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【みんな生きている】国際セミナー編(1)

2012-12-29 01:48:32 | 日記
12月14日に実施された国際セミナー北朝鮮・拉致被害者最新情報と救出戦
略」に参加した李英秀氏(仮名)の報告要旨と、ビデオ報告した金賢姫氏の報告
要旨を予めまとめたものを当日配布しました。
以下に、その全文を掲載します。


■李英秀・金賢姫氏報告-国際セミナー配布資料

1.最新拉致情報-脱北者の証言
国際セミナー
(2012年12月14日)

李英秀(仮名)
1965年慈江道生まれ
韓国軍捕虜の息子 父は2006年死亡
1981年~1991年人民軍入隊
1980年金日成教示「在日帰国者、韓国軍捕虜の家庭からも一家に一人軍隊に入れて徹底的に革命思想を植え付けよ」が出たため入隊できた。
1991年~1994年軍除隊後、炭鉱配属を拒否し耀徳(ヨドク)収容所に。
家鴨の世話を任される保衛指導員と結託して高位層政治犯と家族知人との連絡をして謝礼を得る裏仕事をする。出所後も継続。
1996年~2007年作戦部資材調達係
2007年脱北
親しい友人だった作戦部幹部の息子Aから聞いた拉致情報
Aの父は肝硬変。金正日の配慮でドイツで手術したが、回復しなかった。
Aは父を民間療法で直そうと考え、私とともに薬草を求めて地方を回った。
××年、Aの父が死んだ。金正日の世襲に合わせて、幹部が死んだとき、「代を継いで革命する」として息子を継がせることがあり、Aは作戦部指導員となる。



1.2002年小泉訪朝のときのAとの会話

A「将軍様が大きな失敗をした。誰か2、3人責任とって死ぬかもしれない。狐
のような小泉に騙されて拉致を認めた」
李「拉致を本当にしたのか」
A「したから認めた」
李「なぜ知っている」
A「親父が日本担当、親父が亡くなっていてよかった」
李「だいたい何人拉致したか」
A「多い」
李「何に使う」
A「考えてみろ」
李「関心ないから分からない。国交正常化になるのか」
A「分からない」
李「なるなら、対日貿易で儲けたい。松茸は日本で一番高く売れる」
A「拉致した日本人は使えた奴も使えなかった奴もいる。間諜教育で日本語を教えた。方言教育までしている」
李「お前も日本語教育を受けたか」
A「受けていない。普通1対1でやる。工作員は皆、仮名を使っていてだれが何
しているか分からない」


2.2004年年末か2005年はじめ平壌の食堂

「耀徳生たちは口が固い。めぐみという日本女性のにせ遺骨を送って連絡所は頭
が痛い。
横田めぐみは見てはならないものをみな見ている。知っていることが多い。帰し
たら連絡所の秘密をみな知られてしまう。秘密を知っているものが3、4人いる。
2人が連絡所にいる。2人は別のところにいる。
1970年代に金正日が後継者になり、工作機関と保衛部を掌握した直後、工作機関に『対南工作は制約が多いので、現地人を包摂して、テロ等をさせる工作員として使え。そのために拉致して家族を持たせて人質にせよ』と指示を下した。
そこで、北朝鮮人と外見が似ているアジア人の中で、過去朝鮮を侵略した日本人を多く拉致することになった。しかし、最終的に信じられず外国人を工作員として外国に派遣はせず、朝鮮人工作員の現地化教育のために使った。日本資料の翻訳もさせた。その時まで作戦部には対日担当部署がなかった。
拉致被害者の結婚は普通、朝鮮人ではなく外国人同士でさせた。非武装地帯を越えてきたアメリカ軍人の中で使える者はスパイとして使い、それができない者は映画俳優等に使った。
2002年9月、小泉純一郎は100億ドル出すと言ったので金正日はだまされ、拉致を認めて失敗した。当初、金正日は全員帰そうとしたが、作戦部は秘密が漏れると反対した。
金正日は2日ほど考えて、作戦部に誰を帰すか、帰さないかの分類をさせた。結果として交渉がうまくいかなかったので作戦部で幹部が多く飛ばされた。
父が死んでいて良かった。もしも父が生きていたら責任を取らされてクビになり家族は耀徳に送られていたかもしれない」


