もずの独り言・goo版

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【みんな生きている】キム・ジョンウン編

2010-09-30 19:22:09 | 日記
《藤本健二氏が治安政策研究所研究官に話したキム・ジョンウン像》

朝鮮人民軍大将という称号を与えられ、金正日(キム・ジョンイル)総書記(68歳)の後継者として正式に決定した三男・ジョンウン氏(27歳)は幼い頃から「金総書記の分身」と呼ばれていた。金総書記の子供の中で父親に最も似ていたからだ。
金総書記の専属料理人として13年間にわたり「金ファミリー」を間近で見守った藤本健二氏は今年7月、韓国治安政策研究所のユ・ドンヨル先任研究員に対し「ジョンウン氏は顔つき・体型・性格等あらゆる面で金総書記にそっくりだ」と話した。実母の高英姫(コ・ヨンヒ)氏に似た同腹の兄・正哲(ジョン・チョル)氏(29歳)とは対照的とのことだ。
藤本氏が北朝鮮を離れた2001年時点で20歳だった正哲氏は身長が174㎝~175㎝で、スラリとした体型だった。これに対して18歳だったジョンウン氏は身長が170㎝ほどで、恰幅がいい方だった。ジョンウン氏は現在、9年前よりは身長が伸びた可能性はあるが体重はそのままだと推定される。
兄弟は外見に限らず、性格も全く異なった。金総書記は正哲氏について「あいつは性格が女の子みたいでダメだ」としきりに話していた。さらには「正哲が怒ったのを一度も見たことはなく、野望もない。朝鮮を統治する能力はない」とも語ったとされる。
これに対し、感情の起伏が激しいジョンウン氏はリーダーシップと勝負意欲があり、あらゆることに積極的な性格だ。
藤本氏は「ジョンウン氏はバスケットボールをするときでも他人とは異なっていた。試合が終わると正哲氏は友人に挨拶をしてそのまま立ち去るが、ジョンウン氏はコーチのように友人を呼び集めて試合を分析していた」と証言する。兄とは異なり、野心に満ち溢れて断固とした性格の持ち主との分析だ。
ジョンウン氏は自尊心も強く、自分に対する呼称にも敏感だった。一時、金総書記の側近は正哲・ジョンウン兄弟をそれぞれ「大きな大将同志」「小さな大将同志」と呼んでいた。ジョンウン氏は叔母の高英淑(コ・ヨンスク)氏が自分を「小さい大将」と呼ぶのを聞き、「なぜ自分が小さい大将なのか?」と質したという。高英淑氏は高英姫氏の妹だ。
その後、ジョンウン氏に対する呼称は「小さい」という修飾語をなくして「大将同志」または「金大将同志」に変わったという。だが、数年前からは「青年大将同志」と呼ばれている。
また、藤本氏によるとジョンウン氏は金総書記を「お父さん」と呼んだことはなく、「パパ」と呼んでいたという。ただし、他人の前で父親の話をする場合は「上部」という表現を使っていた。
ジョンウン氏は若くして酒・たばこを好むようになった。たばこが所持出来ない10代の当時も、大人にたばこをせがんでは吸っていた。藤本氏によると、2000年のある日、招待所(別荘)で指を口に当てる仕草をしながら喫煙を誘う17歳のジョンウン氏からイヴ・サンローランのたばこをもらったという。
たばこは隠れて吸っていたが。酒は堂々と飲んでいた。金総書記の家族や側近が出席する宴会で幹部は先を争うようにジョンウン氏に酒を注いだ。ジョンウン氏は金総書記が見ている前でそれを飲み干したという。
ジョンウン氏の大胆な性格を物語るエピソードがある。2007年7月、金総書記一家が中・朝国境に近い白頭山の招待所に1週間滞在していたときのことだ。ある日、家族で白頭山(中国名・長白山)の頂上に登った際、ジョンウン氏は藤本氏に歩み寄り「下山するまで我慢出来ない」と言い、「藤本、あっちに行こう」と隠れた場所に誘った。尿意を覚えたジョンウンは周辺にトイレがなかったため藤本氏に「一緒に立ち小便しよう」と誘ったのだ。
白頭山には北朝鮮が金総書記の出生地だと宣伝する「白頭山の密営」があり、山全体が聖地同様だ。藤本氏は「一般住民にしてみれば信じられない行動に映っただろう。私一人が立ち小便をしていたら銃殺されていたはずだ」と話した。
金総書記はそんなジョンウン氏を正哲氏よりも溺愛した。その差は兄弟の誕生日を見れば明らかだった。
金総書記一家の誕生祝いの料理を作っていた藤本氏によると、金総書記はジョンウン氏のために毎年盛大な誕生パーティーを開いていたが、正哲氏のときは異なった。正哲氏の誕生日である9月25日は、末娘のキム・ヨジョン氏の誕生日である9月26日と近いという理由で二人の誕生祝いを同時に行なっていた。
ジョンウン氏は昨年1月に後継者に内定して以降、最高権力機関の国防委員会に勤務して重要な政策立案に深く関与して来たとされる。北朝鮮はこの過程でジョンウン氏の名前を変えたと見られている。元は「金正雲」という漢字表記だったが、それを「金正銀」に変えたというのだ。
かつて韓国大統領府の情報秘書官を務めた金正奉(キム・ジョンボン)韓中大学碩座教授は

