ってきた李容哲(リ・ヨンチョル)組織指導部第1副部長(81歳)が4月26日に死亡したと北朝鮮メディアが報じた。
朝鮮中央放送が報じたところによると、朝鮮労働党中央委員会・中央軍事委員会・最高人民会議常任委員会は4月26日、共同で「李容哲同志の逝去に対する布告」を発表し、「党中央委員会第1副部長・李容哲同志は心臓麻痺により、2010年4月26日0時20分に81歳で逝去した。李同志は長らく党中央委員会の責任的な地位にあって事業を行いながら、人民・軍隊をより強化・発展させるため、知恵と情熱を捧げ尽くした」と述べた。
朝鮮中央通信はこの日、「金正日(キム・ジョンイル)同志は朝鮮労働党中央委員会委員にして中央軍事委員会委員であり、最高人民会議代議員だった党中央委員会第1副部長・李容哲同志の死に哀悼の意を示し、故人の霊前に花輪を贈った」と報じた。
組織指導部は朝鮮労働党の中核機構で、李容哲第1副部長が軍事業務を、李済剛(リ・ジェガン)第1副部長(80歳)が党中央業務を担当している。
金総書記は後継者時代に組織指導部を通じて権力を掌握し、現在は組織指導部長を兼任している。
李容哲第1副部長は1980年代初めに人民武力部作戦局長に、その後1994年には組織指導部第1副部長に就任した。金総書記は寡黙で精密な李容哲第1副部長を深く信任していたといわれる。
李容哲第1副部長は2007年までは金総書記の現地指導にしばしば随行していたが最近は健康状態が悪化し、キム・ギョンオク第1副部長が李容哲第1副部長の業務を代行していたと分析されている。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】黄炳瑞編/朝鮮日報

2014-04-30 08:30:41 | 日記
《黄炳瑞組織指導部第1副部長って、どんな人?》

黄炳瑞(ファン・ビョンソ)氏は北朝鮮の朝鮮人民軍組織指導部内でも軍部の管理を主に担当する第1副部長を務めている。
組織指導部は、北朝鮮の党・政府・軍の人事・組織を統括する北朝鮮権力内部の重要組織だ。労働党内にある部署とは異なり、これまで部長が誰なのか明らかになったことがなく、金正恩(キム・ジョンウン)氏が直接部長を務めているのではないかと言われるほどだ。
黄炳瑞氏は昨年12月、張成沢(チャン・ソンテク)氏の処刑を主導し、金正恩氏の新たな側近に浮上したとされる。
黄炳瑞氏の出身地や正確な年齢は判明していない。中国メディアは黄炳瑞氏が65歳だと報じたが、韓国統一部(省に相当)が発行した「北朝鮮主要人士人物情報」によると、1940年生まれ(74歳)となっている。
黄炳瑞氏は2010年9月に人民軍准将(韓国軍の少将に相当)、2011年3月に上将(同中将に相当)へと急速に出世したのに続き、今年4月15日には大将への昇進が確認された。
昨年は金正恩氏の公開活動への随行頻度が崔竜海氏に次ぐ2位だったが、今年に入ってからは黄炳瑞氏の随行回数が上回っている。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)