3.高英姫死亡(2004年8月13日)直後

「高英姫は日本語をよく使った。その関係で幼くして拉致された日本女性に関心をもっていて、しばしば会って日本語で話していた」


4.2006年12月か2007年1月脱北時

脱北ブローカーが自宅を訪れ、韓国にいる父親の弟の写真を見せて韓国行きを勧めた。そのブローカーは、「日本人拉致被害者の情報を持ち出すとカネになる」と言ったので、平壌に行きAを訪問。

李「カネになる拉致の資料を頼む、良い就職をさせるという約束を破った代わりだ」
A「拉致日本人の資料は、いくら俺でもできない」
李「生きているか」
A「生きている」
李「何人知っている」
A「4人」
李「髪の毛を入手したい」
A「それはできない。10日くらい待て」
数日後、証明書写真4枚が横に並んでいるコピーを持ってきた。
A「この4人は生きている日本人拉致被害者だ。裏に日本名が書いてある。文献
(書類)についていた写真。作戦部管理の女性2人と対外連絡部管理の男性1名、女性1名。めぐみは特別管理しているので俺も接近できない」
李「どこで管理するのか」
A「普通、招待所で管理するが、朝鮮名を与えて朝鮮人にしているから登録は外国人がたくさん住むテソン地域にしてあるが実際はそこに住んでいない」
李「めぐみの朝鮮名は何か」
A「最初は○○○だったが(※覚えていない)、死んだとして偽遺骨を出したあ
とハン・スネに変えた」
李「結婚して家庭生活をするのか」
A「結婚させて子供も産ませる。相手は主として外国から連れてきた人間で朝鮮人ではない。たくさん拉致したが使えない者も多かった。工作員として育てるか工作員教育に使う。めぐみは拉致しようとしたのではない。日本海側の海岸に侵入して調査部工作員に会ってきた工作員が、海岸で幼い子ども一人に目撃された。
幼いので殺すのもできず連れてきた。めぐみは、最初は工作員として使おうとして訓練したがダメだったので、金正日政治大学で工作員の教育に使った。金正日政治大学ではある場所で6ヵ月か1年、1対1で教育するから自分の先生以外は知らない」
恵山で川を渡るとき、ブローカーが「持ってきた写真は、捕まったら没収されるから預かる」と言ったので、家族や友人の写真といっしょに日本人の写真を預けブローカーに盗まれた。
ブローカーは後日北朝鮮で処刑された。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】国際セミナー編(2)

2012-12-29 01:42:39 | 日記
12月14日に実施された国際セミナー北朝鮮・拉致被害者最新情報と救出戦略」に参加した李英秀氏(仮名)の報告要旨と、ビデオ報告した金賢姫氏の報告要旨を予めまとめたものを当日配布しました。
以下に、その全文を掲載します。



2.金賢姫氏インタビュー
平成24(2012)年11月28日ソウルにて。
聞き手は救う会西岡 力会長。


●金正日の工作員現地化命令

1970年代後半から金正日(キム・ジョンイル)が対南工作を直接指揮した。それ以前の工作活動を点検し、「成果が少ない。画期的な対策を立てなければならない。そのためには外国人を利用しなさい」と、現地化教育を含めた方針が立てられた。
そして1970年代後半に、日本人を初め、全世界から拉致が行われたが、特に日本人が多い。それは地理的にも近いので拉致しやすいし、北朝鮮人が偽装するのに顔などが似ているからだ。
それ以外にも、中国、東南アジア、ヨーロッパからも拉致した。この時本格的に拉致が行われた。
私が工作員になってから幹部たちからそのことをよく聞いた。
金星政治軍事大学というのはスパイ養成所だ。私は対外情報調査部所属、情報
班の1期生だった。全員で6人か7人、くらいだった。衝立を隔てて授業を受けるので正確には分からない。私と金淑姫(キム・スクヒ)が女でそれ以外は男だった。同期生の5人か4人の男たちは、日本人化教育を受けたかどうか分からない。他の人たちについては、全部秘密になっているから自分のことしか分からない。
招待所を廻りながら、「夫婦の日本人がいる」と賄いのおばさんたちの話を聞き、相当日本人がいるのだなと感じたが、人数は不明だ。安明進氏が言っている日本人教官30人という数字は少し多いように感じる。
日本人化教育はずっと続けていた。しかし、1対1教育はそんなに多くない。
もともとの計画では、私は田口さんから日本人化教育を受け、すぐ日本に浸透させようとしていた。しかし、日本で事故が起こったので計画通りにできないと計画が変わり、1984年に中国人化教育を受けた。中国人化して台湾等を廻って中国人として日本に浸透する計画だった。日本に入って情報を得たり、日本に先に入っている固定工作員を点検することが任務だったようだ。