「金総書記の業績に影を落とす『雲』よりも、『銀』という文字が三代世襲に有利だと判断したのではないか」

と指摘した。
さらに、ジョンウン氏の誕生日も1983年1月8日から1982年1月8日に変更された。これは北朝鮮が「強盛大国元年」として宣伝する2012年にジョンウン氏が30歳を迎えるように配慮したものと見られる。
2012年は故・金日成(キム・イルソン)国家主席生誕100周年にあたる他、金総書記が古希(70歳)を迎える年だ。
金総書記も実際は1941年生まれだが、1912年生まれの金主席と年の末尾の数字を合わせるために1942年生まれに変更された。



※この記事については
【みんな生きている】
金日成史跡探訪編
(9月1日掲載)
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【みんな生きている】李英鎬編

2010-09-30 19:17:06 | 日記
《李英鎬総参謀長、次帥に昇進》

「キム・ジョンウン時代」の北朝鮮軍の実力者として李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長(韓国の参謀総長に相当)が浮上した。
北朝鮮の最高権力機関である国防委員会(委員長・金総書記)は9月28日、「人民軍総参謀長の李英鎬大将を次帥に昇進発令する」と発表した。
李英鎬総参謀長は60代で、北朝鮮軍の次帥約10人のうちで最も若い。昨年2月に平壌防御司令官から総参謀長に抜擢されて大将(星4つ)に昇進してから、わずか1年7ヶ月で次帥(大きな星1つ)に抜擢されるという超スピード昇進を果たした。
韓国政府消息筋は

「最近、元北朝鮮軍幹部の脱北者が李総参謀長について“各種の砲に通じ、砲射撃に優れた指揮官”と評価した。今年1月の北朝鮮の海岸砲による韓国への挑発も、各種の武力使用を総括する総参謀長の李英鎬大将が主導した可能性が高い」

と述べた。
特に、北朝鮮に詳しい消息筋によると

「後継者として公式に登場した金正日(キム・ジョンイル)総書記の三男・ジョンウン氏も金日成軍事総合大学で軍事学を学んだ際、『砲射撃』について関心が高かった」

という。
韓国安全保障部署当局者は

「金日成(キム・イルソン)・金正日時代を代表していた70代~80代の人物が消えゆく中、李総参謀長が50代~60代の『新軍部』の代表各に浮上したようだ」

と述べた。
また、持病のため活動が出来ない趙明禄(チョ・ミョンロク)総政治局長(82歳)に代わり総政治局を率いる金正覚(キム・ジョンガク)第1副局長(64歳)も「キム・ジョンウン時代」の軍の中枢を担うと見られる。総政治局は軍を思想的に統制する組織だ。
その他、この日ジョンウン氏とともに大将の称号(階級)を与えられた玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)第8軍団長(59歳。平安北道担当)や崔富日(チェ・ブイル)副総参謀長も注目される。
韓国国防研究院安保戦略センターの白承周(ペク・スンジュ)所長は