●拉致の目的

外国人を拉致する目的が3つある。1つは、外国人の身分証明書を盗用すること、2番目は、外国人を金日成(キム・イルソン)思想で洗脳教育させ北朝鮮の工作員にして現地に浸透させること、3番目は教官として使うことだ。
1980年代に幹部たち、課長たちが招待所にきて「外国人を工作員として使おうと教育して外に出した。しかし、出すやいなや裏切ってしまった。やはり外国人は信頼できない。北朝鮮の若い人たちを工作員に教育する方法しかない」と話していた。
最初は対南工作に必要な人たちを選んで、狙って、誘惑して拉致したらしいが、後にどんどん競争的になり、無差別に拉致した。めぐみさんは子どもだから洗脳して工作員として使おうと拉致されたと思う。
4つめの拉致の目的として、秘密保護がある。浸入していて自分の正体が発見され危ないと思ったら、殺したり、拉致する。また拉致する途中、工作員として使う道がないと思ったらそのまま海に捨てることもあると聞いた。
対南工作では人権なんか構わない。証拠が残らないから海は捨てやすい。韓国人のこととして聞いたが、日本人もそういう可能性がある。
金日成時代は南出身の人、南に親戚や友だちがいる人たちを工作に使ったが、歳を取っていく。それで若い北朝鮮人で、南に関係がない人を選んで、現地化した。
私は1984年に、金勝一(キム・スンイル、1987年に共にKAL機爆破事件を起こす)と海外に出かけたが、金勝一はもう歳をとっているので、組織管理を交代させるという意味もあったと思う。次は若い私が彼の代わりにするというための海外実習をした。


●KAL機爆破事件と金賢姫の自白

1987年のKAL機爆破事件は、それとは別にソウルオリンピックを邪魔することが主な課題だった。前に2人1組で出かけたことがあり日本人になりすますためには、2人がよく似合うから選ばれた。もしKAL機事件が成功していたら、韓国も大きい打撃を受けた。
当時は誰がしたか分からない。日本人になりすました2人はいるが、正確に確かめることはできないので日本が疑われる。韓国では反日デモも起き、全斗煥(チョン・ドゥファン)政府や安企部は自作自演だと疑われ、オリンピックがどうなったか分からない。そういう雰囲気では日本もオリンピックに参加できないだろう。
また反日で日韓関係が悪くなっただろう。
バーレーンで捕まったときは最初日本人だと言ったが、偽のパスポートだとばれてしまったから日本人はやめて中国人になりすました。もし、中国に送られたら中国と北朝鮮は親しいから私を助けてくれるかと思った。
韓国に来ても中国語を話し、北朝鮮人ではないと主張した。私がやったKAL機事件が祖国統一を助ける仕事でなく、同族が殺し合う蛮行だと聞き、韓国は北朝鮮で聞いていたような悪い社会ではなく、北朝鮮より発展して、物が豊富で自由で、住みよいところなので、嘘の教育をされたと段々悟っていった。
家族のために悩んだが自白した。事件の遺族のために私が最後にできることは、真実を明らかにすることだと思った。
そのとき、田口さんのことも証言した。彼女は一生懸命私に教えてくれた私の日本語の先生だった。一緒に生活しながら彼女の苦痛、悩み、それをよく知っていたからだ(日本政府が、最初に日本人が拉致されていることを国会で明らかにしたのは1988年3月、金さんの記者会見の2か月後だ)。