「50代後半と推定される鄭太根(チョン・テグン)総政治局宣伝部局長(中将)やキム・ヒョンリョン第2軍団長(上将)も『キム・ジョンウン時代』に貴重な役割を担うだろう」

と語った。
北朝鮮は同日、柳敬(リュ・ギョン)国家安全保衛部副部長を上将(韓国の中将に相当)に、ロ・フンセ氏やリ・ドゥジョン氏等6人を中将(同じく少将に相当)に、チョ・ギョンジュン氏等27人を少将(同じく准将)にそれぞれ昇進させた。
金総書記はこの日の昇進人事を断行したあと、「(昇進者たちが)白頭で開拓された主体(チュチェ)革命の偉業を、総代で最後まで完遂する使命を成し遂げると固く信じている」と述べた。



※この記事については
【みんな生きている】
呉克烈・李英鎬編
(1月28日掲載)
【みんな生きている】
朝鮮労働党・朝鮮人民軍人事編
(2月7日掲載)
も合わせてご覧下さい。

【みんな生きている】朝鮮人民軍階級編

2010-09-30 19:12:51 | 日記
《エッ!?軍歴無くても大将になれるんですか?先軍政治の「御家の事情」》

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が9月28日、朝鮮人民軍最高司令官名義で三男・ジョンウン氏や妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)軽工業部長等、軍の経歴が全く無い4人の人物に対して人民軍大将の軍事称号(階級)を付与したことに関連し、北朝鮮に詳しい消息筋は「軍事的な意味ではなく、政治的な意味での大将」と説明した。
韓国西江大学のキム・ヨンス教授は

「北朝鮮は先軍政治を掲げているだけに、軍事称号が無ければ指導者の座に上ることは出来ない。軍隊経験の無い人物を大将にするのは、これらの人物を次世代の指導部に含めるための政治的考慮の結果」

と語った。
韓国統一部当局者も

「これらの人物を朝鮮労働党中央軍事委員会や国防委員会のメンバーに起用する前に断行した政治的行為」

と語った。
とは言え、大将が最高の階級となっている韓国とは異なり、北朝鮮では大将の上に次帥、さらにその上に元帥の階級がある。
元帥は2人おり、金総書記が共和国元帥、李乙雪(リ・ウルソル)護衛司令官が人民軍元帥だ。
次帥には、この日昇進した李英鎬(リ・ヨンホ)総参謀長をはじめ趙明禄(チョ・ミョンロク)総政治局長、金永春(キム・ヨンチュン)人民武力部長等およそ10人がいる。
また、大元帥という階級もあるが、故・金日成(キム・イルソン)国家主席の死後この階級に上った人物はいない。そのため、大元帥の階級は「制外」と見ていいだろう。
これを巡り一部からは「ジョンウン氏が本当に金総書記の後継者なら、(階級は)大将でいいのか?」という疑問も提起された。
これについてキム・ヨンス教授は

「政治的な考慮で大将になった人たちは実際に軍を指揮するわけではないため、階級そのものは特に意味を持たない」

と語った。
また、韓国安全保障部局当局者は

「金敬姫氏や崔竜海(チェ・リョンヘ)氏は大将の階級にとどまるが、ジョンウン氏には昇進の余地がある」

と語った。
元高官の脱北者チェ氏も

「全てが金総書記の思いのままの北朝鮮で、ジョンウン氏を次帥または元帥にするのは簡単。ただし、まだ20代のジョンウン氏を後継者にするのはやや負担があるうえ、次帥や元帥の階級にまで就いた場合に当面するであろう内外の非難を意識したようだ」

と語った。
実際、金総書記が息子に自分と互角の階級を与えるというのはしっくり来ない、という見方もある。
1953年に元帥となった故・金主席も1992年に大元帥になったことで、ようやく金総書記の元帥昇進を許した。



※この記事については
【みんな生きている】
人民軍大将編
(9月28日掲載)
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【みんな生きている】金一族編

2010-09-30 19:07:44 | 日記
《ジョンウン氏の「保護者」・金敬姫軽工業部長と「藩塀」・張成沢行政部長の栄達》

金正日(キム・ジョンイル)総書記は9月28日、次期後継者と目されていた三男・ジョンウン氏(27歳)と自身の唯一の同腹の妹・金敬姫(キム・ギョンヒ)軽工業部長(64歳)に大将の称号を与えた。これに先立ち金総書記は今年6月、金軽工業部長の夫・張成沢行政部長を最高権力機関である国防委員会副委員長に任命している。
一方、金総書記の現婦人の金玉(キム・オク)氏も今年2回行われた金総書記の訪中にいずれも随行しており、権力の中心にいることを示している。


◆金一族、ジョンウン氏の「保護膜」に

韓国安全保障関連部処(省庁)当局者は

「金総書記は若い後継者ジョンウン氏を保護・補佐するため、最も信頼出来る一族を『保護膜』にしたようだ。過度期には金敬姫・張成沢夫妻が実験を握る可能性が高い」

と話す。
この日、張行政部長に近い人物とされる崔竜海(チェ・リョンヘ)前黄海北道責任書記(62歳)が大将に任命された他、張行政部長の側近中の側近である朴明哲(パク・ミョンチョル)氏(69歳)は今年6月に体育相の役職に就いた。
金敬姫・張成沢夫妻は昨年12月以降金総書記の現地指導に頻繁に随行しているが、韓国統一部関係者は

「金総書記は『この世で信じられる者は家族だけ』と考えているようだ」

という見方をしている。
その一方で、張行政部長にとって最大のライバルだった李済剛(リ・ジェガン)組織指導部第1副部長(80歳)は張行政部長が国防副委員長に昇進する数日前、「謎の交通事故」で急死した。
李済剛氏とともに組織指導部第1副部長を務めていた李容哲(リ・ヨンチョル)氏(82歳)も今年4月、心臓麻痺で死亡した。
韓国治安政策研究所のユ・ドンリョル上級研究官は

「張成沢氏はその長兄・張成禹(チャン・ソンウ)次帥(2009年死去)と張成吉(チャン・ソンギル)中将(2006年死去)が築いて来た軍部内の人脈が厚いため、軍部にもかなりの支持勢力がある」

と話す。
北朝鮮消息筋は

「金総書記が2008年8月に脳卒中で倒れたとき、金敬姫・張成沢・金玉各氏たち北朝鮮の『ロイヤルファミリー』が金総書記の病床に付き添い、事実上の代理統治を担ったという情報がある」

と語った。


◆金敬姫軽工業部長、初の「女性大将」として完全再起

金敬姫軽工業部長は2003年9月に行われた最高人民会議(国会に相当)での第11期代議員記念撮影を最後に姿を見せなくなった。その後、金軽工業部長は夫・張行政部長との不仲、長女・張琴松(チャン・グムソン)さんの自殺(2006年)等が重なりアルコール中毒になったと伝えられた。また、うつ病の治療を受けたともいう。
ところが、金軽工業部長は2009年6月に金総書記の咸鏡南道咸州郡協同農場視察の際に随行し、6年間の空白期間を経て再び公の前に姿を見せた。
それから間もなく「党部長」という役職が与えられ、政治の表舞台に正式に復帰した。そして、今回は北朝鮮で初の「女性大将」になった。
北朝鮮消息筋は