●日本人拉致について

2002年に小泉総理が北朝鮮に行って、金正日に会った。それまで認めていなかった拉致を認めたことが大きな発展だと思う。もちろん北朝鮮側はお金を狙っていたし、秘密を知っていて返すと困る人は死亡だと言った。
1番の秘密は金正日の私生活、2番目の秘密が工作機関の情報だ。金正日が死んだから、以前とは違い、(金正恩政権が生存を認めることに)ちょっと余裕があるのではないかと思う。
めぐみさんのご両親にも謝まったが、私はめぐみさんのことを知っていたが最近までそのことを話さなかった。当時はみな拉致に関心がなく、田口さんを探すのも本当に時間がかかった。そして金淑姫に誘われて秘かに会ったので、話すと淑姫やめぐみさんが処罰されるかもしれないとも考えた。
ところが1997年からニュースに出た。ああ、私が知っている人だな、と明らかにしたかったが、機会がなかった。
韓国は左派政権になっていて、私はいじめられていた。


●フランス人被害者、中国人被害者

私が1984年、東北里2号特閣招待所に金勝一といた時、賄いのおばさんが、フランス人の女性がここに前にいた、と話した。最初北朝鮮に来た時には、男の工作員に誘われて恋愛するみたいになったが、突然その男が消えて、幹部たちが来た。
「(彼女が)『その男を出しなさい』と抗議したら、殴られた、涙をポロポロ流しながら泣いていた」と言いながら、写真を見せてくれた。
最初来た時か、名節の時か、記念写真を撮ったことがあるそうだ。普通サイズのカラー写真だった。目が青く、とても美人だった。
中国人被害者、ホン・レンインさんには1984年、めぐみさんに会う前中国語を教えてもらった。本人は言わなくても、賄いのおばさんや指導員から、「あの人はマカオから来た、弟がいる、最初来たばかりの時にインドネシア大使館に逃げて行き、連れてきてひどい目にあった」という話を聞いた。
私たちを教える前に、女性3人に中国語を教えたと言っていた。中国語を教えると、実習しやすいからすぐ中国に送る。日本は直接行けないから困るが、中国に送れば現地化ができる。
私がマカオから帰ったらもう結婚していた。淑姫と2人で一度自由主義をして会いに行った。北朝鮮の工作員と結婚して龍城(ヨンソン)招待所にいた。子どもはいなかった。


●家族会、日本国民へのメッセージ

1970年代後半から今まで、本当に長い歳月が過ぎました。
被害者家族と日本国民が今まで力を合わせて一生懸命闘争してきましたけど、大きな成果がなくてちょっと疲れていると思います。
でも最近北朝鮮では、政権も代わりましたし、また拉致問題を再調査するという話も出ていますから、希望を絶対に失わないでください。
そして北朝鮮も、被害者家族の歳が段々高くなって、いつまでも待ち続けることができないことを分かってほしいのです。
家族のみなさんはいくら辛くても、彼らが帰ってくる日まで、最後まで希望の紐を放さないでください。
ありがとうございます。

◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(拉致被害時22歳)
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】報復殺害編

2012-12-29 01:38:41 | 日記
《『デイリーNK』が伝える北朝鮮住民による治安担当者の「報復殺害」》

北朝鮮では最近、住民に対する統制が強化されており、違反した場合は即刻取締りの対象になる等、公安の雰囲気がいっそう厳しくなっているという。一部の住民が取り締まり保安員(警察)を相手に報復する等、反発も高まっているという。
北朝鮮は11月下旬、全国単位で検察・保安部門関連の大会が平壌で連日開催され、不純分子捜査を強化せよとの指示が出されている。
11月23日は韓国の派出所長会合に該当する全国分駐所長会議が開催された。26日は全国司法検察員大会も開催された。
参加者たちは「法の刀を鋭くかざし、敵対分子をすべて粛清することに対する金正恩元帥様の方針を徹底的に貫徹する」と決意した。その後、地方では年末の「防犯実績競争」が大々的に展開されている。
咸鏡北道の消息筋は12月21日、デイリーNKとの通話で

「大会の課業貫徹に向けた年末『忠誠競争』が強化され、些細なことも厳しく問題視している。不条理な対応を受けた住民が極端な報復行為に出るといったことも発生している」

と話した。
さらに、

「複数の都市で『オパシ』(悪質な保安員を意味)が夜中に殺害される事件が多発し、法官(検察、保安員、分駐所員)も緊張している」

と伝えた。
消息筋は

「運が悪いと本人はもちろん家族にまで被害が及ぶ。先週末も清津ソンピョン区域スソンダリ付近で、午後9時頃、退勤中の保安員が鈍器で殴られ殺害された」

と話した。清津市保安当局はこの殺人事件が個人的な恨みによる報復と見て、保衛部まで投入し捜査に乗り出した。
この他にも咸鏡北道金策市では、30代の保衛員が昼間自宅で昼寝中に殺害された。江原道元山と咸鏡南道咸興でも保安員が路上で殺害される等、保安機関は非常事態であると消息筋は伝えた。
消息筋は

「これらに共通した特徴は、普段保安員として評価されている中で、最近のような無理な取り締まりと逮捕に乗り出した点。保安機関に勤務する人が『何かと不安だ』と言っていた」

と話した。
オパシとは日本植民地時代の1930年代、両江道プンサン郡パバ里駐在所の巡査部長の別名。同地の住民を厳しく弾圧した事実を映画化した作品を通して全域に広まった。現在は性格が偏屈で住民統制に最も積極的な保安員を指す時に使用する。
一方、今年1月の金正日(キム・ジョンイル)哀悼期間に清津で保衛部幹部1人、道検察所幹部1人、道人民保安局幹部2人が殺害され、死体の横に「人民の名で処断する」というメモも発見された。
また3月には平壌市トンデウォン区域の保安署検察課長が夫人と子どもとともに殺害された事件を本誌は以前報道している。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】「少年大将」編

2012-12-29 01:34:25 | 日記
《『デイリーNK』が伝える北朝鮮住民の金正恩批判》

北朝鮮は長距離ミサイル「光明星3号2号機」の発射成功を、金正恩(キム・ジョンウン)の功績であると大々的に宣伝している。一方で、住民は金正恩のことを世間知らずなアニメの主人公に例えて呼んでいるという。
金正恩を1990年代に人気のあった子ども向けアニメ「少年大将」の主人公である「スェメ大将」に例え、金正恩の指示を「スェメ大将の指示」と皮肉っていると消息筋は伝えた。これは金正恩に対する尊敬心と忠誠心が低い北朝鮮の住民が、金正恩の指示と政策に対する不満を表したものといえる。
住民は金正恩に対し「生意気な指導者」「世間知らずの指導者」と呼び、彼の指示が現実とかけ離れていることに対する不満をあからさまに表していると消息筋は話した。
咸鏡北道の消息筋は12月26日、デイリーNKとの通話で

「北朝鮮では『少年大将』のアニメが子どもから大人まで大人気。金正恩をこのアニメの主人公の『スェメ大将』と呼び、彼の指示は『スェメ大将の指示』で通っている」

と伝えた。
さらに、

「金正恩をスェメ大将と呼ぶ理由は、人民生活は眼中になくアニメに登場するスェメのように、喧嘩だけが取り柄の金正恩に対する住民の評価。新人指導者にもってこいのあだ名」

と付け加えた。
また、

「過去、金正日に対する不満や批判等に関する発言をした場合『10大原則』違反として処罰の対象になったが、金正恩に対する批判で処罰されるケースが多くないため、住民の間で金正恩を卑下する発言が多い。党中央から指示が下ると『スェメ大将の指示か?』と言うのが流行している」

と強調した。
消息筋はまた

「最近、各種宣伝媒体では『今年金正恩同志が海外の10大名人に選定された』と宣伝しているが、実際、住民は彼のことを幼い小僧程度に認識しており、名人であると考える人はほとんどいない」

と付け加えた。
アニメーション「少年大将」は北朝鮮で1980年代から放送が始まり、現在100部まで制作されている。少年大将が放送される時間になると、通りから人の姿が消えるほど北朝鮮では旋風的な人気を博した。フランスにも輸出されている。
スェメは主人公の本名で、日本との戦いで功績を立て「スェメ大将」というあだ名が付けられた。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】金永煥編