「金敬姫氏の再起は故・金日成(キム・イルソン)国家主席の一族を意味する『白頭山血統』が後継者ジョンウン氏を全面的に支持しているということを知らしめるための意図」

と話している。
金総書記が7歳、金軽工業部長が3歳だった1949年に実母・金正叔(キム・ジョンスク)氏が出産時に死亡して以来、この二人は互いに支え合って継母・金聖愛(キム・ソンエ)氏による実子の後継者擁立に対抗した。
日本の北朝鮮関係筋は

「金敬姫氏はパーティーで酒に酔うとふざけて金総書記にキスするほど兄妹仲がいい」

と話している。


◆張成沢行政部長、「摂政」になる可能性も

張成沢行政部長は2008年に金総書記が病に倒れたとき、非常事態に陥った政局を収拾するのに中心的な役割を果たした。
2007年末に公安・司法機関を総括する行政部長になり、北朝鮮当局が現在力を入れている平壌市現代化事業を主導している。
平壌市を一新するこの事業は、今後ジョンウン氏の業績として利用される可能性が高いと見られている。金総書記自身も後継者に指名されたあと、平壌市の人民大学習堂・人民文化宮殿・氷上館等を設計、完成させて故・金主席を喜ばせた経緯がある。
張行政部長は2004年に側近の豪華な結婚式に出席して一時失脚した経験があることから、最近は慎重に振る舞っている。
しかし、韓国政府当局者は

「金総書記が早期に死去すれば、張成沢氏が『摂政』になる可能性もある」

という見方をしている。
まだ20代後半のジョンウン氏が金総書記の死後、権力を完全に握ることが出来なければ支持勢力がある張行政部長に力が集中するかも知れないということだ。
一方、常に金総書記の側に寄り添っている金玉氏も注目すべき対象だ。
このほど脱北した北朝鮮上層部の人物は

「金玉氏は幹部たちを怒鳴りつけたり自ら指示したりする等、影響力を行使している」

と話す。
金玉氏は昨年8月、玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)現代グループ会長が金総書記と面会した際も同席していたという。



※この記事については
【みんな生きている】
中央追悼大会編
(au版・2009年7月11日掲載)
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玄貞恩編
(au版・2009年8月18日掲載)
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ユ・ソンジンさん
(au版・2009年8月27日掲載)
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(2009年12月1日掲載)
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(5月16日掲載)
【みんな生きている】
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(9月20日掲載)
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【みんな生きている】人民軍大将編

2010-09-28 17:27:35 | 日記
《金敬姫軽工業部長とキム・ジョンウン氏、朝鮮人民軍大将の称号を授与される》

北朝鮮の朝鮮中央通信は9月28日、金正日(キム・ジョンイル)総書記の後継者とされている三男・ジョンウン氏に対して「朝鮮人民軍大将」の称号を授与したと報じた。
朝鮮中央通信は「金正日同志が9月27日、人民軍指揮者たちの軍事称号を授けることに関する命令第0051号を下された。命令は金敬姫(キム・ギョンヒ)氏、崔竜海(チェ・リョンヘ)氏等6人に対して大将の称号を授与するものだ」と報じた。
北朝鮮の対外的な発表でジョンウン氏の名前が登場したのは今回が始めてで、これはジョンウン氏を後継者とする体制を正式に確立したことを意味すると見られる。
ジョンウン氏が大将の称号を授与されたことで、9月28日に予定されている第3回朝鮮労働党代表者会ではジョンウン氏が朝鮮労働党政治局常務委員や書記といった幹部に登用される可能性が高まった。これは金総書記が「先軍政治」を維持しつつジョンウン氏の軍に対する掌握力を高めていく意図によるものと考えられる。
また、金総書記の妹の金敬姫軽工業部長やその夫の張成沢(チャン・ソンテク)行政部長の側近とされる崔竜海・前黄海北道責任書記に対して人民軍大将の称号が授与されるのも「ジョンウン氏への後継体制を安定的に構築していくための布石だ」との見方が出ている。

【大将】
元帥、次帥に次ぐ三番目の称号。

※北朝鮮人事については
【みんな生きている】
朝鮮労働党・朝鮮人民軍人事編
(2月7日掲載)
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