2012-12-29 01:30:25 | 日記
《『デイリーNK』が伝える金永煥氏の講演》

北朝鮮民主化ネットワークの金永煥(キム・ヨンファン)研究委員は12月26日、「金正恩(キム・ジョンウン)政権の寿命は長くない。北朝鮮体制の変化はそう遠くない」と展望した。
金研究委員は同日、ソウル中区の全国銀行連合会館で(社)北朝鮮民主化ネットワーク(理事長:ユ・セヒ)主管で開催された「北朝鮮人権運動家金永煥、国民勲章(石榴章)受勲記念北朝鮮人権の夜」の特別講演で、「北朝鮮体制の変化を一層積極的に準備し行動すべき時」としてこのように述べた。
彼は

「北朝鮮が東ヨーロッパの崩壊と中国の改革開放後、体制を維持できた最も大きな要因は、金正日(キム・ジョンイル)の独裁体制及び権力維持能力があったため。金正恩が短期間内に金正日と同じ独裁能力、統治能力を掌握できるかは疑問」

と展望した。
さらに、

「金正日は独裁体制を維持するための幹部『管理能力』や、内部組織管理等において卓越した能力を見せた独裁者だった。金正恩は短期間で父親のような能力を完璧に継承できなかったと思われる」

と付け加えた。
また、

「独裁能力はすぐには育たない。金正恩は幼い頃から宮殿で生活し、権力を思うままに振るったお坊ちゃま育ち。そのため金正日のような能力を発揮するのは難しい」

と強調。
金研究委員はまた

「金正恩が最も依存するのが張成沢(チャン・ソンテク)、金敬姫(キム・ギョンヒ)、崔龍海(チェ・リョンヘ)。彼らのような親族に強く依存する統治は問題が発生しやすい。自身の体制を安定的に運営するためには、多様な人材を登用することが重要」

と付け加えた。
そして、

「極端に親族に依存すると、金正恩自身の統治力や人材管理能力を育てることが出来ない上、張成沢や金敬姫が健康上の問題やその他の問題で金正恩を補佐できなくなった場合に問題が発生する」

と強調した。
金研究委員は金日成と親しかった崔賢(チェ・ヒョン。元人民武力部長、副主席)の息子である崔龍海も親族と変わりないと説明した。
彼は

「金日成(キム・イルソン)を名指しで呼べる人は崔賢しかいなかった」

と話した。
特に金研究委員は金正恩の統治1年間における経済政策等において、一貫性がない点を指摘。

「北朝鮮が表面的には安定して見える側面もあるが、金正恩がこの1年間に行った政策を振り返ると、どっちつかずの不安定なものが多かった。金正恩の政策は改革開放的な政策を展開したかと思うと、反改革的な政策をとった。改革開放政策と関連した理論や政策を自由に奨励しつつも、果敢な提案者を処罰する等不安定なケースが目に付いた」

と説明した。
李英鎬(リ・ヨンホ)元総参謀長の粛正と関連しては

「『李英鎬粛正』が金正恩の統治術であると評価する人が多いが、金正日が後継体制を支える人材として厳選した人物である。余りにも簡単に粛正した金正恩の態度を見るに、慎重性に欠けるのでは」

と話した。
彼はまた、最近の新政権発足を控え話題となっている「国民統合」問題と関連し、「北朝鮮人権というイシューほど国民統合と社会統合に適合したものはない」と話した。
彼は

「最も苦しい人や最も抑圧されている民衆に対する愛情と憐憫意識から、南側(韓国)での民主化運動と革命運動を開始した。このような人々はまさに北朝鮮の住民であり、北朝鮮人権の実現と民主化運動に関心を持つようになった」

と説明した。
一方、彼は勲章授与について

「北朝鮮で自身と家族の重大な犠牲を覚悟してまで、北朝鮮民主化のため献身的に努力し死んだ人がいる。彼らが今の時代の真の英雄である」

と話した。
そして、

「北朝鮮が民主化し、彼らの名前を自由に話せる日が来て、私よりも何倍も高貴な勲章を霊前に供えることが出来るよう心から願う」

と付け加えた。
この日の行事は社団法人時代精神のアン・ビョンジク名誉理事長、参与連帯のパク・サンジュン元共同代表、セヌリ党のイ・ヘフン最高委員、同党の河泰慶(ハ・テギョン)議員、韓国映像委員会のイ・ジャンホ委員長たち300人余りの内外賓が参加した。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)